プロローグ
人は、みな心に天使と悪魔を宿しています。天使のささやきにより救われた人もおり、その逆に、悪魔のささやきによって悪事を働いた人も多いでしょう。
彼女たちはささやきかけます。如何なる時も、どんな時にでも、きっとあなたを見守っているでしょう。
――これは、そんな天使と悪魔が見えてしまう……いや、見えてしまった物語――。
【プロローグ】
「はあああぁぁぁあああー」
と、深いため息をつき、俺のベッドに寝転がり雑誌を読む少女を見つめる。
先に言っておこう。俺には可愛い妹も、優しい姉も、外国に住む幼馴染も居ない。
――なのにだ。
俺の部屋には、だらける女の子がいる。
無論、彼女ではない。親戚の子守をしているわけでもない。
じゃあ、なぜ?
理由は分からない、平穏な日常を崩すのはいつも唐突で、神さまの気まぐれなのだ……。つい最近までは退屈だったキャンパスライフも、あいつが来てからは激変した。
白い足を丸めた布団にぱふぱふさせている少女は、何かを見つけたのかその動作をやめ。
「歩く洗濯機……」
と、つぶやき真剣な表情でその内容であろう記事を読む。
………………………………。
「何言ってんだあのバカ!」
だぁぁあと、脱力に紛れたため息を吐き床に倒れ込む。
あいつもあの時はまだ可愛かったのにな――。
Ж Ж Ж
とある世界の、とあるお城の中――。
とてつもなく大きな木の中に大きなお城が一つ。
ひっそりと佇む場所に彼女たちは、暮らしていた――。
「スフレ・ヘカンツェルあなたは人間界に天使の見習いとして降り、彼の元で一人前の天使になるため、修行に励みますか?」
広く、白に塗りたくられた一室に、立派な椅子に腰を沈めた女性を見つめる少女が居た。
名は、スフレ・ヘカンツェル。天界に住む天使だ――。
――天界。それは、天使の住まうところ、神々の住まうところ、人間の住んでいる『地上』とは、遥か『上』に存在するなにか――。
存在じたい確認されておらず、航空技術が発展し、宇宙空間にまで到達した今でもなお、その実態は、明らかにされてはいない。
そんな、謎に包まれた世界で彼女達は、密かに暮らしていた。
膝を折り、誓いの言葉を述べようと手を顔の前で結んだスフレは、深い決意を胸に言葉を繋いだ。
「はい。必ずやご期待に添えるべく日々の修行に精を尽くすことを誓います」
白く長い髪に透き通るような白い肌、青い瞳は凛々しく、赤いドレスから這い出る足は、細く全体的に華奢な印象を醸し出していた。スフレは、勇ましいほど熱のこもった良い返事を返し、誓いを立てた。そんなスフレを見たのか、立派な椅子に座るたいそう地位が高いであろう天使がクスリと微笑みスフレに最後の忠告を促す。
「人間界には、危険が沢山あります。もちろん今回の修行の項目でもあることですが。様々な困難に立ち向かうことでしょう、あなたは、そんな困難に立ち向かい、自分の力で解決する覚悟はありますか?」
「はい。もちろんです」
即答であった。どうやら先ほどの誓いは本当のことだったようだ。
「では、こちらから転送を行います。陣の中に入ってしばらく待っておいでなさい」
天使は立ち上がり、スフレが位置に着くまで見つめる。
その目には、少し迷いがあった。なにか、不安を装うような、少し……ほんの少し寂しいような――。
そんな目を向けられたことには気づかないスフレは、陣の真ん中に立ち、魔法の発動をいまか、いまかと、期待を大いに膨らませていた。
「魔法発動」
その言葉とともに陣に描かれた文字が発光をはじめ、大きな魔力が流れていくのが目に分かる。
――魔法。科学や物理学などとは違い、エネルギー保存の法則に依存することなく、ありとあらゆる物理法則や存在を否定または、肯定するもの。その実態に根拠もなければ証拠すらもない。――まさに、異次元。
現在においてもその実態を明らかにした者はおらず、架空のものと理解されている。
だが、今ここに起こっている出来事は魔法によるものだ――。
魔法により、ふわりと体が浮いたスフレを見上げ、心配そうに見つめる目は口を開いた。
「一度人間界に降りれば修行を終えるまで帰ることは出来ません。それでも、よろしくて?」
忠告を促す天使を見てスフレはニコリと微笑み。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。そんなに心配しなくたって」
どうやら二人は、姉妹のようだ。元気そうに手を振るスフレに姉カヌレは、不安げに手を振り返し最後に口を開き言った。
「人間界には、たくさん先輩たちが居るから。もし、何か合った時はしっかり頼るのよ」
先ほど促した忠告とは違いカヌレは、妹のスフレのことをとても大事に思っているようだ。先ほどの忠告は天界から人間界へ行くためのセレモニーのようなものだったのだろう。
「くれぐれも大規模な魔法は使わないように」
「わかってるって。もし、使うようなことになれば、ちゃんとソレようのステージを用意するから」
人間界への期待を抑えきれないスフレの返事を聞いたカヌレは、不安ながらも笑顔で妹を送ろうと笑顔を作る。
「じゃあね、しっかりやるのよ」
と言い、魔法を最終発動させた。陣から発する白い光は、スフレを包み込みさらに大きく光を放ち、瞬く間に消えた。
広く、ただ白いだけの部屋に一人取り残されたカヌレは、ため息をこぼし
「本当によかったのかしら……」
と、寂しそうにつぶやいた――。