騒がしい食卓
姉は凄まじい姉弟喧嘩に懐かしく感じる。
小鳥のさえずりが聞こえる。
それに、少し体が暖かい。日向に当たっているかのように。
……つまり、今は朝なのだろうか。
状況を把握するために、俺は目を開ける。
最初に映ったのは木製の天井だった。
少し年季の入っている天井をボーッと見つめ、俺は左側の窓の方を横目で見る。
外には老人や、畑の仕事をしそうな男が歩いていた。
そしてもう一度天井に目を移して、頭に手を置く。
包帯は巻かれている。
腕も一応確認してみる。
包帯は巻かれている。
つまりあれは、やはり夢ではなかったのだ。
俺が皆に嫌われたのは。
悲しくはなってくるが、弟並みの悲しさではない。 むしろ弟の名前を思い出せないのがこれより凄く悲しい。ちなみに前世の弟のことである。
それはボチボチ奮闘していくとして。……いや、どうせ早く死ぬんだからいいのか?いや、弟に会うなら名前を思い出さないといけない。
やはり奮闘していく必要がある。
いや、それは頭の半分に置いておこう。今の状況を把握しなければ。
昨日は確か昼頃に寝たかもしれないから、時間帯的に次の日の朝と考えた方がいい。
疲れが溜まっていたのだろう。まだ体が重い。起き上がるのも面倒臭く感じるくらいにだ。
「……あー」
不意に出た言葉。
特に意味は無い。意味を上げるとすれば、ただ、声を発しないと落ち着かなくなっただけだ。
外からは老人達のあいさつが飛び交い、子供の声もチラホラと聞こえてくる。
何かを払っている音、走る足音、削る音。静かな朝にはよく聞こえてくる、人によっては心地の良い音なのだろう。
……もう一眠り、しようかな。
そうして、ゆっくりと目を閉じていく。
「朝ですよぉ!!エリカさん朝ですよぉ!起きて下さぁい!!!」
ことが出来なかった。
荒々しく扉を開けて俺の側にやってくるミソラの声に、俺はカッと目を開いてしまった。……おかげで目が覚めてしまった。しかも今も朝だと騒いでるからうるさい。頭に響く。
「黙れ」
「起こしに来たのに理不尽!?」
「声がでかすぎんだよ」
「僕のイケボで眠れなくなったなんて……!」
「誰もんなこと言ってねーよ死んでこい」
「このイケメンが勝手に死ぬなんて許されることじゃない!」
「全世界の奴らが許してるよお前の死は」
「ガッデム!?」
なんかさっきより怠くなった。こいつは俺を助けたいのか死なせて欲しいのかどっちなんだ。……いや、答えは昨日聞いたからわかってんだけど。
ミソラを手招きして、起こしてくれるよう伝える。
ミソラは俺の頭の裏に手を入れて、ゆっくりと俺を起き上がらせてくれた。
手つきは器用なんだがなぁ。
「で、起こしに来ただけか?」
「そうですよ!」
「静かにさせてくれよ……」
「早起きしたら健康だって姉さんが言ってましたよ!だから僕のこの美貌を維持するかのように、エリカさんの美貌やその美しき髪を維持しようとーーーーー!!」
「あーうるさい黙れー」
本当に頭に響くのでやめて欲しい。
それに俺の髪が綺麗とか、気色悪くて溜まったもんじゃない。俺の髪は、まだデコボコのままで揃えられていないのである。別にこのままでもいいけど。
せっかく起こしてもらったが、もう一回寝たい気持ちになった。主にこいつのせいで。こいつのせいで。
しかもまだ支えてるし。もう離してもいいのにとミソラに目線で伝える。
しかしミソラは無視して知らん間に何か語っていた。
「ーーーーリカさんの瞳やその肌、爪や唇隅々までを美しく優雅に保つには!こうやって早寝早起き野菜などの栄養を摂り!エネルギーを補充してミネラルも摂らなければならないのです!わかりましたか!?」
「いや知らねえよてかいい加減手離せ」
「何ですと!?ではもう一度、美しさを保つために何故早起きをするのかという説明をーーーーーー」
「ミソラ何やってんの!早く来なさい!」
扉の奥からキキョウさんの声が聞こえた。
その声を聞いたミソラは顔を青くし、「さぁ行きましょう!」と、俺の肩を支えながら俺を立たせる。
……え?何処行くの?俺立つのも歩くのも怠いんだけど?いや歩けないって程じゃないけど。ただ体が重いだけなんだけど。何処に行くの?と、ミソラに半ば引き摺られる形で、キキョウさんがいる所に向かう……らしい。
