情熱の愉悦、口先だけの懺悔
純心は、情熱と交じり合う。
駆ける。
駆ける。
駆け抜ける。
夜が明ける前に。
騒ぎになる前に。
彼女が痛い目に遭わないように。
速く、速く。
もっと速く。
駆けろ、全身全霊を持って。
この身を焦がしてでも。
純白のローブを汚してでも。
「うおあああああああああッッ!!」
彼は、ミソラは自分を奮い立たせる為に叫ぶ。
叫んで、自分が今すべきことを全てに焼き付けて。
彼は駆ける。
今も戦っている家族達に。
そして今、何をしているのかわからない彼女に会いに行く。
胸騒ぎがするのは錯覚でいてほしかった。
彼女が痛い目を見るなど、ミソラが望んでいるものではない。
(待ってて……エリカさん……ッ!!)
脅された訳でもない。
誰かに言われただけでもない。
しかし、彼は。
彼は本能で、彼女の元へ行くーーーーー。
■
街に入った瞬間、ミソラは魔法を解く。
そして月光によって照らされている淡い城下町を、駆け出した。
(エリカさんはまだ城……!)
恐らくは、この国の王に会っているはずだ。
もしこの国の王が聞き分けがよければ、事は安全に進む。
しかし、もし聞き分けの悪い奴だったらーーーーー。
(クッソ!!)
体力が削られる中、ミソラは全速力で城へ駆け出す。
城の門番が見え始め、ミソラは一瞬神経を集中し。
「【DEEP】!」
唱える。
門番と城を範囲としたミソラは、僅かな数秒で動いている門番を通り過ぎ、扉を開けた。
出た時とは変わらない、一階の大広間。
唯一変わっているとすれば、出た時に見た兵の位置が違っている事だ。
(怪しいところは……)
あれから王の所に向かったというのならば、一階にいることはまずない。
ミソラは朝に書いた見取り図を思い出す。
一階には王と思える部屋はなかった。
二階も名前がなくとも、王がいると思う部屋はない。
なら一番怪しいのはーーーー。
(三階の巨大な門!!)
行き先は決まった。
三階の巨大な門ーーーとてつもなく怪しいと踏んでいた場所。
目的が決まった瞬間、ミソラは階段を駆け上がる。
体力が直ぐに消耗しないよう二段飛びで素早く駆け上がり、二階へ到達した。
そしてミソラは、全ての部屋を一切見ることなく、三階へ続く階段へ向かう。
「まだ、行けるーーーッ!!」
三階へ続く階段の手すりを飛び越え、駆け上がる。
もうミソラは、彼女を助けることしか考えていない。
何故助けることなのだろうか。もしかしたら和気藹々と対談しているかもしれないのに。
しかしミソラは、それが信じられなかった。
これは、この危機感はーーーミソラの『勘』だ。
この気持ち悪い感じは、ミソラが最も嫌がっている胸騒ぎ。
腕が震える。
階段を駆ける足が、石化したかのように重い。
体力も、どんどん削られていく。
「……ハァッ……ハァッ……」
ミソラは、今朝見た巨大な門の前に立った。いや、正確には巨大な扉だ。
その扉の前でミソラは胸に手を起き、深く深呼吸する。
「ぶっ、ゴホッゲホッ!?」
深く吸いすぎて噎せてしまい、少し苦しくなった。
今度はちゃんと深呼吸して、汗も拭う。
泥だらけのローブのフードを被り、ミソラは足に力を込めるために一発、パァン!と強く叩いた。
「ーーーーーよしっ!」
そしてミソラは意を決して、巨大な扉の先へと入っていったーーーーーー。
■
「ヒュー……ヒュー……」
ちゃんとした呼吸も出来ず、目も真っ赤に充血し、視界が定まらない。
(……ああ、死ぬな。これ)
エリカはグッタリと、月花に縛られながら呆然と思った。
こんな長く続く苦痛など初めてだった。
あの時は電車で一瞬で潰れたから、そんなに苦痛はなかった。
しかし今、自分はあること以外何もそれていない。何かされているとすれば、こうやって縛られていることと、力を吸い取られているだけだ。
それが奴の戦い方なのだろう。敵の力を吸い取って干からびさせることで、自分は汚い血を浴びずに済む。潔癖症が考えそうなことだ。
本当に、美しさに囚われすぎて汚くなった王だ。反吐が出る。
(……やっぱ死ぬんか、俺)
思考する余裕が出てきた。
もう彼女は、もうすぐ死ぬということしか考えていない。
このまま何時間も縛られて、ゆっくりと消えていき、最後はこの花の一部となるであろう。
(……あれ?)
