第6話 二人のショッピング
「ねぇ愛ちゃん! 明日全休でしょ。ショッピングに行かない?」
「……ショッピング?」
とある日、大学からの帰り道。
4限続きの疲れで眠気に支配されてた意識を戻したのは、アズの言葉だった。
「うん、暇だし行ってみない? もちろん近くのルルピね!」
「それは構わないけど……」
唐突な話だったけど、断る理由は存在しない。
私も忙しいわけではないし、タイミングが良いことに買いたい物がある。
新しい本と部屋を模様替えするためのインテリア。そのどちらも揃っているショッピングモールというものは、休日時の人混みを除けば素晴らしい。
しかし、アズの誘いに手放しで喜べるかと言われるとそうではなかった。
「でも、午前は出かける用事があるんだよね……。午後からなら良いけど」
「あ、最初から午後からの予定だよ! 私が起きれないからさ~!」
だけど大丈夫らしい、良かった。説得力に満ち溢れた意見をありがとう。
私が軽く頷くと、アズはガッツポーズで自身の喜びを表していた。
そんなアズの明るい姿を見てどこか嬉しくなる反面、とある不安が頭をよぎる。
「じゃあ午後の一時に現地で会うって約束で! 昼ごはんも一緒に食べようね!」
「わかった。……でも今回は遅刻しないでよ?」
とりあえず、アズには釘を刺しておく。
彼女は自他共に認める遅刻常習犯。それは人との約束であっても同じ。
いつもだったら私が家の前で張り込めるんだけど、今回は現地集合だからできない。
「大丈夫だよ! 問題ないって! そのために午後にしてるんだもん!」
いつものように笑うアズに、私は一抹の不安を感じながら帰路を辿った。
そして、次の日の午後。
「……遅いよ」
「ごめんなさい」
私は激怒した。
邪智暴虐の……まではいかないけど、まったく反省しないアズを今回ばかりは説教をしてやろうと決意した。
「まったく、何分遅刻したと思ってるの」
「えっ? えっと……」
「34分」
「わっ、本当だ! ごめん!!」
怒る理由はいたってシンプル。アズが約束した時間に遅刻したから。
それも数分云々の話ではない。約30分の間、私はこの場で黙々と待っていた。
せっかくのお出かけの日なのに。そもそもアズが言い出してきた話なのに。
果たしてこの状況で怒らない人は居るのだろうか。いや、いないはず。
「……本当に、ごめんなさい」
しかし、申し訳なさそうにしょげているアズの姿を見ると、心が痛んだ。
……ちょっと怒りすぎていたかもしれない。思い返してみれば、アズから連絡がきたのが
今から10分前が初めてなのを思い出す。
もしかしたら連絡すら取れないほどの事情があったのかも。ここは、一旦冷静になって話
を聞いてみることにしよう。
「あのさ」
「……何かな」
「遅刻したのって何でなの? 寝坊じゃないよね、今朝は私が起こしたんだから」
「うん。流石に、耳元でフライパンとお玉をガンガンされたら目が覚めるよ」
嫌な記憶を思い出してしまったような顔をしながらアズが呟く。
ああ、やっぱりあれって効き目あったのね。今度から起こす時に採用してみよう。
「そっか。で、話を戻すけど、遅刻した理由は?」
「お、怒らない?」
「怒らないよう努力するから、言ってみて?」
「実はさ、ここに来る途中で見かけた猫ちゃんが可愛くて。可愛がってたらいつの間にか30分過ぎちゃってたんだよね~」
「…………」
――呆れたアズだ。許しておけぬ。
どうしようもなく阿呆らしい理由で30分待たされたこと、楽しみにしていた約束が。アズにとっては道端の猫以下にしか思われてなかったことに怒りが爆発しかけた。
そんな火山の地中に眠るマグマのような苛立ちが顔に出ていたのか、私を見たアズが怯えたように顔を引きつらせた。
「ねぇ何なの? 私との約束より猫の方が大切って言うの?」
「い、いや、そういう意味じゃないよ!」
そういう意味じゃないなら、どういう意味だろうか。
もう我慢出来ない。怒りのまま問い詰めようと体に力を入れる、その時だった。
――ぐぅぅぅ
私の行動を諌めるかのように、お腹の虫が大きな音を立てた。
「…………」
「あ、愛ちゃ……ふふっ。ごめ、ふふふっ」
