以後
姉と純心のその後ーーー。
さて、一夜明けたその後の話をしよう。
あの後、騒音によってやって来たキュラスの弟により、これまでの騎士の悪行、そしてそれを無視していたキュラスのことも明らかとなり、全て家族に伝えられた。
当然、今まで以上に煩く目が覚めた両親もやってくるわけで。キュラスの話は遅かれ早かれ伝わることとなっていただろう。
その話を受けた両親はキュラスに何時間にも及ぶ説教をかまし、上記に当てはまる騎士を即刻罰を下してクビ。そしてこの街に二度と来るなということと、ダリア村には一切近づくなという忠告を受けた。もし襲撃したら……という両親の顔が最高に恐ろしかったであろう。
キュラスは当然王という地位を剥奪され、代わりにキュラスの父がまた受け持つこととなった。自身の魔力が日に日に弱っていくのに危機に察し、急遽まだ若い息子に託すことにしたようだが、これでは任せられることも出来ない。
そうなれば嫌でも国民に今回の騒動が伝わってしまい一時はパニックになったが、キュラスの父が何とか事を鎮めてくれた。
そして、その騒動の中心となったミソラはというとーーーー。
「……これが、僕の魔力か」
指定された部屋で、ある箱を弄んでいた。
ここはクレマチス王国、クレマチス城の内部にある一室。そこでミソラと別室にいるエリカは休息をとっていた。
今回の件で、ミソラとエリカにはお咎めはなしとのことらしい。
そもそもこうなった原因はあの騎士共だし、それにキュラスがいち早く止めてくれればこんなことは起こらなかった。さらにミソラとエリカの怪我は、はっきり言ってキュラスより酷い。しかもミソラに至っては魔力も取られ、エリカは話し合いをしようとする前にキュラスに攻撃された……ここまで記述しても、明らかにキュラスの方が悪人だというのが明白にわかるであろう。
だがキュラスに怪我を負わせたエリカには少し罰が与えられた。説教程度だが。
そしてミソラには逆に詫びとして、ダリア村に食料や衣料品、さらには寄付金などを贈呈しようとしている。
ちなみにそれをミソラは止める気はない。逆に当然のことだと受け入れている。
そんなミソラが弄んでいる箱はーーー上記にあった、自身の魔力が詰まっている箱だ。
「…………」
この魔力は、戻すことも出すことも出来なかった。
どうやらキュラスが念入りに作った特別性の箱らしく、開けることはおろか、壊すこともできない強固な箱だ。そして何故か本人にも開けられないという何ともはた迷惑な箱だった。
念のためミソラが持っていろと言われたが、魔力はまた回復するし、こうして自分の魔力を眺めるのもなにか変な感じがして気味が悪い。
「…………にしても、魔力ってこんなに光ってんだなぁ」
ミソラは魔力を見つめながらポツリと零した。
箱の中に詰まっている魔力は、まるでイルミネーションでも見ているかのようにキラキラと輝きを保っている。何処を見渡しても、その輝きが途絶えることはなかった。
変な気分だ。ミソラはまたそれを口にする。
この魔力が体に戻ってきそうな感じなのに、何かがそれを押し戻しているかのようになかなか魔力が中に入りたがらない。
ーーー開けることも出来ないのに。
そうして暫く、ミソラは箱を見つめ続けていた。
■
「ミソラの体力は回復したのか?」
「ああ。もう動けるだろうぜ。あの人は」
エリカは王室にいる、あの栗色頭の青年に会っていた。
あの時と同じ服装で彼女を迎えた彼は、心底安心しきった顔で応じる。
エリカは「しかし」と言葉を紡ぎながら苦笑した。
「まさかお前が王様の弟さんだったとわなぁ」
「まぁな。てかお前あの時俺がいるって気づいてただろ」
「だからあんな交渉持ちかけたんだよ言わせんな恥ずかしい」
「どこに恥ずかしむ要素があった」
そう、この彼はーーーあの時、墓地から帰る時にマシンガントークをぶちかました、エリカをナンパした青年だったのだ。
