推しにハッピーエンドを!!
「パトリアナ……貴様との婚約破棄させて貰う」
サラサラと指通りの良さそうな綺麗な黄金の髪を靡かせその長い睫毛に縁どられた海色の瞳をこちらに向けて男が高々と声を上げた。
ところで前世の存在を信じている人間はどのくらいいるんだろう。
私は前世日本という国で高校生をしていた、つまるところJKだった。
普通に毎日学校に行って友達と駄弁り家に帰り「明日学校行きたくね〜」って布団の中でごねながら携帯を弄るだけの生活。
ぶっちゃけ今より圧倒的に楽しい日々だった。
そんな中、私がハマっていたのは「Prince of heart」と言う名前の乙女ゲーム。
ヒロインの名前はミニカ、皆に愛される可愛くて優しい私の推し。
そしてその周りには攻略対象の男が5人。
頑張り屋さんのヒロインが攻略対象を無意識に落としていく王道ストーリーは私の心を撃ち抜き、結果わたしの青春を全てそこに費やした。
でもそんな毎日も長くは続かない。
高校3年の夏、私は事故にあってぽっくりと死んでしまったらしい、前世の記憶が車がめっちゃ迫ってくるところで途切れているのでそういうことだと思う。
次に目覚めたら私は赤ちゃんになっていた。正しく言えば「Prince of heart」の悪役令嬢パトリアナ・カストロフになっていたの方が正しいのかもしれない。
そして今私の目の前でドヤ顔を晒す彼は私の婚約者、いやたった今婚約を破棄されたので元婚約者と言った方が正しい。
その美青年の名を体で表したような男はこの国の第2王子のアンドリック、ゲームの攻略対象だ。
私は彼を見上げると彼は横にいる豊かなパステルピンクの御髪にぱっちりとした二重の目とこれまた美少女という名前が世界一似合う可愛い女の子の腰を寄せた。
そう彼女こそ、このゲームのヒロインのミニカだ。
……殿下が羨ましい。
そんなことを考えつつ私は扇子を口の前まで持っていき「まぁ」なんて言いながら驚いたふりをした。少し声が低くなっちゃったのは許して欲しい。
アンドリックはその反応に満足したのかつらつらと話し始めた。
「貴様はこのか弱いミニカに対し権力を盾にし脅迫をしたり暴行を加えたと報告が来ている。
そのような横暴な女を国母に据えるわけにはいかない、たとえ私を心から愛していようとそのような行いは到底許されるべき行為ではない
よって貴様との婚約は破棄だ。」
彼は口を動かしながら腰を寄せていた手を離し、鞄の中にある"証拠"を取り出し堂々と陛下に見せた。
私は震えながら顔を下に向け扇子で顔を隠した。
大成功だ。
笑いだしてしまいそうになっているのを懸命に抑え込む、肩が震えてしまうくらい許して欲しい。
その証拠は全て私によって作られたフェイクだったから。
現にアンドリックの横にいるおバカで可愛いミニカは困惑気味な顔で証拠を見つめている。
大丈夫だよ安心して?下手なミニカの嘘を私はしっかりごまかしておいたから。やっぱりちょっと抜けてるミニカはすごく可愛い。
そういえばこのミニカはゲームと違ってちょっとだけ小悪魔気質があるみたいだ、私を嵌めて殿下を落とそうとするなんて清廉潔白なゲームのミニカからは考えられない。
でも如何せん可愛い。可愛いが過ぎる。
それに私は妃になりたくないし、ミニカのことを応援しようと決めた。
「まずは貴様がミニカを脅していた件についてだ。私に近寄ると酷い目に合わせると脅迫したそうじゃないか。」
嘘だ。なぜなら私はミニカと話したことがないからだ、せめて挨拶くらいは交わしたかったけど緊張してしまい無理だった。
「それについて貴様の侍女と名乗るものからも文が届いていた。
如何に目に余る行為だったかわかるな。」
私が書いた文だ。我ながら侍女らしさをだしつつもよく纏められたなかなかいい文だと思う。
「次にミニカに暴行を加えた件だが、これはあまりにも酷い。」
まぁこれも嘘だ。
私は暴力なんて嫌いだし、まずミニカにそんなことするなんてゴミ野郎だ。そんなことやる奴は地獄に落としてやる。絶対許さん。
「階段から突き落とした件については男子生徒から目撃情報の文が届いていた。
ミニカを心より心配しているのがわかる……こんなに彼女を心配する人がいるというのに貴様には心が無いのか?」
それも私だ。
でも彼女はほんとに階段から転げ落ちたらしいのですごく心配した。本気でミニカの家にお見舞いに行こうか悩んだが、次の日ピンピンして学園にきていたので安心した。ミニカに何かあったら私が耐えられない。
