12、挨拶
勘弁してほしい・・・その一言に尽きた。
映画のワンシーンならば。
例えば、洋画のアクションもの・・・金髪美人のヒロインを助ける為に湖沿いの1本道を、クールで端正なマスクのヒーローがスピードを上げて走り去るなんて、素敵だと思う。
だけど、現実は。
まぁ、確かにミッチーの容姿もファションも、映画俳優に負けない位キマっているし。
運転技術も、悪ガキ時代にならしたのだろう、半端なく上手いけれど。
ここは日本で、しかも渋滞ばかりのさして広くもない国道を、こんな派手な発色の良い青いイタリア車で注目を浴びながらゆっくり走るなんて、ありえない。
しかも、スポーツカーってなんでこんなに狭くて、車体が低いのだろう。
走りに重きを置いているせいなのか、乗り心地はママの友人というかファンのおじさま方の高級セダン車に比べると大変よろしくないというのが、最近腰痛持ちになった私の率直な感想だ。
「フフッ・・・まさか、俺がこの車の助手席に誰か乗せる日が来るなんてー、ちょっと前までは思ってもみなかったなぁ。エミちゃん、あのねぇ、この車は俺の唯一の相棒でさぁ。嫌なことがあっても、この車に乗ってぶっ飛ばすと、気が晴れたんだぁ。だから、俺にとってすごく大切なもので。絶対に誰にも触らせたくないって思ってたんだけど。不思議だよねぇ、今はエミちゃんとこうやってたくさんドライブしたいと思うし。ノリコや史子ママも乗せてあげたいって思うんだから。東京からこっちに車持ってきて正解だったよぉ・・・エヘヘ、何だか照れ臭いけど、嬉しいんだぁ。」
私の思っていることとは全く違う前向きな考えをミッチーは持っていたようで、とりあえず私の感想は黙っていることにした。
そして、天気がいいからルーフを外してオープンカーにすると言ったことを、髪がぐちゃぐちゃになるからという理由で強く拒否しておいてよかったと思った。
今日は日曜日で、実はミッチーが里子に出された家に行くと言うので、乞われるまま付き添うことにしたのだ。
本当は先週行きたかったのだけれど、マサルの件で横須賀に一緒に行ったノリコが腕に怪我をして・・・いや、怪我をさせられて肉離れを起こしたから、心配と怒りと、怒りと、怒りと、怒り・・・で日曜日はとても出かけられる状態ではなかったのだ。
怪我をさせた奴は私が前に振った男で、ぶん殴ってぶち殺してやろうかと思ったけれど。
ミッチーに羽交い絞めにされて止められ、ノリコにはお願いだからやめてと懇願されたからとりあえず留まったけれど。
そいつも結構心に複雑なものがあるようで、その養父が直接謝りに来たことでママが手打ちにしてしまった。
まぁ、その時付き添ったミッチーが、ノリコより酷い怪我をそいつに負わせたようだから、こっちも責められるべきなのかもしれないけれど、だからって私の大事なノリコにあんな怪我を負わせやがって!
