第九話 「手のあたたかさ」
「・・・うっ・・うぇ・・・ぐ・・・・・。」
泣いている由奈。脚にはあざと傷。壮太はどうしたらいいのか分からなくなった。
ぼくらの
ヒミツ基地
第九話 「手のあたたかさ」
「ひっく・・・・・!」
じーーーーーー
ササッ
壮太が由奈の顔をじっと見ている。泣き顔を見られたくない由奈は、手で必死に顔を隠した。
じーーーーーー
それでも、下から覗くように、壮太が見てくる。
「・・ひっ・・・な・・・なひよ?」
由奈は途切れながら裏声で言った。
「ばあちゃんがさ、言ってたんだ。瞳を見れば、その人の気持ちが分かるって。だから、アメリカ人は瞳を見ながら話すんだって。」
壮太は微笑んで由奈の瞳を見た。
「・・・・・・・。」
その壮太の言葉と笑みで気が楽になったのか、由奈の呼吸が落ち着いてきた。
「腕、大丈夫か?袖に血、付いてるけど。」
壮太が心配そうに腕を見た。
「うん・・・もう血、止まったから。」
素っ気無い態度で返した。
「・・あ〜あ・・・見られちゃった・・・・体育の時だって長袖とハイソックスで必死に隠してきたのに・・・・・もう意味なくなっちゃった・・・・。」
由奈が吹っ切れたように、喋り始めた。
「傷跡、残らなければいいけど・・・いっそのこと、整形して、こんな汚い身体捨てちゃおうかな・・・。」
「汚くなんかないよ。」
その言葉が由奈の心に響き渡った。
「だって、こんな大きな傷口にも耐えて、治そうとしてる。偉いよ、由奈の身体は。」
壮太のひとつひとつの言葉が由奈の心を癒し、涙が溢れ出しそうになった。
「ありがとう。」
今日、初めて由奈は優しく笑った。
「・・・・・・・寒い。」
由奈の身体は、雨に濡れたせいで、冷え切っていた。
「俺の服、着るか?」
壮太がTシャツを脱ごうとした。
「いいよ。壮太、それしか着てないんでしょ?壮太が今度は冷えちゃうよ。」
「いいから、着ろって。ズボンも貸してやる。俺はばあちゃんが雨だから持ってけって言ったタオルあるから。」
壮太から服を突き出され、由奈は渋々隅のほうで着替えた。壮太は、後ろを向き、フェイスタオルをズボンの代わりに巻いた。
「くしょんっ!」
壮太がくしゃみをした。
「壮太、大丈夫?やっぱり、身体冷えたんじゃ・・・。」
「大丈夫だって。誰かが噂してっからくしゃみしただけだって・・・くしゅんっ・・・くしゅっ・・・・!」
壮太の胸に、由奈が寄りかかってきた。
「こうすればあたたかいよ。」
由奈は、壮太の身体に手を添えて言った。
「壮太の鼓動・・・速くなってる・・・。」
そう言われ、壮太の顔が赤くなった。
「・・・・ママは・・・ママは男の子が欲しかったの。でも、産まれたのはあたしで・・・難産で子宮を摘出しちゃって・・・・ママはもう赤ちゃんが産めなくて・・・。
去年のクリスマスにサンタは来なかった・・・パパも帰ってこなくて・・・その日から、ママが泣いて、壊れて・・・。
あたしはどうすればいいかわからなかった・・・・けど、今日わかった。」
「どうしたいんだ?」
途切れ途切れに話す由奈に、壮太が問いかけた。
「ママから逃げたい。」
壮太の胸に、涙の雫が零れ落ちた。
「由奈、帰ろう。」
壮太が立ち上がった。
「でも、帰ったらママが・・・。」
「ママなら追い出せばいい。」
壮太は由奈に手を差し伸べた。
「ごめん。」
壮太におんぶされて、由奈が言った。
「いいよ。由奈、裸足だし。それより、ちゃんと傘持っとけよ。」
壮太は、前にランドセル、後ろに由奈を背負い、とても辛そうだ。由奈は、ネグリジェに着替えていた。だいぶ乾いていたのだろう。壮太もTシャツと短パンを履いていた。
