カラシナ
姉は悪魔の笑みを浮かべる。
※前話に話を追加しました。そちらをご覧になってから読むことをお勧めします。
彼女は、死ぬことを受け入れ始めていた。
それが彼女の運命であり、そして弟が望んでいることなら、尚更受け入れようと思っていた。
ーーーーだが、彼女はある重要なことを思い出す。
ずっと、悩んでいたことを。
もしこのままの状態で逝ってしまったらーーーー弟が悲しんでしまうのではないか?
もしこのまま天国に戻っても、思い出せなかったら?
こんな未完成のままで、天国に昇っていいのか?
ーーーいいわけがあるか。
こんなのでは、弟を悲しませるだけだ。
思い出さないと。唯一のことを。
ーーーだから、彼女は死ねなくなった。
新たに生きる目的を作った彼女は、死ぬことを許されなくなった。
運命に抗い、彼女は殻を破る。
痛みがないのが好都合。むしろこのまま痛みがない方がよっぽどいい。
自分の力を、全て吐き出す。
ーーーーぶっ壊れろ。
その呟きと共にーーーー彼女は、降り立つ。
■
月花は光の粒子となって消え、広間に張り巡らされていた棘も消え去る。
深い亀裂だけを残したまま存在する広間の中心にーーーー彼女は立った。
既に服がボロボロの彼女は、血だらけの手を開いたりして確認する。
「んー……問題ねえな」
何かの確認をした所で、彼女はミソラの首を絞めている鎖に目を付け、次にその鎖の持ち主であるキュラスを見据えた。
「なるほど……こういう状況か」
首をコキリと慣らし、一度ジャンプをする。
ーーーー次の瞬間。
「ーーーーーーーーーーはぷっ!?」
キュラスの体が、真横へと薙ぎ出された。
その拍子に何故か鎖も切れ、キュラスの体だけが壁に激突する。
「ふぁっ、は、あ」
突如呼吸の通り道を確保できたミソラは、大きく深呼吸を繰り返し始める。
鎖も解け、地面に金属音を立てて落ちた時、彼に影が覆い被さった。
伏せてても見える、黒いローブ。
何も見なくてもわかる、彼女の雰囲気。
「よう、生きてるか?」
その声が酷く懐かしく聞こえてきて、ミソラは震えながらも顔を上げた。
顔を上げた先には、あの時ーーー作戦を決行する前に浮かべた、エリカの笑顔があった。
エリカも顔はボロボロで、目が少し赤くなっている。それに少し血の跡があるのが滲み出ていた。
ミソラはエリカの顔を見て、心底安心した笑みを浮かべた。
しかし、声があまり出ない。
「よかった」「心配した」「助けに来た」色々言いたいのにーーーー声が、出せない。
閉められた拍子に喉が潰されたのだろうか。呼吸も出来るのに、酸素も十分補給しているはずなのに。
「まぁ、よく頑張ったって言えばいいか?すまねぇな。俺がヘマしたせいで、お前をこんな目に合わせちまって」
約束、破っちまった、とヘラヘラと笑う彼女を見て、思わず怒鳴り散らしたくなった。
そもそも、彼女はこの問題には関係ないはずなのに、恩返しと評して自分達に協力している。
そんな彼女を、この時まで助けられなかった。
ーーーー悔しくて、涙が出てくる。
「後は、俺に任せとけ」
その言葉に酷く安心したミソラは、ただ涙を流しながら首を振った。
もう、彼女の背中を見ることしか出来ない。
ーーー僕は、無力だ。
ミソラは、力のない拳で、床を殴った。
「よぉ、随分と仲間がお世話になったもんだ」
エリカは壁に埋まっているキュラスに向かって、コキリと拳を鳴らした。
フードが脱げていることなどお構い無しに、エリカはキュラスの背後まで歩く。
そして、壁に埋まっているキュラスの足を、思いっきり引っ張った。
「ぶぐ、ふぉ!?」
無理矢理引き抜かれたキュラスの顔は何とも酷いものだった。
壁の中で吐いたのだろうか、汚い涎のあとが顔に付いており、頬も腫れ上がっている。しかしエリカが擦り傷だらけの彼を見ても、その姿は滑稽としか思えなかった。
エリカは口元を吊り上げながら、キュラスを落とす。
「一つ言いたいことがある。耳かっぽじってよく聞きやがれ」
そしてキュラスを踏みつけながら、エリカが問いた。
「お前はあいつらの悪行を知りながら止めなかった。しかもそれはお前の意思だった。たとえあいつらが人を殺そうとも、たとえあいつらが女を強姦してもお前はあいつらをクビにすることなく雇い続けていた。ここまで間違いはないな?イエスかノーで答えろ。それ以外の返答は許さん」
