彼女への告白ゲーム!(失敗すれば女体化)
その日はいつもと変わらない一日のはずだった。
「空が青いから、なにか良いことがありそうだ」
俺はそう雲一つない空を眺めながらそう呟いた。
佐々木次郎、それが俺の名前である。
上に一人兄がいて、それが太郎だから俺が次郎……。
安直すぎる名前に俺に不満があるかといえば、もちろんある。
但し、目立つような、いわゆる漫画などで出てくるような変な名前になりたいわけではない。
そういった意味で親の良識に対して俺は、ある種の感謝の気持ちがある。
だがそれでもこの名前は何となく嫌なのだ。
何故って……あまりにも普通すぎて逆に目立ってしまうからだ。
ここ最近、太郎だの次郎だの三郎だの、そういったものは物語の平凡な人や、例えば何かに名前を書く時の見本にしか使われているものしか見たことがない。
そんな一見ありそうでマイナーな名前。
しかもかの有名な、佐々木小次郎と一字しか違わない中途半端さにも不満はある。
何かに対して突出した才能があればそれはそれで良かったのかもしれないが、俺はあまりにも平凡すぎるのだ。
中肉中世の平凡、成績も平凡、美形というわけでもないし、運動神経もそこまでいいわけではない。
以前、逃げ足だけは速いと言われたことは有るが、それは才能と言えない気がする。
そんなこんなで、俺は安直な名前に辟易していたりする。
何故これを俺は念入りに言うかというと、実はこの前の入学式に名前を書かないといけない紙が渡されたのだが、その時の見本が、“佐々木次郎”だったのだ。
そして、本名を書くようにと差し戻されてしまったのである。
俺は慌てて言い返そうとしたらその時、たまたま隣の席に座っていた菫川桜子という長い黒髪の少女が、小さく笑って先生に言ったのだ。
「あ、彼、佐々木次郎君というのです」
「あら、そうなの? ごめんなさいね」
担任は慌てたように、俺の書いた紙を回収した。
それが桜崖学院高等科、一年の4月某日の入学式。
それ以来俺は、高校になって初めて一緒になった彼女のことが気になってしまったのだ。
美人だし。
でも以前何処か出会ったような気がするけれど、こんな美人なら覚えていそうだから気のせいだろう。
そうあって欲しいなと俺は思っているだけだ。
さて、入学式から数日経ったこの日俺は、ある決意をしていた。
といっても、明日することに決めて、今日は願掛けのようなものをしにきただけなのだが。
「確か校舎裏にある祠で、好きな人の名前を言うと叶えてくれる……だったか」
上級生の女の子達が、廊下をすれ違う時にそんな噂をしているのを俺はたまたま小耳に挟んだのだ。
丁度、とある人物に悩んでいた俺は、すぐさま行動を起こした。
つまり……一時間目の授業は保健室で休む事にしたのである。
実際に、ここ数日ずっと、彼女の事を考えているとよく眠れないので頭が痛いのは本当なのだ。
今日だって頭痛薬を飲んで登校してきたのである。
そして友人に担任に伝えておいてもらえるようお願いしたのだ。
「そう、全ては予定通りっと」
俺はそう呟きながら、そっと窓際のカーテンと窓をあける。
実は先ほど保険医は、用があるらしくここを留守にしたところだったのだ。
俺は運がいい。
何故ならその保健室空はその願掛けする祠が目の前にあるのだ。
つまり窓を開けてお願いをすればいいわけだ。
「よし、確かこう手を叩いて、合わせて……菫川桜子と恋人同士になりたいです。お願いします」
「よかろう~」
どこかで少女の声が聞こえた気がした。
つまり今のお願いを誰かに聞かれたのだろうかと俺は青くなる。
だってまだ誰にも話していないのだ。
だから窓から体を乗り出して周りを見たり周囲のベッドを探したりしたが、誰もいない。
「気のせいだったのか? 気のせいか……良かった」
俺は安堵して、それから当たり前のようにベッドに倒れ込んだのだった。
その日の夜、熱が出た。
昼間に頭痛薬を飲んで学校に行ったためか、風邪を少しこじらせたようだ。
唸りながら眠っている俺は、なんとか明日までに風邪を治して学校に行きたいと思った。
だって隣の席には……。
そう考えている内に俺は気づけば眠りの中にいた。
正確には夢と認識しながら夢の中にいたのだが。
