お人好しの助け人
姉は、死ねなかった。
『××、』
俺は弟の名を呼ぶ。
弟はこちらを向いて、さらに涙を貯めていた。
俺は、弟の肩を抱き、頭を撫でる。
『どうした?』
弟は、嗚咽をしながら、吐き出した。
『もう、××××』
-第一章 カラシナ -
目を開けたら知らない天井だった。凄いデジャヴを感じた。
俺は何処かの部屋にいるみたいだ。何か凄くいい匂いがするし、それに隣の部屋で誰かが喋っている。
大方、あの男が助けてくれたのだろう。別に放っておけばいいものの。あんなボロだらけのヤツ、見捨てればいいのに。
あのままだったら、俺は死ねたのに。
「……あー、痛てぇ」
皆から受けた傷が、癒えるはずもない。
包帯は巻かれている。たぶん手当てしたのもあの男。
……まぁ、あんなの見たら、こうするしかないよな。 見捨てるとしても、絶対罪悪感感じるよな。
とりあえず起き上がってみた。凄く痛かったが、起き上がらないと部屋を見渡せない。
まず、正面には木製の扉がある。そして俺の左隣には、花瓶と開け放たれている窓が設置されていた。
窓の外は子供が動き回っている。恐らく遊んでいるんだろう。
後は何も無い、何の変哲もない木製の部屋だった。ベッドもふかふかだし、布団からもいい匂いがしている。……もしかして、さっきの匂いはこの布団からなのだろうか。
髪は無造作に切られたまま。体は……襲われる後より綺麗になっている。全てあの男がやったのだろうか。
デコボコの髪を弄っていた時だった。
ガチャリ、と目の前の扉が開く。
扉から顔を覗かせたのは、俺が意識を失う前に見た、あの男だった。
「…………あ」
男は俺を見るなり固まり、そこから何かを落として走っていってしまった。……包帯やハサミが見えているが、どうやら包帯を取り替えるために部屋に入ったらしい。
部屋の外からは「おばあちゃん!姉さん!あの娘起きたよ!?」「あらあらそれはーーー」という会話が聞こえた。そこからまたこちらに走ってくる音がする。
今度は豪快に開けて、その男は俺の横に膝まづき、俺の手を取った。
そしてこう言った。
「ああ、よかった……ここ三日、ずっと目を覚まさなかったので心配したんですよ?麗しいお嬢さん」
「…………あ?」
何言ってんだこいつ気色悪ぃ……。
本当に気色悪かったので、手を払った。
「あ、何か気に触ることを……!?」と叩かれた手を見て驚いていたが、スルーして男に聞いた。
「おい、ここは何処だ」
「ここは僕が住む村ですよ!あなた、森の中で酷い怪我だったんですからね!」
「んなことはわかってる。何で助けた」
「美女を助けるのは当然ですよ!?」
それじゃあ男は助けないということになるぞ。
わかった。こいつ、女好き+ナルシだな。こんなにも気色悪い言い回しをするから、絶対にそうだ。でも男にも気にかけてやれよ。
まぁいいや。さっさとこの家から出よう。
「そうかい。でも俺の場合は助けなくてよかったな。じゃあ」
「え、え、ちょちょどこに行く気ですか!?」
男が俺の肩を押さえて無理矢理立たせないようにする。
俺はそれを特に振り払うわけもなく、ただ男に言った。
「この家から出るんだよ。手当てしてくれたのは感謝する」
「いや、でもまだ酷い怪我なんですし、それに髪も切り揃えないと」
「必要ねぇ。髪はまた生えてくるだろ。ここに留まる理由もねぇんだ。俺は行く」
「だから待ってください!」
ああ、うるさい。
今すぐ手を払いたいが、押さえているところが地味に痛くて力がうまく入らない。
何だこいつ、お人好しかよ。こんな自殺志願者、放っておけばいいのに。
そうすれば、面倒なことにならなくて済んだのに。
「離せ……ッ!」
「落ち着いて!」
「俺は落ち着いてるだろうがぁ!?」
「落ち着いてないですよあからさまに!?深呼吸してください!ひっひっふー!」
「それラマーズ法だろ馬鹿にしてんのか!?」
「ら、らまーず…?」と疑問を浮かべているこいつを本気で殴りたくなった。手は大丈夫だから殴れるには殴れる。しかし力がうまく入らない。とっとと手を退いてくれ。
そんな押し問答をしていると、不意に男の頭が「ぐへっ」という呻き声と共に叩かれた。
後ろを見れば、筒を持った女の人が男の後ろにいた。
女の人は筒を下げながら、男に言う。
「たく、何やってんのよあんた。その娘困ってるじゃない」
「姉さん!だってこの娘がいきなり外に出ようとするから……!」
「それじゃあ逆効果でしょう!?何傷口に手置いてんの!その娘痛がってるわよ!?」
「え?………………わああああああ!?ご、ごめんなさい!僕はなんて事を……!」
別に痛くはなかったが、手を退けてくれたことには感謝しよう。
どうやらこの人はこいつの姉らしい。手にはこいつが落とした救急箱を抱えている。無造作に束ねられた金髪に、黒い目。こいつも金髪で黒い目だし、顔立ちも似ているから、姉弟というのは本当であろう。
女の人が俺の肩を撫でて「大丈夫?痛くない?」と優しく聞いてくれた。
「ああ……別に」
「本当?もうこいつったらテンパると何しでかすかわからないから……」
「酷い怪我をした美少女が無理矢理外に出るなんて普通テンパるだろ!?」
「あーはいはい今必要ないワードは無視無視。包帯を取り替えたいから、じっとしててね」
「あ、ああ……?」
流れに身を任せてしまったが、とりあえずこの人に任せるとしよう。
……なかなか包帯を取らないので、俺は女の人に目線を送る。
しかし女の人の目線はこちらではなく、あいつの方へと移っていた。
女の人の視線に気がついた男は、ゆでダコのように顔を赤くし、部屋を出ていった。
「さぁ、包帯を取り替えましょう」
何だったんだ、今のは。
包帯を取り替えてもらい、俺は例の姉弟とお婆さんに囲まれていた。
お婆さんは俺にスープを持ってきてくれて、今それをちびちび飲んでいる。
すると、お婆さんが俺に言った。
「それでな。お前さんは何で倒れていたんだい?ミソラの話じゃ、お前さんは酷い怪我で、意識もままならなかったとか」
「ミソラ……?」
「あ、僕の名前です」
どうやら、ミソラというのはあいつのようだ。
そこで思い出したかのように、女の人が言う。
「そういえば、名前を言っていなかったわ!私はキキョウ。ミソラの姉よ。それでこっちが私たちのおばあちゃんの……」
「ナーヨだよ。よろしくねぇ」
「ぁ……エ、リカ、です」
一瞬、自分の名前を言うのを戸惑ってしまった。
だって、何故か懐かしくなったから。
何で?普通の人に会ったから?それで懐かしくなったの?