「ばっ、な、何を言っ」
「許さん」
キュラスが反撃しようとすると、エリカはキュラスの頭を掴んで壁にめり込ませる。
そしてたっぷり時間をかけたところで、キュラスの頭を引いた。
エリカからの視点じゃわからないが、今頃顔はもっと酷くなっているであろう。関係ないが。
キュラスは掠れ声でエリカの質問に応じる。
「い、いべず……でず……」
「よーし。それは本当だな?嘘は言ってないな?言った場合てめぇを病院送りにする」
その言葉が本当だということを証明するために、キュラスの頭を掴む手をさらに強めた。
しっかりとこの言葉が本当だと実感したキュラスは慌てふためくが、その前にエリカは力を緩め、続ける。
「さて第二の質問だが、あいつらがやっていることは全員が知っているのか?」
「の、のー……」
「そうかそうか。家族は?」
「しら、だい……」
「よーしよし。というわけでここで一つ提案です」
その提案を口にしたエリカの顔は、まるで今正に命を強引に奪おうとしている死神の如く、凶悪な顔をしていた。
そのオーラが顔を見ていないキュラスにも伝わったのか、ビクリと肩を震わせる。
エリカは非常に楽しそうに笑いながら、チラリと横に目線を寄越して喋り出す。
「お前が今までの騎士の行いを認め、あいつらを罰し、そしてお前の家族に今までのことを報告すればお前の勝ち。逆にあいつらの行いを知っていながらも罰せず、俺達を殺すと俺達の勝ち。さぁ好きな方を選べ。しかし前者がお前の勝ちだっていうのは確定だ。なら、迷うこともないよなぁ?」
エリカはーーーー賭けに出た。
しかも、二つとも勝利条件を提示して。
罪を認めればキュラスの勝ち。
罪を認めても抗うのならエリカ達の勝ち。
こんな選択肢、誰から見てもどちらを選ぶのかなど明白だった。
(……私が、既に勝っている状況を作り出しただと?)
しかしキュラスは動揺していた。
黙っていれば、彼らの勝利だったはずだ。このままキュラスを潰せば、間違いなく彼らの勝利のはずだ。
しかし彼女はわざわざキュラスが勝つ可能性を暴露し、しかもその選択肢をキュラスに投げかけている。
ーーーーここは素直に前者を選ぶか?
いや、もしかしたら自分の考えを見越して、前者を選ばそうとしているのかもしれない。
ーーーーなら後者を選ぶ?
そもそも何故後者が彼らの勝ちかわからない。
もし後者だったら、彼らは間違いなく命を絶っている。それなら彼らの負けは確実で、自分は見つかったら邪魔者を排除していたと最悪言えばいい。どうせここに来るのは見張りの騎士だけなんだ。脅して口止めをすればーーーー自分の勝ちだ。
そうだ。そもそもこんな提案乗らなくていい。
どうせどちらを選んでも自分の勝ちなんだ。こいつらの勝ちなど、今考えて有り得ない。
こんなにも有利な状況なのに、わざわざ負けを認めるような行動をとってどうする。
ーーー惨めだ。惨めすぎる!
なら好きなだけ、抗ってやろうではないか!
「……ははは!私が貴様の提案など受けると思ったか!?わざわざ私が勝利する場を作ってくれたこと、感謝しよう!」
キュラスは高笑いし、言葉を並べ始める。
「そもそも私は何もしていないのに、今までのことを報告しろだと?まるで私が直々に命令したようなものではないか!それに私はあいつらのことなど興味すら湧かない!何故あいつらの肩を持つようなことをしなくてはならない!?そもそもあいつらが全て悪いんだ。あいつらが全て、欲望を行動に移したのだから、私は悪くない!」
「ほぉお?つまり、お前はこの騒動には全くの無関係で、自分が従えている騎士の罰を受けることなど有り得ないと?」
「ハッ、そうだ。そもそも何故貴様は私に有利な状況を作り出した?まさかわざとではあるまい!どうせ私が前者を選んだら、私が負けなのだろう!?そうだろうなぁ!今までのことが父上や母上に知られたら、私は即刻王という位から落とされてしまうからなぁ!貴様達にとっては好都合だろう!?だが残念だったな。これが私だ。これが私の考えだ!易々と貴様達にのる私ではないんだよ!クズはクズらしく働いて、反逆者は黙ってゴミと化せばいいのだ!」
勝った。キュラスはもう勝利を確信していた。
全てバレなければ、何も無い日常を繰り返されることが出来るんだ。
だから早くこいつらを始末して、また普通の日常を送ればいい!
