弱き心を殺す、決意の炎
純心と魅了は、母を愛する少女と出会う。
先程の場所から少し離れ、岩陰に身を潜めたミソラとハルハは、ハルハの魅了について考察していた。
「恐らく、あなたの魅了は大きく二つに分けられるんだと思います」
「二つ?」
「はい。一つは人間に好かれる魅了、二つ目はモンスターに好かれる魅了です。今はあなたは人間に好かれる魅了ですが、先程のようなことになると、モンスターに好かれる魅了となるようです」
「ちょ、ちょっと待ってくださいミソラ様。俺、どっちかって言うとモンスターに嫌われたような……」
「ああ、それはあのモンスター達はあなたの魅了の匂いが嫌だった。それだけのことです。モンスターは鼻が良いので、個人で好きな匂いがあるのでしょう。人間はそういうのは関係ないですから、たぶん」
「……複雑だなぁ」
ハルハは頭を抱え、唸る。
そんなハルハに「それか」とミソラがある仮説を立てた。
「先程、あなたは「来るな」と仰りました。それが種となっているかもしれません」
「……ん?」
「つまり、「来るな」が詠唱になっていたのだと思います。それでモンスターの好みなく、モンスターが逃げていった。こっちの方がまだ信憑性はありますね」
もしモンスターにも好みがあるというのなら、少なくとも人間にも好みはあるはずだ。そう考えてしまうのならば、エリカが何故魅了にかからないのか少しわかった気がする。
しかし魅了の詠唱というのなら話は別だ。詠唱でモンスターが逃げたとなれば、彼は自由自在に好かれることが出来、嫌われることも出来る。もしかしたら、人間に向かって唱えるとモンスターみたいに逃げていくかもしれない、と言ったほどに。
ハルハは非常に曖昧な顔をする。
「…………複雑だなぁ」
「僕も魔法に関してそんなに詳しくはないですから、これらが合っているとは限りませんね。魅了に関しては徐々に解明していくとしましょう」
そう話を終わらせ、ミソラは立ち上がった。この時間も長くなると帰って無駄になり、エリカと会うチャンスがなくなってしまう。
一刻も早くニワナズナ村へと行かなければ。
焦りを極力抑え、ミソラはハルハを立たせて歩き出そうとした時だった。
「わああああああああああ!!」
遠くの方から、女性の悲鳴が聞こえてきた。
ミソラとハルハは顔を見合わせると、同時にその場へ駆け出す。
それ程距離は遠くなく、ものの数分で悲鳴が上がった場所へと辿り着くことができた。
「いやあああああああああああああああああ!!食べても美味しくないんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
そこには白いベールを被った、まだ十にも満たない少女が、二体のモンスターに襲われているところだった。
月の形をした杖を握りしめ、必死に抗っている少女を見たミソラは、いつの間にか彼女の前に立っていた。
「【DEEP】!」
詠唱を唱え、時を遅らせる。
ミソラ以外の周囲はコンマ数秒の速さまで減速し、まるで時が止まったかのような現象に見舞われる。
ミソラは二体のモンスターの胸元へ手を添え、魔力を貯め始め、そして暴発させる。
「【CRASH】」
虚無に吸収されるかのような轟音を響かせたミソラは、役目を終えたと言わんばかりに手を下ろし、少女を抱き上げる。
未だに怯えている少女を抱え、ハルハの隣へと歩いたミソラは、魔法を解除するために唱えた。
「【MOVE】」
直後、モンスター二体の体は弾け、その中にあったものが飛び散る。
赤黒く変色し地面に不快な音をさせて落ちていった残骸は、数秒後には黒い粒子となって消えていった。
「……え、え?」
「……あ、ミソラ様の魔法か」
何が起こったのかわからない少女に対し、ハルハは全てを納得する。
取り敢えず少女を下ろしたミソラは、少女の目線に合わせてしゃがんだ。
ベールに包まれてよくわからなかったが、ベールの隙間から覗く金髪の髪質から、この少女は捨てられたわけでもないことがわかる。さらに汚れ一つもない純白の格好に、旅に出たのはまだほんの数日くらいだ。何処かで転んだのか、膝小僧を血で滲ませている。
「…………あ、ありがとうございます!」
戸惑っていた少女だが、自分が助けられたことは理解出来たらしい。育ちの良さそうなお辞儀をして感謝を述べた少女に、ミソラの頬は緩む。
