表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天運のCrocus  作者: 沢渡 夜深
序章 -マツムシソウ-
1/35

-マツムシソウ-

兄は彷徨い、弟は昇る





 いつも俺達は一緒だった。

 産まれた時も、遊ぶ時も、喧嘩する時も、いじめられる時も、いつも俺達は一緒で、支えあってきた。

 それがたとえ、『死ぬ時』だとしても。

 俺は、俺をよく知る、掛け替えのない家族がいれば、それでよかった。


 たとえ運命がそれを望んでいなくても。




 俺はどんな時であっても、あいつと一緒に命を絶つ。



 それが俺の、運命なのだから。






『運命に逆らった彼らがどうなるか、それは破滅の未来しかない』


 何処かで老人が鼻で笑った。


『貴様らは一緒に居すぎたのだ。だから、こうなる運命だったんだ』


 杖を振るえば、光り輝く球体が現れる。

 同時に、真っ黒に染め上がった球体も、現れた。

 老人はそれを見て目を閉じ、光の球体を手に取る。 そして、力を込める。

 そうすると、いとも簡単に、甲高い音を立てて、光の球体は粉々に散っていった。


 老人は手を掲げる。


『さぁ、運命に逆らった二つの魂よ。我の手のひらで踊れ、殺しあえ、憎しみあえ!それが貴様らの運命







ーーー運命が変わることなど、ありえないのだ』



 その目は、真っ赤に染まっていた。










-序章 マツムシソウ -





 目を開けたら真っ黒な天井が見えた。

 けどよく見ると、その天井は少し赤が混じっていて、まるで血を混ぜたかのような禍々しい天井だった。

 ここは何処だろう。

 俺は確か、電車に轢かれたはずだ。

 電車に轢かれたら元の子もなく潰れることを知っている。だから、俺が生きているはずがない。当然、あいつもーーー。

 ……あれ、弟の名前が思い出せない。

 何で?いつも一緒にいたから、忘れないはずだ。

 なのに何で、思い出せないんだ?

 そう思い始めた途端、不安になってきた。

 何処だ、何処なんだ。俺の弟は。俺の家族は。

 一緒にいったはずだ。隣にいたはずだ。一人じゃないはずだ。

 何処、なんだ。弟ーーー!


「ん?エリカが泣きそうだぞ?」


 不意に、俺の隣で厳つい声が聞こえた。

 その声にビクリとし、伸ばそうとしていた手を引っ込んでしまう。


「ゼーラのとこに行きたいのだろうな」


「なんだ。姉ちゃんなのに気弱なやつだ」


 俺は抱き上げられ、そのままどこかにへと連れていかれる。

 その間に、俺は声の主の顔を覚えようとジッとその人を見た。



 その人は目が赤くて、綺麗な赤色の髪の人。

 そして牙が鋭く、耳もとんがっていた。

 明らかに、人間とは言い難い容姿だった。だって人間はこんなに耳がとんがってないし、牙も八重歯の域を越している。仮にコスプレだったとしても、正直やりすぎだ。

 その人は俺の体を、あるところに降ろした。隣同士になるように、そっと置かれた。

 ジタバタしたら何かに当たったので、そちらを見る。



 そこには少年の顔がドアップに映っていた。

 目を閉じて、静かに眠っているその少年を見ながら、俺は目を見開く。

 ーーー懐かしい、感じがする。

 そう直感的に思ったのだ。


「アハハ!エリカ。ゼーラはまだ眠っている。そっとしておいてやれ。まぁ、ちょっと触るのだけはいいぞ」


 女の人が気楽に笑う。

 どうやら、隣にいるやつはゼーラというらしい。

 だけど、俺はこの言葉で確信した。

 ーーーこいつは、俺の弟だ。と。

 何故だかわからない。だけど俺に迷いはなかった。

 こいつは俺の弟だ。他の子のじゃない。

 絶対に、俺の弟だ。

 俺は弟ーーーゼーラが起きないように、ギュッとゼーラを静かに抱きしめた。







 本当に俺の弟だった。

 疑っていた訳じゃない。でももしこいつが俺の弟ではなく、他人の子だとしたらって考えたら、不安になった。それだけである。

 俺の弟の名前はゼーラ。大人しくて、ちょっと臆病なヤツ。そのところも、俺の弟にそっくりだ。

 俺の名前はエリカ。女っぽい名前だなと思ってはいたが、本当に女だとは思わなかった。男だった気分だったので、てっきり男かと思っていたのだ。

 知らない天井に人間じゃない親。そして記憶が電車に轢かれた後の記憶がないことを考えると……全くもってオカルトじみたことだが、この事を恐らく『転生』と言った方が納得しやすい。