そこで、何かが走ってくる音がした。
小さな足音で子供のようだと思いながら振り向くと、そこにはコスプレ少女がいた。
ピンク色のミニスカ着物を着た少女で、頭には狐の耳と大きな狐の尻尾が生えている。
彼女は俺の顔を見て、ニマッと笑い、
「恋愛を叶えて欲しいと、妾に願ったのはお前か」
「えーと、どちら様でしょうか」
「妾は昼間お前が願った祠の神様じゃ。たまには叶えておかないと、忘れられてしまうので、まあお前でいいかと思って夢に現れたのだ」
とても適当な神様であるらしい。
良いのかなと俺が思いつつ、すぐにこれは夢で、あまり意味が無いなと思った。
だからこの狐娘の頭を撫ぜた。
「な、何をするのじゃ、やめんか」
「こんな小さい、どこかの小説家漫画に出てきそうな狐耳の少女というあざとい生物が神様なわけ無いか」
「な、何じゃと!」
「こんな小さい神様は威厳がない」
どうせ夢だろうと思って俺は、背が小さい少女にそんなことを言ってしまった。
それに俺の恋心をバカにされた気がして、八つ当たりをしてしまった部分もある。
だがそれを聞いた狐耳の少女は顔を真赤にして怒り、
「そうかそうか、良いだろう。この妾を馬鹿にした罰じゃ。明日、もしも告白できなければ……お前は、女になるだろう!」
「そーですかー」
「むかっ、ならば追加じゃ。その女の子がいる場所、つまり妾の祠のある建物に来るまで、お前には様々な災いが降りかかるであろう! ……もしそれが本当に起こって、もう二度とこんな目に遭いたくない、そして罰を受けたくないと思ったら油揚げをお供えするように! じゃあの!」
狐耳の少女が言うと共に、俺の視界が暗黒に閉ざされる。
そこで俺は目が覚める。
先ほどの夢をすぐに思いだして、はっとして周りを見回すが、何の変化もない俺の部屋だった。
熱は治まったらしく頭痛はしない。
「嫌な夢を見た。さて、今は何時だ? 6:00か……でもなんか、胸のあたりが重いな」
そう思いながら俺は上半身をベッドから起こした。
やけに胸のあたりが重い。
それに服がきつく感じる。
なんだろうなと思っていると、パジャマの胸の辺りが盛り上がっていた。
それはもう、丸みを帯びた大きな二つに胸のあたりが、どこかで見たことがある気がした。
誰かが悪戯したのだろうか? 例えば詰め物とか。
俺はそう思って右手で触ってみるが、ふにゃりとした柔らかく、弾力性のある感触が手にある。
俺は今度は両手でそれを左右でつかみ、寄せて上げて、むにむにむにと揉んでみた。
やはり柔らかい。
おそらくはこれは、“おっぱい”だと推測され、主に女性についているはずのものだと俺は理解した。
だが理解した所でどうなるというのか。
「まさか俺、女体化した!」
「そうじゃ~」
「! あの夢に出てきた狐耳娘の声がする!」
「ふふふふ、とまあ、そんな風になりたくなかったら今日中に、意中の彼女に告白をするのだな」
「な! こんなの呪いじゃないか!」
「妾を小さいといった罰じゃ。気にしておるのに。だからお主は巨乳にしてやるがな! 嬉しいじゃろう!」
「一つ、いいか?」
「何じゃ?」
「俺、ただ単に背が小さいことを、小さいといっただけなんだが」
「……」
「……」
その少女の声は沈黙した。
はっきり言って健全な男子高校生である俺は、少女の胸など興味の欠片もない。
と、そこで再び少女の声が聞こえた。
「あー、まあ頑張ってくれたまえ。もう呪いはかけちゃったし。ふぁいと~」
「え? いや、解いていけよ!」
その声に合わせるかのように俺の胸は消失した。
良かったと俺は思うがすぐに次の難関に気づく。
「今日、告白しないと女体化か。……さっきのあれで本当にそうなりそうだし、頑張るか」
呟き、俺は起き上がり今日は早めに学校に向かうことにしたのだった。
どうしてこうなってしまったのか。
「にゃ~ん」
甘い声で鳴いて俺を惑わすケダモノ。
何時もであれば遠くからしかそのお姿を拝見できぬ事など多々あろうというものなのに、こんな日に限ってその凶悪さと邪悪さを持って悪意の様にその魅力を俺へと降り注ぐのだ。
何て事だ、俺は一体どうすればいいんだ。
目の前の鬼畜生命体“子猫”を相手に俺は真剣に悩んでいた。
そう、子猫なのだ。
大人になった猫ではなく子猫。