■□■
「やっと来た。何やってたのよ」
キキョウさんが、料理が入った器を両手に持ちながらミソラに怒り気味で言った。
ミソラは「ごめんなさい!」と謝りながら、俺を席にへと座らせ、ミソラも向かい側に座る。
朝の食卓に並ぶ料理達は、どれもいい匂いがして美味しそうで、今にも食べてしまいそうなーーーーー。
いや違うだろ。
何故俺はこの食卓に座らされている。
せめてベッドがある部屋に運んで欲しいんだけど。すっげー怠いし頭痛いし、いやこれはミソラのせいか。
「あ、エリカちゃんはこっちね」
と、キキョウさんが暖かなスープを差し出してくれた。
恐らく私を気遣って、個体物なのを入れないようにしてくれたのだろう。だが気づいてしい。気遣う場面はここではないと。
と、ナーヨさんが俺を見て、キキョウさんに言った。
「のうキキョウ。やっぱベッドに寝かせた方が良かったんじゃなか?」
「え?でも三日も動いてないんだし、少しでも動かしたら……?」
「それは完治した時だろう。今はエリカちゃんは怪我を負っておるのじゃぞ?もしかしたら今、体中が痛いのかもしれんぞ?」
「え……嘘!?ご、ごめんエリカちゃん!す、すぐ寝させるから!」
キキョウさんが凄いスピードで俺の隣に来た。
と言っても、もう朝のミソラとの会話で疲れているから、もう別にこのままでいい。動きたくない。
それにしても、怪我人を動かさなきゃという発送は何処に至ったんだ。確かに体が鈍るかもしれないが、まだ大怪我で治療中の怪我人を動かせるのはどうかと思う。ナーヨさんの言う通り、ほぼほぼ傷が治ってからリハビリみたいなのをして欲しかった。
とりあえず、キキョウさんに返事を返す。
「いや、いいっす。もうこのままで」
「で、でも体、痛いんでしょう?無理しない方が……」
「別に大丈夫っす。確かに痛くないと言ったら嘘になるっすけど、怠いとか頭が痛いとかは主に、あいつのせいなので」
と、俺は目であいつを指す。
あいつーーーミソラは冷や汗をたらたらと垂らし、真っ青な顔で目線を泳がせていた。
一言で言うと「ざまぁねえな」。
私の発言にキキョウさんはグルリとミソラを方を見て、手に持っていた果物盛り合わせの皿を天井高く上げる。
「ミソラ……?」
「…………ぅぃ」
こころなしか朝のミソラの気迫が感じない。
まぁ、ミソラにとってキキョウさんはモンスターよりも怖いものなのだろう。姉とはそういうものだ。いかなる怖いものでも、全て姉に劣っているのが多い。
……そういえば。
「あんたは怪我人に何をしたのよおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!?」
「つい張り切りすぎて語ってしまいましたああああああああああああッッ!!」
弟は、俺を一番怖いものだと、認識しなかったな。
いつも一緒にいたから、怖くないと思っていたのだろうか。それはそれで、なんとなく嬉しい。
そういえば、俺弟と喧嘩したっけ。何度か慰めあったりはしたと思うが、互いにすれ違ったりはしなかった。
……弟とは、いい仲だったんだな。
「だからあんたのその癖直しなさいよ!何が「自分が美しすぎて辛い」よ!あんたなんて平凡の中の平凡!中の下よ!」
「それはそれで傷つくよ姉さん!?僕が美しすぎるからそんなことを言うんだろ!?」
「黙れこのナルシスト!世の女性共の期待をへし折れ!」
「僕に大ダメージが来る!」
あ、このスープ旨いな。何のダシを使っているのだろう。さっぱりしていて、俺好みの味だ。
前にある果実も気になる。赤い桃のようなのは、桃と思ってもいいのだろうか。
それを取ってみて、一口齧る。瞬間、果汁が口の中で広がり、甘酸っぱさと、少し渋い味がした。
ふむ、なかなか旨い。
「ハッ、それで現実を思い知るがいいわ!私に勝とうなんざ百万年早いわよ!」
「確かに姉さんは美しすぎて天使が見えるほどに綺麗さ!あとはその性格を直せば完璧な美人姉さんだったのに……!」
「良い事言って失礼なこと言うんじゃないわよこの馬鹿ミソラアアアアアアアアアア!!」
「僕は本当のことを言ったまでだァ!!」
「なぁナーヨさん。これ、何の果物っすか?」
「それは近くにある森で採ったサンジュモだねぇ。甘いけど、少し渋いじゃろ?」
「ああ、初めて食ったっす」
