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白い花をあなたの終わりに

作者: 野々
掲載日:2018/12/26

そう、それを言ったら笑われるに違いない

だから私は黒い空に手を伸ばしたのだ


 起きた際、世界の明るさに思わず目を細めた。

 体を起こして周囲を見る。辺りには名前の分からない白い花が咲き誇っていて、目に見える大地の果てまで全てが花に覆われている。黒々とした空には自分だけを見ているのではと錯覚するほどの巨大な月と小さく瞬く星々が柔らかな光で照らしていた。

 そしてそんな世界の中、少し遠い所で揺れるように立つ女性がいた。

 女性は長いストレートの白髪であった。しかし立ち姿からは年寄りの風情はない。寧ろ私よりも若い印象を受けた。彼女は私の事をずっと見ている。遠いので余り表情は窺えないが、一対の白い眼は私をじっと見つめているのが分かった。

 何故自分がここにいるのか、彼女は何者なのか。分からないことが多すぎて戸惑いながらも私は立った。女性の事が気になり、足がゆっくりと動き出した。


 大地を歩くたびに白い花が私の体に触れ、白い花がゆらりと揺れる。花々の擦れあう音がやけに耳に入って来る。

 女性は私をじっと見て動かない。待っているのではないか……相手の事を知りもしないのにそう思ってしまう。

 近づくにつれその容貌がはっきりしだした。煌々と月の光で輝く白い髪。はっきりした青い眼に染み一つない肌。その中で少し赤みのある唇。その全てが完璧に噛み合って現実離れ……とでも表現すれば良いのだろう。「至高」という言葉が似合う。しかし何処か幼さもあり、近寄りがたい雰囲気はない。

「こんばんは。今日は綺麗な日だね」

 私が彼女の顔を認識出来る程の距離になった時、彼女はそう言って唇を開いた。

「……こんばんは」

 何故か彼女が喋れるとは思っていなかった私は戸惑いながら返事をした。それを聞いた彼女は眼を細めて笑みを浮かべた。

「珍しいね。ここには何もないよ」

 そう言うと彼女は倒れるように花の中に寝ころんだ。それにより白い花は大きく揺れ、千切れた花びらが黒い空へと飲まれるように飛んでいった。

 私は飛んでいく花びらの行き先を静かに眺めながら、女性の隣へ腰かける。辺りの花は少し揺れ、場違いな私に抗議をしているかのようだった。

「何もない?」

「そう、何もない。ここは境目。0と1の間。こんな所に来るなんて随分と大変だったね」

「……それはどういう?」

 抽象的な彼女の説明に戸惑ってしまう。しかし空に浮かぶ月を眺めている彼女は私の疑問には答えてくれなかった。どうやらとても自由な人物の様だ。子供の頃飼っていた猫を思い出しながら、私も釣られて空を眺める。

 人生で初めて見る綺麗な夜空だった。人工の光と汚れた空気に遮られる私の部屋からは見た事がない。

「ねえ、あなたの話を聞かせてよ」

「私の話?」

 女性は空を眺めながら私にそう言ってきた。しかし、私としてはその言葉に困ってしまう。私の生涯には残念ながら特筆することはない。私の失敗談はある意味山ほどあるが、こんな綺麗な場所ではそぐわない。

「そう、別に何でもいいよ。家族の人だとか。昨日の夢の話だとか」

「とは言われても……」

 彼女の言葉に返答を悩む。

 ふと、つい先程までの自分を思い出し、私は口を開いた。

「君は夢とかある?」

「……夢?」

「そう、夢」

「私はあなたの事知りたいんだけど……」

 白い髪をゆらりと揺らし、彼女は私の方を向いた。その顔は何処か疑問と不満が入り混じった表情をしていた。分かり易く顔に出る所に何処かおかしさと安らぎを覚える。

「後でちゃんと私の話もするからさ」

「そう?」

「ああ」

 私がそう言うと、彼女は分かり易く表情を変え、少し唸りながら右手を頬に付ける。暫く考えてから、口を開いた。

「お花畑以外を見てみたいかな?」

「お花畑以外?」

「そう、ここにはこれしかないから」

 女性はそう呟くと近くに咲いている白い花を一本摘む。

「綺麗だと思うけどな」

「ここに来る人は皆そう言うのよ。でも私は飽きちゃった。他の人のお話の方が楽しい。私じゃ思いつかない考え方の人もいるし、私の知らない1の話をする人もいる。難しい言葉をたくさん使う人もいる……そういう話をしてほしいの。ね、何かある?」