まだまだ小さい子猫だが、この頃が一番可愛いと言える時期なのだ。
白い毛並みに黒いまだら模様のある子猫。
「にゃ~ん」
しかも人懐っこいので野良猫ではなく飼い猫だと思うが、俺に向かって近づき、足元をくるくると歩きまわる。
それから俺に向かって、前足で靴を軽く叩く。
これが噂の猫パンチなどと思いつつ、子猫の可愛さと踏んでしまうわけにもいかないとか、邪険に扱ってはいけない様な気がするとか……そんな気持ちにさせられる。
「にゃ~」
子猫がもう一度俺を見上げて鳴いた。
俺の鉄壁の理性が、ぐらぐらと揺れている。
今すぐこの子猫の頭を撫ぜたり抱きあげたりしたい。
そんな衝動に耐える様に俺はその場で棒立ちになりながら、ぶるぶると震え、もだえ苦しんだ。
そんな俺の周りを子猫は歩きまわり、その度に、にゃ~と甘い声で鳴く。
はっきり言って、俺は猫が好きだ。
あのもふもふな感じといい、可愛い鳴き声といい、見ているだけで癒される……それぐらいに猫が好きだ。
しかも猫には色々な品種というか色があるけれど、そんな物は関係なく“猫”という存在が俺の心をとらえて離さないのだ。
ただ猫といってもネコ科だからと言って、ライオンが好きというわけではない。
どちらかというとあの首の長い草食動物、キリンの方が好きだった。
そう思っていると、何かの唸り声が聞こえる。
ぐるるるといった様などう猛な肉食獣の声だ。
先ほどまで懐いていた子猫は、声が聞こえると共に危険を察知したのか逃走してしまう。
薄情な子猫だった。
そして目の前には動物園でおなじみの肉食獣、ライオンが現れる。
何故こんな場所にいるのか?
前々から思っていたが、こういった恐ろしい肉食獣相手によく人類は今まで存続できたと思う。
そして目の前にライオンが現れた所でここから逃げる、という選択肢しか俺にはない。
運のいい事に走っていく先は学校の方角だった。
だから俺は鞄を持ったまま自身の持てる力を持って、走りはじめる。
後ろで何かが駆け抜ける音が聞こえる気がするが、振り返った瞬間に速度が落ちる。
それが何を意味するか分からない俺ではないので、俺はひたすら駆け抜ける。
と、背後で何か銃の様な物が撃たれるのが聞こえた。
何かが追いかけてくる音は聞こえなくなる。
もしかしたなら麻酔銃か何かで眠らせたのかもしれない。
だが、俺にはしなければならない事がある。
「俺の一番の目標は、学校に言って告白する事!」
そう叫びながら新たに何かに巻き込まれないうちにと、急いだのだった。
だが……予想通り、そう簡単には辿り着けなかったのだった。
そこにいたのは一人の少女だった。
「ふえええええん」
黒い長い髪の少女で、電柱の傍で泣いている。
今日は登校時刻、一時間半前に家を出た。
家から学校まで、約20分。
時計を見ると先ほどの猫の誘惑とライオンに追いかけられるという異常事態で約10分ほど時間を無駄にしてしまった。
残り一時間の猶予があるが、それでも呪いだの罰だの言われたので、何が起こるか分からない状況だ。
どんな障害が俺の前に待ち受けているのかが分からない。
そもそも超常現象も含まれているので、この先そんなライオンに襲われる程度で済む様な障害で済むのかも分からない。
それこそ突然異世界に召喚されてしまう、それが起こっても不思議ではないのだ。
ただ、そこまで行ってしまえばもう、一日で戻ってこれるようには思えないので諦めて“女体化”を受け入れるしかあるまい。
だが、そんな状況にならないように俺は、この自慢の逃げ足の速さで走っていたのだ。
先ほどから、『異世界の勇者よ……』といった様な声が聞こえたり、地面に光の魔法陣ぽい物が地面に浮き出ていたがその全てを俺は回避した。
途中で疲れたようなサラリーマンの様な男性がその魔法陣に引っ掛かっていたような気がするが、もしかしたら俺の気のせいだったのかもしれないので深く考えない事にした。
さて、そんな急ぐ俺の前に泣いている少女がいる。
どちらかというとこんな朝早くの平日に迷子になっているのも奇妙に思えるが、実際に目の前にいるのだから、存在はしているのだろう。
時間はまだある。
だがこれからの障害を考えるとどれくらいなのか……。
