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天運のCrocus  作者: 沢渡 夜深
第一章 -カラシナ-
12/35

予想外の出来事です



姉は殴りに、純心は脱出に。








 カタリ、と地下へと続く扉が外され、そこからある少女が現れた。

 少女は辺りをキョロキョロと見渡して、その後ヒョイッと身軽に登ってくる。

 全身を覆う黒のローブの中には、所々に切り跡がある赤いプレッピージャケットと黒のプリーツスカート。そして穴が空いているタイツに、踵が少し高いブーツを着用している。

 少女はもう一度辺りを見渡して、入口の下を覗き込んだ。


「誰もいないぞ」


「わかりました。皆さん!慎重に!落ちないように!」


 少女が登った後、金髪の青年が下へ大声で叫び、少女の隣へ飛ぶ。

 こちらも全身を覆う、赤い刺繍が入った白のローブを羽織っていた。その中では白いTシャツの上に焦げ茶色のベストを着け、薄茶色のズボンを穿いており、こちらも踵が低いブーツを履いている。

 その青年が下へ呼びかけた時、下からざわざわとざわめき声がしたが、次第に青年の後から、ツギハギだらけの男性達が現れるようになった。

 全員……は無理なので、ある程度出てきたのを確認した少女は、この部屋の扉をソッと開ける。


「………………」


 扉の隙間から覗き込んだ彼女は、『ある状況』が出来上がっていることを確認した。

 そしてその後、扉を全開して、彼女はミソラ達に目で呼びかける。

 それを視線で受け取ったミソラは、直ぐ後ろにいた男性にこう言った。


「これから街の出口まで目指します。慌てずに、慎重に」


「ああ、わかった」


 男性が了承して、そして皆、身を引き締める。




 ーーー作戦開始。




 少女がそう呟いた瞬間、彼らは走り出した。








 ミソラは体力が消耗していく中、何十人もの村人達を引き連れて街に飛び出していた。

 街はミソラ達以外は遅くなって(・・・・・)おり、ミソラ達が通り過ぎても何も思わない。

 実はこれには理由がある。それは、ミソラの魔法が広範囲になり、ここクレマチス王国全てに魔法をかけているからだ。

 しかしこの方法は魔導士の体力と魔力の消耗が激しく、ミソラにとってあまり使いたくはない方法である。

 だが村人達を助けるには、そして彼女の援護をするにはこうするしかないと、自ら買って出たのだ。

 今も息が苦しく、村人の一人に背負ってもらわなければ走ることもままならない。

 しかもこの街を出た時、次に待っているのはモンスター達だ。

 モンスターに生身の人間が叶うはずがないことは知っている。

 だから、魔導士のミソラがやらなければならない。


(ーーーー絶対に成功させる)


 彼女に本当に出来るのかと聞かれた。

 その時彼は出来ると答えた。

 ならその答えを、真実のものにしなくてはならない。

 たとえこの身を削られようとも。


 彼は、彼の軌跡を作り出すために動き出す。








(一階にいるはずがない。可能性があるとすれば二階か三階。いや、三階の巨大な門が怪しい)


 フードを深く被ったエリカは、正面にある階段を駆け上がり、直ぐ様二階に到達する。

 途中、動きが静止しているかのように遅くなっている騎士とすれ違った。

 しかし彼が彼女を目視することはない。今の彼の眼には、彼女の姿は視えていない(・・・・・。)のだから。

 エリカは少しだけ辺りを見渡し、そして三階へと続く階段へ駆ける。

 最初の階段の手すりに飛び乗り、三、四段ショートカットをして長い階段を駆け上がった。


「はぁっ……ここか!」


 二段飛びで数秒で駆け上がったエリカは、彼女の行き先をこれ以上阻むかのように存在している巨大な宝石の扉の前にいた。

 こんな真っ暗な空間でも、この扉だけは昼のように明るく、耿耿(こうこう)としていた。

 さて、ここからはミソラが行っていない場所である。だから彼女にとっても、今街を出るために奮闘しているミソラにとっても、未知の場所となる。

 まずはこの扉が開くのかという確認だが、少し強めに押したら開いたので、どうやら終始開いているらしい。


「ふっ……と」


 体を使ってエリカは扉を開け、滑り込むように入った。

 その後、また体を使って扉を閉める。

 これで、外の騎士達に見つかることはまずないであろう。

 後はこの中だけだ。

 エリカはフードを被り直し、控えめに歩き始める。

 三階の巨大な扉を抜ければ、彼女に待っていたのはあの巨大な扉よりも広く、長い廊下だった。

 中央にはレッドカーペットが遥か先まで敷かれている。そのレッドカーペットを歩けと言っているかのように、レッドカーペットの隣には宝石と石で施されている大きな柱が二個間隔で建てられていた。

