愛しい人達の想いを乗せて
純心は、その身を焦がしても彼女の元へ。
「何だ、あの嬢ちゃん……」
村人達は、突如現れた女性に戸惑いを隠せなかった。
しかも、あの守り神を一瞬でも怯ませた。
彼らにとっては、彼女が誰だかわからなかった。しかし、これだけは確信できた。
彼女は、自分達を救ってくれる救世主ーーーーということを。
「……キ、キョウ」
そして彼女を愛おしく見つめる彼は、静かに涙を流した。
「ゲホッ、ねえ、さん?」
ミソラは薔薇に支えられながら、キキョウの元へ歩み寄った。
いつもとは雰囲気が違う姉に、ミソラも戸惑いが隠せない。
キキョウは長い金髪を掻き上げ、そしてその青眼をミソラに向けた。
「……ミソラ。あなた、今自分がやったことはわかってるでしょうね?」
「……え?」
「私の心配を蹴って、私に何も言わずにエリカちゃんを追って、"心配"になって準備を万全に進めて森の中に入り、やっと森を抜けると思ったら、あんたが血だらけであのモンスターに締め上げられていた……私の言いたいこと、わかるわよね?」
「………………」
「あなたのあの姿を見て、寿命が縮んだわ……ーーーー後でエリカちゃんも一緒にこっ酷く叱ってあげるから、覚悟しといて」
「……はい」
もうミソラはそう返事することしか出来ない。
ミソラの返事を聞き、キキョウはミソラを薔薇に任せて、自分は大蛇ーーー『樹海の守り神』アングルネークと対峙する。
『ガァアアアアアアアアア!!!』
攻撃を当てられたアングルネークは、キキョウを威嚇する。
その尻尾を何度も叩きつけ、小さな衝撃波をキキョウに浴びせ続ける。
しかし、キキョウはそんな衝撃波には臆せず。
「ーーーーー【一度、二度、三度の真実の終わりは、妾の思想に反する】」
詠唱を、始めた。
「【思想するは緑花。草霞む勁草の魂は、如何なる力にも折れることなどない】」
この攻撃が無意味だと気づいたアングルネークは、次はその尻尾を横に薙ぎ払う。
それをキキョウは跳躍し、尻尾に手を置けるほどまで上昇する。
「【唱え、妾の自然の刃よ。この指に止まれ、源よ。さぁ、緑花よ、巻き付け!締め上げろ!握り潰せ!生命を吸い取れ!】」
「【そして、良き眠りへ】」
キキョウを中心に、地面からバゴォン!と緑色の二本の巨大な根っこが出てくる。
その巨大な根っこは、地面を抉りながらアングルネークの方へ向かっていった。
『ガッ、アッ!?』
巨大な根っこはアングルネークに巻き付く。
アングルネークの姿を全て覆い隠す勢いで、二本の巨大な根っこは交互に巻き付いていく。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!?』
大蛇の悲鳴が轟く。
先程のミソラと同じような状態になった大蛇は、痛みと呼吸が出来ない苦しみに悶え苦しみ、尻尾を振る力も無くなってきている。
巨大な根っこが、緑色に淡く光る。
『グギャッ』
アングルネークが血反吐を吐いた。
それは巨大な根っこにかかったが、その血はたちまち巨大な根っこに吸収される。
「苦しいの?あなたがやったことをお返ししているだけよ?言うなれば自業自得」
それを、キキョウは嘲笑っていた。
何故なら、あの状態を先程ミソラが受けていたからだ。
そのせいでミソラは血だらけになり、体がズタボロになっている。
自分の弟が、あんな状態になっていて冷静でいられるはずがない。
現に今、キキョウはあの大蛇を殺すことしか考えていなかった。
同じ苦しみを。
同じ体験を。
同じ悪夢を。
そして、ジワジワと生命を吸い取って、尻尾から頭まで締め上げて、ジックリと綺麗に殺してやるのだ。
それがキキョウのやり方であり、弟の敵だった。
「…………」
キキョウは背後にいるミソラを見る。
ミソラは淡い緑色の光に包まれており、傷だらけのところは徐々に回復している。
これがキキョウの二つ目の魔法【そして、良き眠りへ】。
敵の生命力を奪って、誰かにその生命力を与える魔法。
しかしそれには、それを受け継いでくれる植物が必要となる。
なのでキキョウは最初の魔法で薔薇を咲かせ、その薔薇にミソラを支えさせることで、安全に確実にミソラに生命力を送ることが可能となる。
後は、この大蛇を殺すだけだ。
「ふふっ、仕上げに入りましょう」
キキョウが魔法の威力を上げようとした。
その時だった。
「ーーー待って姉さん!!」
背後にいるミソラの声が、投げかけられた。
その声によってキキョウの手は止まり、クルリとミソラの方を向く。
ミソラの傷は、ほぼ完治と言ってもいい。あの大蛇の生命力は素晴らしいものだ。このまま続ければ、体力も疲労も、全てが回復するであろう。
なのに、何故。
「魔法を、止めて!!」
お前は、焦っている?
