お人好し達との生活は、彼にとっては哀しいもの
姉はさらにその想いを加速していく。
部屋へと戻った俺は特に何もすることなく、ただボーッと天井を眺めていた。
そして鮮明に、しかしノイズが走る前世の記憶が、走馬灯のように作り出されていく。
その八割が、弟との記憶である。
弟と一緒に野球をした。弟と一緒にテレビを見た。弟と一緒に登校した。弟と一緒に風呂に入った。弟と一緒に。弟と一緒に。弟と、弟と、弟とーーーーー。
思い出されるのは弟ばかり。その他の日常は、ノイズが酷くて思い出したくない。
ーーー早く弟に会いたい。
弟に会うためには、死ななければならない。
早く死んで、弟に会いにいかなきゃ。
弟が待っているんだ、俺を。
早く、早く早く、早く早く早くーーーーー。
「ぁ……ー……ーーーー」
俺の呻き声を聞いても、何もわからない。
寧ろそれが喧しく感じる。
もう、男の記憶しか残っていないかのように、他の記憶が除外されつつある。
もういっそ、このまま眠ってしまえばーーー。
「ーーーおばあちゃん!今日もいっぱい取れたよ!」
しかし、その考えはミソラの声で散ってしまう。
目線だけを窓の外に向ければ、ミソラはあの時と同じ格好、フード付きのローブを着て、何処かに採取しに行ってきたようだ。
その証拠に、籠にはたくさんの木の実や果物らしきものが詰め込まれている。
ナーヨさんはその一つを手に取って、何かをした。
「……んん、いい香りだ」
どうやら、香りを調べていたそうだ。
ナーヨさんはそれをまた籠に戻し、ミソラとナーヨさんは家へと入っていった。
……もしかして、俺を助けようとした時は、採取していた時だったのか?それとも他に理由が?
……考えるだけ無駄か。とにかく俺はこの怪我を治さねばならない。
この家族に、もう迷惑はかけられない。
それに、自分の魔法のことも気になる。
死ぬ前に、せめてこの魔法のことは調べておいた方がいいだろう。さすがに俺も、モヤモヤしたまま死ぬのは嫌だしな。
魔法の正体を明らかにして、そして自然に死ぬ。
俺の当面の計画。
そして、あっさり終わるであろう計画である。
……さて、計画が決まったので、俺は眠るとしよう。暫く安静にしていれば、この怪我も直ぐに治るはずだ。
ベッドを深く被って、俺は目を閉じる。
この世界に来てから、俺は夢を見ていない。見なくてもいいけど、前世では無意識に夢を見ていたから、少し寂しい。
……そういえば、前世の俺は、どんな夢を、見て、いたのだ、ろうか……。
■□
「……おっかしいわね……あの怪我だったら少なくても一週間は安静にしてなきゃいけないのに……」
夜、食事ということで起こされ、その食事が終わった後、包帯の取り替えをさせられた。
しかし俺の傷を見た後に、キキョウさんは疑問の声を上げる。
それが、さっきの言葉だった。
どうやら、俺は予想以上に回復が早いらしい。一週間の療養を言われていたが、この調子だと明日か明後日くらいには、無理をしない程度になら歩いてもいいらしい。
今朝の怠さと痛みは何処にいったのだろうと一瞬思ったが、それもどっかにいったのだろう。怠さは舞い戻ってきたが。
ほぼ完治したところには包帯は外され、まだ怪我が治っていない腕や頭は包帯は取り替えられる。余談だが、凸凹になった髪は頭が完治した後に切り揃えてもらえることになっていた。有難いが、別にいらないのが本音。
少し身軽になった俺は、包帯が外された右腕を少し振る。
うん、ちょっと違和感があるが、それだけなので怪我が治っているのは本当であろう。
「でも何でこんな早く……?エリカちゃんは大怪我で、二日ちょっとでこんなには……」
キキョウさんの言い分は最もだ。俺だって、何で急にこんなに治ったのかわからない。もし治るとしたら傷が残る程度なのに、俺の場合、その傷がないのが凄く不気味である。
自分でも怖くなってきた。
でも、何故か納得してしまう自分がいる。
俺の親は普通ではなかった。キキョウさんやミソラみたいな、人間の親ではなかったのだから。
だから、こんなにも傷の治りが早いのかもしれない。
もしあの人外の親が関係ないのならば、俺は化け物ということになってしまう。
さすがに憎まれながら死んでいくのはゴメンだ。せめてモンスターに八つ裂きにされて死んだ方がマシだ。
「……でも、怪我が治ってるのは事実。ならそんな考えなくてもいっか……というわけで、夕食の時間よ!今夜は野菜とかを少しだけ入れてみたのだけれど……あ、食べれなかったら残してもいいんだからね?」
「……いえ、食べるっす。あざす」
スープの中には野菜が少しだけ入っていた。
それをスプーンで掬い、口に入れる。
野菜は固くなかった。寧ろ、柔らかくて一回噛んだだけで溶けてしまうかのようだった。
キキョウさんは、俺のためにこんなに柔らかくしてくれたのか。
やっぱりなんか申し訳ない。早く怪我を治して、この家族の前から姿を消さないと。
俺は野菜を一つずつ、ゆっくりと食べながら、残ったスープを飲み干した。
その時間、約一時間。
その間、キキョウさんはずっと、俺に付き添っていた。
■□■