……よくわからない感情だが、それに浸っている暇はないようだ。
お婆さんは「エリカちゃんか、いい名前だねぇ」と、俺の名前を褒めていた。
しかし、直ぐに目を鋭くし、俺を射抜く。
「エリカちゃんや。お前さんは誰に傷つけられたんや?あれはモンスターによって傷つけられたものとは少し離れていた。モンスターなら、今頃お前さんの腕はなくなっておるし、足も立てない状態になるぞ」
……それは避け続けても同じ結果なのだろうか。そうだとするとモンスターというのは恐ろしい。
考える事は後回しにして、このお婆さんの質問に答えなければならない。正直答えるか迷ったが、このお婆さんに嘘は通じないようだ。
俺は飲み干した皿を膝の上に置いて、ポツポツと彼らに話し始めた。
「……嫌われたんだ、皆に」
「何故?」
「……俺が、皆の嫌う魔法を使ったから、たぶん、それで、嫌われた」
「……全員が、お前さんを嫌悪したのかの?」
「ああ。まぁ簡単に言うと、追放されちまった。それで皆に斬られたり魔法を当てられたりされちまって、俺は」
言ってて悲しくなってきた。
そうだ、俺は嫌われたんだ。
今世の親に、友達に、講師に、弟に。
皆に、嫌われたんだ。
あの城全部に、嫌われてしまったんだ。
あれ、なんか胸が痛む。
でも弟の痛みに比べたら小さいものだ。
でも、やっぱ、悲しいものは悲しい。
だってあの人達は、俺を大事に育ててくれたから。
だからその人達に嫌われたら、……うん、悲しい。
「泣いてもいいんだよ」
ナーヨさんが親切に言ってくれるが、俺は首を振った。
涙は出ない。確かに嫌われたのは悲しいが、最初からゼーラに譲ろうと決めていたことだ。
逆に、弟に会う時間が短くなっただけだ。
後は死ぬだけ。それだけで、弟に会える。
まぁ、助けてくれたことには感謝はするが。
今日の内に出て、どっかを彷徨って餓死しようか。
それとも、話に出てきたモンスターに殺られるか。
考えるだけ考えたら、もうすこし弟に会えるという幸せと、皆から嫌われてしまったという悲しみが渦巻く。
「……そうかい」
ナーヨさんはそう言った後、飲み干したスープの皿を下げて、行ってしまった。
それに続くようにキキョウさんも言ってしまった。去り際に「絶対安静だからね!」と俺に釘をさして。
残ったのは俺とミソラ。
ミソラは俺を見て、扉を見て、また俺を見るのを繰り返している。非常にウザい。
そしてまた俺を見たその瞬間。
「……大変、だったんですねぇ……!」
ハンカチを取り出して泣き出した。
本当に何なんだよこいつと気味悪く見てしまった。
ミソラはそれに気づかない様子で変なことを言う。
「ああ、薔薇のように美しいあなたが、まさか刺のように散り散りしく散ってしまうなんて……!このミソラ、かのイケメンフェイスを崩して感動ひました」
「お前うまい事言ったって思ってる?あと思いっきり噛んだよね?」
「エリカさん!この僕に出来ることがあれば!手取り足取りこの目もこの声も!全て僕がお世話しまぁす!!」
「ああ、うん。それは助かる。いらんの混じってるけど、いや助かるんだけどちょっと黙ってくんね?」
「僕は何も聞こえていない!黙れなんていう言葉なんて聞いていない!!」
「思いっきり聞いてんじゃねえか!お前なんなんだよ!俺を助けたいの!?それとも不調にさせたいの!?」
「助けたいです!!」
「なら黙れ!俺寝たいんだよ!!」
「そんな摂政な!」
このまま言い合いをしていると本当に気持ち悪くなってきたので、俺は無理矢理布団を被り、目を閉じた。
布団を被った瞬間、ミソラは一言も発しなくなった。最初からそうして欲しいとイライラしていると、次第に眠気が襲ってくる。
決して、いい夢が見れるとは限らない。
だけど。
名前が思い出せなくても、弟の夢を見れたら、幸せだろうな。
そして俺は眠りについた。
スマブラを買ったんだが、ロゼッタが凄い使いやすくて結構驚いてる。