アンドリックは持っていた証拠から私のほうへ顔を向けると目を細めた。
「このような卑劣な貴様との婚約を結んでなどいられない。
何か異論はあるか?」
私は一呼吸おくと声が震えないように気をつけて「いいえ、ありません。」と答えた。
肯定するなんて思ってなかったようで殿下が眉を顰めるのが分かる。
「殿下、私はどんな罰でもうける覚悟をしております。」
ミニカは殿下の横で嬉しそうに頬を赤らめ恍惚とした笑みを浮かべている。
色気全開の推しを見てしまい私は頭を抱えたくなった。こんな公衆の面前でそんな顔しちゃいけませんとか心で慌てていたが、肝心のアンドリックは呆然とした表情をしてこちらを見つめている。
あれ?なにか間違えたかな。
「異論がないだと……?」
「はい」
「それは誠か」
「もちろんでございます」
「…………」
「……殿下?」
アンドリックは酷く憤った様子でこちらを睨みつけ手に持った"証拠"を勢いよく破り捨てた。
私の最高傑作が……。
「よくもペラペラと嘘をつけたものだな。
この手紙も全て貴様の書いたデタラメだろう。」
なんで気付かれたんだろう、冷や汗が止まらない。
ゲームと違う展開に困惑して、目線をアンドリックに移すと酷く冷たい目で私を見つめていた。
「貴様が何か企んでいるのは知っていたがこんなふざけた茶番を用意してくるとは思わなかった。
こんな程度のもので私と婚約破棄が出来ると思ったのか?」
私が固まっているとミニカが慌ててアンドリックに詰寄る。
「なっなんで私いじめられて……っ!?」
「身分をわきまえろ。」
ミニカが真っ青な顔で俯く。
私はミニカが心配で駆け寄ろうとしたが、手首を引かれアンドリックに抱き込まれた。
離して欲しくて抵抗してみるがビクともしない、そんな私を見てアンドリックは酷く愉快そうに目を三日月にした。
「何があっても貴様と婚約破棄はしない。」
残念だったなと馬鹿にしたように嘲笑う。
そして耳元で小さく囁いた。
「やっと捕まえた。
可哀想なパトリアナ、バッドエンドだよ」
そう言って殿下は酷く懐かしい笑顔を浮かべた。
私は昔1度だけパトリアナにゲームの話をされた事がある。
きっともうパトリアナは覚えてないくらいに昔。
いやあの時彼女はパトリアナじゃなかった、もちろん私も。
前の彼女と前の"僕"は幼なじみだった。歳も3くらい離れていたし彼女にとって僕は弟のような存在だったんだろう。
でも僕はずっと彼女を好きだった。ずっとずっとずっと好きだった。愛してた。
もちろんそんな自分が怖くなって彼女に当たった事もあったがそんな自分を彼女は笑って許してくれた。
馬鹿みたいに彼女のことだけ想って彼女の全部を知りたくて彼女の望む存在になろうとした。
「Prince of heart」も彼女が好きなゲームだから攻略した。僕は彼女がヒロインのミニカが好きだと言っていたのでミニカが嫌いだった。
ミニカが活躍する度彼女がこの女をべた褒めしてる絵が浮かんで何度もゲームを壊したくなった。婚約者の居る男に言い寄る女の何がいいんだよ。ただの悪女じゃないか。
彼女は僕の全てだった。何も無い僕に全てを与えてくれた。僕の愛そのものだった。
そしてあの日がやってきた。
彼女が帰る時間待ち伏せて一緒に帰ろうと思っていたら、前方から勢いよく車が走っていくのを見た。
危ないななんて思って目線を外した瞬間酷いブレーキ音と何かがぶつかる音。
そちらを見ると真っ赤に染まった道路によく知るカバンが地面にぶちまけられている。
恐る恐るそちらへ近づくと愛した人が血溜まりの中に横たわっていた。そこからの記憶は無い。
気づいたら"私"はアンドリックになっていた。
虚ろな目で彼女の愛した作品をなぞるだけの屍になっていた矢先、パトリアナに出会った。
私はパトリアナが彼女だって事はすぐに分かった。
癖も話し方も全部彼女と一緒だったから。
その瞬間の歓びは計り知れないだろう。
それからは幸せの連続だった。
婚約者として彼女を紹介された時私は胸が苦しくなる程に嬉しくて演技とはいえ彼女に言い寄られると凄く満たされた。
私がアンドリックとして振る舞うほど彼女はパトリアナとして甘い言葉をくれるのだ。
特にミニカが来てからは一等愛されてる気がしてたまらなかった。嫌いなミニカにまとわりつかれても我慢出来る程に、それの為だけに私は演技を続けた。
でもやっぱりゲームにはエンディングが必要だろ?
「やっと捕まえた。
可哀想なパトリアナ、バットエンドだよ」