月の焔
純心と魅了は、月の焔と共にする。
アザレアを肩に乗せて歩いているハルハは、自分の力に度肝を抜いていた。モンスターを追っ払う力を手に入れた彼がいれば、この大地を自由に歩くことだって可能だ。
だがこれ程とは、と当の本人は唖然としている。
「いやぁ、モンスターがどんどん散らばっていきますねぇ」
口では軽く言いながらも、ミソラも驚きを隠せていない。唯一楽観的に事を見守っているアザレアは、目を輝かせている。
ここまで何があったのかと言うと、この地を歩いていれば当然モンスターが襲ってくる。その度にハルハを盾にやってきたのだが、これが彼らが唖然としている理由だった。
モンスターがハルハに襲いかかる。この時アザレアは肩に乗っていない為、襲われるのはハルハ一人だけだった。
ハルハは先程のことで多少慣れたのか、少し余裕の笑みを浮かべてこう叫ぶ。
「【来るな!!】」
そう、この一声だけで、モンスターは鼻を抑えて去っていくのだ。
これを駆使して進んでいたのだが、この力が異常過ぎた。どんなに群れで襲ってきても、どんなに速いモンスターでも、ハルハが「来るな」と言うだけで去ってしまう。そう、どんなモンスターでもだ。
ここでミソラはある仮説を建てた。もしかしたらこの魅了……いわば【魅了】は、好み関係なく効くのではないのかと。だから人間達も、モンスターも寄ってきても、ハルハが叫んだだけで去っていくのだろうか。
だが、しかし、これは……。
「度が過ぎますねぇ、こんなに嫌われると」
遠目で嫌そうにこちらを見つめてくるモンスターを横目で流しながら、同情する。モンスターにも、ハルハにも。
たとえハルハでも、こんだけ嫌われては少しだけ心が傷つくであろう。今でも少し俯かせてトボトボと歩いているのだから、精神的にキツい筈だ。
「すごぉい!ハルハのお兄ちゃんすごいよぉ!!」
「……うん、凄いね、凄い凄い。でも結構落ち込む」
どんよりとした空気を作り出す彼に、人間にも嫌われたらダメージはとんでもないであろう。あまり多様しない方がいいのかもしれないと思う程に可哀想だった。モンスターでも、こんなに嫌われたら誰でも落ち込んでしまう……たぶん。少なくとも、ミソラはその分類には入っていないのだが。
「そんなに落ち込まないでください。あなたのおかげで戦闘を避けられていますから、感謝しています」
「……はい、ありがとう、ございます」
「………………これが人間に効いたらどうなるか」
「やめてえええええええ!!これ以上俺を追い詰めないでえええええええ!!」
どうやら相当効くらしい。
あまりこの話題については出さないでおこう、とミソラは逃げるように地図を開いた。
彼らが今目指しているのは、ドロップ洞窟。アザレアの母の病気を軽減させるために、洞窟の奥底に眠る薬を取りに向かっている最中だ。
あそこから結構歩いたが、まだ道は長そうである。一応、ここからドロップ洞窟までの道のりをある程度頭に入れておく。
「一応聞きますが、このペースでは一日で着くことは不可能です。最低でも一回野宿しなければなりません。それでもいいですね?」
「うん!!」
「はい!」
二人の元気な返事にコクリと頷き、地図を仕舞った。
野宿をするなら、それに適した場所を探さなければならない。ドロップ洞窟に向かう最中に探しておいた方が良さそうだ。
何処か身を隠せるところに野宿を取るか、それか臭い袋でモンスターを寄せ付けないか。しかし今臭い袋は手元にないので、必然的に何処か身を隠せるところにしなければならない。
背後でモンスターを追っ払っているハルハと感激しているアザレアの声を聞きながら、ミソラは辺りを見渡す。
現段階では、野宿が出来そうなところはない。せめて森に着いてくれれば、まだ野宿が出来る可能性は高い。
「……ん?」
そこまで考えていると、前方からモンスターが走ってきた。手に金棒を振り回し、こちらを威嚇して突進してくる。
「ハルハ、モンスターが来ます」
「ちょ、多くないですか!?」
未だにアザレアを肩に乗せたままのハルハはミソラの前に立ち塞がり、そのモンスターに向かって詠唱を唱える。
「【来るな!!】」
『ッ!?』
ハルハが叫んだ時、一瞬モンスターの動きが止まる。
『ーーーガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!?』
だが次の瞬間、モンスターは何かを振り払うかのように突進してきた。
当然、完全に去ると思っていたハルハとアザレアは反応できず、その場で固まってしまう。
ハルハ達に向かって金棒が振り下ろされる、その瞬間。
「【CRASH】」
振り下ろされる直前、金棒を掴んだミソラが詠唱を唱えて破壊した。