転生の細かいところは知らないが、要するに生まれ変わることを言う。この体に名前も顔もわからなかった親。これだけで転生と考えた方が納得……というか、楽になる。

 しかし無闇にその話題を出すつもりはない。親はもちろん、弟に前世の記憶があるかもわからないし、雰囲気や仕草が似ているとはいえ、ゼーラが俺の前世の弟だとは限らないのだ。……俺は、前世の弟だと信じてはいるが。

 今はゼーラと一緒に本を読んでいる。何でも、母さんが教育のために読ませているらしい。……文が変な文字で読めない。

 しかしゼーラはだんまりと、じっくりと時間を置いてから捲っている。

 ……まさか、読んでるのか?こんな意味不明な文字を?

試しに聞いてみた。


「なぁ、ゼーラ」


「なに?」


「これ、読めるのか?」


「読めるよ?」


 ……なんか、声がはっきりしてる。

 まだ小さい子供のようじゃない。そのくらいだったら、少しくらい呂律が回らないはずだ。

 いや、それは後にしよう。どうやらゼーラはこれが読めるらしい。おかしいな。俺とお前は同じ歳のはずだぞ?何で兄の俺が読めない?……間違えた姉だ。

 謎が残る中、ゼーラが「読めないの?」と聞いてきた。

 悔しいが、「読めない」と返した。

 するとゼーラが首を傾げた。


「何で?いつも読めてたのに?」


 ……ごめん、姉ちゃんにそんな記憶はないんだ。

 そんなこと言われたって、読めないものは読めないんだ。

 しかしこの発言によって、次に『憑依』の線が濃くなってしまった。俺がどんな方法でここにいるのかは知らないが、ゼーラの発言を考えると、俺は憑依したのか?

 じゃあこのゼーラは、俺の知っている弟じゃないことが証明されてしまう。

 だって弟がゼーラに憑依しているとするなら、俺と同じようにこの文は読めないはずだ。俺と一緒に困るに決まってる。

 なら、弟はーーーー。


 いつも一緒にいた、たった一人の弟。

 容姿も性格も、好きなものも全部覚えているのに、名前が思い出せない掛け替えのない存在。

 俺はあの時、弟と一緒に死んだんだ。それだけは確実に言える。

 だって離さないように手を握りしめて飛び込んだんだから、間違いないのに。

 俺だけが生き返っても、意味はないのに。

 しかも女になって、人間じゃない親の子供なんて、素直に喜べない。

 でも人間じゃない親……母さんたちは好きだし、遊びに来る人達も好きだ。皆俺達を愛してくれているし、寂しがらないように一緒に寝ることもある。ーーー全部、人間じゃないけど。

 だから別に不便などない。だけど、弟のことを考えたらと思うと、早く死にたいと思ってしまう。

 でも俺が死んだら、ゼーラは一人ぼっちだ。だから、死ねないんだ。

 もう少し歳が経ったら、独りでいっそりと死のう。母さんにも父さんにも、ゼーラにも知られずに、ひっそりと死んで、弟に会いに行こう。

 俺はそう決意した。



 だって俺の弟は、俺の命の源だから。





 転生してから、何年か経った。

 そして何年か経った内に、俺は父さんや母さんが、俺達に何故本を読ませている本当の理由を知った。

 どうやらこの世界は、『魔法』が使えるらしい。いきなりファンタジックになってしまったが、実際にあるので仕方が無いのだ。

 そしてその魔法の力によって、どちらが上かどうかが決まってしまうらしい。しかし貴族みたいに、元々権力が上の子供なら、例えば魔法が発現したとしよう。一人っ子なら次期王様となるし、二人っ子なら誰が王様になるのか争う。そういう世界だと俺は推測した。

 つまりこの世界は魔法で出来ている。魔法をもっていないものは、底辺地位として上のものに従わなくてはいけないらしい。例えそれが悪者だとしても。だって逆らえば、その人の未来が奪われるかもしれないんだ。なら、言う事を聞くしかない。