 手元で揺れる花をクルクル回して遊びながら女性は私に期待を向けた眼差しを向ける。……本当に困った。私はこうやって期待されるのが苦手なのだ。自分は大したものを持っていない。なのに期待されてもそこまで素晴らしいものは私にはない。

 ……そう、私には何にも

「……そうだな、私の夢は多分君ほどのものじゃないんだ」

 私は白い白い月を見上げながら呟いた。私には大きすぎる……ずっとみているとおこがましいとすら感じる美しい月。

「普通の人はああいう月みたいな存在になりたいと思うんだと思う。黒い空の中で一際輝くあの石にね」

「そうなの? 皆?」

「多分ね」

 女性は不思議そうな返答だった……そもそも彼女には「普通」が分からないのかもしれない。ただ残念ながら私には言い換える程の語彙力は無かった。

「……もしくは星々を目指すのかも知れない。唯一ではないけど黒い空を彩る輝き達。あれを目指すんだと思う。でも私は初めからそれを諦めてた。そんなものにはなれないってね」

「そうなんだ?」

 表情は分からない。ただ理解できてないのは声で良く分かった。けれども私の言葉は止まらない。何かに浮かれるように急かされるように言葉は花びらの様に飛んでいく。

「皆……最後は黒い空に融けていくんだ。月の輝きに消され、星々の彩を目立たせるだけのキャンバスへとなっていく。それがきっと当たり前。私レベルの凡人でも分かる常識……そんなことは知っていた」

 最後の言葉はか細くなってしまった。そう、分かっていた。他の全てに塗りつぶされる。誰でも知ってる。それは承知の上だった。

 何時の間にか私は月を見上げるのを諦めた。体育座りをして顔を下に向けた。一陣の風が吹いて私の体に容赦なくぶつかる。辺りの花びらが飛んでいく音が聞こえる。

「私はね、別に黒い空で良かったんだ」

彼女の方を見ず、暗い視界の中で呟いた。声は震えていた。

「星じゃなくても、月じゃなくても良かったんだ……私の夢は中途半端で居たくなかっただけなんだ。空を漂う位なら……落ちたかったんだ」

「そう、だからここに来たんだね」

 女性はそう呟いた。私は肩が震えているのに気づかれたくなくて黙った。

「私には、君の気持ちが分かんないの。ここにはあなたの言う月、星、空……そんなに差は無いわ。そもそも私一人しかいないしね。でも、ここに来る人は皆困ってるの。沢山の人がいるから、困ってる。多分私は一度も味わわない感覚なのかも」

