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街灯に照らされた大通りを歩く。
この町に初めて訪れた時はこの光景でさえ圧倒されたが今ではもう慣れてしまった。ほんの数年前でしかないのにもうずいぶん年を重ねてしまったかのようだ。
人は老いるほど時間の流れを早く感じるという。ならこれからの人生は滝のように流れ落ちるだけだろうか。
この町に来た当初は何でもできると思っていた。あの少女、メルのように夢と希望に満ち溢れていたはずだ。しかし――――
「アルさん?」
今まさに思考の端に乗せていた少女の声に思わず体を震わせた。
「ん? メルか。宿はとれたか?」
「はい。時間ができたので少し町を散策してみようかと思って」
町を眺めるメルは予想に反してどこか寂しそうだった。
「何か不安でもあるのか?」
「いえ……父にもこの景色を見せてあげたかったと思って」
その言葉でおおよその事情は察してしまったが聞かずにはいられなかった。
「君のお父さんは……?」
「数週間前に亡くなりました。二十年前の戦いのせいで片足を失って、それ以来遠出はできなかったみたいです」
「そうか。やっぱり君の父親はライシャさんに救われた人間の一人なんだな?」
こくり、と小さくメルは頷いた。
二十年前。
アルの記憶にはないが、この国を揺るがす大事件、いや戦争が起こった。恐らくここ百年ではもっとも規模が大きかった魔族の侵攻だ。
このロタンの町は魔族の国と国境を接する町の一つでありそれ故に魔族の侵攻を食い止める砦でもある。
東に魔物が大量に生息する森と北東に山脈があるため大軍ではこの町を無視して進軍することが不可能だからだ。いや、不可能であるはずだった。
二十年前の戦争ではいかなる邪法を使ったのかは定かではないが、魔族は北東の山脈を超え、戦力の乏しい東の村々を襲うという卑劣な作戦を行った。
当時の常識ではロタンを無視することを想定すらしていなかったため東の村々が襲われている間ロタンの町では呑気に祭りをしていたという噂だ。
そんな窮地を救ったのがライシャさんだ。彼女は一騎当千の英雄の如く魔族の大軍を蹴散らした――――わけではない。
ライシャさんは<念話>というスキルを有効活用した。遠くにいる他人と会話ができるこのスキルが発見された当初使い勝手の悪いスキルだと思われていた。というのも低レベルではあまり遠くの人間とは会話できず、地下などの分厚い壁で覆われている場所にも届かないという欠点を持つ。しかも念話スキルをもつ者同士でしか会話できない。基本的に階層によって区切られたダンジョン攻略には役に立たなかった。
だがライシャさんは念話の価値に気付き、それを有効活用する術を探り始めた。その結果としてライシャさんはいち早く魔族の侵攻に気付き、ロタンからの派兵を町長に訴えた。話によると魔族がいなければ私を処刑してもらって構わないとさえ言ったそうだ。
村のいくつかは略奪されたもののライシャさんの活躍がなければ恐らくその数倍の犠牲が出ていただろう。それこそが地獄耳と呼ばれ始めた理由でもある。
今でもこの辺りではライシャさんを最高の冒険者と呼ぶ声は絶えないし、東の村々では半ば信仰されているらしい。
メルの父もそんな人物の一人だったのだろう。
「父はライシャさんに直接会った村人の一人だったそうです。いつかお礼がしたいと言っていましたが、それは叶いませんでした。だから私が恩返しをできたらいいなと思ったんです」
眩しい。太陽を直に見ることはできないように彼女を直視できず目線を下げてしまった。
「なら、直接お礼を言ったらどうだい? 厳しい人だけど礼を言われて嫌がるような人じゃないよ」
「いえ、それよりも私が早く一人前になったほうがライシャさんは喜んでくれると思うんです。だから私頑張ります!」
小さな手で精一杯握りこぶしを作る彼女は頼りないかもしれないが、確かに誰かを助ける冒険者の顔をしていた。
少し前の自分なら青い半人前が生意気な口を効いているだけだと笑っていただろう。しかし口から出てきた言葉は違っていた。
「頑張れよ」
「はい!」
アルの心は不思議と軽くなっていた。