「何言ってんの?ここであの大蛇を仕留めないと……」
「周りを見てよ、姉さん!!」
魔法を止める理由が察せなかったキキョウは疑問を投げかけるが、それを遮ってミソラは叫んだ。
腑に落ちない顔で、とりあえずキキョウはミソラの言う事を聞き、辺りを見渡す。
「ーーーーは?」
そして、絶句した。
キキョウは呆然とその全貌を見て、村人達は「やばい!」「死んでしまう!」と狼狽えている。
キキョウやミソラ、そして村人達に映った光景はーーーーーー『徐々に枯れていく森』だった。
まるで石のように枯れていく森は、先程までの美しさが存在していないかのように、醜く酷い有り様だった。
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』
『ーーーーーーー』
アングルネークの叫びが木霊し、その悲鳴で森が反応する。
オーロラのように輝いた森は、また一枚一枚、いや全てが枯れ始め、萎れていく。
まずい、とキキョウの脳が危険信号を轟かせた。
このまま生命力を吸い取っていたら、アングルネークはともかく、この森が全て枯れてしまう。
「くそっ!!」
キキョウは仕方なく魔法を止めた。
生命力を吸い取っていた二本の巨大な根っこは地面に戻っていき、縛られていたものがなくなったアングルネークは、轟音を立てて倒れ伏せる。
倒れた衝撃に堪えるキキョウは、まだ疲労が滲み出ているミソラに駆け寄った。
「どういうこと!?何で森が枯れているの!?」
「…………たぶん、アングルネークと森が共鳴していたからかもしれない」
「……共鳴?」
ミソラは肯定し、気絶しているアングルネークと枯れたままの森を見上げた。
「つまり、繋がってたんだよ。アングルネークの命と、この森の命が」
「………………まじかぁ」
それを聞いた途端、キキョウは諦めた顔をする。
冷静に考えてみれば、こんな大蛇が日々活動しているはずがない。日々活動していたら、村の皆が気づいて大騒ぎになるであろう。
ならこの大蛇は、何かの役目を背負っているモンスター。つまり守り神の位置と考えた方が納得がいきそうだ。
その守り神が守っている森が、守り神が死にそうにつれ死んでいくのは、森が守り神の生命力を持って生きているから。
だから生命力を補う、いわば心臓が弱っていけば、森も同時に死んでいく。
つまり、森の心臓部は守り神というわけだ。
その守り神を殺そうとしたのだから、森が死んでいくのも無理はない。何故なら、今の森は心臓が今尚切り裂かれているみたいなことになっているのだから。
「……でも、この大蛇はあんたやあの人達を襲っていたのよ?守り神って、こんなに身勝手なやつだったの?」
キキョウはアングルネークを睨んでそう言った。
確かに、とミソラは言葉に詰まる。
アングルネークーーー樹海の守り神についてはそんなに知識はない。村に伝えられていることとすれば、『森を守る神秘のモンスター』と讃えられていることだけだ。
モンスターが嫌われていても、全てのモンスターが嫌われているわけでない。アングルネークみたいな存在や、ペットとして育てることが出来る良好なモンスターも存在し、そのモンスター達は人々に愛されている。
そしてアングルネークは、森に何かあった時にしか動かないはずだ。何故なら今の時期は、アングルネークは深い眠りについているはずなのだから。
だから今の時期でこうやって起きているということは、森に何かあったに違いないと考えるしかない。
しかし何があった?
