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1.お兄様がいなくなった日

 お前は世界一可愛い子だ。

 お兄様はそう言ってよく私の頭を撫で、優しく微笑む。優しくて勤勉で美しいお兄様を、お母様は最高傑作だと言う。優秀なお兄様が我が伯爵家を継ぐことは間違いない。私の五歳の誕生日に引き取られてきた隠し子のお姉様が、明らかにお兄様と私よりお父様に可愛がられていても。お姉様の存在は勿論お母様にとって面白くないけれど、優秀な跡取り息子を生んだことでお母様の正気はかろうじて保たれ、家の中は静かだ。殺伐とはしているけれど。

 女性関係にだらしないお父様。ヒステリックなお母様。怯えた表情をしながらその実強かで図々しいお姉様。そんな家族の中でお兄様と過ごす時間は私に安らぎを与えてくれる……



 などということは決してなかった。



 もう思い出せないくらい昔から毎日、私は将来いかにしてお兄様を陥れるかを考えている。



「可愛いリヴィ。そんな悲しそうな顔をするんじゃない。失敗は誰にでもあることだ」


 お母様に睨みつけられうつむく私に、お兄様は今日も可愛いと言って頭を撫でて慰める。


「セオドア! あなたはまたそうやって甘やかして。今日で何度目だと思っているの。あなたがそうだからオリヴィアは成長せず、トラブルばかりおこすのですよ。もう十歳になるというのに」


 こんなに部屋を荒らして! とお母様は頭を抱え歯ぎしりをする。その歯ぎしりは淑女としていかがでしょう、なんて言ったらお母様の顔は今以上に赤くなることだろう。

 今いる客用の一室は荒れ放題。まるで部屋の中を嵐が通ったあとのよう。壁に飾ってあった絵は床に落ちているしベッドはひっくり返っている。カーテンも落ち、クローゼットは倒れている。お母様はこれを私がやったのだと信じて疑わない。

 非力な子どもが、いったいどうやってベッドをひっくり返したと思うのだろう。お母様は感情的になるとそんな疑問すら持たない。


「母上、もう良いでしょう。あとは私が叱っておきます。ほら、こんなに青い顔をして反省しているではありませんか。おいでリヴィ」


 二十歳、剣の腕も確かなお兄様は体つきもがっしりとしていて、私を軽々抱き上げ小さく左右にゆらす。お母様は眉を下げ上目遣いでうったえるお兄様にほだされ、なら後はあなたに任せましょう、と言い最後に私をもう一睨みしてから部屋を出て行った。


「駄目じゃないかリヴィ」


 お母様の足音が遠ざかると、お兄様はにやりと笑う。


「……私ではありません」

「なら誰がこんな悪質なことをしたと言うんだ」

「お兄様以外に、こんなことができる人間がどこにいますか!」


 お兄様からおろされたので、先ほどのお母様に負けないくらい目を吊り上げて、お兄様から距離をとる。


「その通り。少し考えればわかりそうなものを、うちの連中は阿保ばかりだな」


 この家の人は、家族も使用人も、誰もお兄様が悪事を働くなど夢にも思わない。どんなに証拠が集まろうと、その場合はお兄様が誰かにはめられたのだ、と結論を出す。

 家庭教師のマナーレッスンが終わると早々、私はこの部屋へ呼び出された。お兄様がお呼びですよ、とメイドが伝えに来た時、その時点で嫌な予感はしていたのだ。けれど行かなかったら行かなかったで後でどんな目に合うかわからない。そうして呼ばれた場所まで行ってみれば、この部屋のあり様だ。


 おお、来たか。いやなに、新しい魔法を作ろうと試みたのだが失敗してな。


 私の顔を見るなりそう説明したかと思うと次にはいつもの、私以外の人がいる時の猫かぶりを開始した。「ああ! リヴィ、なんてことを……!」なんてわざとらしく、丁度窓の外を通ったお母様に聞こえるように。

 飛んできたお母様は当然私を疑う。そしてこの始末。


 何度も、何度も何度も何度も何度も!

