人が知ってはいけない浦島太郎
別のサイトで浦島太郎って竜宮城に入れたのっておかしいよねと会話をする二次創作を作ったのでそれをまとめたモノ。
はっきり言って偏見混じってます。
「退屈じゃ」
ああ、また言い出した。
海の国竜宮。そこの君主が住む竜宮城で、君主の一族である乙姫が口を開く。
乙姫付きの侍女である鯛は溜息を吐く。
「亀!!」
乙姫が大臣である亀を呼び出す。
「――お呼びですか。乙姫様」
「我以外誰が呼ぶとでも。まあ、よい」
ばしっ
扇を景気良い音で閉じると。
「我は退屈じゃ」
じゃが、そう言うと、どこぞのだれだれとお見合いでもと話が持ち上がる。
冗談ではない。いくら海とはいえ、我と異なる姿をして居る者とお見合いなどしてどうするのじゃ。
乙姫の言葉はもっともである。
「のう。亀」
「はっ」
「地上には人という我と同じ姿をしておる輩が住んでおるそうじゃな」
「そうですが……」
一体何を言いだすのかと亀が構えると。
「人は我々の同胞を食うために攫っておる。なら、我らが人一人くらい連れてきても気にせぬじゃろう」
「乙姫様…?」
「海と地上両方行き来できる種族はそなた意外我は知らぬ。よって、そなたに命じる」
気まぐれのように微笑んでいる姿は時折差し込んでくる日の光の様に艶やかだが、その美しさを宿す声で、乙姫は、
「お前のお目に掛かった人を連れてくるのじゃ」
そう命じた――。
人を連れてくると言われても亀がきちんと連れてくる事は困難であった。
人は人以外の生き物がしゃべるとは思わず声を掛けると怯えて逃げる。
途方に暮れていると子供が現れて、亀を囲む。
「これがしゃべる亀か?」
「しゃべろよ。早く!!」
棒を持ってきて叩いてくる。亀はこれでも海の世界では重鎮だ。
その重鎮を叩いているのだ。国交がないとはいえ、こんな手段で来るような人が居るのだ。津波でも時化でも起こしてやる事が出来るんだぞと亀は必死に耐えながらそう心の中で悪態を吐く。
「――これ亀を虐めてはいけないぞ」
もうここで時化でも呼ぶかと決心した矢先に声が降ってくる。
現れたのは人間の雄というモノだろう。子供より体格がいいから大人だと当たりを付ける。
乙姫の好みかどうかはともかく性根は良さそうだ。
「助けてくれてありがとうございます。お礼に竜宮城に案内しましょう」
人間は珍しいものを好む傾向があると聞いた事がある。
竜宮城を外から見せるだけでも価値があるだろう。乙姫の気まぐれでやっぱいらないと言われるかもしれないので――。
人間は海の中に入ると息が出来ないと知っているので海の中でも息が吸える玉を渡して海の深く深く――竜宮城に向かって泳いでいく。
…………どうやら乙姫のお目に適ったらしい。
門に辿り着いて人間を連れてきたと鮫の門番に声を掛けると中に入れて良いとお達しがあったと告げられる。
「すごいな~」
きょろきょろと辺りを見渡している人間を丁寧に案内している色とりどりの魚の侍女達は、
「あれが人間……」
「鰓が無いわ……」
「ヒレも無い!!」
「あれでどうやって泳いでいるのかしら……」
ひそひそひそ
人間は聞こえてないが、一応客人だ。その態度はどうだろうと空咳をして注意をする。
そそくさと侍女達は案内を終わらせると泳いで去っていく。
「すごいな~。魚があんな丁寧に案内してくれるんだ~」
どうしてそこで感動するのか分からない。
「ささっ。こちらです」
乙姫の前に連れてくると乙姫はヒト型というだけでご満悦だった。
「魚ばかりで見飽きた。人というのはこんなものなのじゃな」
まじまじと見つめると人間は顔を赤らめて恥ずかし気に視線を逸らす。
どうやら乙姫の美しさは地上でも通じるようだ。
乙姫の優雅な動き一つ一つに人間は見とれている。そして見とれてしまった事を恥じるように顔を背ける。その動き一つ一つが初心な反応で乙姫からすれば面白い玩具を見つけたとばかりにその初々しい反応を楽しんでおられる。
人間の名前は浦島太郎と言うらしいが、乙姫には……いや、竜宮城に居る者達にはどうでもいい事であった。
人間を見るのも――しかも生きているのを――見るのは初めてなモノが多いので名前など意味は無く。ただ人間は人間という認識でしかなかった。
人間を見に大勢のモノが竜宮城に訪れる。
人間はそれを自分が歓迎されていると勘違い――いや、一概に勘違いではないだろう――している。
人間は喜怒哀楽というのを分かり易く出すとの事なので、それを見ようといろんな事をしてみる。
喜ぶ、困惑して、恥ずかしがり、怒り――それでも遠慮して――悲しむ。
その一喜一憂でワイワイと見物に来たモノ達は喜び騒ぐ。
誰もがその新しい玩具に夢中だった。
「こんなに毎日歓迎されてていいのかな。ただ亀さんを助けただけなのに……」
「…………」
人間が不安げに尋ねてくるが、歓迎しているわけではない。ただお前という玩具で遊んで居るだけだとは亀は賢明にも言わない。
毎日毎日人間の反応を見る為に贅沢三昧。人間はその毎日の贅沢になれてきたのか戸惑う事は無くなった。だが………。
はぁ~
人間は溜息というのをするようになった。
「――つまらぬ」
乙姫が扇を開いて、口元を隠しつつ呟く。
「人間が最近溜め息しかつかぬのじゃ。寝所に呼んでも他所事を考えているのか鬱陶しい事この上ない」
寝所って……。
「乙姫様。いつの間に……?」
「最初は我に手を出す事に怯えておったが、すこぉしずつ慣らしてきたら恐る恐る手を出して来おった。あれの警戒心を取り除くのもまた面白かったわ」
くすくすと乙姫は笑う。
「じゃが、寝所に呼ぶ事は叶わぬ」
もう目的は果たしたからな。
「えっと……乙姫様?」
「子が出来たからな」
そんな重要な事をあっさり言わないで下さい!!