残念ながら、ミソラには全然心当たりがなかった。
それはキキョウも同じで、ミソラと同じように首を捻っている。
アングルネークは何故襲ってきた。
森に何があった。
そして何故、このタイミングで目覚めるのか。
この三つ全てが繋がっているにせよ、謎は明かされない。
「……とりあえず、この大蛇が気絶してる今がチャンスね。ミソラ、あんたはあの人達を村まで連れていって」
「……え?」
「なんて顔してるのよ。あの人達、村の人達でしょ?」
キキョウはアングルネークと森について考えることを放棄し、村人達を村へ帰すことを優先した。
ミソラ達は、王族に連れ去られた村人達を助けると言って出ていったのだから、あの人達が村人達と思うのは当然のことであろう。
しかしミソラはキキョウに言われたことに対して戸惑い、下を向いた。
「……姉さんは?」
振り絞って出した声は、とても震えていた。
キキョウは溜息を吐いて、ミソラの問いに答える。
「クレマチス王国に行くわ。この場にエリカちゃんがいないとなると、まだ王国か、それとも外にいる可能性が高い」
「ーーーーー」
「あんたはまだ体力が回復してないんだから、あの人達と一緒に村に帰りなさい」
放り出していたリュックを背負って、キキョウは歩き出す。
遠くなる。
足音が、響く。
このまま、彼女は王国に向かう。
そしてそこには、彼女もいる。
今、彼女はどうしているのだろうか。
ちゃんと王には会えたのだろうか。
酷い目に遭っていないだろうか。
ちゃんと王国から出ているのか。
辻褄が合わない言葉が、次々と出てくる。
ミソラは静かに拳を握りしめた。
貴重な体力を少しだけ使って、ミソラは。
「ーーーーって」
薔薇に支えられながらも、前のめりになって。
「ーーーー待って!!」
惨めに、叫ぶ。
キキョウは足を止め、ミソラの方を振り返った。
ミソラは一回叫んだだけなのに、ゼェ、ハァと息を整えようとしている。
そして汗が湧き出る中、ミソラは疲労しきった顔で。
「……待って、姉さんッ」
もう一度、小さく叫ぶ。
「……何?」
キキョウは必死なミソラの姿を見て、話を聞く体勢となった。
こちらに地道に近づいている村人達も、歩きながらミソラとキキョウの対話を聞く。
そして、ミソラは。
喉を枯れさせながらも、足が震えていても、言いたいことがあった。
いや、どうしてもこれは、自分がやらなければならなかった。
「ーーーーエリカ、さんは」
ーーー「僕が、連れてき、ます」
彼女を、救うのは。
■
「……………………………………はぁ?」
素っ頓狂な声を上げたキキョウの心境は、ハッキリ言って意味がわからなかった。
この決断は、ミソラの為にしたものだ。
今のミソラは魔法を使う体力は十分にある。しかしここからクレマチス王国に行くには、数々のモンスターと出会わなければならない。今が夜だとしても、もし夜に活動するモンスターと出会ったら、ミソラは直ぐにお陀仏だ。
そんなミソラの為に、村へ帰れるための生命力を与え、魔法を使えるようにしたのに。
何故、ミソラは自分の代わりに国に行くという戯言を抜かしている?