 私が二足歩行を始めた日から、お兄様は罪を擦り付ける相手ができたのを幸いと、欲望のままやりたい放題を始め、私に罪をなすり付けてきた。

 その上、自分が陥れた手前毎回助け船を出してくるだけなのに、それによって子供じみた妹を可愛がる優しい兄の称号まで手に入れる小賢しさ。


 始めは私だって反論していた。わけのわからないうちに犯人にされてはたまらない。お母様の宝石をなくしたのはお兄様よ! お兄様がお父様の本のページを破って盗んだのよ! 私じゃなくてお兄様が、お姉様の服を泥だらけにしたのよ! つまみ食いをしたのは、お兄様なの!

 誰一人信じてくれなかった。それどころか、お兄様のせいにするなんてなんて悪い子なの! と、数日間屋根裏に閉じ込められた。

 そのうち私は無実を訴えるのを諦め、いつかお兄様に復讐するため日々お兄様を陥れることだけを考えて生きている。


「うちの連中はまったく阿保ばかりだが、いくらかマシとはいえお前もなあ。俺に呼び出されてのこのこやってくるとは」

「どうせ来なくてもこれを私のせいにしたでしょう! それで来なかった腹いせにまた何か嫌がらせするんだわ!」


 足踏みをすると、お兄様はゲェっという顔をする。


「やめろやめろその顔。ババアにそっくりだぞ」


 冗談じゃないわ、と一度うつむき表情をリセットする。

 お兄様は伸びてきた前髪をかきあげ、大げさに溜息をついた。凛々しく涼しげな目つきのお兄様と私では顔立ちはあまり似ていない。真顔でいれば私よりもお兄様の方がよほどお母様に似ている。銀髪と青い目は、私とお兄様の数少ない共通点だ。


「嫌がらせなんて可愛いお前にするわけがないだろう。俺はただ、多少罰を肩代わりしてもらっているだけじゃないか。二人きりの兄妹、助け合わなくては」

「お姉様もいるのですから二人きりではないでしょう。だいたい、私が一方的に助けるだけでお兄様に助けてもらったことなんて」

「お前が屋根裏生活を強いられていた時、屋根裏を快適に作り変えてやったのは誰だ? ババアの説教からいつも助けてやっているのは?」

「そもそもお兄様が悪さをしなければそんな目に合わないんです! 私自身は良い子なんですからね」

「悪さとは心外な。俺は日々真面目に研究に勤しんでいるだけだ」


 お兄様ほど魔法に長けた貴族の息子はそうはいない。魔法によって功績が認められて貴族になった人やその家の子なら別だけれど。そんな家は国内でも三つしかないのだというのは常識だ。

 魔法使いは気味悪がられがちだし、特殊な能力を持つ彼らに爵位まで与え力をつけさせるのはよくないという考えは古くから続いている。

 ある程度の基礎は習うものの、高度な魔法は貴族には不要。

 そんな中、お兄様は人一倍魔法に興味を持ち、人一倍才能に溢れる人だ。

 私が実際に魔法使いに接触したことはほとんどないけれど、噂に聞いたり物語や歴史書で見て想像するに、お兄様はかなり優秀だと思われる。

 誰に教わるでもなく、毎日家族の目を盗み独学で勉強し、自分で新しい魔法まで考え出すほど。


お母様の宝石も、お父様の本のページも、魔法の研究に使うため。お姉様の服をダメにしたのは魔法が失敗して暴発したせい。つまみ食いはただの素行不良だけれど、お兄様の悪事はほとんどが魔法への探求心を元に実行される。


 こんなことが家族に知れれば大変なこと。

 お前は魔法使いにでもなるつもりかと怒り、お兄様から魔法に触れる時間を取り上げるに決まっている。お父様もお母様も、なんでも自分の思い通りにしたい人。何よりの自慢であるお兄様に関してのことならなおさら。


「好きなことをするのは良いことだと思います。お兄様は日々お忙しくされていますもの。私だって、お兄様に言っていただければ周りにバレないように誤魔化す協力だってします。でも!やってもいないことの罰をこう毎度毎度受けるのはいくら何でも我慢できません!」

「まあそう言うな。いつかお前に悪い虫がついたときは俺が魔法でひっぺがしてやるさ。今の苦労はその時のための投資だと思え」

「何年先のための投資ですか」


 だいたい悪い虫なんて。将来はお父様とお母様が見つけた適当な相手とくっつけられるに決まっている。拒否権なんてどうせないのに。

 お父様に深く深く愛されているお姉様すら、人間関係はお父様に管理されている。それで私に自由があるはずがない。……いや、あまり興味を持たれていない私の方が多少自由があるのかも……?