それから二日経ち、俺の体はみるみると回復を遂げていた。
今日、頭の包帯が取り外され、ついに髪を切り揃えることになった。別にこのままでもいいんだが。
ミソラは木の実などを採取しに行ってる。どうやらこれは、ミソラにとって朝の日課らしいとのこと。毎日美味しい木の実が食べられるのは、ミソラのおかげだと言っても過言ではない。そこはミソラには感謝している。
あとはあのナルシを直せばいいんだけどなー……あいつ、昨日も「エリカさんは相変わらず美しい!」とか、「僕の美貌をも覆す美しさだ!」とか散々言ってたし。何気なく自分の美貌を評価してるし。それさえ直せばもっと好感が持てたのに。いろいろ勿体ない男である。
そんなミソラがいない時間帯に、俺は散髪されることとなった。予想されることだが、ミソラがいると色々五月蝿いというのは想像出来ている。正直、キキョウさんの判断は正しかったです。
でも少し気になるんだ。
「さぁて、どんな髪型にしよっかなー」
何故キキョウさんが、こんなにウキウキなのだろうか、ということを。
正直、髪を弄ばれる未来しか見えない。女って、こんな苦労したんだな……と、しみじみ思う。
その間にキキョウさんはどんどん俺の髪を整えていく。手つきも器用なのだが、なんか嫌な予感するのかしないのか、俺の中が意味わからないことになっていた。
「ーーーーーん、上出来!」
長い時間をかけて、やっとのことで終わった。
備え付けてあった鏡を見て、自分の髪型を確かめる。
凸凹だった髪は、首元まで切られていた。首が動く度にサラリと黒髪は動き、とても手入れがされているように綺麗だった。
しかし長い時間をかけた割には普通だな。いや、別に髪にこだわりとか正直皆無に近いので、どんな髪型でもいいんだが……あ、こうして見るとショートもいいかもしれない。
「可愛い!可愛いわよエリカちゃん!」
「あ……うっす」
「やっぱり私の目に狂いはなかったわね!エリカちゃんの髪さっらさらだから、どんな髪型でも素敵!」
ベタ褒め恥ずかしい。
そんな時、ナーヨさんが入ってきた。
ナーヨさんは俺の髪型を見て「あらあら可愛くなったのぉ」と、俺の髪をくしゃりと撫でる。
少し心地よかった。しかし、俺の意識は、ナーヨさんの手の中にある小さな魔力に注がれる。
それは酷く心地が良くて、しかし少し拒絶してしまうかのような、見知った魔力。
「さて……体調も良くなっとるし、そろそろこれを返すぞ」
ナーヨさんは、手の中にあるものを俺に差し出した。
そこにあったのは、
「……あ」
「すまないのぉ。ずっと着けるのはよくないと思ってな、外してしまったよ」
赤紫色の、指輪。
そうか、そのまま逃げてたから、着けっぱなしだったのか。それよりも、指輪の存在を完全に忘れていた。
俺はその指輪を手に取る。
それと同時に、蘇るあの時の光景。
「っ……」
思わず指輪を手放しそうだった。
だってこの指輪は、次期王を決めるために、代々着けられたもの。
だから実質、あの人達の物と言ってもいいのだ。
それがここにある。それだけで、あの時の、追放された時の記憶が、蘇る。
「辛かったら、手放してもいいんだよ」
ナーヨさんがそう言ってくれるが、俺は首を横に振った。
確かに怖い。今にも手放したい。
しかしそれだと、俺が乗り越えられない。
このまま恐怖に怯えて死んでいくのは、弟に失礼だ。
だからせめて、これだけは乗り越えていかないといけない。
俺は赤紫色の指輪を、左手の薬指にはめ、整えてもらった髪を一撫でした。
「ただいまー姉さ……」
その直後、採取から戻ってきたミソラとばったり会った。
ミソラは俺の姿を見つけると、まるで言葉を失ったかのように俺の姿を凝視している。
そのまま動かないミソラに俺は不安を感じ、目の前で手を振ってみた。
次の瞬間。
「ねぇ姉さん僕の目の前に天使がいるんだけど!?いやあれは天使って領域じゃない女神なんだけど!見てるだけで眩しくて直視出来ないんだけど!なんかエリカさん凄い美しくなってる前より美しすぎて僕まともに顔見れないんだけどどうすればいいの!?この落とし前どこにつければいいの!?てか姉さんどこ?出てこいよ姉さん!!お願いだから出てきて!!鼻血出そう!!美しすぎて頭のぼせそうねぇ!!姉さん!?隠れてないで出てこいよ!!」
「う、うつくっ、良かったじゃんあんたっ、それ、でっ、ふ、あははははは!!」
「いやがったなこの野郎おおおおおお!!」
……あいつ本当に何なの。
また勃発した姉弟喧嘩を見ることになった俺は、ナーヨさんに断りを入れて、寝床とさしている部屋へと戻った。
部屋へと戻った俺は、指にはめた指輪を天井に翳すように、そして眺める。
部屋の電気によって照らされるその宝石は、キラキラと輝いていた。あそこを連想させるとはとても思えない程に、美しく輝いていた。
俺はその指輪を胸のところで握りしめ、そして静かにこう零す。
「……さようなら、今の弟」
今も尚、この指輪と似たようなものを付けている、今世の弟の姿を思い出しながら。
俺はさらりと落ちる髪を、耳にかけた。
沢渡さんを見て俺は凄く頑張れる。
これが愛と言うものなのね。