言われてみればあのマシンガントークの中に何かしらヒントがあったような気がするが、過ぎたことなので今更気にするのも馬鹿馬鹿しい。
青年は頭を掻きながら息を吐く。
「なんか、すまねえな」
「あ?」
「あのバカ兄のせいで、お前らは……今だってさ、その怪我……」
「あー大丈夫。もう治ったから」
「え、早くね?え、包帯解いて大丈夫なの?え、何で全部完治してるの!?」
「知らねえ。いつの間にか治ってた」
言い辛そうにしていたが、エリカがあっけらんとして完治した体を見せてきたので、逆に混乱が生じてしまった。
いつの間にか治っていた。これは前からあることだ。そういえば、あのカズラとかいう女から受けた傷もいつの間にか治っていたし、充血していた眼もいつの間にか治っていた。あの月花から受けた傷は治療して数時間後には完全に治っていたし、エリカもその原理はわからない。
そのことを伝えると、青年は考える素振りをして、一つあることを提示した。
「もしかしたらお前、再生魔法持ちかもしれねえ」
「再生魔法?」
「ああ。通常他の魔法は詠唱がないと出来ねえんだが……この再生魔法はちょっと特殊なんだ」
まず、再生魔法は魔法であって魔法ではない。
この時点で混乱したエリカを置いといて、青年は話を続ける。
「再生魔法には二つの種類がある。一つはさっき言った詠唱をする方、もう一つは『体が直接命令する』方」
「……あ?どういうことだ?」
「一つの詠唱ありは他の魔法と一緒だ。詠唱をしなければ、魔法は発動出来ない。だがもう一つは、『詠唱なしで魔法を発動することができる』。普通じゃ有り得ないことなんだが、再生魔法だけは出来るんだよ」
「何でその魔法だけが出来るんだよ」
「まず再生魔法だけでも異常なんだから他のことは知らねえが……つまり、体が異物を取り込んだら、それに反応して無理矢理にでも吐かせようとする原理だ。拒食症が一番近い。それと同じ原理で、体に痛みや傷跡が神経や脳に伝わると、再生魔法は早く治さねえとって無理矢理にでも魔法を発動するんだ」
「ちょっと待て。それだと魔導士は危なくねえか?」
「そうだ、危ないんだよ」
きっぱりと、青年は言う。
元々、詠唱もなしに魔法を行使するのは自殺行為なのだ。詠唱は魔力の流れを安定にするものであり、魔導士の生命線である。簡単に言えば、詠唱は事故で意識不明の患者を、生死を彷徨わないように手術をする医者の位置だ。その詠唱を行わないということは、麻酔も何もせずにぶっつけ本番で手術するようなものである。
つまり下手すれば魔法は使えないどころか、命を失う危険性などあるのだ。
だからこの再生魔法は極めて危険な魔法だ。魔導士の意思を無視し、勝手に体の中で魔力を使えば、魔導士の体が酷く痙攣し、血液も沸騰しかけーーー最悪の場合、死ぬ。
それらのことを全て伝えられたエリカは、ゴクリと唾を飲んだ。
もしかしたら、自分も同じようなことになるのではないのか、と焦りを抱く。
「だから、変なんだよなぁ」
しかし、対して青年は首を傾げた。
「は?」とエリカが返すと、青年は指を立ててエリカに話し始める。
「もしその異常な速さが再生魔法だった場合、お前は既にこの世にはいないんだ。血を噴き出して、あの部屋で血溜りを作っているはずなんだぞ?」
「うえっ……」
そのことを想像したら……堪らず吐き気を覚え、口元に手を当てる。
だが、確かに変だ。なら何故エリカは生きていると問いたい。
また深まる謎にエリカが頭を悩ませていると、不意に何かの視線を感じた。
「………………何?」
それが青年の視線だとわかると、エリカは嫌な顔を隠さずに問う。やはり人間、何の意味もなしにジーッと見つめられるのは嫌な気分になってしまう。
「いや……」と言いながらも見つめてくる青年を殴りたい衝動に駆られたが、寸でのところで押しとどめた。
「……お前の眼って、綺麗だよなぁ」
不意に、青年がそう零してきた。
エリカは「あ?」と青年を睨み、そして自身の片眼を手で覆い隠す。
ーーー俺の眼は、確か赤かったんだっけか?
