恩返しとは
姉は決意する
王族の騎士達がやられ、彼らが逃げた後、俺達は今日は外出を控えようと、家の中に籠っていた。
それを提案したのはナーヨさんで、ナーヨさんは逃げていった騎士に怒りが治まらない状態である。
それもそうだろう。先日の話を聞く限り、ナーヨさんは魔法にプライドがある。あんなに熱く語っていたのだ。それを汚されてしまっては、キレるのも仕方の無いことだ。
「……ミソラ。確かにあんたの魔法は強力よ。でもあれは不意に出来たこと。もしあの騎士の中に、速さを増す魔法や、魔法の耐性が強い騎士がいたら……」
「心配ないよ姉さん。あいつらはたぶん短文詠唱しか使えない。それにあいつらは魔法に頼りすぎて、剣を充分に扱えていなかった。だからあいつらは僕らより弱いのは確実だよ」
「……でも、もうあんな無茶はしないで」
「うん。でも、もうあいつらも来ないでしょ。姉さんは僕より強いっていうのは信じてたみたいだし」
「……そういえば、キキョウさんの魔法は何なんすか?」
話の途中で、俺は割って話す。
キキョウさんの魔法は前から気になっていた。時間を遅くするミソラに、どう対抗出来るというのか。
「あー……私の魔法は『植物を操ること』が出来るの」
「……へ?それって、ミソラより弱いんじゃ……」
「違う違う」と、キキョウさんは否定する。
何故否定するのだろう。だって時間を遅くするのと植物を操ることって、明らかに時間を遅くするのが有利じゃないか。
そう思っていることを感じ取ったのか、ミソラは苦笑しながらも教えてくれた。
「僕の魔法は、人間と人間が創り出す魔法を遅めることしか出来ないんです」
「……ん?それじゃあキキョウさんの魔法も遅くなるんじゃ……」
「いえ、姉さんの魔法は『自然を操る』ので、自分で創り出さないんですよ。自分で創り出すことは出来るみたいですけどね」
「……つまりミソラがキキョウさんに魔法をやってもダメな理由は……」
「そう。人間『しか』遅めることしか出来ないミソラは、私を遅めることは出来ても、私が操る植物達には何も効かない」
「それに思考の早さはそのままですから、素早く命令することもできます。だから姉さんは僕より強いんです」
「姉を見くびるんじゃないわよ?」
なるほどな……どうやら時間を遅くすることは出来ても、その魔法によって弱点があるようだ。ミソラの場合、元からあるものを遅くすることは不可能らしい。
だからキキョウさんはミソラより強い。……ふむ、それなら納得はいくはいく。
「でも、私の魔法もちょっと面倒臭いのよねぇ」
キキョウさんが溜息を吐きながらそう言った。
面倒臭い?何が面倒臭いのだろう。実は言うとキキョウさんの魔法はちょっと羨ましい気もするが。
キキョウさんは、苦笑しながら教えてくれた。
「私の魔法、長文詠唱ばっかりなのよ。だから詠唱を覚えないと、植物を操ることが出来ないの」
「あー……」
長文詠唱。
それは簡単に言えば、長い詠唱を一語一句間違えずに唱えるということだ。
まさかそれもあったなんてな…魔法なんて、一瞬で出せると思っていたが。なるほど、確かにこれだけ聞いても面倒臭いと感じる。
問題はその文量だ。
「どの位の長さなんすか?」
「そうねぇ……一回見てもらった方が、良さそうかも」
キキョウさんの有難い提案で、実際にやってもらうことになった。
辺りを見渡したキキョウさんは、窓に飾られていた赤い花を対象に、手を翳す。
「【深く眠りし生きとし生ける魂よ。ある時は奇跡、ある時は愛、ある時は幸福を。妾の願いに答え、今宿らん】」
歌のように唱え始めたキキョウさん。
赤い花に目を向けると、赤い花は少しだけ動いていた。
詠唱はまだ続くらしい。
「【妾の願いは、妾の力を認めさせることにある。その身を動かせ。踊れ。そして優美な姿を見せつけろ。さすれば、魂はさらに輝きを放つであろう】」
赤い花は、さらに動きを増していく。
そして。
「【エーデルワイスの導きと共に】」
詠唱が、終わった。
その詠唱が終わった瞬間に、それは起こった。
少しずつ動いていた赤い花は、詠唱が終わった途端にその茎を伸ばし、まるで踊るかのようにキキョウさんの周りを回る。
キキョウさんが手招きすれば、赤い花は喜々としてキキョウさんの手へ近づいた。
ーーーーこれが、キキョウさんの魔法。
「可愛いものでしょう?詠唱はちょっと長いけど、詠唱を覚えて使いこなせれば、結構楽しいのよ。まぁ……詠唱を間違えちゃうこともあるけどね」
「そんなに難しいものなんすか?」
「難しいも何も、私の場合は十個もあるのかって程に大変だったのよ。実際は五つの詠唱があるんだけどね。懐かしいなぁ。子供の頃は詠唱を凄い間違えて、皆に迷惑かけちゃったもんなぁ」