しかし、ふとエリカは考えを改める。
そうだ、自分は死ぬのだ。この花の光に焼かれて。
そう、死ぬのだ。
しかし死ぬとしたら、もしかしたら。
(ーーーー死んだら、弟に会える?)
自分と一緒に死んだ弟は、自分とは違い天国にいる。
最初はこの世界の親に迷惑をかけたくないだとか、どうせならかっこよく死にたいとか、色々な言い訳を考えてきて、そして自分に言い聞かせてきた。
でも今は?
こんなにも長い時間をかけて、じっくりと焼かれて死んでいく。
自分にはお似合いの末路ではないのか?
(……もしかしたら、これは弟の恨みかもな)
この業火は、自分が転生しないことに憤怒した弟の恨み。
そして自分を引き摺り込んで、また一緒にいることを望んでいるのかもしれない。
弟も、自分も。
(……ああ、それなら何とも嬉しい限りだ)
それだったら天国だったのに。
それが間違いだというのは、頭では理解しているのに。
それが、本当ならと信じている自分もいる。
自分はここで、死ぬ。
天使の音色と、そして自分を包み込む地獄の月花に包まれて。
(……ミソラ達は脱出したんだろうなぁ)
エリカは、別れ際の彼らを思い出す。
ミソラの魔法が解けた時は、既に皆脱出していると願いたい。
モンスターにも、出来れば襲われないでほしい。
それが彼女の願い。
そして彼女の、足掻き。
(……恩返しって言ったのに、全然恩を返せてねえ)
次に彼女は、ミソラの姉のキキョウを思い浮かべる。
無理矢理彼女の言葉を遮るかのように家を出た。一人で行く気だったのに、ミソラが念入りに準備をしながら駆けつけてきた。
もし生きて二人でキキョウの元へ帰ったら、どれ位怒られるのであろうか。少なくとも拳骨一発は免れないであろう。
色々思い浮かぶ、数々の情景。
今の今世。前の前世。
その全てが、彼女の目に焼き付けられる。
今世は短い人生だった。
しかし、これでもう悔いはないであろう。
王を改正させることは出来なかったが、後は彼らに任せるしかない。
もう痛覚もなくなり、痛みも通じなくなる。
(ーーーー今行く、弟よ)
だから、待っていてくれ。
■
「…………………………………………」
「…………………………………………」
(…………………………………………)
「…………………………………………」
(…………………………………………)
ーーーー何故、女性が泡を噴きながら倒れているんだ……?
部屋に入ったミソラがまず思ったのは、不可解な状況のことだった。
意を決して部屋に入ったのはいい。そして部屋に入れば、乱闘は避けられないであろうと思った。
だからミソラは身構えていたし、いつでも魔法を発動させれるように用心していた。
しかし、ツインテールの女性が泡を噴きながら無様に倒れる姿を見ては、今まで構えていた自分も興醒めとしてしまう。
一先ず、この人をどうしようか。とミソラは魔法を解きながら考え始めた……このままの体勢ではさすがに可哀想だ。
少し考えた末、ミソラは彼女を柱の方へ連れていく。そこに彼女をもたれかけさせた。
「……取り敢えず、これでいいですかね……」
本当は寝かせた方が良さそうだが、さすがにこの空間に一人で寝かせるのは気が引ける。
態勢は少しキツイだろうが耐えてくれと、ミソラは心の中で彼女に願った。
さて、とミソラは立ち上がり、レッドカーペットに続く巨大な扉を見据える。
恐らく、あの先にいる。
直感的にそう考え出したミソラは、一度ジャンプをして、歩き出した。
もうすぐ、会える。
その一心を背負って。
彼女を助けるために、彼は笑う。
「…………【この身を捧げましょう】」
その声を、聞くまでは。
「ーーーーッ!?」
「【王の名の元に】!!」
背後から襲ってきた氷の矢を、ミソラは辛うじて躱した。
靴の踵を強く擦り付けて体を留めさせ、攻撃が来た方向を見据える。
攻撃が来た方向には、あの泡を噴いていた女性が寝かせられているはずだった。
しかし今そこにあの女性はいない。そしてその女性が、何処かにいるというのも気配で察知している。
