第八話 「壊」
〜ホタルを見て帰った翌朝〜
「ママ、おはよう。」
ネグリジェ姿で、目を擦りながら、階段から由奈が降りてきた。
「あなた昨日の夜、家から抜け出したわね・・・。」
テーブルに向かって座っているママは、由奈が来るなりそう言った。後姿の背中が何かを物語っているかのように、異様で、暗くて、とても嫌な雰囲気だった。
ぼくらの
ヒミツ基地
第八話 「壊」
ザーーーーーーー
「今日、スッゲェ雨だな・・・。」
学校の教室の窓からグラウンドを見ながら壮太が言った。
キーンコーンカーンコーン
ガラガラ・・・
チャイムと同時に先生が教室に入ってきた。
「それじゃあ、朝のホームルーム始めるぞぉ。」
先生の声でみんなは一斉に席に着いた。
「あれ?・・・由奈、今日来てないな。風邪か?昨日、あんなに元気だったのに・・・。」
壮太の言ったとおり、一つ席がぽっかりと空いていた。
「・・・・・。」
旬は何かに気付いたのか、由奈の席をじっと見つめた。
「大雨警報が出ているので、今日は午後はない。みんなは、帰る支度が出来次第、直ちに帰るように。」
「先生、さようなら。」
「先帰る。」
生徒全員で先生に挨拶を済ますと旬は急ぎ足で教室を後にした。
「俺と仙人も今日は早く走って帰るから、一緒に帰れねぇ。畑の手伝いしなきゃいけねぇんだ。」
「雨なのにか?」
「雨だからやることがいっぱいあるんだよ。じゃあな!」
ヤスも行ってしまった。
「・・・・俺も警報出てるし、さっさと支度して帰ろう。」
ランドセルを背負い、一人のんびりと教室を出た。
(あ!そいえば、来週の月曜、リコーダーのテストだっけ?・・・たしかリコーダーこの間、秘密基地に持ってってそのまんまだ。土日はばあちゃんが畑仕事手伝ってくれって言ってたから取りに行く暇ないだろうなぁ・・・。しょうがない、秘密基地に寄って帰るしかないかぁ〜。でも、警報出てるから、真っ先に帰ったほうがいいかな〜・・・。)
玄関で靴を履き替えながら、ふとそんなことを思っていた。
ボツッ ボツッ ボツボツッ
大粒の雨で傘にも大きな音が鳴り響いている。
バシャバシャバシャバシャ
誰かが走ってくる。
「ああ、やっぱり高山さんとこの旬君だった。こんにちわ。」
走ってきたのは由奈のお父さんだった。
「・・・・こんにちわ。」
「それにしてもすごい雨だねぇ。」
「・・・・・・・。」
由奈のお父さんはセカンドバッグを傘代わりにし、雨を凌いでいた。
「・・・・入りますか?」
旬は由奈のお父さんの方へ傘の柄を掲げた。
「いいのかい?」
「丁度由奈の家にお見舞いに行くところですから。」
「えっ?由奈、今日学校休んだの?残業で結局昨日帰れなかったから、おじさん知らなかったよ。」
「・・・・・。」
それを聞いたせいか、旬の顔つきがますます険しくなった。
ザーーーーーーー
「早くリコーダー取って帰ろう。」
どんどんと激しさが増す雨の中で、壮太は秘密基地のある林の中に入っていく。
ガチャッ
由奈のお父さんは、家の玄関のドアを開け、旬を家の中に入れてあげた。
「ただいまー。」
「・・・・・・。」
返事がない。
「まあ、とりあえず上がってくれ。由奈は風邪かなんかで寝込んで自分の部屋にいるだろうから。」
「お邪魔します。」
そう言うと、旬は階段を上って二階に行き、由奈の部屋のドアの前に立った。
コンッ コンッ
「由奈・・・いるか・・・?」
「・・・・・。」
二回ノックをし、声を掛けたが返事どころか物音一つない。
カチャッッ
旬は返事が返ってこないまま、ドアを開けた。
すると、部屋の中には由奈の姿がなかった。
ガシャーーンッ
そのとき、一階で何かが割れるような音がした。
旬は慌てて階段を降り、音がした方へ行った。
「どうせ、またあの女と浮気でもしてたんでしょ!!」
「そんなこと、今はどうでもいいだろ!それよりこの床に散らばってる血はなんだよ?!由奈に何かしたのか?!!」
さっきの音をたてて割れたのはスタンドランプだった。割れた破片が飛び散る中、由奈の両親は夫婦喧嘩をしている。あたりには、乾いた血の跡が、数滴ではなく、水溜りのようにあった。
「・・・・・・。」
旬は何も言わずに、は飛び散った破片を拾い上げて、夫婦喧嘩している二人に割って入った。
「そんなことしてる場合じゃないよ。」
その言葉で我に返ったのか、由奈のお父さんは玄関へ走っていった。
ガチャンッ
ドアが壊れるくらいの勢いで開け、雨の中、外へ走っていった。そして、それを追いかけるように旬も由奈の家から出ていった。
「・・・・うぅ・・・うぃっく・・・ひっく・・・・えっぐ・・・ぅうう・・・・」
「あ・・・。」
壮太が秘密基地に入ると由奈がいた。基地の隅っこの方に座って泣いていた。それもネグリジェの姿で。
「どうしたんだよ?」
「・・・うう・・・」
壮太が声を掛けてもうつむいたまま泣いているだけだった。
由奈の様子を見ると、裸足であることに気付いた。しかも、傘を差さずに来たらしく、髪がまだ湿っていた。
そして、ネグリジェからでている脚にはたくさんのあざと傷口があった。
ネグリジェの模様のせいで、気付かなかったが、よくよく見ると、袖には血が布に広く染込んでいた。