は、恥ずかしい。
緊張の糸を一気に緩ませるような出来事に、アズは笑いを隠せない様子だった。
その姿を見て、なおさら羞恥の念が強くなる。体の温度が高まっていく感覚がした。
「も、もういいよ! わかったから! さ、早く昼ごはん食べに行くよ!」
「りょ~かい! お詫びに何かウチが奢るよ!」
「当然よ!」
真っ赤に染まる顔を隠せうと先に行く私を、笑いながら後を追ってくれるアズ。
……不慮の出来事があったとはいえ、また甘やかしてしまったことが悔しい。
そんなこんなで、二人の買い物はどこか落ち着かないスタートを切ったのだった。
昼食を食べる予定の私たちは、ショッピングモール内のお店を物色している最中。
といっても、食べたいものはまだ決まっていない。いや、決められないが正しいかも。
何せ大型ショッピングモール、それも都内の。手頃なお店から高級料理のお店、和食から洋食、中華料理まで、零れるものなんて何も無いと言わんばかりに何でも揃っている。
しかし、だからこそ選ぶのに苦労する。私みたいな美味しければ何でも良いという思考の人間には特に大変だ。
――選択肢が多いほど人は混乱状態に陥る。心理学の本を読んだ時に見たその言葉を不意に思い出した。
「今日は何を食べたい?」
「うーん、愛ちゃんが決めていいよ」
そう言われると困る。元々こういう何かを決めるのはアズの役割だったから。
しかし、今日は私に引け目を感じているのか、その役割を私に渡してくる。
ど、どうしよう。少しの間、自分の中で考え込む。そして、決めた。
「じゃあ、あそこのうどん屋にしよう」
「……えっ? 何でそこなの?」
私の提案に、予想もしてなかったような感じでアズが疑問符を浮かべた。
そ、そんなに驚くことなの? むしろ驚かれたことに、私が驚きを隠せない。
「だって安いし、早いし、行き慣れてるし」
「お小遣いが厳しいおっさんサラリーマンみたいな発想だね!? というか、行き慣れてるってことは、いつもここに行ってるの!?」
「うん。ほら貯めてる今月のサービス券」
「わー、すっごーい」
財布に挟まっている券を見せると、アズは率直な感嘆の声を上げてくれた。
ちなみに現在4枚。あと一枚で天ぷらを無料で1つもらえるから、ご飯と他の天ぷらと一緒に注文して天丼にする予定だ。うどん屋なんだからうどんを食べろとは我ながら思うけど、美味しいからやめられない。
「でもさ、ウチたちはくたびれたサラリーマンじゃないんだよ!」
「そりゃ女子大生だからね」
「そう、華の女子大生!! 食事はおしゃれなところにお金を使わなきゃ損だよ!」
「まあ、そうだけど」
「愛ちゃん、ごめん。やっぱりウチが店を選ぶね!」
何を言い出したかと思った瞬間、アズが強引に私を引っ張って歩き出した。
「ちょ、ちょっと待って!」
「待たないも~ん!」
私の静止も聞かずに、アズは私の手を引いてずんずんと歩みを進める。
どれくらい歩いただろうか、それなりのスピードだったのが急に止まった。
「というわけで、最近できたというカフェテリアに来ました!」
ばーんという背景音が聞こえてきそうな勢いで、アズはカフェテリアを示す。
……本当だ、喫茶店みたいなのが出来てる。いや、カフェ? カフェテリア?
ま、どれでも良いか。大した違いはなさそうだし。
「ねっねっ、けっこー良さそうじゃない!?」
「……確かに」
見たところ、外装からして良い雰囲気が出てるし、店内から漂う甘さとコーヒーが混じった美味しそうな匂いがお腹を刺激してくる。
あと、何といっても人が少ない。私が食事を摂る上での必須条件を満たしている。
けれども、だからといってアズみたいに食べに行くという行動には移れなかった。
基本的に私はこういうお店に入らない。それに加えて、新しいお店に入るという行為に、私は表現する言葉が見つからないような正体不明に襲われる。
「あんまり知らないお店には入りたくないな……」
「何言ってるの、ウチが付いてるんだから大丈夫! ほら行くよ~!」
しかし、不安に思う私を気にせずに目を輝かせてお店へと入っていくアズ。
そんなアズに付いていこうとする私は、未知なる場所へと足を踏み入れた。