武器を失ったモンスターは唖然とした鳴き声を発する。その瞬間を見逃さないミソラは、直ぐ様モンスターの顎の部分に手を添え、「【CRASH】」と詠唱を唱えた。
呆気なく頭ごと散ったモンスターは、血飛沫を上げながら黒の粒子となって消え去っていく。
ポタポタと手から流血を垂らしているミソラは、息を吐いた。この事はミソラも少なからず考えていたことだが、まさか効かないモンスターがいるとは予想外だ。てっきりここら辺のモンスターは全員逃げていくと思ったのに。
誤算だ。今後からは注意深く進まなければならない。さっきはモンスターが一瞬止まってくれたおかげで倒せたが、全く効かないモンスターは一瞬の隙も与えず、ミソラ達を攻撃するであろう。
……だが、二人が無事でよかった。とミソラは安堵した表情を浮かべ、震えが止まらない右手を少しだけブラブラとさせる。
「まぁ、そう完全に効くとは思いませんでしたけど……」
「ご、ごめんなさいいいいいいい……!!」
「うわああああああああああん!!」
「ハルハはこの事も想定して彼女を守るように。怖かったねアザレアちゃん。大丈夫、僕達騎士が付いてるからね」
ミソラは恐怖で震え上がるハルハにちょっとした指導を、恐怖で号泣するアザレアを宥める。
二人の状態を見て少し休もうと決めたミソラは辺りを見渡す。すると、少し先に岩陰があるのを見つけた。
未だにポタポタと零れ落ちる出血を止めるため、恐怖で震え上がっている彼らを落ち着かせるために、一度その岩陰に向かうのであった。
*
手にポーションをかけて、傷を癒す。ビクビクと痛みで腕が痙攣するが、次第に収まり、止血も始まった。
やはり素手で金棒を掴むのは無理があったらしい。今後からこういうことも見分けなければならない、とミソラは包帯を巻きながら考えていく。
隣にはどっと疲れで凭れこんでいるハルハとアザレアがいる。ミソラは包帯を巻きながら、二人に言った。
「大丈夫ですか?水分補給はしっかりしてくださいね」
「お水!!」
ガバッ!と起き上がったアザレアは、キラキラとした瞳でハルハを見つめた。その意味をハルハは瞬時に察し、呆れた笑いを零しながら水が入ったボトルを渡す。
嬉しそうにゴキュゴキュと飲むアザレアの姿はとても愛らしかったが、それよりもミソラは気になることを見つけてしまった。
「アザレアちゃん、お水持っていないんですか?」
「……ぷはっ!うん!」
「何も持ってこなずに?」
「つえがあるよ!」
「杖だけじゃダメだと思いますよ……」
どうやらアザレアは、杖だけを持ってこの大地にやって来たらしい。最初から見てみれば、アザレアには荷物などのものが見当たらなかった。もしこのままミソラ達と遭遇しなかったら、今頃モンスターに食われるか、それか餓死しているところだったであろう。
今すぐにアザレアを少しだけ叱りたいが、余計な体力を減らしたくない。兎に角今は、この手を治さなければ、と包帯が取れないようにキツく結んだ。
その丁度、ハルハが地図を開いて道を確認していた。
「このまま何もなければ問題なく着くとは思いますが……道中、大きな湖があるので、そこを回り道しないといけないみたいです」
「そうですか。問題ありません、その道で行きましょう。わざわざ遠回りする必要もありませんし、そもそも遠回りする時間が惜しい」
「はい、わかりました」
「それよりもハルハ、ここから何処か近い街か小さな洞窟みたいなところはありますか?」
ミソラの質問に、ハルハはまた地図を覗き込むが、やがて首を横に振る。どうやら、この近くに村や街はないようだ。
本格的に野宿を考えなければならなくなったミソラは、岩陰から顔を出す。
モンスターはまだこちらに気づいていない。動くなら、今がチャンスだ。
ミソラは荷物を背負って、フードを深く被る。ちょうど地図を仕舞い込んでいたハルハは一瞬きょとんもした。
ミソラは身を屈んで、静かにハルハとアザレアに言う。
「いいですか。先には、ハルハの魔法が効かなかったモンスターがいます。あのモンスターとの交戦も時間の無駄なので、ここを静かに去りましょう」
「は……」
「静かに」
「はい!」
「アザレアちゃん?」
「ごめんなさい……」
ミソラに指摘され、アザレアはしゅんと落ち込む。
万が一のことを想定して、ハルハはアザレアを抱き抱える。岩陰からコソコソとモンスターの動向を伺い、モンスターが遠くへ歩き出した瞬間にここを離れる。
モンスターはあちらこちらを見渡した後、ミソラ達がいる方の反対の方へ歩き出していった。
「今です」
「はい」
その瞬間、ミソラとハルハはダッ!と走り出した。決して足音を立てずに、砂埃をたてて直ぐ様モンスターから離れる。