思い出したら、また腸が煮えくり返ってきた。
「エ、エミちゃんっ!顔!顔がっ、怖いことになってるよ!・・・もしかして、またノリコの怪我の事思い出したの?・・・確かに、腹が立つのわかるけど・・・あの男の事、思い出すの凄くムカツクから!エミちゃん、違うこと考えてよっ!!」
信号待ちで、ミッチーが助手席に座る私の顔を見ていたようで、そんなことを言ってきた。
あの男と私の間で何かあったのか、すっかりバレているようだ。
誰もそんなこと言っていないのに・・・。
だけど、ノリコ絡みとウザい男に対しては、いきなり喧嘩腰になる私の性質がすっかりミッチーにバレたようで。
大抵の男のようにドン引きされるかと思ったら、何故かブチ切れ凶暴になった私の姿を見て、ミッチーはとち狂ったのか『格好いい・・・』と言い出した。
マジでこの男、頭大丈夫かと思ったけれど。
私の素を知っても引かないミッチーを見て、ノリコは喜んでいたし。
ママは、強力なストッパーができたと、安堵している始末で。
まぁ、私の豹変した姿を見てもそんな状況だから、ますます何の遠慮もいらなくなったわけだ。
私の怒りの表情からあの男への嫉妬心が再燃するなんていうくだらないことで、時間を取られたくなかった私は、ミッチーに信号が青になったよと言い、膨れたミッチーの顔を強引に前に向けた。
「俺以外の男が、エミちゃんの事好きにならなければいいのにーーー!エミちゃん、優しくて美人だから、モテるしーーーー、俺、すっごく心配なんだよねぇーーー!」
やめれ。
窓を開けたまま、そんなアホなことを叫ぶんじゃない。
ほら、道を歩いている人たちが、驚いてこっちをみているじゃないか。
あ・・・見たことがある顔だと思ったら、初カレがいた・・・え、いつこの街に戻ってきたんだろう。
ヤツの転勤で、別れたんだけど・・・げ、バッチリ、目が合ってしまった。
その時、一瞬の動揺が伝わったのか、いきなりミッチーがこっちを見た。
その目は三角で・・・物凄く不機嫌な顔だ。
「ちょっ、ミ、ミッチー!危ないから、前見て!!」
事故の危険、命の危険を感じて、私は慌ててミッチーの腕にしがみつき、片方の手でミッチーの顔を再び正面へ向けた。
すると、一気にミッチーの体のこわばりが解けた。
そして、フフッと機嫌よく笑い出した。
私としては、叫び出して不機嫌になったり、いきなり機嫌よく笑い出したりで、何なんだと思ったけれど。
よく考えたら、今の状況はどう見てもミッチーにへばりついている状態で。
それが嬉しかったのか、ミッチーはずっとそのままでいてくれたら嬉しい!なんて言い出した。
そうか、不機嫌になったらとりあえずくっついたらいいのか・・・ミッチーの対処法を一つ得て、ホッとしたけれど。
はっきりいって、面倒くさい。
だから、この対処法は最終手段ということでとっておいて、私はミッチーから体をあっさり離すと、パコン!と頭を叩いた。
「いたっ!?エミちゃん、何するの!?」
驚くミッチーに、私は目を吊り上げ。
「うるさい!運転中によそ見をするな!下らないことで叫ぶな!納得できないことがあるなら、冷静に私に話せ!それができないなら、うちからたたき出す!!」
そう宣言した。
ジミーからの紹介で会った、コリーレコードのプロデューサーの結城さんは、ミッチーが里子に出された家の長男だった。
兄妹は、その下に女の子が3人いて、一番下がミッチーだという。
つまり、ミッチーは兄1人、姉3人がいる末っ子というわけだ。
その姉3人は、既にそれぞれ嫁いで家を出ていた。
「まさか、満が結婚したい人ができて・・・それも、この家に連れてきて紹介してくれるなんて・・・マジ、信じられないけど・・・満、よかったなぁ。」
跡を継ぎ、両親と一緒に暮らしている結城さんが私たちを出迎えてくれて、ミッチーの顔を見るなりしみじみとそう言った。
ミッチーの引き取られた家は、わりと大きな一軒家だった。
遠慮しないで上がってくれと、結城さんが私たちを奥の応接間に通してくれた。
そこには、ミッチーの養父母と思われる高齢の男女がソファーに座っていた。
その2人を見るなり、ミッチーは部屋の入り口で固まり、ギュッと両方のそれぞれの拳を握りしめた。
そんなミッチーに対し、ソファーに座っている小柄で優しそうな高齢の女性と顔の丸い人の好さそうな高齢の男性が、にっこりとほほ笑んで。
「満君、お入りなさい。よく来てくれたわね。元気そうで・・・幸せそうで、よかった。」
