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第8話 愛のメランコリックな本屋事情

 あらかた買いたいものを買った私たちは、ショッピングの最後の本屋に向かう。

 たくさん本があって、雰囲気は落ち着いていて、騒がしい客もいない。

 私にとっては、ショッピングモールの中で唯一落ち着ける場所でもある。


「んじゃ、ウチは雑誌を見てるからね~」

「わかったよ」

「それじゃ、ごゆっくり~」


 アズは軽く手を振って去っていく。この光景もまた見慣れたものだ。

 といっても、興味が無いから付き合わないという私みたいな非社交的な理由などではなく、私がじっくりと本を選ぶ際の邪魔にならないためみたいだけど。

 何というか、人の都合をちゃんと考えてくれているところ、アズらしい。


 とりあえず早く本を見つけて帰ろう。今日は疲れたし、アズに荷物を持たせてるし。

 そんなことを考えながら、お目当ての本がある場所へ向かおうと歩を進める。

 ――その時、私の目にあるものが飛び込んできた。


『THE・正論!時代をリードする著名人たちの超・対談』

『アホな奴は黙らせろ!~現代社会での正しいコミュニケーション~』


 それはビジネス本というかハウツー本というか、よくわからないジャンルの本が数々並べられた光景。誰かの人の顔がアップで写っている、電車の広告でも見かけるアレだ。

 売上が良いのか、おすすめとして大々的に注目される場所に置かれていた。


「…………」


 思わず嫌な気持ちになる。何故ならそういう本が私は嫌いだから。

 理由は、よくわからない。表紙に写っている人に見られている気分になるのか、煽動的なタイトルが自分の鼻につくのか、単純にそういった本の大半が読む価値のない低俗なものなのか、もしくは私が知りえていない別の理由なのか。

 はっきり言って、売れている理由が私には理解できない。

 でも、私以外の多くの人が求めている。そういう人は何も考えずに買ってくれる。

 商売として考えるなら、成功なんだろう。何が何でも認めたくないけど。


 もやもやとした気分を抱えながら、目的の――文学作品コーナーに辿り着く。

 落ち着いた色の表紙に、想像力が駆り立てられるタイトル。

 本を開けば――芸術的な文章。綺麗で、時に汚い人々の心理が広がっている。

 うん、これだ。これぞ、本、そして文学だ。

 こういった美しい作品が、過去のものとして忘れ去られなければいいんだけど。


「……はぁ」


 まあ、そんなこと憂いてもしょうがないか。

 学生という身分の私にできることは、少しでも多く素晴らしい文学作品を購入して、作家さんと書店、出版社の売上に貢献することだけだ。


 ――でも、本当にそれだけなんだろうか。


 そんな想いが浮かんだ時、視線を向けたその先。そこの、とある本が気になった。

 店の奥深く、その場所の本棚で佇んでいて、誰も気に留めないような、そんな本。

 でも確かに……今の私が心の中で求めていたかもしれない、本。

 私は半ば無意識の内に、その本を手に取っていた。そのタイトルの名は――


『小説の書き方入門』


 ――好きなものが無くなりかけているのなら、私が書けばいい。




「あ、もう終わったの? 今日は早いね~」

「うん、すぐ見つかったし。……それに荷物が重いから」

「あははっ、そうだよね~」


 買いたかった三冊の本を購入し終わって、アズのところに向かう。

 ファッション雑誌のところにいたアズは、すぐに私のことに気づいてくれた。


「けっこう遅くなったけど、どうする? このまま帰るか、ここで食べちゃうか」


 アズに言われてお店の窓を見ると、確かに暗くなっていた。

 夕飯を食べるとしてもおかしくない時間だということは、時計を見なくてもわかった。

 しかし、今日はたくさん買ったのでお金がない。荷物もきついし早く帰りたい。


「ごめん、今日は……帰らせて」

「おっけー! じゃ私の部屋で食べようか!」

「そうだね」


 作るのは私だけどね。別に料理は嫌いじゃないから良いけど。

 今日は昨日の余り物を多めに、新しくちょっと軽めのもの作るだけでいいかな。


「そういや愛ちゃん、今日はどんな本買ったの?」

「えっ? えっとね、好きな作家の新作でしょ。それと本屋大賞の作品、それと――」

「それと?」

「……ひ、秘密」

「えー、教えてよー!」


 ……しまった。ぼうっとしてて、アズの野次馬精神を刺激してしまった。


「ほら、ウチと愛ちゃんの仲なんだから隠し事しない!」

「あ、ちょっと!」

「隙有り!」


 どうしようかと迷ってる内に、隠していた本を奪い取られる。


「これ、小説の書き方? え、愛ちゃん、小説家になるの!?」

「い、いや、そういうわけじゃ……」

「応援するよ! きっとすごい小説家になれるって!!」


 ……いや、そんなキラキラした目で見られても困るよ。というか、恥ずかしい。


「あ、でもさ」

「うん?」

「愛ちゃんはどんなお話を書くつもりなの?」


 そう言われてみると、確かに。冷静に考えてみたら――


「例えば、さ。恋愛とかは!?」「今まで彼氏、いたことないんだけど」

「ならファンタジー!」「リアリティのない話、嫌い」

「ミステリー!」「トリック考えるの、大変なんだよ?」

「ホラー!」「……怖いのやだ、無理」

「愛ちゃんは何が書けるの? 何が書きたいの?」

「……わかんないや」 

 

 感情が趣くまま購入したから、書きたいものは定まっていなかった。

 あれ、物書きをするにしては致命的じゃない?


「とりあえず、そのうち書くよ」


 話を強引にごまかそうと、ぶっきらぼうな言い方でそう告げる。

 それは短めでありながら話をぶったぎるように聳え立つ壁のようだと私は思った。


「うーん、じゃあ書くならさぁ」


 しかし、アズは私の作った壁を軽々と乗り越えてきて。

 まるで今日の夕飯のメニューを提案するかのような、どこまでも軽い口調で。


「私たちの日常のお話にしない?」


 こんな、私の想像を絶する提案をしてきた。

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