「そうだリヴィ、お前に渡すものが」

「嫌な予感しかしませんが」


 懐に手を入れたのでカエルでも出してくるかと予想する。子供のような悪戯の常習犯だから。私に対してだけだけど。


「一日早いが」


 可愛らしいピンク色の箱が出されて拍子抜けする。


「……いつもはちゃんと当日の朝に渡してくれるのに」

「今年はそれができそうにないんだ」


 一日早い。

 明日は私の誕生日だ。

 毎年誕生日には必ず一番最初におめでとうを言いに来てくれるのに。プレゼントも一番最初にくれるのに。


「おいでリヴィ。そんな顔をするな」


 お兄様は可笑しそうに笑って、私をまた抱き上げる。


「お前に迷惑をかけていることに関しては少しは悪いと思っている。とはいえ俺は俺が一番可愛いからな。二番目に可愛いお前に苦労をかけるのは仕方ないので少ししか悪いと思っていない」

「何も仕方なくないですけど」


 実に腹立たしいことだけど、二番目に可愛いというのはお兄様にかなり大事にされているということだ。


 どうしようもないお兄様。いつか絶対痛い目をみせる。絶対にぎゃふんと言わせる、私に泣いて謝るがいいわ! と毎日思うけれど。お兄様が学校の寮へ行っていた日々は穏やかで天国でもうしばらく帰ってこなくて良いのに! と思っていたけれど。

 でもお兄様を愛していないわけじゃない。


 私の誕生日には必ず、おめでとうと一緒に「生まれてきてくれてありがとう」と言う。私が風邪で寝込んだ時は、寝ずに私の手を握っていてくれる。私の好きな食べ物、好きな本、好きな花、好きな音楽、好きな色、知っている家族はお兄様だけ。

 私が泣いていたら飛んできてくれる(尤も泣いているそもそもの原因がお兄様のことがほとんどだけれど)。私の言葉をいつも信じてくれる(私はお兄様の言葉をそう簡単には信じないけれど)。


 憎々しいけど愛すべきお兄様。愛すべきお兄様だけど憎々しい。

 そんなお兄様は確かに私を愛してくれている。

 ちょっとやそっとの優しさでは許せないくらいの迷惑をかけられているし、比べれば憎しみの方が勝るので意地でも愛しているなんて口に出してやるものか、と口をムっと閉じる。誕生日に傍にいてくれないなんて酷い! なんて、傍にいてほしいのになんて、お兄様をつけ上がらせることは絶対に言わない。


「すまない、リヴィ。本当はお兄様もお前の傍にいたいんだ」

「……明日はお仕事ですか?」


 お兄様のお仕事は今はほとんどお父様のお手伝い。お兄様が仕事ならお父様も仕事だろう。どうせお兄様以外は義務的に祝っているだけの誕生日なのでもうどうでもいい。


「仕事……。ああ、そうだな。少し厄介な仕事でな、しばらく家に帰れない。……おいオリヴィア、お前嬉しそうな顔をしてないか?」

「し、してません」


 誕生日にいてくれないのは悔しいけれど、しばらくお兄様が留守にすればつかの間の平穏が手に入る喜び。悔しさと嬉しさが丁度半分くらい。


「しばらくって、どれくらいで戻るんです?」

「さあ、俺にもわからん。だが心配するな。お前の心配することは何もないからな」

「別に心配なんてしていません。何を心配するんですか。心配するような危ないお仕事なんですか?」


 戦地に行くわけでもあるまいし。


 それもそうだ、とお兄様はクスクス笑う。


 人がいないところではお父様を色ボケ狸と、お母様をババアと呼ぶ口の悪さだけれど、こうして上品に笑っていればお兄様はいかにも育ちの良い美青年。勉強も体を動かすのも得意で逞しいのに、美人なせいで儚い雰囲気がある、黙っていれば。