「……だからって放っていくのもどうなのか」
俺はそう呟いて自問自答する。
答えはすぐに決まっている。
今俺のいる場所から交番まではかなりの遠回りになってしまう。
だが、学校に遅刻しそうな時の“近道”という緊急事態用の道を使用すれば、余分にかかる時間が大体、5分程度に圧縮できる。
普通に歩けば、15分かかる距離だ。
だから大丈夫。
「交番に連れて行ってあげるよ。その代り、これからの道の事はおまわりさんには内緒にしておいてくれ」
「? ぐすっ、うん」
女の子が頷いたので俺は、その子の手を引きながら、電柱を伝い塀の上に乗る。
石が積み上げられた塀の上を、彼女の手を引きながら歩いていく。
女の子が、猫みたいだというので、実は俺は猫の神様なのだと冗談を言いつつそこを歩いていく。
やがて、そこそこ大きい道であり交番のある場所に出て、俺は女の子を交番に届ける。
そして後の事は、公的な方々にお任せする事にして俺は、走りだす。
「学校に急がねば。よし、五分の時間が余分にかかるから、後残り時間55分」
俺はそう腕時計を見ながら、時間を確認したのだった。
計画通りだと思っていたが、妙な事に俺は巻き込まれていた。
それは先ほど雲1つない青空出会ったはずの場所が、突如灰色の雲が湧き上がってきたのだ。
通り雨か、でもこの時期にと俺は思いながらもあの呪いか何かの影響下とため息を尽きそうになる。
ここから学校まではまだ距離がある。
ずぶ濡れになりながら投稿するのは風邪を引きそうであまり好ましくない。
なので丁度、シャッターの降りた店があったので、そこの軒下に入る。
同時に、ザーッと大きな音を立てて雨足が強まった。
いつも放り込んでおいた折り畳み傘の出番だと思い俺は鞄からそれを取り出した。
だがそこで俺は気づいてしまう。
直ぐ側に雨宿りをしている男がいる。
背が高く、体もガッチリとしているトレンチコートをきた男だ。
何となく関わらないようにして逃走したいと俺は思った。
だから自身の青い傘を開き、その場から逃走しようとした所で……俺は声をかけられてしまった。
「君に頼みがある」
「え、えっと、見ず知らずの高校生に頼まれても困るかもしれません」
「だがもうあまり時間がない。彼らに見つかってしまう」
「いや、彼らって誰ですか」
いきなり何かの物語が始まってしまったらしい。
だが何の変哲もない男子高校生な俺がそんなものに巻き込まれるのはおかしいと思う。
まてよ?
平凡な主人公キャラが何だかんだ言ってとんでもない事件に巻き込まれるのは、ありがちな展開の一つではないのか?
まずい、非常にまずい。
このままでは、学校に行くどころではないとんでもない何か事件に巻き込まれてしまう。
俺は即座にその場から逃げ出した。
背後で腕が伸ばされたが、俺はそれを自慢の逃げ足でかわしてさらに走っていく。
傘をさしている余裕が無く、土砂降りの中をしばらく駆けてから俺はようやく傘をさす。
「何とか上手くここまで逃げてこれたみたいだ。きっと別の平凡な人物が頑張ってくれるだろう。俺はそれよりも、学校に行って告白しないと行けないからな」
それが俺にとっては一番大事なことなのだ。
でないと俺は女体化してしまう。
それでは大好きな女の子に、好きになってもらうことも難しいのだ。
だから俺は、余計なことに煩わされたりするつもりは微塵もないのだ。
というわけで、俺はさらに傘をさしながら走っていく。
そうしていく内に段々と雨が上がり、青空が見えてくる。
まさかあそこで何かに巻き込ませるために、天気を変えたというのか。
「全く凄い事をするな。俺を女体化するくらいだからその程度はできるのか。……残りの余裕は、50分だ、頑張るぞ」
俺は口に出して自分を鼓舞しながら、さらに先へと進んだのだった。
先ほど降った雨でアスファルトは濡れている。
降ったばかりなので、乾くにはまだ時間がかかりそうだ。
ところどころに出来た小さな水たまりが、風で波紋がはしっている。
だがこの雨上がりの空はとても青く、白い雲が綿菓子のように浮かんでいる。
心地よい澄んだ空気が鼻孔をくすぐる。
このまま何事も無く学校につければいいと俺は思った。
けれどそうはならないだろう予感が俺にはあった。
次は何が来るんだろうか?