前にキキョウ達が何となく零したことがある。『赤眼の貴族なんぞいたか』という内容だ。なので自分の眼は赤色なのだろう。
しかし何故突然そんなことを言い出したのだろうか。正直言って気味が悪い。
「……気色悪ぃなお前」
「何でだ!?正直に言ったのに!?」
「いや突然言われてもなぁ……」
エリカが引き気味で言うと、青年は愕然とした表情で項垂れる。
しかしその後立て直して、咳払いした。
「ま、まぁとにかくだ。一応お前のその異常な治癒魔法は保留にしとけ。旅に出とったらいつかわかるだろ」
「……あ?何で旅に出ること前提だ?」
そうエリカが言うと、青年は「は?」と不思議そうに首を傾げた。
「いやだってお前……旅してここに来たんだろ?」
「はぁ?」
「違うのか?あの人がここに来た理由はわかるが、俺はお前がここまで来た理由がいまいちよくわからない。だからお前は旅の途中であの人に出会って、理由を聞いてここに来たのかと思ったんだが……」
「…………」
エリカは腕を組みながら俯く。
悪気のない青年はそのエリカの様子にまた首を傾げたが、突然ノックしてきた音によって、その疑問は消え去った。
「あ、二人共ここにいたのね」
扉から顔を覗かせたのは、青年の母親だった。
栗色のストレートヘアー。青年と同じエメラルド色の瞳の彼女は、ニッコリと笑いながらストールを押さえ、エリカ達に歩み寄ってきた。
青年は壁から離れ、彼女の所まで歩く。
「お母さん!どうしたんだ?」
「お父さんが呼んでいるの。今すぐお部屋に来てほしいって」
「お父さんがっ?わかった、すぐ行く!」
青年の表情は、先程とは打って変わって年相応の表情というか……子供らしくなっていた。
これが親バカ……?と何かズレたようなことを考え始めたエリカは、こちらに近づいてくる気配に気づかなかった。
「ねぇ」
声をかけられてやっと気づいたエリカは、「うぃっす」といつもの返事をしながら女性の方を向く。
近くで見つめれば尚美しい容姿の彼女に、少しばかり目を奪われた。
彼女はまたニッコリと笑い、口元に手を重ねた。
「ごめんなさいね、突然声をかけてしまって。私はカトレア。よろしくね」
「エリカっす。今回は、迷惑をかけてすみませんっす……」
「別にいいのよ。あの子も自分自身を見つめる時が来たのだろうし……寧ろ丁度いい機会だわ」
「でも部屋とか結構……主にミソラが」
「それは許すことは出来ないけど」
「あ、ですよね」
「それよりも」とカトレアはエリカに顔を近づけ、鼻をちょんっと押す。
「あなたも呼ばれてるのよ。お父さんに」
「…………え?」
「あの子だけじゃないのよ。あ、ミソラくんも呼ばれてるから」
「あー……わかりました。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
カトレアの通知を受けて、エリカはローブを羽織り直して部屋の扉まで走る。
こちらに向かって手を振るカトレアに応じて、エリカも手を振りながら部屋を出た。
「……そろそろ、潮時かしらね」
その扉が閉まる瞬間、カトレアが愛おしい眼で見つめていることに、エリカは気が付かなかった。
■
臨時王と言うべきなのだろうか。キュラスに代わりもう一度王をやっている青年の父親の部屋の前に来て、エリカはそっと扉を開ける。
「あ、エリカさん」
扉から顔を覗かせれば、こちらに気づいたミソラが包帯だらけの手で手を振ってきた。
顔にも治療が施されている。さすがにミソラはエリカみたいに早くは治らないようだ。まぁ誰もがエリカみたいにとは限らない。どちらかと言うとミソラの状態が常識なのだ。
「おー。歩けるってのは本当のようだな」
「魔力というか、体力の回復速度は魔導士によって違いますからね。僕は速い方なんです」
ミソラが軽く笑いながら説明する。
少し興味深そうに相槌をうったミソラは、正面にいる赤いマントを羽織った男性の方を向いた。
金髪のオールバックに、顔に傷がある男性。少しキュラスと顔つきが似ているーーー青年の父親は、王座に座って口を開く。
「よく来てくれた。まずは君に多大なる迷惑を掛けたこと、深く詫びよう」
そうして、彼は立ち上がって深く頭を垂れた。
これが彼に出来る精一杯の真意。迷惑をかけた詫びとして、何かを贈呈することしか出来ない。
当然、ミソラの怒りは収まらなかった。ミソラが王族や貴族を嫌いになったのは、この事件が原因なのだから。
だからミソラは、吐き捨てる。
「謝っても、僕は許す気はありません。たとえあなた達が無関係であっても、僕は……あなた達を、恨み続けます」
そう簡単に許すわけがない。
許してほしいのなら、村にそれ相応の対応をしろ。贈呈だけじゃダメなのだ。もっと村に尽くしてもらわねば、彼の腹の虫が収まらない。