 「案外ここのお花たちの方が共感してくれるかもね」そう付け足す声には楽し気な気配が漂っている。

「私はあなたみたいな人が来ると嬉しいわ。でもあなたは人を見るのが嫌になったのね」

「……そうかもな」

 私の声は女性に聞こえたのか分からない。ただ、その静かな間は少しだけ心地よかった。




「もう、考えて喋りたくない」

「私はあなたみたいに人が来ないと喋る機会がないから、ずっと考えてるわ」

「出来るならずっと一人で居たい」

「私はずっと喋っていたい」

「……もう、疲れたんだ」

「私は元気いっぱいだよ。あなたが来てくれたから」

「……それは良かった」

 ぽつぽつと続く会話とは言えない言葉の羅列。それをどれだけ続けたのか何時間ここにいるのか私にはもう分からなくなっていた。

「それにしても君は本当にここで一人なのか? 親とか……友達とか」

 ふと会話の中で気になったことを彼女に質問した。彼女は「一人しかいない」と言っていた。その意味がよく分からない。

「うん、私一人。親も友達もいないわ。以前あなたみたいに人が来た時に初めてその言葉を知ったわ」

 あっけからんと呟く彼女に私は思わず顔を上げた。その瞬間、彼女と目が合う。冗談めいた様子も悲惨さも感じさせない。

「じゃあ、育ててくれた人とか……」

「育てる? 子供とか? 以前そういう話をしてくれた人がいたけど私にはよく分からないの」

「……」

 私よりは若いとは言っても「少女」とは到底言えない女性から出た言葉に違和感を覚えるが、同時にこの女性の非人間染みた雰囲気から納得もしてしまう。本当に私とは違うのだと。

「そうなのか」

「うん、前に聞いた時、『子育て』はしなくちゃいけないことなのでしょ? でも私はそれがなんなのか分からないんだよね。あなたは分かる?」

「答えづらいな……私も経験はないし」

「そうなの? そこは私と一緒だね」

 そう言うと彼女は突然立ち上がり、白い服から汚れを落とす為にはたき始める。

「座ってるの飽きちゃった。ちょっと散歩しよ」




 白い花々は風に吹かれてゆらゆらと私達を追い越して飛んでいく、月は何も問わず、私達二人を追い続けてる。美しい景色だった。遠くを見れば黒い空と白い花が境界線の様にハッキリと別れている。

 彼女は私の前を上機嫌に歩いている。その後ろを付いていきながら辺りを見る。この地上には本当に

「花しかないな」

「うん、だから飽きちゃったって言ったでしょ? 来る人皆が褒めてくれるのは少し気分良くなるけどねぇ」

「君が育ててるの?」

「多分、違うよ?」

「……そうだったな」

 女性は花を時には掻き分けながら時には遠慮なく踏んでいく。そこに花への情は無さそうだ。私は彼女が作った道を歩いていく。彼女が何処へ行こうとしているのか分からない。そもそも目的地は無くても彼女なら可笑しくはない。でもそれを受け入れている私がいた。

 彼女は暫く何も言わずに歩いていいたが、突然「ん?」と呟き、私の方を向いた。

「花も育てるものなんだね」

 どうやら先程の私の言葉の意味を疑問に思ったようだ。……そういえば彼女は「育てる」という事が分からないみたいだし、その疑問もご尤もなのだろう。

「……そうだな。義務ではないが、育てる人は多いよ」

「ふーん」

 彼女は納得したような、してないような、不思議な声音を発すると辺りを見渡す。

「本当、やることがいっぱいあって羨ましいな」

「……そういえば、君の夢、このお花畑以外を見てみたいってどういう意味なんだ?」

「言葉通りかな。もう少し歩いてみる?」

 そう言うや否や、彼女はまた歩き始める。前を向いてただただ歩く。景色は決して変わらない。花、花、花……最果てにまで続く白。あの大きな月から見たらここは真っ白に見えるに違いない。

 そんな白い世界を踏みつけて、線を入れる二つの染み。先導する女性はどんどん歩く。寝転がっていた場所から随分離れたように感じていたが、視界に大きな変化はない。建物が見えてくることも無ければ木一本見える事もない。一度背後を振りむいてみたが、いつのまにか白い花で埋もれて来た道が分からなくなっていた。

 ……あぁ、本当に分からない。彼女の後ろをひたすら歩いているが、ここが本当に進んでいるのか。女性と座って星を眺めた場所から……それどころか私が目覚めた場所から一歩も進んでいないのではないかそう錯覚するほどに変わらない景色。空に浮かぶ大きすぎる月も周りを煌めく星々も、その輝きに埋もれる空の黒もずっと変わっていない。花びらを時々旅に送り出す風すらも映像をループしているかのようだ。

 足の進む感覚すらも無くなりかける。歩いて疲れたわけではない。寧ろ、全くといって良いほど疲れていない。それが逆に自分の体とは別物だと……自分の脳が自分を否定し始める。