 広く取り付けられている窓からは、月の光は差さない。

 本当に暗闇にいるのかと錯覚する程に、そして今歩いているのかと疑う程に感覚がなく、視界が満足に見れていない。

 唯一近づいてわかるのは上記のものだけ。大極柱を辿って行かなければ、何処に壁があって、何処に扉があるのか見ることも出来ない。


(何でこんな暗いんだよ……)


 にしても、この暗さは異常だ。少しくらい明かりを付けてもいいはずなのに、城の外に設置されている街灯どころか、この部屋には光源がない。いや、部屋と呼んでもいいのかすらまだわからない。

 ブーツの音が響く。まだミソラの魔法が続いているのか、それとももう切れているのか、それも判別できない。

 しかしこの空間にただ一人だけというのはわかっている。そして、何故彼女だけしかいないことにも疑問を感じる。

 騎士の一人もいなく、ただ彼女だけがいる。

 こういう展開を、彼女はよく見たことがある。


 こんな所で、誰もいない所で誘い出す(・・・・)かのような状況を作り上げる展開はーーーーーー。





「ーーーーッ!?」


 その時、彼女の正面から、ゾワリッと悪寒が走る。

 脳が危険信号を伝え、彼女は後ろにバク転しながら何か(・・)から距離を取った。


「……誰だ」


 出来るだけ小声で、そして正面から視線を逸らさずに、尚且つ辺りの気配を探す。

 辺りに気配はない。あるのは、正面にいる誰か。

 その誰かが、暗闇によって判別できない。

 しかもエリカはフードを被っているので、視界が狭く、良く見えるはずもない。

 なので誰が襲ってきてもいいように構え、戦闘に備えなくてはならない。

 これがかつての恩師である人の教え。

 絶対に油断をするな。相手が何者か見極めろ。

 ジッと正面を見据え、目を凝らす。

 左手は直ぐに避けるように床につける。




 コツリ、とエリカの足音とは別の足音が響いた。

 その音を聞き、エリカの体は一瞬固くなるが、深呼吸をして体の力を抜く。

 足音はこちらに向かっている。

 隠す気もさらさらないこの足音が、真っ直ぐに。


「…………」




 足音が、止まった。

 今エリカの視界からは、その足音の正体までも掴めない。

 エリカは舌打ちし、その先を見ようと目を細めた時だった。



「………………………………ッ!?」


 突如、エリカの真横から何かが飛んできた。

 エリカはそれを後ろに下がることで回避したが、体は付いてこれず、一瞬尻餅をつく。

 しかしその間にもーーー『攻撃は続く』。


「ッ今度はーーー前か!?」


 次は予測出来たエリカは、一か八かその何かを掴むことにした。

 暗闇で、一瞬しか映らないその何か。


「ッよっ!」


 それを、エリカは目ギリギリで受け止めた。

 その何かから伝わる感触は、ひんやりと冷たい。


「んだこりゃ……氷?」


 なんとかその何かの正体は掴めた。

 しかし、肝心のこれを投げている正体が掴めない。

 エリカは氷の矢を持ちながら、辺りの気配を察する。

 もう正面にはいない。

 何処だ。何処にいる。


「……………………………………………………………………………………そこかァ!!」


 右斜め前に、密かに聞こえた布の擦れと足音を聞き取り、エリカは迷いなくその方向へ氷の矢を投げつける。

 氷の矢は暗闇に紛れ、もう当たっているのかもわからない。

 しかし、あそこに誰かいたのは確か。それだけは自信を持って言えることだ。

 ……壁に当たった音も、何かを掴んだ音も聞こえない。

 宇宙に爆弾を放り投げたが、真空状態の宇宙ではその爆音は聞こえないように、砕ける音も、痛む声も、躱す音も、何も聞こえない。


(……気のせいじゃねえ)


 それはわかっている。

 しかしこうも姿を現さないとなると、元々ここには人はいなかったんじゃないのかと錯覚してしまう。

 ならあの足音は何だ?