「大変だったわねぇ。花を操ろうとしたら、すぐ側にあった雑草を操っちゃって、それで混乱したキキョウはみるみる内に雑草を大きくしちゃって、危うくこの家が潰されそうだったのう」
「ちょ、それは言わないでよ!け、結構気にしてんだから!」
衝撃の事実に俺は目をパチクリとさせてしまう。
……やっぱナーヨさんの言う通り、皆努力してるんだな……キキョウさんも、何回も間違えたことで、やっと習得出来た魔法なんだ。これが、努力の成果というものなのであろう。
……あの騎士達も、最初は努力していたのだろうか。何であんなに変わってしまったのだろう。
何はともあれ、あの騎士達を放っておくことは出来ない。何か俺にも出来ることはあるのだろうか。
思えばこの家族に助けられてから、俺は何も恩を返していない。……もしやこれは、恩返しのチャンスなのではないのだろうか。
何か……この村に得があること……。
「……あの、キキョウさん」
やっぱり、これしかない。
この村の平穏を取り戻すには、これが最善策だ。
「何?エリカちゃん」
「今日やってきた騎士達は、何処からやって来てるんすか?」
「ここから北に行った、クレマチス王国っていう所だけど……それがどうかした?」
「あざす。いや、実は……」
ーーー殴り込みに行こうと思いまして。
そう俺が言った途端、周りが凍っていくのを感じた。
■□
「ちょ、ちょっと待ってエリカちゃん!?あなた今何て言った!?」
突然の発言に、私は思わず立ち上がって声を荒らげた。
しかしエリカちゃんは淡々と、また言う。
「殴り込みに行きます。えーと…クリスマス王国ってとこに」
「クレマチス王国!ってそれはいいとして、何でそう思い至ったの!?」
「恩返しっす」
何故王国に殴り込みに行くのか。その理由を聞いた途端、間髪入れずにエリカちゃんはそう答えた。
『恩返し』。それが、王国に殴り込みにしに行く理由のようだ。
……それだけで納得出来るわけがない。
それに恩返しだとしても、エリカちゃんは危険な目にはあってほしくない。
これは私達、村の問題だ。ただの他人のエリカちゃんを巻き込むわけにはいかないんだ。
「エリカちゃん。悪いことは言わないわ。さっきの言葉、撤回して」
「嫌っす」
エリカちゃんは迷わずそう返してくる。
「何で……?」
全然、わからない。
さっきあんなことがあったのに、何でエリカちゃんは突然こんなことを言ったんだ。恩返しだって、いくらでもあるだろうに。
「そういえば皆さんに助けられてから、何も返していないと思いまして。だから皆が喜ぶような事を考えたんすけど、やっぱり連れて行かれた人達を助け出せば、皆喜ぶんじゃないかと思い、急遽殴り込みしに行くことにしました」
「ま、待って!考え直して!私達は別にそんなこと望んでないから!」
「望んでない?」
私がそう言った瞬間、突然空気が凍るように感じた。
ゾクリと、刃物を突きつけられたかのように、私は身震いした。
でもエリカちゃんは何も変化はなく、ただ微笑んでいた。
それが一層、私の恐怖を引き立たせていた。
「キキョウさんは何で望んでいないんすか?だって大事な家族が帰ってくるんすよ?そう考えたら嬉しくてつい頼んじゃうでしょ?なのに何でそれを望んでないんすか?もしかして、家族を『愛して』いないんすか?冗談でしょ。なら何で今まで家族を想ってたんすか?もしかしてそれも偽りだったんすか?」
「そ、そんなこと!」
「キキョウさんらが何を言っても無駄っす。ーーーーーー俺は行きますよ。この命が尽きようとも」
そう言い切った彼女は、ローブを羽織ってこの部屋を出てしまった。
恐らく彼女は、クレマチス王国に行く。
駄目だ、止めないといけない。彼女を危険な目に合わせることなんて出来ない。
なのに。
何で私は、まだ恐怖から抜け出せていないんだ。
動け。動けよ私の足。
彼女を止めるんだ。まだ彼女の体調が治っていないかもしれないんだ。まだ安静にしていないといけないんだ。
それに彼女は部外者だ。この案件は、彼女が口出していいものではない。これは私達村の問題だ。だから彼女を止めなければ。
なのに、何で動かないんだ。
「動いてよぉ……!」
私がそう零した時、また扉の開く音がした。
その音を聞いて顔を上げる。
誰も、来ていない。一瞬でも、エリカちゃんが戻ったと錯覚した自分を殴りたくなった。
そして少し気になって、ミソラの方を向いた。
向いた、筈だった。
しかし。
そこにミソラの姿がないことに、私はさらに混乱した。
■□
「ちょっと無理矢理過ぎたな……」
この村の入口で、俺は先程の事を少しだけ悔やんだ。
あれは駄目だ。無理矢理過ぎた。もっと穏便で行けたはずなのに、何で彼らを心配させるようなことを言ったのだろう。