「なんじゃ。喜ばぬか。次代もよほどの事が無い限り人と同じような姿をしておるじゃろ」
「…………」
それを狙っていたんですね。あんだけお見合い断ってきたのに。
「魚に嫁ぐのが億劫じゃっただけじゃ」
その点あの人間は我の真贋に叶ったからな。
「まあ、あのままにしとくのも面倒じゃ。愁いを晴らさなくてはな」
そう告げると人間に声を掛けに行く。
………なんだかんだでお気に入りですね。乙姫。
その気遣う姿を見て感動してしまう。
年を取ると涙もろくなるなと亀が思っているとしばらくしてぷりぷりして乙姫が戻ってくる。
妊婦がするには激しい動きをして部屋にある物に当たり散らす。
「あれは我の所有物という自覚はないのかっ!!」
乙姫が癇癪を起こしながら次々と喚くのだが、その内容が、この生活は楽しいが、楽しければ楽しいほど陸に置いてきた家族が心配だと会いたいという内容なのだ。
「家族なら!! 家族などすでにおらぬのにっ!!」
陸地と海では時の流れが異なる。特に竜宮ではそうだ。
人間の家族などすでに亡くなっている。まあ、寿命で亡くなったか病で亡くなったか分からないが。
「家族など……」
乙姫は言えなかったのだろう。自分の腹に子がいる事を人間の子であるという事実を――。
「乙姫様……」
「いらぬ……」
扇が壊れるのではないかと思われるほどの力で握り締める。
「元々、暇潰しじゃったのだ。溜息ばかりで暇も潰せぬ輩などいらぬ」
「乙姫様……」
「あ奴が望むなら陸に戻してやろう」
ほの暗い感情が乙姫の瞳に宿っている。
「何もない。あ奴の家族も住んでいたところも無い状態を見せれば、あ奴も受け入れるだろう」
………暇潰しに連れて来い。そう命じられて観賞用の玩具にしては乙姫がここまで執着するようになるとは思わなかった。
まあ、それも分かる気がする。
乙姫の知らぬ事であるが、乙姫の一族は代々人の姿を取れる理由。それは、陸から攫ってきた人間を伴侶にしているから。
最初はその贅沢に戸惑い、慣れないで初々しい反応をしていた人間達が、それが当然になると傲慢になっていく。その都度人間は海に捨てて魚の餌にしてきた。
海の民は生きている人間を見た事なかった。ましてや、いつまでも謙虚な浦島という人間は稀有な存在と言える。
だが、その謙虚さが、乙姫には歯痒かったのだろう。
「分かりました。では、いた場所に戻してきます」
「ああ。そうじゃ。お土産も渡しておくのじゃ」
「…………」
そこまで、人間の……浦島のした事が許せませんか。
「今までありがとうございます」
浦島はわざわざ陸地に捨てられるのに感謝を述べる。彼からすれば陸に帰してもらえたと言う想いで一杯なのだろう。
「これはお土産です」
玉手箱を渡す。
「決して開けないで下さい」
開ける事が無いように祈るのがせめてもの選別だ。
玉手箱には陸地で流れるはずだった時が封じてある。竜宮で罪を犯した者に与える最大の罰。浦島を陸地に帰すには必ず罪人という名目がなければ出せないほど竜宮の事を知り過ぎた。
………守秘義務という奴だ。
まあ、乙姫もしばらくしたら頭が冷えて、浦島を連れ戻せというだろう。それまでの辛抱だ。
「乙姫様にもありがとうと伝えておいてください……」
その言葉を最後に浦島と亀は別れた。
乙姫が冷静さを取り戻したのは、竜宮城に戻ってしばらくしてからだった。
子には親が必要だと判断して連れ戻すように命じたが、亀も乙姫も海の民全てが失念していた。
海の世界と陸の世界では流れる時が異なる事実を。
浦島は結局玉手箱を開けて消えたようだが、もし開けなくても浦島は陸の時の流れで亡くなっていただろうと思われるほどの歳月が陸地では過ぎていたのだから――。
浦島太郎好きの方すみません~!!