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結束祭とは英雄王のパーティー結成を祝うものである。しかしながら後に英雄王と聖女が恋仲に落ちることを踏まえれば自然と別の側面を帯びてくる。
「アルさん。誰にプレゼントを贈るか決まりましたか?」
「ネモアちゃん。いい加減にその話はよしてくれよ」
「ナナさんですか? サフィさんですか? それとも――メルさんですか?」
目をキラキラ輝かせるその姿はまさしく年頃の少女そのものだ。だがしかし勘違いだ。
「オレはあの三人とそういう関係になるつもりはないよ」
「おすすめはやっぱり締めの花火ですけど、馬上試合とかパイ投げとかもいいかもしれませんね! 変わり種だと今年は大広場にアイドルがくるらしいですよ。アルさんは興味ありますか?」
「……ないよ」
人の話を聞いてくれない。女の子ってのはこんなもんか。メルとはだいぶ違うけど……って比べてどうする。
結束祭は特に冒険者の間では想い人に贈り物をする日でもある。前日にプレゼントを贈り合い、それを結束祭当日に肌身離さず持っていると永遠に結ばれるという。
よくある噂話だ。去年はそんな話を聞かなかったから多分どこかの冒険者が広めた噂だろう。それを真に受けたネモアはしきりに冒険者、特にアルに声をかけている。
そんな姿をじっと見つめるのは店主であるライシャだ。
「あれ、ほっといていいんですか?」
「ダフト。久しぶりに口を開いたと思ったらそんなことかい?」
そもそもダフトは話かけない限り滅多に口を開かない。言い換えればそれだけあいつを気にしていることになる。
「かまいやしないさ。失敗したら泣きを見るのは自分だからね」
「そうですか」
それきり興味を失ったのか、店の奥に引っ込んでしまった。
「さて。どうなることやら」
煙と共に吐き出された独白を聞いた者はいない。
「……買ってしまった……」
右手に持っているのは蝶をあしらったブローチ。高いものでもないが、かと言って気軽に買えるものでもない。
誰に贈りたいかは自分でもわかっている。例の噂を鵜呑みにするわけじゃないけど、前日にプレゼントするわけにはいかない。結束祭の当日に渡せば変な意味には受け取られないだろう。
その前に、今日ナナが戻ってくるはずだ。オレの去就についてちゃんと説明しないといけない。憂鬱ではあるけど、自分にとっても仲間にとってもこれが一番いい選択のはずだ。
そして偶然にもメルを見つけた。
声をかけようとして足を止めた。
メルの隣にはセクトがいた。
セクトがいた。
セクトがメルと一緒にいた。
とても楽しそうに笑って、プレゼントを贈り合っていた。
見たこともないほど楽しそうだった。
次の瞬間にはブローチを落として、踵を返していた。
どこに向かっているのかわからないまま、道を歩く。あの二人が何をしていたのかはわからない。たまたま道で会って意気投合したのかもしれないし、実は以前にも会っていたのかもしれない。
けど耐えられない。メルが自分以外の誰かとあんな風に笑いあっているのを見ていられない。
ようやく自分が彼女に入れ込んでいることに気付いた。
しかし自分が特別でないことはわかっていた。たまたま一人でいたから声をかけられただけだ。それともライシャさんの言う通りよからぬ策謀を巡らせてオレに近づいたのか?
それこそ自意識過剰だ。オレからむしり取れるものなど一つもない。なら――セクトに近づくためにオレに話しかけたのか? ……メルがそんな人だとは思いたくなかった。
それが現実逃避だとしても。
そしてセクトに対して向けていた感情も自覚してしまった。
嫉妬だ。
あるいは劣等感だろうか。
いつまでもレベルの上がらないオレと比べてどんどん先に進んでいくセクトにそんな感情を持っていることにようやく気が付いた、いやとっくの昔に気付いていたけどずっと目をそらしてしまっていた。
きっとメルとパーティーの仲間を、いやセクトを会わせないように単独行動をとっていたのはセクトが彼女を盗ってしまうような気がしていたからだろう。
ぐちゃぐちゃになった心のまま足を進めるといつの間にか青い紫陽花亭についていた。何度も通った道だ。体が覚えていたのだろう。
扉をくぐり、ライシャさんに近づくと声をかけられた。
「頭は冷えたかい」
のぼせていたのだろうか? それとも舞い上がっていた? いずれにせよライシャさんにはこうなることがわかっていたのかもしれない。
「上にきな。ネモア。ここを頼むよ」
返事を待たずに階段を駆け上がる。ライシャさんの後に続くが、上に登っているというのに沼に沈むようだった。