「それはよかたよかた」
結構くせになるな。この果実。
というか、そろそろ姉弟喧嘩が酷くなりそうだな。穏やかな食卓が一気に変わって騒がしくなった。原因が俺ではないのは確かである。
まぁ、姉弟喧嘩の内容を上げてみれば、気になる点は凄くあるが、今言う必要はないであろう。ミソラはナルシストカキコしとけばいい。
というか、ナルシストってそもそも病気に近いものじゃなかったか?心理的病気で。ナルシストのやつは社会的に失敗するってどっかで聞いたことがあるが。何故ミソラは自分を美しいと思っているのだろうか。
いや、俺から見る限りイケメンだとは思う。毎日念入りにやっているであろうサラサラヘアーに、光沢のように光る金髪。顔もスラッと整っているし、身長も高い。ホストとかにでもなれば、上位には狙えるイケメンだ。
まぁ、家族からしたら、こいつはイケメンなんてものじゃないだろう。俺もイケメンとは言ったが、美しいって程じゃないし。……それは俺が中身が男だから関係ないか。
それは置いといて、ミソラは外見に関してはとても頑張っている。ただナルシでなければモテたであろうに。あれでは女に引かれるだけで、誰も近寄ってこなくなるぞ。とミソラに心の中で忠告しながら、今度は青い果実を齧る。あ、これも旨い。
「うわああああああああああああ!僕が悪かったから!お願いだからそれだけは……!」
「アハハハ!口喧嘩や魔法で姉に勝とうなんざ百万年……ッ!」
「それはもうわかったからここ家の中だからやめて!」
……キキョウさんの手の中に何かが集まっているのは気のせいであろうか。
いや、気のせいだ。俺は何も見ていない何も感じていない。決してキキョウさんの手の中に魔力が集まっているなんて、そんなことはない。しかもそれが大きくなっているなんて気のせいだ。
……認めてるじゃねえか、俺。
「さぁ、食らいなさい!この馬鹿弟!」
「まっ……ッ!!」
本格的にやばくなったが、俺は体を動かすことすらままならないので、このままでは俺は魔法の余波に巻き込まれてしまう。死にはしないと思うが。
どうすればいいのだろう。とりあえず落ち着いて判断を下すために青い果実を一口齧る。
さて、どうしようか。
「【スラッ……】」
「キキョウ」
どうやってこの場をきりぬけようかと考えていた時だった。
さっきまで微笑ましそうに見ていたナーヨさんが、先程の声とは低い声で、キキョウさんを呼ぶ。
その声にキキョウさんは魔法を止め、まるで機械のようにナーヨさんの方を向いた。
ナーヨさんはキキョウさんの顔を見て、ニッコリと笑う。
そして、こう言った。
「締め出されたくなかったら、大人しくしておるんじゃぞ?」
「…………はい」
この家だけの格差社会を見た気がした気分だった。
■□■
姉弟喧嘩も終わったところで、俺はちまちまとスープを飲み、たまに果物を齧りながら、この食卓を満喫していた。怠さはまだあるが、動けない程ではない。それは即ち、回復してきている証拠であろう。
そしてミソラ達は意気揚々と家族団欒に入っている。俺もこいつらの会話を聞き、時には噴き出しながら少しだけ参加していた。
微笑ましい。前世でもこんな……ことがあったな。
二人っきりの食卓で、弟も他愛のない話を交わらせ、時には笑って、時には真剣になって。
……また悲しくなってきた。それと同時に、弟に会いたくて死にたくなってきた。
そうだ。俺は弟に早く会うために、死ぬためにいたんだ。
何故今まで、それを忘れてしまったのだろう。
しかし、今ここで行動を起こすのは危険だ。
この家族は俺を助けてくれた、云わば恩人に値する人達。しかも、俺はミソラの前で外に出たいという、大怪我の人間にとってあるまじき行為をしたばっかなのである。
弟に会いたい。しかし、それではこの家族に多大なる迷惑をかけるであろう。
なら俺が取るべき行動は、一つしかない。
怪我を完治させて、旅に出るかのように装う。
これだけだ。後は、モンスターに殺られれば、全てが終わる。
弟よ、お前と会うのはもう少し先のようだ。
待っていてくれ、必ずお前の元にーーー。
「エリカちゃんや」
「!……は、い」
ナーヨさんに呼ばれた。
俺は突然のことで、吃りながら返事をしてしまった。
ナーヨさんは、俺が持っていた空の器を手に取り、端に寄せる。
