独占欲と贈り物
「あら。沖田はん。お久しぶりどすなー」
「紫はいる?」
店に入ってきた瞬間、本題へと入る沖田に驚きもせず、言葉を返す。
「へえ。おります。座敷へご案内致します」
「その前に女将さん、いや楼主に話があるんだけど」
「へえ。」
「紫の水揚げ、僕やらせてくんない?」
「!!!!」
ザワッ
突然の発言にそこにいたものは動揺を隠せない。
「えっとー。沖田はん?それは、、、」
「彼女、新造になったばかりだから、水揚げまだだよね?」
「まあそうどすけど」
「でもまだ新造とは形だけでほぼ禿と変わりゃしません」
「新撰組の沖田総司が水揚げ?」
「いいなーー」
「でもそれにしては若すぎるとちゃいます?もし、傷ついたりでもしたら」
ざわつく女達を前に沖田は「何を隠す必要がある」とでも言うように
はっきりと言い放った。
「彼女の処女は僕にもう奪われてるよ」
「!!?」
「でも形式的にまだするっていうなら僕にしてくれない?その役目」
「、、、沖田はん。紫の旦那になりはりるんどすか?」
「旦那、ねえ。今はまだ無理だけど身請けしてもいいよ」
ザワッ
「なんだって」
躊躇なく発せられる言葉に動揺が膨らみ始める。
それを制するように重い一言が貫いた。
「そこまでにしんなし、新撰組の若旦那」
「!」
「花魁、、、、」
現れたのはそう、彼女の姐さん。
「へえー。あの時の、菊月さんだっけ?今日はまだお店にいたんだね」
「紫はまだこの間入ったばかりどす。年の頃で新造になりもしたが禿とそう変わりゃしません。ましてやまだ馴染みになってもない沖田はんが身請けなんてできんせん」
「今すぐには無理だよ」
「水揚げかて同じどす。まず馴染みになってあげなはれ。それからどす」
「、、、、、、、。」
菊月の的を得た鋭い言葉に流石の沖田も言葉を飲み込む。
それを察したように柔らかに、そして嬉しそうに菊月は続けた。
「沖田はん、紫がよほどお気に召されたんどすな」
「それもそうだけど、あの子そもそもここの子じゃないでしょ?」
「!!!」
ザワッ
「、、、、おっしゃってる意味がわかりまへん」
菊月はあくまで平静を装う。
「、、、、この時代の人間じゃない」
「!!!!」
しかし沖田は引かない。
ザワッ
「女将さんも楼主さんも、そしてあなたも知ってるでしょ?菊月さん?」
ザワッ
「どういうこと?」
「この時代じゃないって、、、」
「静かにおし!!!」
ざわつく女達を制し、菊月は先程とは違う鋭い眼差しを沖田へと放った。
「だからなんだっていうんどす?ここにいるは紫本人の意思どす。」
「そうなんだろうね。ただ特例もあるんじゃないって話。この時代のものじゃない、得体の知れないもののためにわざわざ財力ある人間を寄越すのはどうかと思うよ?いつ消えるとも知れないしね。僕なら彼女が不祥事を起こした時点で即斬り殺すことができる」
シーン
物騒な物言いにその場は一瞬にして凍りついた。
「なるほど、ようわかりました。紫を他の殿方には指一本触れさせません。それまでわっちが目を光らせておきます。沖田はん専属の遊女として傾城に育ててまいります」
沖田の言葉の裏を察したように菊月はそう告げると
パンパン
大きく手を叩いて場の空気を収めた。
「さあ、重い話はここでおしまいどす。お店開けますえ。沖田はんもぜひお座敷の方へ。紫、出といで」
「、、、、、はい」
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ーーーーーーー
シーン
薄暗い部屋で重い沈黙が続く。
(こないだの今日で)
(何を話せばいいんだろう、、、)
「、、、、、、、。」
(まだあの時のこと怒ってる、のかな?)
ちらりと沖田の方を見やるも沖田はあさっての方向を見やっている。
視線を戻し、重い沈黙に息苦しさを感じた頃、
「ずっと会話聞いてたでしょ?」
「っ!」
思ってもみなかった問いかけに紫は息を呑む。
「どこから聞いてた?」
「、、、バレてたんですね」
「そりゃあね。君、気配消すの下手だから」
「、、、ほぼ最初からです。沖田さんの来店を聞いて姐さんが呼びに来てくれましたから」
「、、、、、、。」
「沖田さんはいつも私を斬る、斬る言いますけど実際斬ろうとしたなんてありませんよね」
「刀預けてるしね」
「、、、、、、。」
「何?斬って欲しいの?」
「なんでそうなるんですか!?」
「なんとなく」
いつもの会話が2人の中に戻ってくる。
「それよりなんであんなこと言ったんですか?私が未来から来たことがそんなに気に触りませんか?」
「あーー、そのこと」
「!?」
「前にも聞いたけど君は好きな人以外に抱かれてもいいの?」
「、、、、、、。」
(それがすごく嫌だって)
(遊女という仕事がどういうものなのか本当の意味でやっと理解した気がする)
(でも、、、、、)
「自分の時代に戻るための情報を得るためにここに入りました。でも入った以上、拾ってくださったお母さんや姐さんのためにも私は遊女として働かなければならないし、それが仕事ならばするしかないです」
「固いね」
「それをあなたが言う、、、」
そう鋭い眼差しで告げようとした時、
スッ
「!?」
髪に何かを刺される感触ー。
「そんな可愛くない君に贈り物」
「えっ!?」
「さあ、今日はもう帰るかなー。」
「ちょっ」
「またね、紫」
ピシャンッ
どこまで自分勝手なのか。
することだけして、いう事だけ言うとそのまま沖田は部屋を出ていく。
「ちょっ!沖田さっ」
紫は慌てて立ち上がると、閉められた襖を開け、廊下へと飛び出す。
すると
ドンッ!
なにかにぶつかる感触。
「すんまへん」
ぶつかってしまった主に謝罪しようと顔を上げると
「!姐さん!!」
そこにいたのは紛れもない姐さん・菊月の姿があった。
「なんや紫。そんな急いで」
「お、沖田さんが、、、」
「あーおかえりでっか!」
そうなんでもないように告げると菊月はそのまま紫を見つめている。
「?」
「偉いええ簪もろたんやな、紫。よう似おうとるわ」
「えっ?」
(簪、、、?)
手鏡を持っているのなんてそれこそお客からの贈り物か花魁など位の高い者だけ。
鏡がない今、紫は自分の髪がどうなっているかなど分かるはずもなく。
呆ける紫に菊月は微笑むとそのまま背中を押すように言葉をかけた。
「ほら。はよ行きな!お送りまでがわっちらの仕事や言うたやろ」
「へ、へえ!おおきに」
タタタタ
お礼を言うと未だ慣れない着物を持ち上げながら紫が沖田を追いかける。
その姿を優しく見つめると菊月は目を細め、独り言のように呟いた。
「簪か、、、、。なかなか独占欲の強い殿方どすなー。素直やないところがまたおもろいわ」