アリッサム村ー1ー
姉はヒラヒラと舞う村にへと降りる。
意識がだんだんと戻ってきた時、既に蹄の音はせず、それどころか外からも賑わった声がしてきている。
薄らと目を開けると、既に馬車は止まっていた。誰かが降りる度に馬車は僅かに揺れ、少しだけ吐き気を催す。俺だけなのだろうか。
「うん……」
少しだけ重くなってる肩を無理矢理起こし、俺はぼんやりとした視界で今の状況を探る。
馬車は完全に止まっていた。乗車客は次々に降りていき、あのユタさんやアルストロさん達も降りている。つまりそれは、目的の場所に着いたということなのだろう。
そしてその場所はもうわかっている。この世界の馬車は、二つの国を行き来することで成り立っているらしい。なので今、馬車が着いている所は恐らくーーー。
「そこのお客さん、早く降りな」
御者が全く動かない俺に声をかけてきた。
ずっと座っているのも何なので、俺は寝起きでまだ覚醒していない脳の状態のまま、御者に促されるように馬車を降りた。
「…………」
中心に聳え立つ桃色の大樹。そこから散った花弁は人々の周りにへと舞い、囁かな紙吹雪を作り上げる。
思ったほど家は少なく、屋台として出ているのが多かった。その一つに着目すると、ある商人が何かを唱えていた。それが終わった瞬間、商人の手に手のひらサイズのネックレスが創り上げられる。
あれが商人専用の魔法か……初めて見た。
馬車が俺の横を通り過ぎると同時に、今日で一番の強い風が吹いた。
まだ朝日が登ったばっかだというのに眩しい空を浴びないように心掛けながら、俺は商店街と思わしき通りを歩き始める。
馬車の終点地は『アリッサム村』。
先程、ユタさんが熱く語っていた、ギルドのある自然豊かな村の名だ。
先程馬車に乗っていた人達は、それぞれの店で買い物を済ませている途中だった。ユタさん達が何処にいるのかわからないが、何となく予想はついている。
とりあえず、俺はここで何をしようか。まずはユタさんから聞いたギルドに行くべきなのだろうか。いや、それよりも先にこの村を探索しよう。
時刻は午前五時。この時間帯でも店を構えているところは多い。恐らくは降りてきた乗客を狙っての行動だろうが、そのどれもがレベルが高そうだ。一般的に見たら。
だが渡された金は大事に使いたい。ここで大幅に使ったら、帰って食料を確保出来なくなる。
なんか食料のことを考えたらお腹が空いてきた。探索の前に先に朝食を済ませてしまおう。
側にあったベンチに腰を下ろし、袋から桃色の果実が挟まったスイーツサンドを取り出す。これは一度試食してみたが、これが美味い。噛む度に甘い果汁が溢れ出し、この桃色の果実独特の仄かなミントの香りが、さらに食欲を湧かせてくれる。
「…………うめぇ……」
思わずそんな言葉が出てしまうほどに美味い。まじで美味い。でもこれあと二つしかないんだよ。なんでかって?袋に入らなかった……。
しっかりと味わって食していると、徐々に周りの店が開く音がする。ガチャガチャとした音が一層際立ち、詠唱の声も多くなってきた。
すげぇな商人は。詠唱一つだけであんなに簡単に創れるなんてな。確か詠唱は商人共通で、商人一人のオリジナルは珍しいって聞いたが……どうやらここの奴らは、商人共通の詠唱らしい。
後で少し見てみるか。と俺は最後の一口を頬張った。
……あれ、ちまちま食ってたと思ったらもう食い終わってた……。解せぬ……。もっと味わって食いたかった……。
あと二つかぁ……昼と夜に取っときましょうか。今は少しでもこの村の構造を知っておかないと。またクレマチス王国のようになっては困るし、村全体のことをよく知っておかないとな。
スイーツサンドが入っている箱を仕舞い、俺は賑わってきた人通りを少しだけ後にした。
「…………」
「おっと」
人通りを抜けた先に人がいるとは思わなかった俺は、俺よりも一回りデカイ男とぶつかってしまう。
やっべ。この人こんなでかいのに気が付かなかったのか俺。悪いことした。
「悪ぃ」
礼儀として誠意を込めて謝らなければならない。こっちが悪いのだから。
男はこちらを見下ろして、その兎を殺しそうな顔で俺の顔を見る。
あ、やっべ。めっちゃ怒ってる。謝っても許してくれなさそう。
もう一度謝ろうとした時、その男は少しだけ頭を下げてポツリと言った。
「………………………………………………………………………………俺も、すまなかった」
「……………………お、おう」
あまりにも見た目とのギャップが凄かったような気がして、呆然としていた俺が何とか返事をすることができた時には、その男は忽然と姿を消していた。
「………………んー」
人って、見かけによらないんだな。やっぱ。
俺はあの大柄な男に再度謝り、まずはあの大樹に向かおうと足を動かした。
■
ガチャガチャと背負っているものは大きな音を立てる。それが道行く人にも当たり、男はその度にその人に謝っていた。
先程だって少女と思いっきりぶつかった。これは男にとっては由々しき事件である。あんな小さな少女とぶつかるなんて……怪我はしていないだろうか、あの子は。
少女の心配をしながら男が向かった先には、他の店よりも小さな小屋だった。それは列記とした店であり、彼が経営する武器屋だ。
小屋に入り、バッグを地面に置く。少しだけ身軽になった男は、メラメラと炉の中で揺れる火に目を移した。
(今日も、誰も来ない)
それは既に分かりきっていた事実。
だけどそれでも、諦めることなど出来ない。
自分の夢を実現するためにも、これは必要なことなのだ。
男はバッグからハンマーとある石を取り出し、その石を棒に取り付ける。
紫色に光る石をそのまま炉の中に入れ、よく熱す。
この時間が、男にとってとても楽な時間だった。
武器を作ることだけを考えられる。これほど幸福な時間などあっただろうか。
熱して、打って、熱して、打って。
それの繰り返し。情熱を込め、愛を込め、努力を込めて初めて最上品となるもの。
(もっと高く、もっと翔べ)
それは彼がいつも呼びかけている言葉だった。
これからも散るまで生き続ける武器に対しての、彼なりのエールだ。
高く翔べ。誰よりも高く、魔法で創られたものよりも高く。
それが彼の、望みなのだから。
(ーーー武器は、魔法だけで創るものじゃない)
それを証明するために、自分がいるのだから。
男は今日も、魔法に対しての怒りを、鍛冶に打ち続ける。
今日も、明日も、明後日も。
彼の手は、止むことは無い。
男はジョジョに登場してくるようなキャラデザです。凄まれると怖そう。
次回もエリカsideで書いていきます。ミソラ、ハルハsideを期待していた方はごめんなさい。土下座します。
それでは次回もよろしくお願いします。