 感覚がバラバラになっていく。世界が崩れる浮遊感。別に初めてではない思い出したくもないゲシュタルト崩壊。

 この感覚は以前も感じた。黒い空を目指した時にも。

「分かった?」

 私が気付いた時、何時の間にか女性は立ち止っていた。顔は空を見上げている。私には後姿しか見えず、銀の髪が揺らいでいる。辺りの景色は何も変わっていなかった。

「ここには何にもないの。何時だが忘れたけど初めてあなたみたいな人と会った時、歩いてみたこともあった。その人が言うように色々な人がいる場所が有るんじゃないかって思ってずっとずっと。でも何にも変わらなかった」

 「本当に羨ましい」そう呟いた時、何度目かの風が吹き、銀の髪が靡く。

「あなたの言う人に会ってみたい。誰かが嫌だと言っていた『ツウキンラッシュ』に乗ってみたい……そう思ってる。多分、それが私の夢」

 彼女はそう呟く。私は動けなかった。花びらが顔に付いても、彼女の顔をずっと眺め続けていた。

 以前まで持っていた懐かしいものを彼女は持っていた。私が失くしてしまった「夢」。それを彼女は大切そうに握りしめていたから眩しかったのだ。私は諦めてしまった「それ」を愛おしく持つ姿に虚無感と悲しみが溢れ返り私の頬を再び涙が流れ始めた。

 私の耳の奥で何かが壊れる音がした。

 その音は決して花畑の世界に響いた訳では無い。しかし彼女は私の方を向き、残念そうに顔に影を落とす。

「……あら、あなたは落ちるのに失敗しちゃったみたいね」

「……なに?」

「初めに言ったでしょ。ここは境目。覚えてない? ここに来る前にあなたは何かした筈。みんなそう。ここに来る人は――」

 私の耳に最後の言葉は聞こえなかった。壊れる音は増々ひどくなる。理想が壊れた時の様に心が絶望に浸されていく。

そしてここに来る前の私を思い出した。大したことのない黒い空にすらなれなかった哀れな男の末路を

「――」

 体の平衡感覚が無くなり、世界が崩れるように倒れる。女性の口から発せられた言葉は聞こえない。木の何かが壊れる音と共に、私の体は床にたたきつけられた。

「……」

 黙って体を起こす。弾くことが無くなったギター。洗う事を忘れ、薄汚れた布団。すっかり溜まったゴミ袋の山。私の首にはしっかり絞めつけられた縄。背後には私の体重を支え切れなかった部屋のでっぱりが無残に壊れていた。

「……本当に私は何にもなれないんだな」

 全てが終わった私を表現する様な部屋。その真ん中で思わず声が漏れた。




 人は夢が無くては生きていけない。例えそれが大したものでは無くても。少なくとも私はそう思って歩いていた。

 だからこそ、私の夢が儚く、哀れに、どうしようもなく終わった時点でこの最期は繰り返されるのだ。

 首吊りに失敗した私は数日後、とある雑居ビルの上に立っていた。空は暗い。眼下に広がるのはミニチュア染みた車の流れと、足を止めて上を向く人々の黒い頭達。その全てが遠い世界の様だった。

 その感覚は間違っていない――この世界は私には合っていない――私とは別のものなのだという確信じみたものが頭を侵食し続ける。お前の場所は、あの花畑なのだと心が囁きだす。破滅が分かっていても進む事が決まっている。きっと中毒者とはこんな感覚に違いない。

「あそこに行くには私は重過ぎる。ここまでやらなければ、また戻ってきてしまう」

 口から漏れた風の様に小さい言葉。それだけで私は勇気づけられた。体を襲う不快なビル風に押され、私は一歩前へと歩みだす。

 風切り音の中に悲鳴が混じった。それを無視して私は飛躍した。今度こそ戻れないように、勢いよく落ちるために。

 回転する視界の隅に見える月は私には届かない程に小さく、冷たく輝いていた。


ジャンルに悩みながら投稿した一作

こっちのジャンルの方が良いのでは?という意見があればお願いします


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