だがここまで自分に迷惑をかけた騎士達には後で罰しよう。こいつらと一緒に実験材料にーーーーーー。
「ーーーーあーあ。自分から墓穴を掘りやがったよ」
キュラスが余裕の笑みを浮かべた時、エリカが非常に冷めた声で言った。
キュラスの息が、一瞬だけ途絶える。
何故だ。自分の勝ちは確定したはずだ。
なのに、何故ーーーー体が、動かない?
エリカの頭を掴む手が、密かに強まる。
「まず一つ。そもそもお前が命令したとかそういうのは関係ねえんだよ。普通に騎士がいけないことをした。止められなかったって演技をすれば済む話だ。まぁこれはあまりオススメしないが、何も俺はお前が命令して騎士が動いてるって告発したい訳じゃない」
ーーーー二つ目。
「まず騎士に肩を持つ必要なんてない。王らしくきっぱりと首を切れば済む話。わざわざ話を広げることではない」
ーーーー三つ目。
「俺は騎士の罪を被れと言ってはいない。なのにお前はその気で反論した。なんでそんな焦ることを言った?別に落ち着いて考えれば済む話だろ?」
ーーーー四つ目。いや、これが最後かもな。
「なぁ王様よぉーーーーー周り、ちゃんと見たか?」
「え?…………ぁ」
キュラスは言われた通り、目線で部屋の周りを確認した。というか、エリカが持ち上げてわざわざ部屋を見せた。
今の広間の状態は、大きなヒビや亀裂がいくつもあって、いつ壊れても仕方がない状態である。
どこもかしこも煙が上がり、正直言って実験と済まされるようなことでは収拾がつかない程に酷い有様だった。
その部屋の有様を見てーーーーキュラスは気づく。
そしてそのキュラスの確信をつくかのように、エリカは笑いながら答え合わせをした。
「あのなぁ。こんなに暴れといて気のせいかっていうレベルじゃないんだよ。この部屋の有り様を見るとな?だからたとえ騎士じゃなくても、嫌でも家族が起きて様子を見てくるだろ?」
「…………ぇ、ぁ、待て」
「あ、そういえばお前最後にこう言ってたよな。『クズはクズらしく働いて、反逆者はゴミと化せばいい』って。それって魔法を持ってないヤツら全員に言ってるの?わはぁ鬼畜すぎんなぁ!」
「待ってくれ」
「それを家族に聞かれたらお前どんな反応する?てか、お前なんで認めないようなことしたの?」
「待ってくれ!!」
「…………素直に認めていれば、お前の『罪が軽くなった』だろうに」
「……どういうことだ?兄さん」
扉の隙間から覗かせる、いつも見覚えのある姿。
いつも顔を合わせて、いつも駄弁ってて、唯一の家族。
その彼が、こちらをとても冷たい目で見つめ、まるで絶対零度でも浴びせられるかのように恐怖を感じた。
エリカが手を離しても、キュラスの視線は一向に動かない。
栗色頭の青年はキュラスの前に歩み寄り、そして膝をついた。
目線を上に上げたキュラスが見たのは、まるで天使の笑みを浮かべている家族の姿だ。
キュラスはホッとしたーーーーのも束の間。
その天使の笑みはたちまち無表情となり、まるで汚物でも見るかのような目に早変わりした。
「兄さん」
いつも聞いている声が、恐ろしい。
キュラスはガクガクと体を震えさせながら、唯一の家族の言葉に耳を傾けた。
「全部、説明してくれるよな?」
「俺達の勝ちだな。王様?」
長かったかのような短かったかのような、とにかく第一章のバトルパートは終了しました。
淡々と平静に自分が勝つ方程式を並べるエリカの言葉を考えるのが楽しいです。
ちなみにどっちにしてもエリカ達が勝っていました。だってどっちにしたってキュラスは罰を受けることになるんですから、どっちを選んでも結果は同じでしょう。逆に後者選んだらもっと重い罰が下されていたでしょう。……そう考えると、キュラスの行動は正しい?
まぁそれは置いといて……次回は反省会です。また次回も会えることを願っています。
【お詫び】
前話に話を追加したことを許してください。あまりにも始め方が変になり、前話の最後にした方がよくなったので、このようにさせていただきました。
もし前書きを読まずにいる方、話が読めなくて混乱している方は、前話を見てからもう一度読むことを勧めます。