「……あのねぇミソラ。何で私が行くのかわかってる?あんたの事を思って言ってるの。私の思いを無駄にする気?」
ヒクヒクと引きつった笑顔を浮かべながら、キキョウは言う。
「……そうなる、けど!エリカさんを迎えに行くのは、僕が、行かなきゃ!」
貴重な体力を削りながら、ミソラはキキョウに反抗した。
息も絶え絶えなのに。
尋常じゃない汗なのに。
何で、あなたは動く。
その意志はなんだ。
何故、そうまでして。
「…………イラッと来るわね」
キキョウの堪忍袋は、既にはち切れそうだった。
身勝手な理由で国に行こうとする弟に。
そして、国に残っている彼女に。
折角心配で追ったのに。
折角、二人を助けに行こうとしたのに。
「本当、イライラする」
「……姉さん、お願い……ッ!」
「うるさいわね」
キキョウはミソラの元まで歩み寄り、ミソラの髪を掴み、薔薇に向かって押し付ける。
息を吐き出すような声を出したミソラに、キキョウは瞳孔を開きながら言った。
「もう一回言うわよ。私はあんたやエリカちゃんを助ける為にここにいるの。だから私はここまで来た。それだけは理解しなさい。そして、あんたの体力は国までは持たない。そんな状態でエリカちゃんを連れてくるですって?無謀にも程があるわ。魔力切れでぶっ倒れる弟を見て、胸が痛まない姉なんているの?それに、モンスターだらけのこの大地であなたはエリカちゃんを連れて帰れる?村から国までは一日もかかるのに、体力を消耗しきっている二人で乗り越えられると思ってるの?はっきり言うわ。ーーーー今のあんたじゃ足でまといよ。ここは私の言う事を聞いて、素直に村に帰りなさい。あの人達を、守ってね」
「ーーーーー」
正論だった。
今のミソラは、キキョウにとっては足も立てない、ヨチヨチしか出来ない赤ん坊だ。
キキョウの足元にも縋りつくことすら出来ないし、追いかけるのも困難。
確かに、無謀だ。今の自分では。
「…………でも」
しかし。
「僕が行かなきゃ、意味が無いんだ……ッ!エリカさん、『信じてもらえなくなる』……ッ!」
ミソラはキッ、とキキョウを睨みつけ、振り絞ってそう言った。
そのミソラの言葉に、キキョウは目を見開く。
今までは、キキョウの言葉を優先して行動していたミソラ。
どんなに女性が大変なことになっても、自分は役に立たず、逆にキキョウが有利な場合は渋々キキョウに任せていたミソラ。
女性の安全を優先していたミソラが、今そのチャンスを自ら落とそうとしている。
ーーー何だ。
キキョウは狼狽えた。
いつもと違う、弟の姿に。
ーーー何で動いている。
彼女に、何か感じたのだろうか?
ここまでミソラが自分で動くのは珍しい。
ーーー彼女は、一体。
ミソラ、あなたは。
ーーー彼女に、何を求めている?
「行かせてやればいいじゃないか」
その時だった。
キキョウとミソラの間に、割って入った男性がそう言った。
「何を言っ……」とその男性に反抗しようとしたキキョウは、男性を見て言葉を失う。
「久しぶり、キキョウ。前より美しくなったね」
その男性はキキョウの頭を撫でて、微笑む。
キキョウは呆然としながらも、フルフルと震えながら男性の手を握り締めた。
「……コウ……ッ」
『コウ』と呼ばれた男性は、キキョウの手を握り返す。
その手は絶対に離さない。
一生、誰かが邪魔しようと。
そんな思いが伝わり、ミソラは薄々と二人の関係を察する。
いや、名前でもう確信した。
数年前、自分達の目の前で連れ去られた人達の、一人。
「……コウさん」
「やぁ。大きくなったな、ミソラくん」
コウはミソラの頭も撫で、また微笑んだ。
この人は、キキョウの大切な人。
連れていかれたこの人を思って、何日もキキョウは嘆き悲しんでいた。
連れ去られた全員を助けたんだ。その可能性だってあった。
しかし、驚くものは驚く。
コウはミソラの頭を撫で終えた後、キキョウの方を向く。
「キキョウ。君がどんなにミソラくんを大切に思っているのか、俺にはわかるよ」
「………………」
「これは俺の勝手な偏見だけどね、男は女性のことを深く考えると、冷静じゃいられなくなるんだよ。心配で心配で、今すぐ抱き締めたいくらいに」