その思いがビシビシと痛いほどに伝わってきた青年の父親は、「ああ、それでいい」とミソラの憎悪を受け止める。
「申し遅れた。私はバルセロナと言う。今回ここに来てもらったのは、実は息子の魔法についてのことなのだ」
「……俺の?」
青年は訝しげにバルセロナを見据える。
今まで、青年の魔法は下級の魔法だと伝えられ、肝心の大部分は教えられていなかった。
何故、今更自身の魔法を教えるのか。何か考えがあるのか?どんな意図だ?と、産みの親でもここだけは疑惑の目を向けた。
「そうだ。こんなことがあったのだ。もう息子には包み隠さずに話すべきとカトレアと相談し、このような場を作ってもらった」
「……ふーん」
そういえば、青年の魔法は何なのだろう。しょぼいとか言っていたが、実際はどんなものかわからない。とエリカは少し興味深そうに頷いた。
ミソラも少しばかり気になるようで、耳を傾ける。
「で、俺の魔法はなんなの?」
「……」
少し低い声で、青年は問う。
バルセロナは少しばかり沈黙し、口を開く。
「……う、ぬん」
……こうとしたが、また口を閉じてしまった。
その後も口を開閉する行動を繰り返し、なかなか先に進めない状況になってしまった。
当然、青年のイラつきも募り始め、エリカとミソラは呆れた顔をして見守っている。
「〜〜〜〜いい加減話してよ!何でそんなに吃ってるの!?」
ついに青年がキレた。部屋に響く大声量で。
明らかに動揺したバルセロナは、先程の姿が嘘のかのように萎んでいた。もはや今あのような姿に戻っても、大人な対応が出来そうな気がしない。逆に暖かい眼差しを向けられそうだ。
「ぐぬ……いや、いざ言おうとすると腹痛が……」
「俺の魔法言うだけだろ!?そんなにしょぼいの?そんなに悲しいものなの!?もう俺腹括ってるから、早く喋ってくれ!」
「う、ぬ……」
「仕方ない仕方ない仕方ない」と呪文のように呟き続けたバルセロナは、一度咳払いをして、何故か眼力を強くした。
「いいか……お前の魔法は」
「「「魔法は?」」」
場を沈め、閑静に、バルセロナは苦渋の表情で魔法名を言った。
「ーーーー魅了、だ」
今度は違う意味で静まり返った。
ミソラも、エリカも、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、あんぐりとさせていた。
いや、それよりも驚いていたのは、当然青年であった。青年はパチパチと眼を瞬かせて、体を全てバルセロナの方へ向ける。
「…………ん?もう一回」
「魅了だ。相手を魅了する魔法だ」
「ワンモア」
「相手を誘惑する魔法だ。エスカレートしたら男女共々魅了されて」
「もういい。もういいです」
もう諦めた。何度聞いても、答えを変えられても実質同じ答えなのだ。もう聞くだけでも苦しい。
「魅了……まさかここでお目にかかるとは……」
ミソラが微妙とも言える表情を、青年に向けた。
『魅了』ーーーー別名『フェロモン魔法』。
体中から漂う甘い香りによって、老若男女問わず魅了させる、一躍は危険魔法と言われた魔法。
しかし今、その魔法を持つものは一人もいないという事例により、そのレッテルは一時的に剥がされた。
その魅了をもつ魔導士が、今目の前にいる。
男も女も関係なく引き寄せ、世界の頂点にも立てる魔法を、青年が、何も知らずに持っていた。
そのことを頭に入れて、よく想像してほしい。この後の出来事を、彼女がどんな性格なのかを。
そう、つまり彼女はーーーー。
「……ふっ、ふぉ……ぶふっ……」
ーーーー真剣に、笑いを堪えていた。
口元を必死に押さえ、体を捩らせながら声を押し殺そうとしている。
これは、笑いが堪えきれない。
今、大声に笑ってもいい。指を指して嘲笑ってもいい。そのくらいに、エリカにとっては笑える話だった。
失礼な態度かもしれないが、まさかこんな魔法が存在するなど思わなかったのだ。しかも何も知らずに、しかも無意識に発動していたということではないか。
こんなの、笑わずにはいられないッ。
「……だから話したくなかったのだ。しかしお前も良い歳だし、それに少なからずお前の問題なのだから、うん、教えておかないと……」
「…………………………………………」
萎れて真っ白になっていく青年を、ミソラは頬を掻きながら何とも言えない表情で見つめるのだった。
再生魔法は、治癒魔法の一種です。
魅了……世の男性なら一度は願ったことでしょう。一度はモテてみたいと。
今回の青年の魔法の正体は魅了。別名はフェロモン魔法とも言います。人々を甘くする数々のフェロモンを纏う彼は、どんな人物でさえ魅了してしまうのです。
……まぁ、それが危険にも及ぶんですけどね。
では、次回もまた。
ぷよテトでTスピンが出来なくてふぉあって変な声が出ます(泣)