そしてナーヨさんは、真剣な目でこう言った。
「ここで聞くのは変じゃが、これは家族全員で聞いた方がいいじゃろ。エリカちゃんや、お前さんは『どんな魔法を使ったんじゃ?』」
……どんな、魔法。
正直、俺の魔法はどうやって発動したのかわからない。ただゼーラのを見て、後は気合いでやっただけだ。
だから、答えられない。
「……わからない」
「何故じゃ?皆から嫌悪された魔法なら、お前さんも、自身の魔法を憎んでおるのだろう?それに自分が発動させた魔法じゃ。何故魔道士自身が、自身の魔法を知らない?そんなの、わしゃあ初耳じゃ」
「本当にわからないっす。あれは、ただの気合いで……」
「気合いじゃと?そんなので魔法が使えるなど、世の中は甘くない。魔法とは、数々の試練を乗り越え、選ばれた者でしか発現されない代物だ。気合いなど努力の内に入るわけがあるまい。魔法を発現させていない者も、皆一生懸命前へ進もうとしている。今のお前さんの発言は、その者の努力を踏み躙るものだ。言葉を選びなさい」
そうナーヨさんに怒られた。
そうか、魔法を持っていない人でも努力しているのか。それで少しでも、傷つけられないようにしているのか。
無駄な努力などでは、ないのか。
でも確かに、俺はその人らに失礼なことを言った。この言葉は慎むものだろう。本当のことだとしても、それで相手が嫌な気持ちになってはだめだ。現に、ナーヨさんは不機嫌気味になっているはず。
もっと言葉を選ぼうと、俺は言い直す。
「さっきは失礼なことを言ってすんません。でも、本当にわからないのは事実っす。なんか、手の周りに魔力が集まっていたのは感じてたんすけど、それがどんな魔法なのかは……」
「……もしかして、エリカちゃんって王族?」
キキョウさんが少し嫌そうに聞いてくる。
王族。確かに、俺のいた環境では、もしかしたらそういう類かもしれない。
「……そうかも、しれないっす」
「しれないって……エリカちゃん、覚えてないの?」
「環境が環境だったから、王族なのかどうかはわかんないっす。けど、結構稽古とかあったし、それに次期当主を決めるのもあったから、たぶん俺は、王族っす」
「……そう」
キキョウさんの表情を見る限り、どうやら王族は嫌悪されているようだ。
俺が想像するに、たぶん王族は身勝手なやつが多いのだろう。良心的なものはいないとみたが、それでは国として存在しているのか、心配になるだけである。
「……でも王族に、赤眼の王族なんぞいたかのう」
不意に、ナーヨさんが何気なしに零した。
確かに、とキキョウさんは俺の顔を覗く。
俺も自分の顔はあまり見てないが、どうやら俺は赤眼のようらしい。赤眼って……中二病全開じゃないか。なんか恥ずかしくなってきた。
「うーん……私も見た事はないわね。ミソラは?」
「見た事あるもないも、僕は王族は大っ嫌いだから知らないよ」
「……でも美人は?」
「王族とか関係なしに行ってきます!!」
「よーし一回殴らせろ」
「やめて!!」
……なんか、こういう雰囲気であんな和やかな雰囲気になるのって、いいな。
こっちも、なんか緊張してたのが解けていくような気がするし、なんか疲れがまたどっと来た。
もう食卓には料理も果物もなくなってきている。そろそろお開きで、後は各々に動き出すであろう。
「……エリカちゃんや、疲れが出とるじゃろ。そろそろ部屋に戻り」
「ん……うす」
「そうそうエリカちゃん」
自力で立とうとすると、ナーヨさんがまた呼んだ。
何だ、部屋まで送ってやるというのだろうか。だがナーヨさんは年老いているように見える。さすがに年寄りに負担をかけさせるのは、とナーヨさんの言葉を待っていたが、ナーヨさんの言葉は予想外の言葉だった。
「言葉遣いには気をつけた方がいいよ。女の子は、女の子らしくしなさい。男の子の口調だと、近づく男性は少なくなっていくよ」
……その似たようなの、あの頃にも言われたような気がするが、言わせて欲しい。
俺はホモになる気は無いんだが。(見た目は女だが中身は男なので男と恋愛などしたら、必然的にホモになると思っている。)
※エリカは見た目は女ですが、中身は完全に男です。
どんなに見た目が女の子でもね、中身が男だったらね、男と恋愛は想像出来ないと思うのよ。