「本当に、よく来てくれた。君とは、あのまま・・・もう会えないのかと思っていた。この、一雄君から、君が更生して立派に音楽の世界でやっていると聞いて、安心はしていたんだ。だけど・・・君は孤独のままだということも聞いていて。私たちの力不足で、結局君の心の中の孤独を取り除いてあげられなかったことが、未だに悔やまれてね・・・だけど、君が結婚を考えているお嬢さんと一緒に、うちへ訪ねてきてくれるって聞いて、もう嬉しくて・・・本当に、よかったね。」
2人そろって、涙ぐみながらそんなことを言った。
その2人言葉を聞いて、私の前に立つミッチーの肩が震え。
未だ、部屋の入り口に立ち尽くしたまま動こうとしないから、私はミッチーの横をすり抜けて部屋に入ると、2人にむかって丁寧にお辞儀をした後、顔を上げると。
「初めまして。相田 江見と申します。結城プロデューサーには、うちの妹がお世話になっていまして。ノリコっていうんですが、今度コリーレコードさんからデビューが決まりまして、今レッスンをうけているんです。私の友人のジミーという人が結城プロデューサーを紹介してくださって、ノリコの歌を気に入ってくださって。姉の私が言うのも恥ずかしいのですが、ノリコは本当に歌が上手で、その上とても良い子で・・・デビューしたら是非ノリコの歌を聴いてくださいね!よろしくお願いします!」
と、とりあえずきっちりと挨拶をした。
だけど、その挨拶の内容が気に入らなかったのか、ミッチーが私の腕を掴み。
「エ、エミちゃん!?エミちゃんの挨拶、おかしくない!?今日は、俺の為に一緒に来てくれたんだよね!?なんで、ノリコの話ばっかりするの?いや・・ノリコの話はしてもいいけど、俺との話は!?エミちゃん、俺の恋人なのに!!結婚も考えているって言ったよね!?」
1人大きな声で、騒ぎ出すミッチー。
そんなミッチーを養父母の2人と、結城プロデューサーが驚いた顔で見ていて。
だから私はそんな3人に向かって、お騒がせしてすみませんと頭を下げてから、掴まれていない方の右手でミッチーの頬をつねり上げた。
「おかしいのは、どっちだよっ!?私、言ったよね!?環境がどうであれ、自分がやらかしたことのケジメをつけろって。この家の人に迷惑かけたって、ちゃんと謝れって。結婚の話はそれからだって。『悪いと思ったら素直にあやまる』ことができない男とは結婚できないって。ここまで来て、グズグズしてどうすんのさっ。悪いけど、そんなヘタレ男の為に挨拶なんか私はできないよ?だったら、お世話になっているノリコのために挨拶して何が悪いのさ?」
この期に及んで謝罪の言葉が出ないミッチーに腹が立ち、私は機関銃のようにミッチーに非難の言葉を投げつけた。
涙目でシュンとする、ミッチー。
そんな私たちを見て、目を丸くする結城家の3人。
「あのさ・・・ミッチーがこの家に引き取られた時の年齢と、ノリコがうちにひき取られた時の年齢って、多分・・・同じくらいだと思うんだけど。そのくらいの歳ってさぁ、まだまだ手がかかって世話も大変なんだよ。行き違いがあったかもしれないけど、こうやって今健康でいられるのって、ある程度自分の事は自分でできる歳頃になるまで手をかけてくださったおかげだよ?その上、勝手にグレて、悪さして、心配と迷惑一杯かけたんでしょう?心の中に色々なもの抱えてたって、まじめに生きている人はいっぱいいるんだよ?そういう人を見習え!自分本位な考え方をやめろ!」
私が当時の状況を想像して諭そうと思ったけれど、想像したらしたでミッチーのあまりにも甘い考えに腹が立ち、頭をバチンと叩いてしまった。
その途端、ミッチーが結城家の3人に向かって。
「ご迷惑をおかけしました。反抗したり、悪いこともたくさんして、迷惑を沢山かけて、心配もかけて・・・当時は自分の殻に閉じこもって、本当に孤独から抜け出せなくて。だから、誰の言葉も聞くことができなくて・・・今、かけがえのないくらい大切な人ができて、あの時の自分がいかに自分勝手で、酷い奴だったか・・・今ならわかります。本当に、申し訳ありませんでした。謝って済む問題じゃないけど・・・でも、これから頑張って彼女と2人で生きていこうと思います。それしか恩返しはできないけど・・・俺、幸せになります。」
強い目で、きっちりとそう言い放った。
うん、やればできるじゃん!
許してもらえるかもらえないかはわからないけれど、とにかく今までのケジメとこれからの決意と自分の幸せを告げることはできたから、私はホッとした。
ミッチーの言葉を受けた結城家の3人の表情を見ると、感極まったようなそれでも優しい目で、ミッチーを見つめていたから。
ここにいた時だって、ミッチーは孤独ではなかったのかもしれないと、そんな気がした。