だが、先程まで明るかった部屋がいきなり暗くなったことにより、何処に彼女がいるのか目視出来なかった。
「ッ……暗すぎる」
ミソラは何とか目を凝らそうと前のめりになる。
ここであまり魔法を消耗したくはない。今は魔法は切っているので、敵も楽々と動ける。
出来れば早く決着をつけたいミソラは、深追いはせずにただ待つ。
「許さない許さない許さない!!この僕が、あんな醜態を晒すなど……!あってはならないのに!」
右斜めからその怒声が聞こえる。
「絶対に殺してやる!今度は遊んでやるものか!じっくり嬲り殺して凍らして生きたオブジェにしてやる!凍えた世界で身も心も凍結すればいいんだ!」
今度は左斜めから。
「なぁそこの君ィ!?僕のリハビリに付き合ってくれよ。僕は今イライラしててしょうがないんだ!!」
そして、後ろから。
「【月前で私は願う!我が王の願いが、私を動かす糧となる!】」
ーーーー詠唱が、始まった。
「ッ!?【DEEP】!」
その詠唱が聞こえた瞬間、ミソラは魔法を発動させた。
ミソラの魔法が発動されたことで、女性の動きは遅くなり、止まったような動きとなる。
(うっ……体力が……ッ!)
しかし、先程までのアングルネークとの戦いで体力を消耗した挙句、その体力はまだ完全に回復されていない。
それにここに来るまでに、この城全部を範囲として魔法を発動させたのだから、体力の消耗も激しい。
(くっそ……!使うところを見極めれば……!)
ミソラの魔法は直ぐに解かれる。
女性はそれに笑みを隠しきれず、意気揚々と詠唱を続け始めた。
「【加護ある月の光よ!全てを凍り尽くす氷の神よ!今私の手の中に!】」
「くそッ!」
ミソラは魔法で止めることを止め、魔法で砕くことを優先した。
しかし暗闇の中では、彼女の正体は掴めない。
「ッ!」
だからミソラは、『窓』の方へと駆けた。
目の前に彼女がいるのかもわからない。
しかし、実行しなければ意味がない。
僅かな淡い光で窓の形として保っている窓に辿り着いたミソラは、魔力を手の内に溜め込む。
「【CRASH】!」
それと共に、砕け散る硝子。
窓は魔法の衝撃によって二つ程割れ、月の光が差し込んできた。
そしてーーーーー女性の姿も、月の光によって照らされる。
しかし。
「【月光蝶に乗せろ!霰の雨を!その姿をレイピアに変え、邪気あるものを浄化させよう!】」
もう彼女の詠唱は、終盤へと差し掛かっていた。
「間に合わない……ッ!?」
ミソラは最悪の事態を予想し、防御の体制に入る。
そして
「【あなたに情熱の感動を!】」
女性の魔法が、発動された。
女性の頭上にへと集まった氷の矢は分裂して、その姿を『レイピア』へと変える。
そしてーーーー数多の氷のレイピアが、降り注いだ。
「ぐっ……!」
頭上から降り出したレイピアの雨に、ミソラは苦戦しながらも躱し続ける。
しかし、一本のレイピアが彼の腕を掠った途端、たちまち数あるレイピアが彼の体を掠める。
「ッ……!」
痛みに顔を歪めた彼は、そこで足を止めてしまった。
顔を庇い、ただ腕と足を傷つける我慢勝負。
そんなミソラの姿を見てーーーー彼女は、笑っていた。
酷く笑顔を歪めて、その目を狂気に歪めて、そして嘲笑っていた。
彼女は一本の氷のレイピアを手に持つ。
「くふふふふふふふ。ああ、ゾクゾクするよ!君がそんな姿をしている姿が!ああ、哀れで滑稽で、本当に自分のイライラが胸から落ちていく!憎き相手を思い浮かべて攻撃すると楽しくなるって、本当だったんだ!アハッ、娯楽、娯楽過ぎるよ!」
レイピアの雨は、一時的に止む。
ポタリ、ポタリとミソラの体から血が流れ落ち、ミソラは微動だにもしなかった。
ミソラの姿にまた酷く、口を裂けるかのように笑う彼女は、レイピアの矛先をミソラの喉元へ突きつける。
「ひひっ、ひひひひひっ!!さぁ、君もじっっっっくりと中まで凍らせて、僕のオブジェにしてあげるからねぇ?あ、寂しがらなくていいよ?あいつも一緒に凍らせて、隣に置いてあげるからねぇ。僕ってやっさしー!」