「助かってよかったですよ、ユリのように可愛らしいお嬢さん、お名前は?」
「か、かわいいだなんてそんな……!アザレアなんだよ!」
「アザレアちゃんですか。自分はミソラと言います」
「俺はハルハだ」
手早く自己紹介を済ませたところで、モンスターはハルハに任せて、ミソラは本題へと入った。
「アザレアちゃん。何故あなたはここにいるのです?子供が来ていい世界ではないですよ?」
「うっ……んん……」
嫌なところを指摘されたアザレアは声が詰まる。杖を握りしめる力が強まるところを見ると、何か良からぬ理由があるんじゃないのかとミソラは予想した。
アザレアは苦渋の表情で、絞り出すように応えた。
「…………お薬、取りに行こうとしてたの」
「……薬?それなら馬車で行ったほうが安全な気がしますが……」
「ちがうの!ばしゃさんが行かないところなの!」
馬車が行かないところに、お薬があるとアザレアは豪語する。
彼女の証言から考えて、彼女が今行こうとしているところは街や村ではない。なら考えられるとすれば、あそこしかない。
御者が危険だと恐れられ、大半は冒険者しか行かない、冒険者への第一歩を踏み出す地。
「ーーー『洞窟』」
『洞窟』。別名『始まりの地』。
駆け出し冒険者が探索で最初に行くのが多い探索地。その探索レベルはギルドで公表されているので、自分のレベルに合わせて出向くことが出来る。
だが一般の旅人がそのレベルを知っているとなれば、答えは皆無だ。
もしミソラの考えが正しければ、この少女は今からレベルが不明の洞窟へ、一人で行こうとしている。
一応、何処へ行くのか聞いてみた。
「馬車が行かないところとなると……何処に行こうとしてたんですか?」
「あのね!えーと……ドロップなんとかってとこ!」
「ハルハ、地図を」
「……あ、はい!」
やはり子供にはまだ文字というものが理解出来ていないところがあるらしい。
ハルハの地図を借りて地図を広げたミソラは、ここ近辺にある場所を隅々まで探した。
「…………………………ありました、ドロップ洞窟」
ミソラ達の方向を北に行くと、そこには『DROPCAVE』という文字が記されていた。
恐らく彼女はここに行こうとしていたのだろう。たった一つの杖を握りしめ、一人で。
アザレアはキュッと口を噤む。
「…………そこに行こうとしてたんですか?」
「………………ん」
ビンゴだ。
突然気を落とした彼女の肩に手を置き、ミソラは強引にアザレアと目線を合わせる。
「いいですか。ドロップ洞窟は、まだあなたが行くべき場所じゃない。恐ろしい場所だ。なのに何故、あなたはそこに行こうとしているんです?そこに薬があるのは、本当ですか?」
「ッあるもん!お薬あるもん!ちゃんと!」
「なら何処で知ったのです?」
「むずかしそうな本にあったもん!本当だもん!」
プクリ、と頬を膨らませる姿は本当に愛らしい。だが少女の命を考えるとなれば、話は別だ。
「それだけでも、安易に踏み込んでいい話にはなりません。いいですか、僕達があなたの護衛をしますから、あなたは真っ直ぐに家に帰りなさい。親御さんも心配していることでしょう」
「いやだぁ!」
「何故?これは貴方のためと思って……」
「かあが!かあが死んじゃう!!」
その言葉に、ミソラは言葉を無くした。
ハルハも只ならぬ雰囲気を感じ取ったのか、モンスターの動向に注意を計らいながらも、彼らの会話に耳を傾ける。
アザレアはボロボロと涙を流しながら、一層杖に込める力を強めた。
「かあが、くるしんでるの。かあが、ないてるの、かあが、かあが赤いの、かあがぁ……!」
「………………………………」
「…………ミソラ様、これって」
ハルハが辛そうな表情を浮かべる。
ミソラは何とも言えない表情で、「病か」と絞り出した。
これで、少女が何故こんなにも突起に洞窟に行こうとしている理由がわかった。
彼女は、今も苦しんでいる母の為に洞窟に行くつもりなのだ。薬というものがあるかわからない場所に。
嗚咽をしながら必死に言葉を繋げる彼女の頭を、ミソラは撫でる。
「なら、僕達がその薬を取ってきます。だからあなたは」
「いやだぁ!私も行くぅ!」
せめてこれで引いてくれればよかったのだが、アザレアは首を横に振った。
