鍛治の想い
姉は一人の鍛治師と出会う。
クエストを受注し終え、ギルドから出た俺は、何をすることも無くただ歩いていた。
記憶に新しいあの騒動は、今でも俺の脳内にフラッシュバックしている。冒険者の歓声も、相手の怯えた姿も、全て記憶されている。
とても、心地が悪い。
そういえば、何であんなことになったんだっけ。……ああ、確かやるクエストが被ったから、戦ったんだっけか。今思えばあそこは引いて別のクエストを探した方が良かったかもしれない。だが今このクエストを受けるのを止めても、相手が嘆く姿が目に浮かぶ。情けをかけるつもりか!と言われるだろうか。
「…………はぁ」
手首に巻いた黒いチョーカーと、薬指につけられた赤紫色の指輪を一瞥し、俺は歩く。そうしていったら、何故か最初の場所ーー武器屋が集まるところまで来ていた。
「なんか買ってった方がいいのかぁ……?手当できるものとか……」
だがここにあるのは殆どが武器。この世界で言う回復薬などは売っていないような気がする。もっとそういう店を探した方が良さそうだ。
だが、スペアとして何か武器を買っておいた方がいいかもしれない。いつこの探検がぶっ壊れるのかわからないからな。今買える範囲で買っておこう……。
昼頃は、朝と比べて開いている店は多い。剣や弓、盾、そして防具なども売られている。殆どの冒険者はここの店で買ったに違いないであろう。
俺は比較的持ちやすい短剣の店へ訪れた。
「へいらっしゃい!何かお求めで?」
グータラとしていた店主は、俺が来るといきなりピシッとして対応してきた。おい、最初っからやれよ。
まぁそれは置いといて……俺は色々な短剣を手に取る。重いやつらものもあれば、軽いのもあり。装飾にこだわっていたりいなかったりと、様々な種類の短剣を吟味する。
「…………んー」
だが、正直全部微妙だ。これだったらクレマチス王国で買ったあのおっちゃんのがよっぽどいい。
結局、短剣は買わずにまたブラブラと歩く。歩く度に「嬢ちゃん!良いの売ってるよ!」とか「おーい!こっちにお買い求め!!」とか色々言われるが、全てスルー。
……この村で買うものはなさそうだな。後何かしといた方が良さそうなのは……。
「……あ、ドロップ洞窟の場所わかんねえや」
肝心のドロップ洞窟が何処にあるのかわからなかった。しかし地図で確認しようにも、俺は地図を持っていない。このまま行けば、俺は絶対に迷ってしまう。それだけは嫌だ。
何処か地図を買えるところを探そう。地図くらいならどっかの店に売っているはずだ。と体を方向転換した時だった。
ーーーカー……ン。
「ん?」
ふと、耳に聞き慣れない音が届いてきた。
カーン、カーンと、何かを打ち付けるような音が、隣の建物から聞こえてくる。
その建物は周りの屋台とは違い、まるで家のようで堂々と建っていた。そこからモワモワと煙が漂っているところを見ると、何かを焼いているのかと推測できる。
だが、この何かを打ち付けるような音はーーーー料理などという軽いものではない。
これは、鉱石だ。鉄や銅を打ち付けているに違いない。
なら、この音は何なのだろうか。大方予想はついているが、取り敢えず俺はその建物に近づく。
真ん丸とした錆び付いている小屋の傍に立つ。近づく度に、鉱石などを打ち付けている音がよく響いてくる。
俺はこの音に凄く惹かれ、木製の扉に手をかけた。
キィィッと、少しガタついて開いた扉をくぐり、俺は辺りを見渡す。
中はまるで工場かのように、物が散乱していた。カナヅチや斧、ピンセット、石か鉱石かわからない材料が散らばっており、そして壁には何種類ものの武器が立て掛けられている。
それを見渡して、俺は正面を向いた。前方には炉らしきものが設置されており、そこからメラメラと炎が滾っている。
その目の前、少しだけ離れた先にいる、大柄の男。褐色の肌にはいくつもの傷痕が刻まれている。ポタリポタリと落ちていく汗は、ずっとここに篭っていたことを指す。
手拭いの上から汗を拭き取る男の背後に、俺は立つ。
俺に全く気づかない男は、その後も黙々と鉱石を打っていた。
赤褐色に光る、剣状のもの。ここから見たら何をやっているのかわからないが、とても手つきがいい。一つ一つに想いが込められているように感じ、打っているものもそれに応えるかのように形を作っていくかのようだった。
やがて、打ち終えた男は隣の水へそれをつけ、熱を逃がす。ジュワリ、と熱が蒸発する音が、小屋全体に響き渡った。
「……ふぅ」
男は一息吐いて、立ち上がる。
その際に俺の気配に気づいたのか、男はバッ!?と俺の方を振り返ってきた。
唯一の光源が炉の光なだけに、男の表情は真っ暗で伺えない。一言で表せればとてもバイオレンスな表情になっている。初見のやつがみたら怯えて縮こまるくらい怖い。
とりあえず挨拶だ。何事も挨拶から交流が始まるんだ。怯えるな俺。
「…………こ、こんにちはー」
「………………………………」
待って、挨拶しとこうと思った俺が恥ずかしくなってきた。何で無言でこっち睨んでくるの?俺何もしてないよね?
