文久三年
「うっ、、、」
(何が、起きたの、、、、?)
うっすらと目を開ける静。
視線の先には小さな桔梗の花々が揺れている。
「!!」
体を起こし、見える景色に静は言葉を失う。
(え、、、、ここどこ?)
(私、さっきまで莉央たちと一緒にいたはずじゃ、、、、)
静が座っている所は店の中ではなく土の上。
そしてあたりに人はひとりもいない。
ただ近くには咲き乱れる桔梗の花があるだけだ。
(どうなってるの?)
(私さっきまで修学旅行で京都にいたはずじゃ、、、、)
(もしかして、夢?)
ムニッ
「痛い」
そう頬をつねるも痛みを感じ、それが現実だと悟る。
(じっとしてても仕方ない)
(とりあえずここがどこか確かめないと)
そう決意新たに立ち上がり、制服についた砂をはらう静の元へ声が掛かる。
「あんさん、そこで何してはるん?」
「!!」
「見慣れへん格好やなぁ」
「!」
現れた女性は着物をまとい、髪も綺麗に結い上げている。
(え、着物、、、、?)
(着物巡りをしている人かなにか?)
(それか映画の撮影、とか?)
「、、、制服、ですけど?」
「せいふく?」
「、、、、、、、。」
あからさまに着物を着た女性はその言葉を知らないふうだ。
この違和感に静は肝が冷える。
(ありえない)
(そんなことあるはずない)
「まあ、なんでもええけど最近ここらは物騒でな〜。そんな格好してそこに座り込んどったら怪しまれるで」
「あ、あの、、、」
「?」
「今って何年ですか?」
「?文久三年やけどそれがどないかしたか?」
「!!」
(文久三年、、、、、)
(江戸幕末、、、、、、)
「っ」
(そんなことって、、、、、)
「あんさん大丈夫か?顔色が優れまへんで?」
(そんな非現実あるわけない、、、、)
(きっと悪い夢だ)
(悪い夢なら早く覚めて、、、、、)
ジャリ
「!」
「あんさん、よー見ると綺麗な顔しとるなー。このまま不逞な輩や言うて捕まえられてしまうんはおしい」
「?」
「行くとこがないんなら、私ん所へおいで」
「!!」
(え、、、、、、)
(えええええええええええええええええ)
ーーーーーーーーーーー
ーーーーーー
「ここが私らの家や」
「!!」
目の前の光景に静は絶句する。
(写真で見たことがある、、、、)
(ここって、島原遊郭じゃない、、、、)
(ということはこの人は、、、、)
「ただいまー」
(遊女、、、、、、?)
「お帰りやす。姐さん」
「お母さんいはる?」
「へえ、奥に」
「おおきに」
(姐さん、、、、、?)
ーーーーーーーーーーーー
「おかえり、花魁。なんやそのもんは」
「!!」
(花魁、、、、、?)
(花魁って、、、、、)
『確か江戸時代に京都では島原、東京では吉原ていう花町にいた遊女で1番位の高い人だよね?』
(加奈子ちゃんが言ってた、、、、)
(この人が、、、、、)
確かに優雅な着物や化粧をしていなくてもその女性は確かに美しい。
「道に転がっとったさかい拾て来たんや」
「お前はまた勝手に、、、、」
「それにしても、、、、」
「!」
「見慣れん格好をしとるな。お前どこのもんや?」
「、、、、、、、、。」
(どうしよう、、、、、)
(正直に話すべきなのかな、、、、)
視線は1点、静に注がれている。
「ほら、名前ぐらいいなんし」
「あ、はい。雛本静と言います」
「静、か。いい名前やな」
「、、、、、、、、。」
「あ、あの」
「「ん?」」
「信じてもらえないかもしれないんですが、私、未来から来たんです」
「「!!」」
「平成という時代から来ました。ここより300年ほど先の未来です」
「へいせい、確かに聞いたことないな」
「、、、、、、、、。」
「その着てる服もこの時代のもんやないしな」
「、、、、、、、、。」
(信じて、もらえた?)
「まあここにはようけ訳アリの娘達がおる。せやから深く追求はせんが、、、、」
「!」
「お前はどうしたいんや?」
「!」
「ここで遊女として働くんか?」
「っ」
(確かに、これからどうするか考えていなかった)
(夢だと思いたいけど、痛みも感触も偽物じゃない)
(本当に過去に来てしまったんだ)
(そんなの空想の世界で有り得ないって思ってたけど今現実に起きてる)
(ただ連れてこられてここに足を運んだとはいえ行く宛なんてないし、、、、)
「まあここはともかく、その格好で町を歩いていたら間違いなく不逞な輩として取り締まられるだろうよ」
(、、、、、っ)
「私は、、、、」
「「!」」
「私は未来に、自分のいた時代に一刻も早く帰りたいです」
(今、言えることはこれぐらいのことしかない)
「なるほどな」
「わかった。よろし」
「え」
「お母さん?」
「この島原なら色んなお客が来るからな。情報収集にはうってつけや。お前が未来に帰る手がかりもわかるかもしれへん」
「!」
「うち1番の花魁・菊月が拾ってきた子や。大体お前が拾ってくる子はよう売れる。見るにお前もええ器量をしとる。ここでそれを生かして働く言うならお前が未来に帰る方法を探してやらんでもない」
「!」
女将のその言葉に静は希望を見出した。
「ありがとうございます!よろしくお願いします」
「ん。返事も良いようやな。菊月」
「はい」
「お前が拾ってきた子や。お前が面倒見ておやり。年齢はそこそこいっとるようやけど、お前に仕込んでもらえたら花咲くこともあるやろうよ」
「心得ました」
「!」
「何をボーとしとる。静、お前も挨拶するんや」
「は、はい」
(いけない、、、、、)
「菊月さん、よろしくお願いします」
そうして静は深々と頭を下げた。
「姐さんとお呼び。私には他にも妹が山ほどおる。お前のことばかりを見てはやれんから自分でも磨くんや。それからまずは話し方。廓言葉も覚えなんし」
「はい」
(大変なことになっちゃったな、、、、、)
(でもこれも、自分の時代に帰るためだと思って頑張らないと、、、、、)
「じゃあ早速お前に仕事を言いつける」
「!」
「この世界はそう甘うない。拾われてすぐ遊女になれるなんて思てもろうては困る」
「!」
「稽古もそうやけど、まずはお前がどれほどここで通用するか見させてもらいまひょ。
表で客を捕まえてきな。けちな客じゃ行けないよ。ちゃあんと身銭切ってここにあがろうて客を夜見世が始まる前に1人でもいい。お前が連れてくるんや」
「っ」
(幕末に来て早々とんでもないことになってしまった、、、、、、)
(しかし、これが全ての始まりだったのだー)