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夕刻を知らせる鐘が鳴る。この町では町中に鐘があるため時間を大幅に取り違えることが少ない。逆に言えばこの町の人間は時間にうるさいということでもある。
「アルさん。今日もありがとうございました。またよろしくお願いします」
メルは田舎出身としては珍しく時間に正確だった。もともとそういう性格なんだろう。
てくてく歩く後ろ姿を見守る。
メルはいい奴だ。冒険者としての腕は思ったほど悪くない。それなりの将来性はありそうだ。ではセクトたちのパーティーを抜けて、メルと組むか? あるいはメルをパーティーに誘うか?
ありえない。
そのうちメルにさえ追い抜かれたらまた同じことの繰り返しだ。そもそも冒険者がパーティーを抜けることを快く思わない人間は多い。ましてやすぐに別のパーティーを組めばよほどの事情がない限り非難されることは間違いない。
頭の固い連中にとっては冒険者のパーティーを抜けることは裏切りに等しいらしい。いくら何でも極端すぎるけど、何度もパーティーを抜けたりする人間と組みたくない気持ちがあるのも確かだ。
(オレはやっぱり裏方がお似合いみたいだな)
心機一転すればレベルアップするかと思ったがそんな甘い夢はあっさり砕け散った。心は大体決まった。
(ん……?)
ふと見慣れた金髪が視界の隅を横切った。サフィだ。
どうやら黒髪黒服の女性と会話しているらしい。美人だが無機質な印象を受ける。会話を終えると一瞥すらせずさっさと歩いて行った。
「サフィ誰だったんだ今の人」
ああ、あんたか。そう言わんばかりの視線を向けてくるが慣れたものだ。
「別に。道を尋ねられただけよ。ただ……」
「ただ、何だ?」
「都市伝説の黒い女みたいだと思っただけよ」
この町は冒険者の町であるがゆえに噂話には事欠かない。黒い女は巡り合うと二度と愛する人と会えなくなるとか言われてるんだっけ。
「お前変なこと気にするよな……」
「うるさいわね。田舎者と違って繊細なのよ」
サフィはこの町の出身であるがゆえにこういった噂話には敏感らしい。
「ダンジョンの偵察はどうなったんだ?」
「はずれよ。たった三階だったわ。偵察のつもりで最深部まで到達したわ」
ダンジョンの難易度は大体階数で決まる。当然ながら深いほど難しく見入りも大きい。三階ではほとんど何もないに等しい。
世の中には百階を超えるダンジョンもあるらしいがそんな場所に挑戦することは決してないだろう。
「結束祭が始まる前にダンジョンをクリアする許可が下りるだろうからそれに参加するつもりよ。あんたはどうする?」
「オレは遠慮しとくよ」
ダンジョンは核を抜くと自然に消滅する。これを、ダンジョンをクリアすると呼ぶ。ただしダンジョンに貴重な宝や資源があったり、場合によっては農作物を栽培することすらあるので許可がない限りクリアできない。
もっともそのうちどこかにダンジョンができるため一つや二つなくなっても替わりはある。
「一応言っとく。セクトはあんたのこと心配してるわよ」
「わかってる。ちゃんと折り合いをつけるよ」
なんだかんだで気を遣ってくれる奴だ。わかりにくいのが玉に瑕だけど。