 さて、前置きはこのくらいにして。どうやら俺達はその貴族の位置、しかも王様の立場にあるらしい。

だから魔法を発現させるのは当たり前だ。しかし候補が二人いるので、次期王様を決める時に上だったものに、次期王様という名誉を与えられる。

 その日にまでに魔法を高めるために、読書やら運動やらを行ってきた……というわけである。

 つまり『どちらとも捨てたくないが、決まりなので強いやつに称号を与えよう。しかしどちらとも応援したい。ので手助けしながら自分達の力で頑張ってもらおう』という、親のいきらいだった。

 その試験が、一ヶ月後にある。文はある程度読めるようになったが、魔法を上手く使えるかはわからない。まだどんな魔法なのかも、わからないのだから。

 しかし正直なところ、俺は死ぬ気満々なので王様にはゼーラになってもらいたい。もし俺が王様……いや、姫になってしまったら、数年後混乱するかもしれないからだ。

 しかし手加減しようにも、周りの皆にはバレバレなのでできない。なので思いっきりやるしか方法は無いのだ。

 ……でもこの際、俺は女なんだから男のゼーラに譲った方がいいのだが、この世界ではこの概念がないのだろうか。

 考えても仕方が無い。とりあえず俺は全力でやるが、勉強はそんなにしないことにしよう。そうすることでゼーラとの差も広がる。

 だから俺はこの一ヶ月、本を読んでいない。運動はしているが、本には魔法の知識などがあるから、読んだらゼーラを超えてしまう。

 なので俺は、本を読まない。

 これから剣の素振りの時間だ。貴族の名に恥じぬよう、そして皆を幻滅させないよう、これだけは頑張らないと。魔法の時は『女だから』で片付ければいい。そしてこれは、『護身術みたいなもの』と言い訳すれば、なんとかなる。


「エリカ様。剣の稽古の時間です」


 ボーッとしていると、肌が黄色で牙が鋭い先生に呼ばれる。名前は、教えて貰っていない。

 俺は髪の先端を弄りながら、先生の元へ行った。







 剣の素振りは大好きだ。ただ振っているだけだから、他のことも考えられる。

 だから俺は先生に向かって剣を振り回しながら、前世の記憶を必死に思い出していた。その理由は、前世の弟の名前を思い出す為である。

 姿だけ覚えても、性格だけ覚えても、それが俺の弟という断言はできない。名前も思い出さなければ、こいつは俺の弟だと断言出来る。

 はっきりと、記憶を蘇らせろ。

 電車に轢かれる前のことは、確か弟に相談されて、そこで弟の名前を呼んだ。

 ーーー思い出せない。

 その前の日。ボロボロになって帰ってきて、そこで心配して弟の名前を呼んだ。

 ーーー思い出せない。

 親に呼ばれていった弟に声をかけた。

 ーーー思い出せない。

 それどころか、無性に気持ち悪くなった。


「っいて」


 その瞬間、先生に叩かれた。

 先生は俺の目線に合うように屈み、そして頭に手を置く。


「稽古中に考え事をしてはなりません。もしするなら次は何処を狙うかを考えなさい」


「……おう」


「おうじゃありません。はい、です。女の子なんだからお淑やかに強くあられないと」


 前世が男だったからか、なかなか女という生活に慣れない。

 というか、こっちの方が気が楽だ。男のようにしていれば、こっちとしては楽なんだ。

 でもここではそうはいかず、こんなことを注意されるばかり。

 稽古は好きだが、これは好きじゃない。

 ただ稽古をやりたいだけなのに。


「さぁ、再開しますよ」


「…………ああ」


 貴族ってのは、本当に面倒だ。










 稽古ばっかりしていたら、一ヶ月経つのはあっという間だった。

 俺とゼーラは玉間に集められている。どうやら、ここで試験を行うみたいだ。

 いつもの服より、綺麗な召し物の服。赤いコートに黒いブラウス、黒のスカート。黒のタイツにブーツ。

 そして赤紫色の宝石が埋め込まれている、指輪がはめられた。

 試験の時にはこの指輪を着けなければならないらしい。ゼーラも、利き手に灰色の宝石の指輪がはめられている。

 ゼーラは緊張した趣で、前を見ていた。

 あまりにも俺の場違いが半端なかったので、俺も前を向いた。

 前には、父さんと母さんが立っていた。

 父さんが杖を掲げて言う。


「これより、次期当主の試練を始める。1人ずつ我らの前に歩み、最大限の魔法を見せてみよ。強く、美しく、そして禍々しく相手をねじ伏せる力ーーーーその力こそ、我らが望む、新たな王の姿なり!」