 あの氷の矢は誰が投げてきた。

 いや、そもそもここは何処なのだ?(・・・・・・・・)


「…………おい!隠れてないで出てこい!ここにいるのはわかってんだ!幽霊みたいにふよふよしてねえで、正々堂々ぶつかってみたらどうだァ!?」


 敢えて挑発する行動を選んだエリカは、大声で少しだけ煽る。

 しかし彼女の声が響いただけで、その正体の声は掴めない。


 そう、思った矢先だった。




「なら、正々堂々ぶつかってみようじゃないか」




 ガシャアアアンッ!!と左の窓ガラスが割れる。

 そして窓が割れたことで、先程まで現れなかった月の光が、突如となって照らされた。

 月光がエリカを照らし、そしてその光は全体にへと行き渡る。


「すまないね。侵入者は排除するようにと命令をされているんだ。それが王の頼みならば、私は命令を遂行するまで、【この身を捧げましょう、王の名の元に】」


 月光によって照らされた何かーーーーいや、彼女は手を横に裂くように振ることで、またあの氷の矢を創り出した。

 群青髪のツインテールに、真っ白なタキシードを着ている。

 雪だるまのピン止めで前髪を留めている彼女の眼は、その熱で全ての氷を溶かし尽くしてしまうかのような青灰色の眼だった。

 人形のように美しい彼女は、妖艶の笑みを浮かべる。


「ああ、勘違いしないでおきたいけど、これはここに侵入した君が悪いんだよ?さっきまで変な風になってたからすぐに動けなかったけど、あれも君の仕業?」


(……ミソラの魔法が切れたか)


 変な魔法とは、ミソラの魔法に違いないであろう。

 なら、最初にこの部屋に入ってきた時までは魔法は続いていたが、数分経ったらミソラの魔法が切れ、彼女の攻撃が始まった。そう仮定した方が良さそうだ。

 なら、ミソラ達はもう街に出たのか?そもそも限界で魔法が自動的に解けてしまったのか?

 何れにせよ、この状況を打開出来ることはまずない。


「んー、じゃあまず名乗っておこうか」


 そして侵入者を前にしても、彼女は緊張のきの字もないし、まずエリカを見ていなかった(・・・・・・・)

 やがて彼女は、氷の矢の一つをダーツのように持って、妖艶の笑みを深くさせ、その名を名乗る。


「私の名前はカズラ。かのクレマチス王国現王の側近だ。君を始末する為に、氷漬けにさせてもらおうかッ!!」


「ッ!?」


 そう叫んだ彼女ーーーカズラは、無数の氷の矢でエリカに攻撃する。

 四方八方から殺しにかかる氷の矢を、エリカは間一髪の所で交わしていく。

 鋭利な氷の矢は深々と床に刺さっていっている。

 あれが足や手に刺さったりでもしたら、簡単にも抜けないし大出血間違いなしの殺傷性のある攻撃だと再認識した。


「【この身を捧げましょう、王の名の元に】」


 カズラが詠唱を唱える。

 それは、ミソラが過小評価した『短文詠唱魔法』。

 魔力を蓄える時間が少なく、小さな攻撃でしか繰り出せない、二番目に弱い魔法。

 しかし、このような無数の氷の矢では、たとえ攻撃力が低くても軽傷だけでは免れないであろう。


「ちっ、くそ!」


 今、手元にある短剣では防げない。

 もしこの短剣を使う道があるとすればーーーーー隙をついて、彼女の懐に飛ぶしか方法はない。

 しかし彼女の周りは氷の矢が囲っており、思うように近づけない。


(ちっ……!そろそろ躱すのもキツくなってきたぞ!?)