その無言の間が数十分にも及び、そろそろ俺も我慢の限界が近づいてくる。何か喋れよと怒鳴ろうとした時、男は持っていたカナヅチを床に置いた。
「………………何の用だ」
お?話は聞いてくれる。良かった、結構いい人そうだな。それともただ単にコミュニケーション能力が低いとかかな。
あまり警戒させないよう、俺はフレンドリーに話すことにした。
「いやぁ、何か良い音が聞こえると思ったら、お前が何か打ってるからさ……つい入っちまったよ。迷惑ならすまなかったな」
「…………別に、いい」
「お?そうか?それはそうと……それって自分で打ったんだよな?お前は魔法で創ったりしねえの?」
大体の商人は殆ど魔導士で、自分で創ったりしている。もっと言えば、こうやって自分で打って武器を作る奴はほぼいないらしい。
理由は『魔法で創った方が正確で性能が良い』から。自分で創造すれば簡単に創れる魔法に対し、手作業で打つ、いわば鍛治師は馬鹿なヤツとでも思われているらしいのだ。
男は俺の問いにわかりやすく顔を顰める。側に置いてあった木箱にドカリと座り、男は吐き捨てるように言い始めた。
「魔法で創る武器など、死人と同じだ。俺達の想いや魂が込められていない武器など、そんなの武器ではない」
「……どういうことだ?」
「……魔法は、材料があるだけで簡単に創れちまう。こうやって一つ一つ丁寧にやっていく作業を、魔法は一瞬で終わらせちまうのさ。俺はそれが嫌なんだ。生きていない武器など、触りたくもない」
「………………」
鍛治を愛するものだけにわかる価値ってことか。抜け殻のような武器には触りたくない、大量の虫の死骸に触りたくないのと一緒の理論であろう。
少しだけ、わかる気がする。こうやって一つ一つ丁寧にやっていくことで、武器は輝き出して初めて使われる。つまり生きているのだ。しかしものの数分くらいで創り上げられる武器は、魂が灯る暇もなく持ち主に移される。そうなった場合、その武器には魂が宿っておらず、ただの『武器』と化す。こういうことなのだと、俺は思った。
なら、俺が持っているこの短剣も……?と俺は緋色の短剣を取り出した。
確かに、この短剣は何処か成気を感じない。ずっと持っていても、この短剣からは想いや熱意が伝わってこない。
ーーーこういうものなのか、武器ってやつは。
「……その短剣。あんたも、あいつらと同類ってことか」
俺の短剣を見た男は、忌々しく俺を睨みつける。憎悪に侵されたその瞳に、俺はまた懐かしく思った。
同類?と聞き返すと、男は「知らばっくれるな」と、吠える。
「どうせお前も強さを求めてその短剣を買ったんだろ?俺達の魂なんざどうでもいいんだろ?冒険者っていうのはそういうもんだ。自分が強くなりゃ、職人が込める思いすら棒に振る。魔導士もそうだ。あるだけ罵倒して、自分の思い通りに行かなくなるとすぐ暴動を起こす!俺はそれが嫌で嫌で仕方がねえ!」
「お前もそうなんだろ?」と、男は聞き返した。
確かに、もしかしたら俺は強くなろうとしてこの短剣を買ったのかもしれない。短剣が生きているとか、そういうのは関係ないと言うかもしれない。
だが、それは別だ。それを伝えるために、こいつに言わなきゃならねぇ。
「生憎だが、俺は強くなるためにこいつを買ったんじゃねえよ」
言い切った顔の男に、俺はそう言う。
男は何を言ってるんだコイツという顔をして、また俺を睨み始めた。
だが黙っているところを見ると、どうやら話は聞いてくれるみたいだ。話がわかるやつで助かった。
「俺にはもう一本、違う短剣がある。だがその短剣はすっかり血濡れて使い物にならねぇ。だからこいつを守るために俺はこれを買った」
「……綺麗事のつもりか?それは、言葉が違っても言ってることは同じだ」
「んー、お前からしたらそうかもしれねぇなぁ。でも俺はそうは思わないぜ?それだけは伝えておく。まぁ、無理に納得しなくてもいい」
