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二階の応接間に備えられた椅子に腰かける。
ライシャさんに面と向かって会話することがずいぶん久しぶりに感じた。彼女はいつものように薬草パイプを吸っている。
「で? これからどうするつもりだい」
「ギルドをやめます。この町からも出るつもりです」
今まで言葉にすることさえ恐れてきたが話してみれば数秒もかからない。
「パーティーを抜けて、ギルドをやめた冒険者はどこからも歓迎されない。他所のギルドから要請があればあたしは情報をださなければならないし、念話があればどこに行っても調べはつく。わかってるね?」
パーティーを抜ける理由は誰もが納得する立派な理由じゃないことはよくわかっている。
「はい」
「行くあてと金はあるのかい?」
「行くあてはありませんが金は今から作ります。魔石を持ってきてくれませんか? オーブを作ります」
ライシャさんが眉を顰める。今からすることはここ数年の努力の半分をふいにすることに等しい。
「次の仕事が見つかるまではよした方がいいよ」
「それじゃ金が用意できません」
「……わかった。ちょっと待ってな」
ライシャさんに借りることはできない。もうこの町には二度と立ち寄るつもりがないからだ。オレの意思を尊重してくれたのだろう。腰を上げて魔石の保管庫へ足を運んでくれた。
購入したり奪ったりすることなくオーブを手に入れる方法は主に二つある。
一つはダンジョンの核を加工すること。ダンジョンの核はオーブであり、何らかのスキルを保有している。というよりスキルはもともとダンジョンから見つかったオーブのスキルによって身につけたものだ。これらのオーブを原石のオーブと呼び凡百の冒険者ではまずお目にかかれない代物だ。
もっとスキルを使える人間を増やせないか。そうやってオーブを量産するために編み出されたのが二番目の方法、自身のスキルをオーブへと変換すること。
ダンジョンから採掘される鉱石、魔石を加工し、自身の魔力を注いで変換したいスキルを念じることでオーブへと変貌する。
ただしこれには大きなデメリットがある。
オーブにスキルを変換する際著しくレベルが低下することだ。さらにオーブに変換したスキルは二度と習得できない。つまり自分自身にとっては何のメリットもない。むしろ盗まれたりする分オーブにしない方が安全だ。
スキルをオーブに変換するのは金に困っているか引退間近の冒険者だ。残念ながらオレにはその両方が当てはまる。
「魔石を持ってきたよ。あんたの登録抹消書類もね。あんたを疑うわけじゃないが<誓約>のオーブを使わせてもらう」
誓約は触れた相手が嘘を吐けなくなるスキルだ。ただしスキルレベルが対象のレベルより低い場合効果がない。それでも組織の長なら重宝するスキルで、何かしかの重要な契約を結ぶ時には必須と言ってもいい。
もっともそれなりに貴重なスキルのため一般にはあまり出回っていない。この辺りの用意の良さもライシャさんらしい。
「オーブにするスキルは一つだけにしときな。冒険者そのものをやめるかどうかは決心がついてないだろう?」
その通りだ。この町を出る覚悟はできたが冒険者であることには未練がましくしがみついている。
「なら、念話にします。ライシャさんなら上手く使ってくれますよね」
念話はオレがまともにレベルを上げられた数少ないスキルだ。初めは戦闘に使えないとガッカリしていたが、このスキルで魔族の侵攻を食い止めたと聞いて誇らしくなったものだ。
もしもこのスキルがあれば仲間と連絡が取れてしまう。その甘さを断つためにもこれは必要なことだ。
ちゃんと覚悟を決めなければならない。
淡い青色をした魔石に触れる。魔力を流し込み、念話をイメージする。
頭の中で何かがほぐれたような、それでいて体が重くなるような不思議な感覚が数秒間続いた。
「終わったよ」
「案外あっけないですね」
体に変わりはないし気分が悪いわけでもない。
「そんなもんだよ。それとも激痛が奔ったほうがよかったかい?」
それはぜひとも遠慮したい。
ライシャさんは鑑定を行い、スキルレベルを確認していた。
「問題ない。金はこんなもんだ」
やや重みのある袋を手渡してくれた。中を確認したがしばらく食いつなげるだけの額はある。続いて書類に必要事項を記入し、噓偽りがないことを誓約で確認する。事故や事件が起きるわけでもなく予定調和の如く作業は進行していった。
「じゃあ今からあんたはこのギルドとは関係のないフリーの冒険者だ」
「……今までお世話になりました」
頭を下げる。冒険者を初めてから大半の時間をここで過ごしてきた。ライシャさんからしてみれば長くはない時間だっただろうが、それでもここを第二の故郷だと思っている。
「……もし東へ行くつもりならやめた方がいい。今はきな臭い。まっすぐ南に向かうのが無難だろう」
「関係ないんじゃなかったんですか?」
「早々に野垂れ死なれても困るからね」
それだけではないはずだけど、あえて口にはせず、別の言葉を紡いだ。
「今まで本当にありがとうございました」
頭を下げる。礼儀ではなく今顔を見られるわけにはいかないからだ。
こうしてオレはパーティーを抜け、ギルドをやめた。形としてはギルドから実力不足を言い渡され、追放されたということになったらしい。
リーダーに女を盗られたなどという噂が立つよりはそちらの方がいい。結局のところオレは真実から逃げた。確かめることができなかった。
メルのことだけじゃない。弱くても仲間でいてくれるか、そう聞くことができなかった。仲間を信じることは冒険者にとって当たり前のことなのにそれができなかった。
これじゃあ実力云々以前に冒険者失格だ。