「……!」
そう言った途端、コウはキキョウを強く抱きしめる。
その手は握ったまま、全てを包み込むように。
キキョウは目を見開きながらも、恐る恐るコウを抱き返した。
ずっと会いたかった。
連れ去られた時は、本当にいなくなったと実感し、そして受け入れられなかった。
やっと、やっと立ち直ったと思ったのに。
こんな風に抱き締められては、また泣いてしまうではないか。
ジワリ、とキキョウの瞳から涙が溢れる。
しかしキキョウはそれを見せまいと、コウの胸板に顔を擦り付けた。
それを愛おしそうに見つめ、キキョウ頭を撫でるコウは、息が整ってきたミソラの方へ向き直る。
「ミソラくん。君はそのエリカっていう子が、今大切なんだね」
「…………はい」
「俺は、止める気はないよ。クイーンを守るのは、ナイトの使命だからね……わかっていると思うけど、キキョウは君のことを思ってあんなキツい事を言ったんだ。それだけは、わかってほしい」
「…………コウさん」
『ありがとう』と、ミソラが言おうとした。
その時だった。
『フゥ、ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!』
穏やかになった空間を切り裂き、そいつは轟音の咆哮を放つ。
その咆哮は、今まで気絶していたアングルネークがーーーーー起き出したことを明確に示していた。
アングルネークの咆哮にキキョウはハッと、コウを庇うように前に出る。
ミソラは動向を開いて、アングルネークの方を呆然と見上げていた。
いくらなんでも、早すぎる。
あれだけの生命力を取られたのに、たったの数分で復活するなど、彼らにとってはありえなかった。
「……これは、まずいことになったね。アングルネークが話を聞いてくれれば良さそうだが……」
コウは苦渋の表情を浮かべ、キキョウの肩を抱く。
キキョウはコウの胸板に手を起きながら、履いているブーツーーーー魔法の靴を発動させる。
自身の魔力を注ぎ込むことで、場合によっては最高速度と攻撃力を誇ることができる魔法の靴。
ブーツは緑色に発光し、足元に小さなクレーターを作った。
「キ、キキョウ?一応言っておくが、アングルネークを殺すと森が……」
「分かってるわ。でも守り神なのだから、話は通じるでしょ?」
「いやそれはわかんないけど……」
「やってみるっきゃないわよ!」
「ああ力任せは変わってない!でもそこが可愛い!という訳で皆逃げてぇ!」
「へ?ーーーーーーどぅわああああああああああああああッッ!?」
アングルネークが攻撃を仕掛ける前に、キキョウの回し蹴りが炸裂する。
最高出力で蹴った力は、先程とは比べ物にならない……言うなれば、先程のバトルより攻撃力が上がっている。
そしてその攻撃をまともに受けたアングルネークは、尻尾を突き立てることで倒れることを阻止する。
しかし、その突き刺すところに村人が少なからずいたが、間一髪避けたことで怪我人は誰もいなかった。
「あーもう!この蛇!さっさと寝ちゃってよ!」
キキョウは愚痴を言いながら、アングルネークに次の攻撃を仕掛けようとした。
『キエアアアアアアアアアア!!』
「ーーーッ!?」
しかし、それよりもアングルネークの尻尾の方が早く、キキョウの体は地面に叩きつけられる。
「キキョウ!?」
「姉さん!?」
コウとミソラの悲痛な声が響く。
キキョウが叩きつけられた所は砂埃によって覆われており、キキョウの安否は直ぐには確認出来ない。
しかし。
「【スラッシュグラス】」
その声は、砂埃の中から聞こえた。
そして突如その砂埃は弾け、代わりに緑の鋭利な鎌鼬が、アングルネークに繰り出された。
それはアングルネークの体にへと向かっていくが、アングルネークは、それを軽々と消し飛ばす。
傷一つも付かず、アングルネークは余裕の笑みを浮かべる。
「ちっ……やっぱダメか」
砂埃を払い、ゆっくりと立ち上がったキキョウは舌打ちする。
体は既にボロボロで、いかにあの一撃が強力だったのか物語っていた。
コウとミソラはホッと安心し、村人達もアングルネークから離れ、コウ達の後ろ側へ移動してくる。