 お兄様が寂しそうな顔をすると、儚くて、弱弱しくて、この人は近く死んでしまうのではと心配になってしまう。図太いお兄様に限ってそんなことはないとわかっていながらも。


「何も心配するんじゃないぞ、リヴィ。俺はいつもお前の味方だ。何からも守ってやる」

「守るも何も、私の危機は大抵お兄様に引き起こされているのですが」


 お兄様のせいで危機に陥っているのにお兄様にフォローもされていなかったら今頃はこの微々たる愛情も消え失せていたことだろう。

 お兄様は私の声が聞こえないふりをして、おおよしよし、と私の頭を撫でる。


「可愛いオリヴィア。お兄様がお前を愛していることを、決して忘れるな」

「どうしてそんなことを改まって言うんです、恥ずかしいお兄様。さては今日は他にもまだ別の悪事をはたらいていて、私に押し付けるつもりですね」




***




 毎年、誕生日はお兄様に叩き起こされ、「おめでとう!」と抱き上げられるのが恒例なのに、今年は違う。

 私の迷惑なんて考えないお兄様のことだから、仕事に出る前の早朝に起こしに来てその一連の流れがあるかと思ったけれど、さすがにそれはなかった。前日にプレゼントをよこしてきたくらいだし、誕生日くらい迷惑は控えてくれたらしい。

 何よ、ちょっとは常識ってものを考えられるんじゃない。

 とお兄様に感心して、せっかくなので二度寝をしようとするとドアが荒々しくノックされる。


「お嬢様! お嬢様、起きていらっしゃいますか!」


 そりゃあそんな勢いでノックをされれば起きないわけがないでしょうに。

 ノックと私を呼ぶ声だけでもただ事でないのはわかった。ドアを開けると、メイドのエリンが顔を真っ青にしていた。人がここまで青ざめているのを初めて見た。


「お嬢様、どうか、落ち着いて、お聞きください。セオドア様が……」

「お兄様がどうかしたの」


 私の肩におかれたエリンの手は震えている。

 後から駆け付けた執事長が、エリンの名前を呼び首を横にふった。


「お嬢様にはまだ言うべきでは」

「お兄様がどうしたっていうの! 教えて!」


 二人が私から目をそらし苦しそうな顔をする。二人の後ろの廊下を、お母様が青い顔で通るのが見えた。お兄様の部屋に向かっている。エリンと執事長の間をすり抜け、お母様の後を追うとやはりお兄様の部屋。

 部屋の入口には使用人たちが集まっていて、お兄様のベッドの傍らにはお父様とお姉様がいる。お兄様のベッドへかけよるお母様と一緒に私も中に入った。


 お兄様のベッドなのに、そこで眠っているのは見ず知らずの男の人だった。

 年はお兄様と同い年くらい。だけど銀髪ではなく黒髪。お兄様よりも中性的な顔立ちの美しい人。真っ白い肌と長いまつ毛のその人は、男の人だけれどお姫様のよう。


 その人は体に何もかけず、ベッドの中にいるのではなくベッドの上で寝ている状態だった。

 寝巻ではない。上等な服。貴族なのは一目瞭然。


「この人……」


 お腹と胸のあたりに血が滲んでいる。


 この人、死んでいるの?