ピクリッ、とミソラの体が動いた。
しかし女性はミソラの僅かな様子に気付かず、ただ嘲笑する。
女性は、エリカを氷漬けにすることしか考えていない。ミソラはそのおまけ対象として見ているのだ。
別にこいつなんていらないが、念のためにやっておこう。そんな楽観的な思考を持っての事だった。
それとは別に王キュラスの敵になるかもしれないという排除の意味もあったが、今の彼女にとって、それはどうでもいいこと。
早くこれをオブジェにして、あの子もオブジェにしなきゃ。
酷く美しく、鮮明に飾られる二人のオブジェを想像する女性に。
「…………んて、いった?」
今まで微動だにしなかったミソラの声が、女性に届く。
女性は「あぁ?」と挑発の意味も込め聞き返したが、少し考えた末、ミソラの言いたいことを理解し、愉快に話し始めた。
「だぁかぁらぁ!あなたとあいつを凍らせて美しいオブジェを作ってやるって言ってんだよ!せっかくいい気分だったのにさぁ!不快な気分にされないでくれないか?あーもうイライラする!早くあいつを氷漬けにしたいのに!」
腕が怒りで震えていることを示した彼女は、そのレイピアを横にへと振る。
そして、それを体ごと捻って、ミソラの喉元へと薙ぎ払うかのように振った。
「というわけで、死ね」
酷く冷たい声。
それだけで、周りが凍ったかのように感じる。
女性の腕は止まらない。
そのまま、ミソラの喉をーーーーー。
「…………エリカさんを、氷のオブジェにするだって?」
女性のレイピアがミソラの喉元を切り裂こうとしたその直前。
ミソラは、そのレイピアの剣身を手で受け止めた。
「んっ……!?」
受け止められたことに驚愕した女性は、ミソラの手からレイピアを逃れさせようとする。
しかしガッチリと掴んでいるミソラの手は、動きどころか、音も一切立てれなかった。
「くそ、離せ!!」
レイピアが使い物にならなくなったことを理解すると、今度は拳を作ってミソラの顔面を殴る。
これで怯めば。と考えていた女性だが、ミソラは殴られてもその力を緩めない。
「ひぃ……!」
小さな悲鳴を上げた女性は、またミソラの顔面を殴る。
しかし先程よりも威力が弱くなり、大したダメージを送っていないのが目に見えていた。
もう、女性の暴力でミソラは顔をピクリとも動かさない。
「何なんだよ!お前ら!なんで痛がらない!?なんで動かない!?なんで、怖がらないんだよォオオオオオオ!!」
ついに泣き叫んだ女性は、渾身の一撃をミソラに浴びせようと振りかぶった。
その直前、女性の目の前に今まで無かった手が、出される。
その掌に徐々に魔力が集まっているのもわかるし、その魔力が大きくなっていくのも、感じている。
この間、僅か一秒。
「【CRASH】」
この時、女性の顔面に、小さな衝撃波が襲いかかった。
顔を焼き焦がし、もはや泡を噴くことも出来ない彼女は、その場でドサリと倒れる。
辛うじて指だけはピクピクと動いているが、それだけでは立つことも出来ないのは明白だった。
「……女性にこんな仕打ちをする僕を、どうか許してください」
ミソラは懺悔した。
掴んだレイピアをその場で放り捨てる。レイピアは甲高い音を立てて、氷の粒となって消滅した。
「でも、残念ながら僕にも欠点があるんです」
たとえ懺悔しても、今やったことに後悔はない。
口先だけの懺悔は、もう終わった。
ミソラは女性を抱き上げ、柱へもたれかけさせる。
そして女性の髪を少しだけ整えて、脱げたフードを被った。
「僕、手加減が出来ないんですよね」
そう、哀れみの言葉を残して。
そして、彼は王の元へ歩き出す。
二回目カズラちゃんは正直言うと考えていませんでした。
しかしこのままキュラスのところに行くとなんか呆気ないなと思い、ここで一戦交えさせました。
バトル描写はまだ未熟です。もっと皆様に緊迫感躍動感溢れるバトルを、皆様に魅せたいです。
感想、評価お待ちしています。