こうした方法も生き残るために必要なことだ。最悪の場合、誰かを囮にして自分だけが生き残るというゲスの極みの方法もある。
あとはここから少しずつ戦闘を避けていって、万全の状態で洞窟へ向かおう。恐らく洞窟での戦闘は、地上よりも厳しいものになるはずだ。
「ハルハ、モンスターは」
「もう見えません!」
「分かりました。アザレアちゃんは大丈夫?」
ミソラはアザレアに心配の声をかける。
だがアザレアは、それすらも感じさせない笑顔で応えた。
「お兄ちゃん達がいるからへいき!」
「そうですか。辛くなったら言ってくださいね」
「だいじょうぶ!私、強いの!えっへん!」
ハルハに抱かれている状態で胸を張ったアザレアは、杖をミソラに突き出す。
そういえば、この杖も少し不審な点がある。何故アザレアは何の準備もせずに、この杖だけを持ってきたのだろうか。たとえ形見だとしても、食料などを持っていかなければ形見もくそもない。
徐々にスピードを落としていく。そして歩きに変わり、一息を吐いたところで、ミソラはその事についてアザレアに聞いてみた。
「アザレアちゃん。その杖は何に必要なのですか?」
「んー?」
アザレアは可愛らしく首を傾げた後、にひひと笑い、先端が月の形をした杖を主張する。
「これね、まほうの杖なんだよ!」
「……魔法の、杖?」
「うん!火がいっぱい出るの!」
とても嬉しそうに言うアザレアに、ミソラはさらに疑問が生じた。
アザレアの言うことが正しいのであれば、彼女が持っているのは魔法道具。だが魔法道具はとても高価なもので、【アウトキャスト】……いわゆる一般人にはとても買えない代物のはずだ。
いや、まだ断定はできない。もしかしたら彼女の父親が冒険者ということもある。それでプレゼントとしてアザレアにあげたのかもしれない。プレゼントとしては度が過ぎてるが。
ミソラはアザレアの杖をまじまじと見た後、前方にモンスターがいることに気づく。そのモンスターを見て、ミソラはポンッと思いついた。
「アザレアちゃん。その杖の力、僕達に見せてもらえますか?」
「うんー?……いいよ!」
「では、あのモンスターに向けてやってください」
「はーい!」
ハルハから降りたアザレアは、ドスッと杖を地面に突き刺す。そしてモンスターの方へ手を翳し、ジッと目を閉じた。
魔力が杖に込められていき、ガチガチと杖は震え始める。月の部分は徐々に光を帯び、やがてそれは真紅の焔へと灯り始める。
『ーーーーーーー!!』
アザレアは口を開き、何かを叫んだ。絶叫か、悲鳴か、歓声か、何かもわからない謎の叫び。
だが次の瞬間、彼女の叫びに応じたかのように、月の部分がバキリッ!と割れ始める。
そして亀裂の部分が全て割れ、一筋の焔と化した時だった。
『ーーーーーーふぅ』
アザレアが息を吹きかける。その動作だけで、その行動だけで。
ーーー大地は、真っ赤に燃え上がった。
何も知らずに歩いていたモンスターはそれに巻き込まれ、奇声を上げることなく灰と化す。
それは、狙っていないモンスターにも被害が及び、彼らも何も発することなく、絶命した。
「…………ッッ!?」
「………………えぇ……」
その光景を見ていたミソラとハルハは唖然とする。まさかこんなにも威力があるとは思わなかったのだ。せいぜい火の玉が出るくらいのものかと思っていた。
焔は数秒後には全て消え去り、何故か割れた月の装飾も元に戻り、外見上はただの杖となった。
「おにいさーん!やったよー!」
アザレアはいつもの笑顔で二人を呼ぶ。
その笑顔に圧倒されたハルハ。何故あれ程の威力を見てもそんな平然と笑っていられるのだろうか。まるで今までやっていたのかのうな、そんな反応だ。
対してミソラは驚きはしながらも、アザレアに応える。女性を落ち込ませることなどしてはいけない。たとえ子供だとしても。叱る時は叱らなければならないのだが。
「ねぇ!私やったよ!モンスターたおした!」
「よくやりましたねぇ。凄いですね、ここまであるとは……」
「すげぇよその杖。なんてもん持ってんだ」
ハルハの言う通りだ。何故こんな危険なものを彼女が持っているのか、それだけが解せない。
アザレアはまた可愛らしく首を傾げ、にひひと笑う。
「とおがくれたんだよ!えーと……ごしんよう?で持っとけって!」
「「…………」」
アザレアの満面の笑みを見て少しだけ落ち着いたが、彼らの心はある事で一つとなった。
ーーーアザレアの父親、ぶん殴ろう。
それが、彼らの一瞬の一心であった。
>>月なのに焔<<
最近アザレアちゃんが可愛くて仕方が無いの。
そういえばベース始めました。でも同じ音しか出なくて正直詰んでる(絶望)




