第一章 バジルを添えて
帰宅するや否や、買ってきた調理器具やらを整頓しはじめ、ついでと言い買った赤いエプロンを身に着けた。
「どお? 似合ってます?」
エプロンを着終えたスフレは、えっへんと腰に手を当て、自慢げに胸を張る。
「ああ、似合ってるぞ」
頬を紅潮させるスフレは、クルリと回り
「それじゃ、早速始めますね」
「ああ、よろしくたのむ」
そう言った天使は、料理の基本である包丁とまな板を水ですすぎ、それぞれの食材に合わせて切っていく。
トマト二つを八つずつのくし切りにし、切ったトマトをボールに入れ、そこに塩、コショウ、エキストラバージンオリーブオイルをまぶし、フォークを使って和えていく。
次に、塩を入れてお湯を沸かした鍋にパスタを入れていく。
ついでに、パスタの基本の知識ではあるが、ゆでる時に塩を入れる。大概のキッチンではお吸い物として出したときに、客からからいと怒られるくらいの塩加減と教わる。たいてい、お湯の量の一パーセントから三パーセントほどと言われることが多い。
そして、どうして塩を入れるのかと言うと、パスタを作る際に塩を使わないかららしい。うどんやソバなどは作るときに塩を使うため、ゆでる時に塩を入れる必要はないという事だそうだ。
パスタをゆでる際の注意点としては、あまりお湯をグラグラさる必要はない事。何故? と聞かれるが、簡単に言うと、お湯が煮立っているとパスタ同士がこすれ合い、表面のザラザラが無くなってしまうからだ。そうなってしまうと、パスタがソースと上手く絡み合わず、不出来なものとなってしまう。
店の料理長から教わった、ちょっとした知識を再確認している間に、スフレは今度はニンニクを薄くスライスし、ピュアオリーブオイルを少し垂らしたフライパンに入れ、過熱を始めた。
たまに思うが、ニンニクを使わないパスタってカルボナーラ以外何があったかな。ほんとイタリアンってニンニクとトマトだらけだな……。
ニンニクも芽を気にする人は結構シビアだし……焦げやすいと言う理由もあるが、一番は生食時にお腹を壊しやすいとかかな。
そうこうしているうちに、パスタが茹で上がり、用意していたザルに流しいれ、流水で粗熱を取った後、ザルごと氷水に入れ、熱とヌメりを取っていく。
流し終わったパスタを今度はキッチンペーパーに乗せ、十分に水分を取っていく。 こうすることで後にパスタがふやけたり、ソースの風味が失われることを防ぐのだ。
そうして、水分をきったパスタをボールに入れ、先ほど作ったニンニクのオイルを入れ、塩で味を調えたら、黒いネコや足跡が装飾された平たい皿に、少し平たく盛り、その上に始めに作ったトマトを乗せ、そして最後に――バジルを添えて。
かなりの手際の良さだ……まさに、圧巻させられた。
――っ。うまいっ! あれほど自身たっぷりだったスフレの料理はたいそう美味であった。それに加え、節約も十分にできている。
スフレに料理の感想を伝えると、さも当然かのようにえっへんと、腰に手を当て胸を張っていた。だが、よほど嬉しかったのか口元は緩んでいた。
「そういや、天使は何か食べたりしないのか?」
「食べますよもちろん、お腹空いちゃうじゃないですか!」
だが、スフレが用意したのは俺の分だけだった。
「でも、お前、俺の分しか作ってねえじゃん」
今更気づいたようだ。涙を滲ませ暗い顔をするスフレに感謝の意味も込めて半分譲る。
「い、いいんですか?」
「ああ、お前が作ったもんだし、ちゃんと味確かめないと上手くならないだろ」
嬉しそうにほおばるスフレは料理を作るのと食べることが好きなようだ。
料理を食べ終えた後は各々好きなことをやっている。ベッドで本を読んでいるとスフレが話しかけてきた。
「なに読んでるんですか?」
俺は本の表紙を見せ答えた。
「ミステリー小説、読んでみる?」
本を渡すと、とても真剣な表情で立ったまま読み始めた。
「す、座ったらどうだ?」
正直、話しかけづらい。真剣な表情をしているスフレは、俺の声が聞こえてなかったのかそのまま突っ立って居た。俺はスフレの前から退しりぞき、食卓テーブルの椅子に座りしばしスフレを眺めていた。
一時間ほどそうやっているとスフレが動いた。
「んー」と、天井に腕を伸ばし脱力した。
「いやー、面白かったですねー!」
その言葉に驚いた。
「は? 面白かったってもう、読み終わったのか?」
「はい、最後はベタな展開でしたが、そこそこ楽しめましたよ!」
短いものではあったが、二百ページは在ったぞ。それを一時間で、俺には考えられん。
「あーでも、あそこで主人公が変な行動をとるのは意外でしたねー。ま、タイトルどうりでいいんじゃないですか?」
「ちょちょちょ、ネタバレやめい。それはそうと、お前本が好きなんだな。良かったら他のも読んでみる?」
本を閉じ、クルリと俺の方を向いたスフレは。
「い、いいんですか!?」
目を輝かせ何度も問う。
「ほんとに、本当に、いいんですか?」
迫るスフレを払うように本棚の場所を示す。
「あそこに、いろいろあるから好きに漁れ」
本棚の前で目を輝かせているスフレを横目でみやり、俺は寝る支度をする。
「あら? もうお休みになるのですか?」
「ああ、今日は疲れた」
「それでは、私も」
と、言ったスフレは本をしまうと、俺の布団に潜り込んできた。
「ちょ、ご一緒するってそういう事かよ! あーもー、お前はここで寝ろ!」
ベッドにスフレを残し俺はというと……仕方なくテーブルの椅子を並べ、そこでモーフに包まる形となった。
という感じで、あこがれの可愛い女の子との同居生活、みたいなノリで始まってしまったわけだが……。可愛い女の子に見えて実は天使、正直、とてもあいまいな気分だ。