「壮太、無理しないで。」
壮太の呼吸が荒くなってきた。
「あたし、降りるから。」
そう言うと、由奈は、壮太の背中から降りた。
「さっきより雨、ひどくなってるし・・・ちょっと休まなきゃ。」
壮太と由奈は、バス停ので雨宿りすることにした。トタン屋根は激しく唸るような音が出ている。
「・・・・由奈?」
由奈が壮太の肩に寄りかかってきた。由奈は瞳を瞑って寝ていた。きっとずっと泣いていたから疲れたのだろう。
「俺だって・・・眠いのに・・・・。」
ザーーーーーー
バシャバシャバシャッ
「・・・・・あ!!」
大雨のせいで視野が狭い中、バス停が見えてきた。しかも、誰かベンチに座っているらしい。
「おじさん、こっち!!」
旬は大声で叫んび、手を振った。旬も由奈のお父さんも傘を持たずに探し回っていたので、頭も服もびっしょり濡れていた。というより、現在進行形で濡れている。
「・・・・・!!」
バス停に駆けつけると、壮太と由奈は、互いに寄り添って寝ていた。
「ふぁあ・・・。」
大きな口であくびをし、壮太が起きた。
「由奈!!よかったぁ!!!」
そこへ由奈のお父さんが駆けつけた。大きな声だったのにも関わらず、由奈はすやすやと寝ている。
「え〜・・っと君は?」
「水谷 壮太って言います。」
「・・・由奈が世話になったようだね。ありがとう。」
そう言うと、由奈のお父さんは由奈を抱きかかえた。
「あ・・・傘どうぞ。俺は濡れても構いませんから。」
壮太は由奈のお父さんに傘を差し出した。
「ありがとう。それじゃ。」
壮太から傘を受け取ると、由奈のお父さんは雨の中へと消えていった。
「・・・・・・。」
二人は、由奈たちが見えなくなるまで何も言わなかった。
「旬、いっしょに帰ろうぜ。」
「断る。」
「んなこと言わずに帰ろうぜ?」
「やだ。」
即答されても、壮太も粘ったが、旬は足早に歩き出した。
(月曜になると、由奈は何もなかったかのように登校してきた。あの日、由奈のお父さんとお母さんは離婚したらしい。でも、由奈は清々しい顔をしていた。それはとてもきれいな顔で見惚れるくらいだった。)
「壮太、そろそろあんたの番でしょ・・・ボソッ」
由奈が小言で話しかけてきた。今は、リコーダーのテスト中だ。由奈はもうテストを済ませたようだ。
「それが・・・リコーダー忘れちまって・・・ボソッ」
壮太はあえて秘密基地に置き忘れたことを言わなかった。
「・・・・・・。」
「それじゃあ、次は水谷君。」
音楽の女の先生が壮太の名前を呼ぶ。順番が回ってきてしまった。
「ハイッ!」
壮太は大きな返事をして立ち上がった。が、リコーダーがないのがばれるのは時間の問題だ。
クイッ
壮太の袖を由奈が引っ張った。
「あたしの貸してあげる。」
リコーダーを突き出して由奈はそっぽを向いていった。
「でも・・・」
「早く行かないと失格になって居残りになるわよ。」
由奈が急かし、壮太は先生の元へ向かった。
このあと、壮太は緊張したのか、それとも全く練習してなかったかは分からないが、音程が多いにずれてしまった。そして、クラスの全員にそのひどい音を聞かれてしまった。
「壮太、結局失格で明日居残りじゃない。ちゃんと練習してた?」
「練習したよ!完璧に!!」
「なら、なんで居残りになってんのよ?!」
由奈が壮太に問いただす。
「そ、それは・・・リコーダーがあれで・・・か・・・」
「か?」
「だから・・・か・・かんせ・・・」
「間接キス。」
「!」
旬に言われてしまった。
「なっ!!そんなこと思って吹いてたの?!もう最低!!!」
「ち、ちげぇって!!」
「どこが違う?」
顔が赤くなる壮太に対し旬が突っ込んだ。