第2話 講義中の哀愁
一年間で提出用のレポートを忘れた回数は5回。
財布とか携帯とか、その他の忘れ物をした回数は13回。
講義に遅刻した回数は――30を越えた頃から、数える気は起きなくなった。
本当にどうしようもなく、アズはそそっかしい。
なので、友人である私はアズの手助けをする羽目になっていた。
予備のレポートを用意してたのだって、半分はアズのためでもあったわけだし。
でも、当事者は、何処吹く風という感じで気にしてない様子みたい。
ずぼらな彼女に苛立ちを覚えることは……何回あったのだろうか。
でも……なぜか私はアズのことを嫌いになることができない。
私とアズの間には、どこか波長が合うところがあるからだ。不思議なことに。
だからこそ、気難しい私が今の今まで彼女と付き合えているんだろうけど。
「このキリスト教的価値観に対し、自己を否定し生きる目的を思い出せなくなるとして批判を行ったのが、かの有名な――」
今はレポートの提出を無事に終え、講義を受けてる最中だ。
講義の内容は哲学、細かく分類すると西洋の哲学にあたる。
私の所属は文学部で専攻も違っているけど、個人的に興味があるから受講した。
ちなみに私たちが座ってる席は、大教室の前から6番目の右端の辺り。
前に座りたい私と、できる限り教授の目から逃れたいアズの、双方の願望を考慮した結果がその理由になるんだけど……。
「…………」
しかし、私はどこか落ち着かなかった。
何故かと言うと、いつもは左端の前から四番目の机に座ってるのに、今日は私たちより先に派手な格好をしている女子三人組に席を取られていたからだった。
そこは先週まで私たちの席だったのに。ちょっとだけ腹が立った。
しかし、それを言いに行く勇気も気力もないので大人しく別の席に座ることにした。
席なんてどこでも良いのにとアズには言われたけど、私はそう思わない。
見えている光景が前回や前々回と違うだけでも、講義は変わってしまうのだから。
「――、――、――、――、――!」
それに後ろの席になったので、背後からは誰かの話し声が聞こえてくる。
……うるさい。うるさい、うるさい、うるさい。
大量の喋り声が、私の耳の中で暴れながら侵入してくる。
まったく集中ができないとまでは言わないけど、気になって仕方がない。
周りの人はどうしてこんな中、平気で勉強できるのか不思議でしょうがない。
「えー、みなさん。私語はやめてくださいねー」
やっと教授からの注意で、教室のざわめきがしんと静まった。
でも、数分もすれば先ほどまでの騒がしさは復活してしまうことだろう。
まるで道端の踏まれた雑草みたいに。そう考えてしまった私はため息を吐いた。
「くか~」
あと私の隣のアズは、講義開始15分で寝ていた。
こんなに騒がしい空間でよくも眠れるなと感心してしまう。私なら無理だ。
感心三割、呆れ7割。そんな思いを込めながら彼女に視線を向ける。
するとタイミングが良いことにアズがいきなり顔を上げ、寝ぼけ眼をこすり初めた。
「……あれ、まだ終わってなかったのー?」
「うん。まだ半分も経過してないと思うよ」
「うっへぇ~。時間が流れるスピードは遅いんだねぇ」
何か悟ったような言葉と一緒に、アズは再び眠りにつこうとうつ伏せに――なろうとしたけど、二度寝はできなかったのか嫌そうな様子ながらも顔を完全に上げた。
……そんな様子で大丈夫なのかな。テストで爆死しても知らないよ?
「大体さ、大学の講義が90分なのは長すぎると思うんだよ。半分で良いよ」
「45分じゃまともな講義ができないでしょ」
「それでいいよー。哲学なんて興味ないしー」
「……何で受けたの?」
「愛ちゃんがこの講義を取ってたから。それだけ!」
やっぱ愛ちゃんと同じがいいしー、とアズが軽く言葉を続ける。
興味が無いけど講義を取る。それを聞いて私は思わず顔をしかめてしまった。
だって、そういう考えは理解し難いものだったから。
基本的に私は興味があることしかやろうとしないし、できない体質だ。
だから1年の時にあった教養科目は好きじゃなかった。成績は優秀だったけど。
それに誰かと合わせる……なんていう考えだって理解できないものだった。
自分は自分、他人は他人なのだから気にせず好きな物を取ればいいのに。
「……ふぅん」
でも、私は興味無さそうに、そう簡単に呟くだけで留めた。
これは個人の考えの問題だしね。追求してもしょうがないと流石に思うから。
「時間も良さそうなので、ここで5分間の休憩を取りますね」
そうこうしていると教授が何か言っていた。
時計を見ると45分を示している。確かに休憩するなら頃合いの時間。
「ひゅー! ここの先生は有能だねぇ!」
待ってましたと言わんばかりに、アズは嬉しそうに声を上げる。
他の人たちを見ても、一時の休息を喜ばしく感じている人が多く見られた。
おそらく、この場で講義途中の休憩に異を唱えるような人は皆無のはずだろう。
「…………」
でも、無駄を入れる暇があったら講義を続けてほしいと私は思った。
興味深い講義を中断されるのは嫌だし、講義は90分きっちりやると決まっているのだから、その通りにやるのが筋であるというのに。
――講義の内容自体は、興味を持つことができて良いのに。
講義の騒がしさといい、このことといい、腑に落ちないものが心の中に沈んでいた。