 俺が次期当主になったら、姫になるのか?まぁどっちでも構わないが。

 さて、あれから本を読むことをやめ、稽古だけに集中してきた。もちろん、稽古だけで魔法が強くなるはずなんてない。ゼーラはこの日のために特訓してたようだが……。まぁ、元々ゼーラに譲るつもりだったし、大丈夫であろう。


「ゼーラ、前へ」


「はい」


 母さんがゼーラを呼ぶ。

 ゼーラは返事をして、真っ直ぐに二人の元へ向かった。

  ……そういえば、魔法を見ていなかった。俺、やれるのかな。


「さぁゼーラ、貴様の実力、我に見せてみよ!」


 そう父さんが言った瞬間、ゼーラは呼吸を整えて、上に手を翳した。

 そこから、黒く、禍々しいものが集まっていく。

 やがてそれは天井にまで達していきそうな勢いだった。


「……でも、なんか寒ぃ……」


 これが魔力なのだろうか。この、鳥肌が立つキモイものは。

 そして天井まででかくなったゼーラは、こう言った。


「ーーーー『血の雨を降らせ』」


 そして、手を握る。

 その瞬間、球体は甲高い音を立てて破裂した。

 そこから、まるで血のようなものがビチャビチャと飛び散ってくる。それは俺の方にも来た。うわ、汚ねえ。顔にかかったし。

 それに気づいた家臣の人達が俺の顔を拭いてくれた。

 ありがとうとお礼を言い、俺はゼーラ達を見る。


「見事だ、ゼーラ。もう少し広いところに行けば、貴様の力ももっと発揮できるであろう」


「ありがとうございます。父上」


「力も魔力も、その禍々しい力も、我の理想に近い!期待しているぞ!」


 完全にベタ褒めやねーか。いいぞもっとやれ。

 母さんもゼーラの力に見とれていたらしく、顔を赤く染めている。……そんなに見とれるほどだったかな。


「エリカ、前へ」


 考えていたら、母さんに呼ばれた。


「……はい」


 思わず「おう」と言いそうだったが、まぁこの場だから丁寧にいかないと。

 ゼーラと入れ違いに、俺は父さん達の前に立つ。

 そして一層、皆からの視線が集まった。

 俺の、期待の視線が。

 当然だろう。俺は弟より早く産まれた、姉という立場なのだから。たとえ姉であっても、弟より強くいるのは当たり前である。

 でも俺はゼーラにこそ、次期当主に相応しいと思っている。

 だからこの為にコンディションを整えていないんだ。それに、自分の魔法もわかっていない。

 だからそんな期待をしないでくれ、と心底思ってしまう。


「エリカよ、貴様はゼーラの姉。つまり力は貴様の方が上なのだ。メスであり、気品よく、そして強く優雅に立つ。それが我の理想。さぁ、我を失望させぬよう、最大限の力をもって、その力を示すがいい!」


 ……さて、どうしようか。そう言われても、俺は魔法の特訓なんてやったことないんだ。それにこの発言によって、「女だったから力が及ばなかった」とか言い訳ができない。というか、姉でも力は上なんだな。

