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幸せにありがとう  作者: 小雪杏
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第一章 これが始まり



「――――――――」


 突如、脳に直接言葉が囁かれた。

 体を起こし、あたりを見回しても誰もいない。

 気のせいだったのだろうかと体の力を抜き、寝そべりかえる。


 すると――。


 また、囁きが聞こえた。


「霧乃智樹さん」 聞こえた――。


 確かに聞こえた、自分の名前を呼ぶ声が。

ベッドから飛び起き、アパートの一室しかない暗がりに目を凝らす。


「なにもない……」


 不安に思いあたりを見回す。


 暗く静まりかえった部屋は、物音立てず日常いつもを演じていた――。

 勘違いかと、視線をベッドの方に向けようとすると――。


 天井から小さな光がゆっくりと舞い降り頭のすぐ先で停止した。停止した光は大きく膨らみやがて、煌びやかな閃光を漏らしはじけ飛んだ。

 それと同時にドスンと鈍い響きが床を叩き。


「あいっ……たたた」


 と、痛がる女の子の声が聞こえた。俺は、今起こった事情を把握できずにただただ、茫然と立ちすくむことしか出来ないでいた。

 ――と、放心状態になった俺を救ったのは、先の声の持ち主であろう存在だった。


「初めまして、マイマスター。あなたの元で修行に明け暮れるべくお降りしました。天使ちゃんです」


 救われた気を奪い戻されたのは、ゲームなどでしか聞いたことのない呼び名と、普段では使わないような言葉だった。

 理解の追いつかない状態であるのに言葉は続き、最後に。


「ということですので、しばらくお世話になります」


 その言葉を聞いて脳が反射的に理解し始め、状況を整理する。


 同居だと? ふざけんねんじゃねえ!


「初めましての前に、俺はあんたが見えないのだが……」

「あら、これは失礼」


 と、思い出したような口ぶりの言葉に続いたのは「パチッ」という指を鳴らす音だった。


「――……!」


 周囲が明るくなった。


 目の前には今までの声の持ち主であろう、少女がいる。

身長は日本人女性の平均身長より少し低いほどで、白い肌に白い髪、青い瞳に小柄な顔ぶり。

 全体の容姿は人形のように整っており、赤いドレスから覗く鎖骨と首筋のラインは華奢なまでに美しかった。

 そんな少女の容姿に魅了されていた俺は、はっと、思い出したかのようにドア枠の隣にあるスイッチを見遣る。


 ――オフになっている……。


 一体……どういうことだ……。


 瞳を閉じては開きを繰り返すが、元には戻らず目の前にいる少女は、囁き始める――。


「では、もう一度……初めまして、マイマスター。」


 淡い青色の瞳を持った少女はニコリと微笑み、赤いドレスのスカートをつまみ、白く長い髪を翻ひるがえらせカーテシーの形を造る。


「ど、どういうことだ? 全く理解できんのだが……」

「天使になるための修行の元あなたのもとにお降りいたしました」

「天使? 修行? どういうことだ。まず、そこらへんを理解させてくれ」


 わけが分からんと、豪語する俺に少女は微笑みうなずく。


「それでは、お教えしましょう」


 冷静な少女の指示に従い、俺はベッドに腰かけ、少女の話に耳を貸すことにした。


「天使……それは、あなたの心の中にある善の心により存在を作りだされるものです。遠い昔も現在いまでも、天使は架空のものと捉えられがちで、存在じたいあやふやなものです。ですが、それは人の心に生きるものだからなのです。天使の囁きによって、救われた人もいれば、悪事から逃れたかたも多いでしょう。私たちは、主を導き時に囁きときに救う……そういった存在です」


 正直、感心した……。


「て、ことは……信じるものは救われるみたいな?」

「はい。そんな感じで捉えていただければ幸いです」


 なるほど天使か……。と、思い一つ疑問が浮かんだ。


「天使がいるってことは、悪魔もいるのか?」

 その質問に、明るい笑顔で答える少女。

「はい、もちろんです」


 んー……と、電灯の光とは、また、別のもので照らされていない、真っ暗な空間をのぞき込み、悩んでいる俺に少女は言葉をつなぐ。


「悪魔は……私たち天使とは相反するものと、捉えていただければ良いでしょう。天使は赤や青、白といった明るい色や場所を好みますが。悪魔は、白や黒、グレーっといったものを好み、おっとりとした子が多いようです。稀に、それに反するものもいるようですが……」


 少し目を逸らした少女はため息をつき、話を進める。


「他に、違うところと言えば、魔法とかですかね」

「魔法……?」

「はい。天使は万能を求める故、魔法に長けているのです。ですが、悪魔達は古典的な魔術から離れようとせず、その点で天界ともめているのです」

「へー魔法と魔術の違いってのはなんだ?」

「そうですね。……たとえ話をしたほうがいいですね」


 と言い、辺りを見回し、手ごろなものがないか探す。――そのたびに翻る髪や横顔に、不覚にも魅力を感じる。


「例えば、あちらにある人形の腕や足などを動かすことは魔法でも可能です。ですが、魔術はあの人形に魂を吹き込み、意思のある行動をとらせることが可能なのです」


 部屋の隅にある、小さなラックの上に置かれているビスクドールを手のひらで指し例える。


 少し間をあけ続ける。


「他にあるといえば、発動時のことでしょうか。魔法は思ったことをすぐに現実へと引き出せますが。魔術の場合は、スペルや札、詠唱といった類のものが必要です。無論、大規模なものであれば魔法にも陣などやある程度の時間や手間といったものが必要なんですけどね」


 ここまでの話を聞いてやはり、疑問が残る……魔法だ。

 なんならいっそ見てみたい。


「やっぱり信じられんな、魔法ってなんだよ。そんなに言うんだったらいっそのこと見せてくれよ」

「ええ、かまいませんよ。ですが、場所を変えましょうか……ここは、狭いですし」


 ニヤっと、今までにない笑みを浮かべ少女は言った。


 狭くて悪かったな。


「それでは……次元酔いに気を付けて下さい」


 少女は、俺の手を取り部屋の真ん中へと移動させた。


 ニコリと微笑んだ少女を見遣ると、一瞬で周囲が暗闇に飲み込まれた。


 捻じ曲げられる光と頭を揺さぶられたような吐き気が襲い、意識を留めておくのがやっとの程。人生で一番強く目を瞑りなんとか必死で吐き気と葛藤し、いいと言われるまで待つ。


――――――――――――。

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