これで恩返しになるのかわからないが、自分で決めた以上、自分でやるしかない。
「えーと……北、だったよな」
キキョウさんは北にあると言っていた。ならこの道を真っ直ぐ進めば、いずれは着くはずだ。地図とかはないが、デカイ何かが見えれば、それは王国であろう。というか、そのくらいの規模でなければ困る。
さて、迷わずに行けるかどうか……これは恩返しなので死ぬ訳には行かない。一瞬、この殴り込みが終わった後に死のうと思ったが、それでは彼らを悲しませるだけだと気付き、死ぬことは止めた。
今はあのクソッタレな連中……というか、そいつらを指揮する奴を殴る。うん、それだけだ。簡単な事ではないか。
「さーて、行こうかねぇ」
このダリア村は森に囲まれている村だ。暫くは道沿いに行けば大丈夫だが、森を抜けるのは確実。その後を気をつければいい。
足はタイツで隠した。手は後で何とかして、今は我慢……よし。
俺はクレマチス王国に向けて、一歩を踏み出した。
「待ってください!」
一歩を踏み出した後、聞き慣れた声が俺に向かって掛けられる。
後ろから息を整える声がする。
こちらに歩いてくる音がする。
この音も知っている。
この声も知っている。
何故こいつが、ここに。
「……ミソラ」
ミソラは、手入れが施されているであろうサラサラな金髪を乱して、俺の前に立っていた。
俺と同じローブを羽織って、肩にはリュックを背負っている。
まるで俺とこれから出掛けるみたいに、ミソラは旅の準備をしていた。
ミソラは汗を拭いながら言う。
「ッあの、エリカさん!……僕も、付いていきます!拒否権は失礼ですが、ありません!」
そう言ったミソラの目が、酷く真っ直ぐで、純粋すぎて。
キラキラと光っていて。
『昔の誰か』と被ったような気がした。
「……おいおいミソラァ。お前……」
「あなたの言い分は受けつけません!僕も行きます!」
「いや、仲間が増えるのに越したことはねえが……いきなりどうした?それと、キキョウさん達には言ったのか?」
俺の発言にミソラは少し驚いたが、また真剣な表情になり、答える。
「おばあちゃんには言いました。それで、僕にローブと必要なものをくれたんです。……今まで僕はずっとあいつらに怯えて過ごしてきた。父さんが連れて行かれた時、何も出来ない自分が凄く憎くて、いつかあいつらを懲らしめて、父さん達を助けるんだって、意気込んでいたんです。……今ならあいつらにも勝てる。父さん達を救える!だから僕は行くんです!エリカさんまで行くとは予想外でしたが……お願いです。僕を連れてってください!それに、女性を一人で行かせるわけにもいきません!お願いします!」
「いや、付いてくるのはいいぞ。逆に嬉しい」
「……え?」
いや、さっきの話聞いてたんかなこいつ。仲間が増えるのは嬉しいから付いてきてもいいって言ったような気がしたが。
「俺はお前の真意が聞きたかっただけだぜ?正直一人で行くのは不安だったし、道案内が欲しかったんだ。やるからにはちゃあんとエスコートしろよ?ーーーーそんで一発叩き込むぞ、あいつらに」
「ーーーーはい!!」
……なんかあっさりな気がするが、順調だな。これで迷わずに王国に行けるであろう。
さて、気を取り直して。
「行きますか、クレマチス王国に」
「……エリカさんに傷を負わすわけにはいかないので、僕が前に出ます。よろしいですね?」
「それでいいぜ?お前の自慢の美貌が傷つくかもしれんがな」
「女性を守るためなら、この神に授かりし美貌を盾にすることだってできます」
「……本当、いいキャラしてるぜ。それじゃあ、」
ーーーー殴り込みに、行きますか。
そうして俺はーーーいや、『俺達は』、クレマチス王国に向けて、一歩踏み出したのだった。
少しまとめ。
ミソラ→時を遅めることができる。しかしそれは『人間』と『人間が創り出すもの』であって、植物などの自然は遅めることができない。
ちなみにモンスターは遅めることは出来るが、それが効かないモンスターもいる。
キキョウ→植物を操ることが出来る。その為ミソラより強いと認定されている。
長文詠唱が多い。本編に出た詠唱よりも多いものがある。詠唱は全部で五つある。
植物を創ることもできる。
長文詠唱→階級で言えば二番目に強い。しかし詠唱が長いということもあり、使う人は少ない。この長文詠唱は一語一句間違えずに唱えなければならない。間違えたら不発になったり、違うものを操ったり創ったり、最悪の場合暴走することもある。その為使う人は少ない(二回目)
こんな所ですかね。
こう言った解説は地道に入れていきますので、是非目に通して頂きたいです。
質問や感想、評価お待ちしています。
ではまた次回に。