 とりあえず、ゼーラと真似てみる。そして、ちょっと力を注ぎ込むような、そんなイメージをした。


 ……何かが、俺の手の中に集まっている。

 それは光のように見えて、ゼーラとは違い神々しい輝きだった。


「何……!?」


 誰かの声がする。

 その声が誰だかは判別できなかった。

 しかし誰の声でも、それは騒音と化していたので、俺は全てを手にへと集中した。

 ……なるほど、こうやって魔法を起こすのか。

 俺の体より少し大きい球体になったところで、ゼーラと同じように手を力いっぱい握った。

 瞬間、その光の塊は弾け飛び、ゼーラと同じような状態になる。

 ……苦しいな。魔法を使ったら苦しくなるのか。

 でもまぁ、最低限の事はやった。後は結果を待つだけだ。

 ホッと息を吐いたとこで、周りの音が徐々に聞こえてきた。

 まぁ、父さんが求めているのは禍々しいものだから、俺は選ばれないだろうなと顔を上げた。


 その時だった。





 ヒュッ、とーーーー父さんの杖が、俺の喉に当たる。

 そして横からは、スラリと赤色に輝く刃ーーーー母さんの剣の矛先が、俺に向いていた。


「は……?」


 だんだんと、音が戻ってくる。

 だけどその音は、想像とは遥かに超えていた。




 周りは阿鼻叫喚と化していた。

 悲鳴を上げ倒れる家臣の人達。

 顔の半分が溶けている人達。

 俺に、罵声を浴びせる人達。

 全ての矛先が、俺に向かっている。

 何で?俺が何をした?ただ俺は、魔法を発動しただけだろう?

 助けを求めるように、父さんを見た。

 しかし父さんの眼は、いつもの眼とは違いーーーーー完全に、俺を眼の敵としていた。

 父さんは、叫ぶ。


「貴様……!よもや我々が忌み嫌う光の魔導士だったとは……!!」


「何言って」


「ああ……!おぞましい、苦しい!体が、痛いッ!光を扱うものなんて、ここにいる必要は無い!」


 母さんも、俺を睨んでいる。

 父さんも、皆も、周りの奴ら全員、俺を睨んでいる。

 何となく、頭では理解できている。

 つまり俺は、光の魔法を使ったからこうなっているというわけだろう?それしかわからない。

 だけど、それだけでこんなにも、嫌われるものなのか。


「出ていけ」


 俺に期待していたやつも。


「出ていけ」


 俺に稽古してくれた人も。


「出ていけ」


 俺と遊んでくれた人も。



「出ていけェ!!」





 俺を産んでくれた人も。









 今度は、一人だ。






■□





 ボロボロだった。

 今日のために着飾った服装も、切り刻まれて所々肌が見え隠れしている。

 指輪は付けたままだ。

 髪も、めちゃくちゃになって、腰まであった髪が、今じゃ半分までデコボコに切られてしまった。

 手も、足も、顔も傷つけられ、さらにはとてつもない苦痛が、俺を襲っている。

 とても苦しくて、血を吐き出しそうなくらいに、とても痛い。

 体中がその意味不明なものに襲われ、俺はその場で倒れてしまった。

 ……ああ、ここで死ぬのだろうか。

 光の魔法を使ってしまった俺は、あそこを追放された。いや、あいつらは俺を殺そうと襲ってきた。

 だから俺は逃げた。ーーーー死にたいはずなのに。弟に会う為に、死ぬはずだったのに。

 自分でも、何であんな行動をしたのかがわからない。

 だけど死にたくなかった。

 『あんな奴ら』に、殺されたくなかった。


「……ぁ、…………が」


 息苦しくなる。

 体中の血が、抜き取られていくような、それと同時に脱力感が来て、力も入らなくなって。

 目の力も、なくなってきた。

 ……ここ、森なのか。だから緑なんだ。

 なんだ、俺は木々に囲まれて死んでいくのか。なんとも惨めな死に方だ。


 …………これが、一人で死ぬ、ということなのか。




 そうして、目を閉じていく。















「……大丈夫、かな?」






 ーーーーその時だった。

 俺の耳に、声が届いてくる。

 必死に頭を動かして、その声の元を辿る。

 力が入らなかったはずの腕も、今では精一杯力を込めている。

 瞼が落ちそうだけど、頑張って開ける。

 息が荒くなってるけど、俺は行ける。

 誰だ、俺を殺しに来たのか。

 刺客か?追ってきたのか?

 一体誰なんだ。

 顔を見たい。顔を見たいんだよ。

 その一心で、俺は、顔を上げた。





「ちょ、君大丈夫じゃないよね?明らかに危ないよね!?あー早くおばあちゃんに!」



 金髪。

 短髪。

 ローブ。

 男。



 情報を得られたのは、これだけだった。

 しかし、刺客ではないことは、確かだった。

 それに安心した途端、瞼が重くなる。

 今度は、抵抗できるはずもなく。



 俺は、完全に意識を失った。








 一人の男と、禍々しい城から追放された転生者エリカ。



 彼らが出会う時、物語はさらに加速するーーーーーー。





 -序章 マツムシソウ 終 -


マツムシソウ…わたしはすべてを失った




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