確かに、アザレアの熱意は認めたい。だがこれでは、彼女の命も落としかねないし、それではさらにアザレアの母親を悲しませ、病を悪化させるしかないのだ。
さすがにこれは、ミソラでも引けない。
「いいですか。あなたが命を落としたら、一番悲しむのは誰だと思います?あなたのお母様でしょう。あなたは、お母様を悲しませたいのですか?」
「…………かあ、を?」
母の名を出した時、一瞬アザレアの瞳が揺らぐ。
いける、とミソラはさらに押し続けようとした。
「そうです。だからあなたは早く家に」
「でも、私がいたらだめなの!かあの役に立ちたいのぉ!」
しかし、アザレアはそれすらも否定して反発する。
まだ、決意の炎は消えていない。
これは骨が折れる、とミソラは再度説得に試みようとした時だった。
「……いいんじゃないんですか?連れていっても」
ハルハが能天気にそう意見した。
ミソラの鋭い眼光が飛ぶ。その目は怒りと疑念が混ざり、何を示しているのか明確にはわからない。
「……何を言うのです?」
ミソラの声がドスく低い声に変わる。
その声に少し怯みながらも、ハルハはモンスターへの注意を怠らず、ミソラの眼から逃げずに真正面から答えた。
「この子は、お母さんの為にここまで来たんでしょう?今更戻っても、この子が納得しないのが目に見えます。なら尚更連れていきましょう!」
「その笑顔を殴りたいとこれ程思ったことはありません」
「え、ちょ、真面目に言ってるんですよ!?」
「その真面目が命取りになることをわかっているんですか!?」
ミソラはもの凄い剣幕でハルハに詰め寄る。たとえハルハが倒れそうになったとしても。
ハルハはハハッと愛想笑いをしているだけだが、その瞳はーーーアザレアと同じ瞳を、していた。
その瞳は決意の炎。
それはミソラが、最も弱い瞳。
「わかっていますよ。だから俺はあの子を信じているんです」
加えて、この言葉。
ミソラはアザレアを見た。未だに震えているその体でも、アザレアは必死に「お願いします」と言葉を繋げている。
その姿も、ミソラが最も弱い姿。
「それに、俺がいれば大丈夫でしょ!俺はモンスターに嫌われてるし!」
だから、俺を信じて。
ああ、全てが折れてしまった。
ミソラはこの言葉に弱かった。加えて、自分が信じていないことに劣等感を感じてしまった。
これでは、また悲しませてしまう。
ミソラは暫く悩んだ後、重いため息を吐く。それにビクリとアザレアは肩を震わせたが、ミソラが彼女の頭を撫でたことで震えは止まった。
ミソラは呆れた表情で、また小さなため息を吐く。
「…………危険そうだったら、直ぐに帰りますからね。こちらにも事情があるんで」
「!…………は、はい!」
「あとハルハ。このお嬢さんを意地でも死ぬ気で守りなさい。守らなかったら潰す」
「潰されたくないので頑張ります!というか元よりそのつもりです!ああっ、怒ってるミソラ様も美しいから何倍でも頑張れそう!」
体をくねくねと喜ぶ姿は非常に気色悪かったが、一応頼りになる仲間なので良しとしよう。
ミソラはアザレアをハルハに託し、地図を開く。
ここからドロップ洞窟とニワナズナ村は、はっきり言えば遠い。もしかしたらエリカが去ってしまった後になってしまうかもしれない。
だが、今困っている人を放っておけないのも事実。
再びフードを被り直したミソラは、その汚れた白いローブをはためかせ、歩き出した。
「では行きましょうか、手早く済ませましょう」
「はい!」
「おー!」
アザレアの笑顔で、ちょっと気が楽になったのは内緒だ。
そうして彼らは、ドロップ洞窟へと向かい始めた。
ーーー冒険者以外は、その洞窟レベルを知らない。
それは、誰から始まった言葉なのだろう。ギルドに行けば何回でも目にするものだ。
だが、ギルドに赴かないとなれば別である。
その洞窟がたとえ高難易度の洞窟だとしても、何も知らない旅人は好奇心でそこに入ってしまうであろう。
そこが、冒険者と旅人の違い。
そうして今日も、何も知らずに入ってきた旅人を、探索地は喰ってしまうのだ。
幼女を出したかったんや!!
安定のハルハ目指して頑張っております。
これで今年の更新は終了です。来年も、この作品をよろしくお願い致します!
好きなキャラはやっぱりエリカちゃんです。