こいつはこいつ、俺は俺、それぞれの考えを持っている。なら無理にそれを理解せず、自分の考えを貫き通せばいい。変に抱え込む必要などないのだ。
男は少し目を見開いていたが、またスッと目を細め、手拭いを取った。
武器を打つために剃ったのか、綺麗な禿頭がよく見える。すまない、失礼なことを言った。
男はすっかり冷めた武器を手に取った。
「…………」
それを、無言で俺に渡してくる。
投げられた短剣を俺は慌てて掴む。まだそんなに研がれていないので、切れ味は良くはない。
しかしーーー持っただけでわかる。こいつの想いを、熱を、魂を。
グワリ!と変わる世界。一つの鉱石から始まる、この短剣の冒険。この短剣に込められた全ての想いが、こいつの全て。
草原の中央に立つ鉱石の周りを、突風が駆け抜ける。ぶわりと浮くローブを抑える暇もなく、突風は俺の周りを吹き荒れ、ついには俺を持ち上げた。
徐々に高く、天空へ放り出される。地平線から除く朝日が神々しく、目を見張るものがある。このまま落ちてはいかず、俺は天空で浮くことになった。
一つ一つ、丁寧に、何日もかけて創り上げられる。今の世界は、長年眠っていた鉱石の夢。
確かにこれは、魔法では創られない。魔法で創られたら、その魔導士をぶん殴ってやりたい程だ。
「どうだ?違いがわかるだろう」
男は鼻で嘲笑った。それはもちろん、俺に向かってだ。
だが不思議とムカつきはしなかった。それどころか、強い好奇心が湧いてきた。
この短剣を作り上げた、この男に。
男はそれに気付いていない。
「お前はそれを持っても、まだあんな戯言を言うか?もうわかっただろう。お前もあいつらと同類なんだ。だから易々と違うとか言うな。俺の気が狂っちまう」
「………………」
呆然と立っている俺を不審に思ったのか、男は立ち上がって俺の前まで歩んできた。そして、持っている短剣を返せとせがんでくる。
だが俺の手は動かず、ただこの重みを実感していた。鍛治師が作った、本気の短剣の重みに。
男は苛立ちが募り、無理矢理短剣を掴む。
だが俺はその男の手をガシリ!と掴んだ。
男はビクリと肩を震わせ、俺を凝視している。当然だ、いきなりこんなことをやられたら誰だって困ってしまう。
だが、次も困ってしまうかもしれない。だけど俺は、俺自身の心には勝てないんだ。
俺はバッ!と男の顔を見て、こいつに言った。
「なぁ!俺の武器作ってくんね!?」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………はぁあああ!?」
男の反応は当然のことであった。
今の俺の顔は、間違いなくキラキラと輝いているであろう。
それもそうだ、あんな凄いものを実感させられたら、誰だって好奇心が湧く。
だから俺はこいつに頼みたい。俺専用の武器を作ってくれと。
もしかしたらこいつなら、最高の武器を作ってくれるのではないのかと。
だからーーーーー。
「待て、何故そうなった!?まるで意味がわからんぞ!?」
「頼む!俺の武器を作ってくれ!あんな凄いの魅せられたらもういてもたっても……!」
「俺が何を見せた!?俺はお前が俺に頼む意図が全然わからん!」
「ああ!?そんなの簡単じゃねえか!」
ーーー「あんたに作ってもらいたいから頼んでるんだろうが!?」
「…………理由に、なってないよな」
…………思った……。
ちょっとしたギャグパートを入れたかった……。
締切最後になると言ったな、あれは嘘だ。
この男、実はちょっと出たんですが皆さん覚えていますでしょうか?随分前だからなぁ……。
だんだんと彼らが邂逅する未来が見えてきた……頑張ろう。
そろそろバトルパートを本格的に書きたい気分。
では、感想コメント評価、お待ちしています。