 そう訊こうとする私をお母様が遮った。


「セオドア……っ、セオドア、ああ……っ、なんてこと……!」


 お母様はお兄様の名前を呼んで知らない男の人の体にしがみつく。わんわん泣いている。お母様の肩を抱くお父様も、お兄様の名前を小さく呼んで涙を流している。

お姉様も、お兄様、お兄様、と泣いてお兄様のベッドの横で顔を覆っている。


「一体誰がこんなことを……、ああ、いいえ、お前ね。お前しかいないわ! よくも私の息子を……!」


 涙で顔をぐしゃぐしゃにしたお母様はお姉様につかみかかろうとしてお父様に止められる。お姉様はさらに大泣きして、違う、違います、と悲鳴をあげる。

 私一人だけがおいてけぼりだ。


「お嬢様、失礼いたします」


 追いかけてきた執事長がそう言って目隠しする形で私を抱き上げ部屋の外に連れ出そうとするので、最後にもう一度振り向いてベッドを見る。寝ているのはやはり知らない男の人。

 執事長に連れられ自分の部屋に戻り、わけもわからず窓の外を眺める。一体何が起きているのか。エリンと執事長は私を心配して一緒に部屋にいてくれる。外をぼんやり眺めている私におろおろとしている。でも今、私は他人を気遣う余裕はない。


「……お兄様は死んでしまったの? ベッドにいたのはお兄様?」


 執事長は子どもの私に話すのをためらっていたけれど、話してほしいとせがんで何とか聞き出した。

 朝早く、お兄様の部屋の扉が開いていたことで使用人たちが不審に思い確かめてみると、お兄様がお腹と胸を刺されて死んでいたという。第一発見者は複数人のメイドで、その後すぐに執事長と執事たちも駆け付け、お父様もすぐに起きだして駆け付けた。

 夜中、何者かがお兄様を殺した。家の中の人間かもしれないし、外部からの侵入者かもしれない。

 が、とにかくお兄様は死んだ。

 それが執事長の説明だった。


 やはり執事長も、あのベッドに寝ていた人がお兄様であることを前提として話している。一緒に説明を聞いていたエリンもその事に違和感を持っていない。

 私がおかしいのか、私以外がおかしいのか。


 そういえば、今日はお兄様はお仕事だったはず。お父様も。


「お父様はお仕事に行かないでいいのかしら。お兄様も、今日はお仕事のはずだったのに」

「お仕事? いいえお嬢様。今日は旦那様もセオドア様もお仕事はないはずです。今日はお嬢様の……」


 お嬢様のお誕生日なのですから。そう言いかけて執事長が言葉をつまらせたのは明白。エリンも、胸の前で手を握り涙をこらえている。


 私の誕生日だから、お兄様は私の傍にいてくれるつもりだったのだろうと二人は言う。毎年のように。だけど今年は違う。お兄様は昨日、確かに、今日は傍にいられないことを私に伝えた。お兄様はお仕事のはず。


 余計こんがらがってきた。


 本当にお兄様は今日、仕事があった? でもそれなら、執事長がそれを知らないはずがない。家をしばらく空けるような仕事を。


「あっ」


 机にしまってある箱を出そうとして思いとどまり、エリンと執事長に部屋を出てもらう。心配してくれるのに申し訳ないけれど、箱の中は一人で見なければいけない気がした。


 ――いいかリヴィ、今日のうちに渡しはするが、開けるのは明日だぞ。


 昨日、一日早い誕生日プレゼントを開けるのは当日まで待つようにとお兄様はやたら念押ししていた。


 ドアに耳をあて、外に誰もいなくなったことを確認し、用心してカーテンを閉め準備を整える。


 毎年私が欲しがっているものや私の趣味に合ったプレゼントをくれるので、箱を開ける時はいつもわくわくドキドキしていた。今年は別の意味でドキドキする。


 慎重に、ゆっくり開けると中には可愛い紫の小瓶の香水。それにメッセージカードがついていた。



『親愛なるオリヴィア

誕生日おめでとう。生まれてきてくれてありがとう。

しばらく帰らない。兄は元気なので心配はするな。

この埋め合わせはそのうち』



 この埋め合わせって……


「どの埋め合わせ……っ?」


 誕生日にいないこと? このわけのわからない状況を作り上げたこと? 私の誕生日がこれからはお兄様の命日になること? しばらく帰らないこと? しばらくってどれくらい?

 いや、そんなことよりも、このメッセージカードではとりあえずお兄様は生きていそうなことしかわからない。お兄様が生きているとして。おかしいのは私以外の人だったとして、それなら、




「あの遺体は、誰……」










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