アングルネークは、依然彼らに威嚇を放っていた。
怒っているのか、楽しんでいるのか、余裕の笑みから捉えられる感情は0に近い。
それが、喰らうモンスター。
モンスターに感情など、存在しない。
ただ彼らは、狩るために存在しているのだから。
「やっぱ長文詠唱じゃないとダメみたいね。本当に疲れる」
その前に、とキキョウが魔力を貯める前に、彼女はミソラの方を向いて声を低くして問いた。
「で、あんたはいつまでここにいるの?」
「……え?」
「え?じゃないわよ。行くならさっさと行きなさい。私の気は長くないわよ」
「え、ちょ、いきなり何で」
いきなり許しを得て、ミソラは困惑する。
そんなミソラに苛立ちを隠さないキキョウは、アングルネークから目を離さずにその疑問に答えた。
「しょうがないでしょ。あの大蛇に対抗できるのは私だけ。ならあんたに行かせた方が、エリカちゃんを早く連れてこさせることだって出来るし、この人達を安全に送らせることも出来る。まぁそれはコウ達に任せるけどね。【深く眠りし生きとし生ける魂よ。ある時は奇跡、ある時は愛、ある時は幸福を。妾の願いに答え、今宿らん】」
疑問に答えた後、話は終わりだと言わんばかりに詠唱を始める。
詠唱を始めたら、その詠唱を終えるまで他言無用。もし何かを発言した場合、また最初からやり直しとなる。
呻き声や叫び、何を発言しても駄目だ。たとえ苦痛でも、その詠唱を詠わなければ強力な魔法は発動されない。
その意味を当然知っているミソラは、一度息を止め、そして吐き出す。
そして、キッ!と前を睨みつけた。
姉が出してくれた決断。
その意味は、自分を『信じている』ということ。
なら、その心に答えなくてはならない。
前へと踏み出す。
意外にも体は軽かった。
先程の重りが、嘘のようだった。
この空気の一部にでもなったかのような浮力感にミソラは驚きながらも、それに乗る。
後ろからは村人達の期待の目が。
姉の呆れた目線が。
守り神の怒りの目が。
森の悲しみの目が。
色々な『瞳』に向けられ、ミソラは駆け出す。
その思いは、決して無駄にはしない。
(エリカさん……今、行きますッ!!)
■
「ああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」
一人の少女が、苦しんでいた。
周りは光のベールで覆われ、少女をこれでもかと明るく照らす。
しかしその状態は、少女にとっては苦痛の、その倍の地獄の業火と言っても過言ではなかった。
「うううウウウうううううウウウウウウウウッ!!ガアああああああああアああアアアアああああああああッ!!」
轟く。
彼女の悲鳴が。
焼けていく。
彼女の体が。
(ーーーーーーー)
もう、何も考えたくない。
夜明けまで、あと四時間十七分。
『信じられている』っていうのは、本当に力の源だと私は思っている。『信じている』という言葉で、人間は脅威の力を発揮出来るからだ。
しかしその信じる心に騙された人も少なからずいる。
果たして、本当に信じられる人とは?
■
第一章も終わりが近づいて来ました。とにかくキキョウさんにカッコいいところをさせたかった。
そして友情出演キキョウさんの??コウさん。正直恋愛は苦手ですが、自分でも少し甘く出来たかなと思います。
アングルネークはミソラより強いですので、あのままキキョウが行ったりしてミソラが残っていたら全滅待った無しでしょう。守り神だもんね。……神だからってかませフラグじゃないよ?
少し解説しますと、アングルネークと森は同じ命です。つまりシェアハウスみたいに一つの命をお互いに使っています。
なのでアングルネークの命は森そのもの。森の命はアングルネークということになります。
森が枯れてしまうとキキョウ達の村が丸裸となり、村がより一層モンスターに襲われるので、森が枯れるのは阻止したいですな。
え、今の森の状況?枯れたままです。なのにキキョウとアングルネークは戦っています。
ここで少ーし細く。
コウ(あの、そんな激しく戦うと森が……キキョウの体が……)
森の心配とキキョウの心配をするコウであった。