 だんだんと、カズラはエリカの動きを追い詰めていく。

 止まることのない矢の雨は、徐々に彼女の体に傷を作っていった。

 腕、足、肩、そして頬に、赤い液体が滴る。

 一歩も動けない状況を作り出したカズラは、余裕の笑みを浮かべ、さらにエリカを追い詰める。


 しかし、エリカは。


「ーーーー面倒くせぇ!」


「……へ?」


 それらの傷などもろともせず、自ら傷を負いに行くかのように、矢の雨を前進した。

 氷の矢はかすり傷などという甘いものには留まらず、エリカの腕や脚に『突き刺さる』。


「ちょ、ちょ、ちょっと馬鹿じゃないのか!?自ら死にに行くようなものだぞ!?」


 そんなエリカの行動に、カズラは今日一番動揺した。

 そこで初めて、カズラはエリカの姿を確認したのだ。

 こんなの、どんなに逸らしたくても逸らせるものではない。

 今までここに侵入してきた輩は、先程の戦法で全員始末してきた。

 たとえ攻撃が弱くても、無数の氷の矢には大抵の人間が太刀打ち出来なかったから、今回も行けると確信していたのに。

 なのに、彼女は。

 そんな氷の矢をないものと決めつけるように、どんなに腕や脚に刺さっても、真っ直ぐこちらに向かっているーーーー!!


「ひっ……!げ、【月前で私は願う!我が王の願いが、私を動かす糧となる!】」


 カズラは動揺しながら(・・・・・。)詠唱を始めた。

 こんなの初めてで、しかも彼女は血だらけにならながらもこちらに向かってきている。

 それがカズラにとっては何よりも恐ろしかった。


「【加護ある月の光よ!全てを凍り尽くす氷の神よ!いみゃ私の】っあ噛んじゃった!?も、もう一回……!」


「遅えよ」


 詠唱に失敗したカズラは、目の前にいるエリカに、声にならない悲鳴を上げる。

 頭からも血を流し、腕からも、足からも流している。そして、床に血だまりを作り、それがカズラの足元にまで及んできた。


「ひっ……い、いや……」


「おーおー。何可愛らしい声上げてんだ?さっきまでの余裕はどうしたよ。動揺しすぎて詠唱を噛んじゃったお間抜けな側近さんよぉ?」


「や、やめて……」


 カズラにとって、今のエリカはどう映っていたのだろうか。

 その殺意のある眼光。

 真っ赤に染まる体。

 そして、赤黒く変色している短剣を向けられてしまっては、カズラはもう精密な判断を下すことなど出来なかった。

 だからカズラは、確信した。

 今、自分を殺さんとばかりに構える彼女が、何に見えるのか。

 残虐で慈悲もない、血に染まる彼女は、まるでーーーーーー。



「……あ、『悪魔』……!!」





 彼女の最後の記憶は、赤黒く刃こぼれしている短剣が、振り下ろされるその瞬間だった。













「悪魔、ね」


 エリカは、振り下ろそうとした短剣を下ろす。

 彼女の下では、ブクブクと泡を噴きながら白目を向いているカズラの姿があった。

 元々、刺すつもりはなかった。

 あれは単なる脅しだったのだが、まさかここまで効くとはさすがのエリカでも予測は出来なかった。そして、予想外の出来事で対処しきれなかった彼女の不甲斐なさを見て、もしかしたら王様ってこいつに護られてるから弱いのは確定?と思い始めた。

 いや、それよりも。


「…………何だろうなぁ。なんか懐かしく感じまったなぁ」


 先程、カズラが気絶する前に零した『悪魔』。

 それはエリカにとって、酷く懐かしく感じてしまった。

 いや、正確にはーーー彼女の『前世』の方だが。

 しかし何故この言葉が懐かしく感じるのかはわからない。

 そして、その言葉を言われて心地いいのか悪いのかよくわからない状態である。


「……よくわかんねえな。まぁ、でも」


 しかしあまり深く考えなかったエリカは、カズラの体を踏み越えて歩き出した。

 エリカの正面にあるのは、先程の扉と同じような巨大な扉。

 恐らく、この先に、カズラを従える王がいるに違いないであろう。

 もうミソラの魔法は切れてしまったが、自身の目的を果たさなければ彼女の気が済まない。


「さーて、行きましょうかねぇ」


 エリカは全ての氷の矢を抜いて、ゆっくりと歩き続けた。







もう、傷は治り始めていた。



カズラ「予想外の出来事です(白目)」


カズラちゃん耐性なさすぎィ!かませキャラすぎぃ!

ちなみにカズラちゃんと長文詠唱魔法。


【月前で私は願う!我が王の願いが、私を動かす糧となる!

加護ある月の光よ!全てを凍り尽くす氷の神よ!今私の手の中に!

月光蝶に乗せろ!霰の雨を!その姿をレイピアに変え、邪気あるものを浄化させよう!


あなたに情熱の感動を(ウツボカズラ)!】

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