不安を覚えつつも足を急がせているとそこで、不気味な音が聞こえる。
何かが回転するような音だ。
遊園地のコーヒーカップで聞いたような音だ。
それが遠くで聞こえているようなのに近くに向かっているようだ。
その近くというのが、どうやら俺のいる場所であるらしい。
そうして現れたのは、ゆでたまごのような形をした宇宙船だった。
どうしてゆで卵のようにといったかというと、表面が真っ白でつやつやしていたからだったからだ。
さて、そのあたりはどうでも良い。
まずは現状で俺を狙っているらしきこの宇宙船のようなものからどうやって俺が逃走するかだ。
とりあえずは走って逃げよう。
即座に総判断した俺はその場からさらに足を速める。
反響するような変な音が聞こえたのは同時だった。
気になって振り向くと、宇宙船から黄色い光が放たれて、アスファルトに投げ捨てられていた空き缶が二つほど宙に浮いていた。
そのまま宇宙船の方に回収されているようにも見える。
きっと新たに開発された道路の掃除用の機械なのだろうと、訳の分からない妄想に俺はとりつかれていると、あろうことかその光が俺の方に向かってきたのである。
あれの中に入ってしまったらそのまま宇宙船の中に連れて行かれて、宇宙人に攫われてしまうのかもしれない。
何でいきなり俺がターゲットになっているんだと思わざる負えない。
だって俺は取り柄はない、平凡なのである。
そこで右足に浮遊感を感じた。
見るとその光に足の一部が引っかかっているようだ。
そのまま上空へと連れて行かれそうにあった俺はすぐそばにある電柱に捕まり、その光から足を引き抜く。
重力という日常ではあまり意識したことのない力に俺は、この時ほど感動を覚えたことはなかった。
さて、そんな俺は急いでその場から逃げ出した。
しばらく走ると宇宙船らしきものは追いかけてこなかった。
そもそも宇宙人がどーのこーのは、何処かの小説や漫画のヒーローが対応すべき出来事であり平凡な逃げ足の速い俺が巻き込まれる事件ではない。
あるとしたなら、物語の開始前に攫われるわ、ごにょごにょされるわ(R18なグロレベル)といったような不幸なモブくらいである。
もしやそれになりそうだったのだろうか?
「良かった、俺、逃げ足が早くて」
そう俺は呟きながらさらに進んでいきそこで自身の腕時計を見る。
「後残り時間、45分、余裕だな。……余裕のほうが良いな」
俺はその時計を見ながらそう反芻したのだった。
残り45分、これだけの時間があれば余裕だとしか思えない。
すでに少し離れた場所に学校が見える。
早めに来すぎてしまったような気持ちにもなるが、これからのことを考えると油断できない。
あんな超常現象てんこ盛りの状況に追い込まれながらも全ての危機を回避して、俺は逃げまわったのである。
逃げ足が速いと称された俺の特技……平凡な中でも唯一自慢できることだったのかもしれない。
これで後は“女体化”という結末から自身の全ての力で持って、逃げ切って栄光を勝ち取るのだと俺は思った。
そう思いながら走るアスファルトは、相変わらず先ほどの雨で濡れている。
水たまりの水が太陽光を反射して、キラキラと輝いている。
そんな水たまりを避けるように右側を走っていた俺。
だがそこで唐突にその水たまりの左側に大きな黒い穴が空いた。
丁度右か左……よし、右側にしようと選択した矢先の出来事である。
もしも左側を選択したなら、あのまま真っ暗な穴の中に落ちていったのかもしれない。
そう思ってゾッとしていると、目の前に次々と黒い穴が幾つも開いている。
何事かと思いつつ俺は、それらから関わらないようにしようと必死になって隙間を縫うように逃げていく。
と、そこで目の前に大きな黒い穴が空いていた。
避け損ねた!
俺が油断しすぎてしまったと絶望感に苛まれつつも、この穴の先は何処に繋がっているのかという不安感、そしてこれで俺は女体化だという不運な運命に絶望しかけたのだが……そこで丁度その穴から何かが顔をだした。
それは一見、茶色い毛玉のように見えた。
「ぐわはははは、我ら地底モグラが地上を支配する時が来た、猿どもが! お前達は……うがっ」
何故か日本語を話す巨大モグラが穴から出てきた。
おかげでそれを踏みつけることで俺はその穴に落ちることはなかったようだ。
そして丁度踏みつけた所で俺はその力を強め穴から脱出する。
運がいいと俺は思いながらさらに学校を目指す。
「この我を踏むとは許さんぞ! 捕らえろ!」
そんな声を聞いた俺は急いでその場から逃走する。
だが目の前の地面は盛り上がり、次々と穴が現れる。
俺はその穴に落下するのかと思っていたが、そこから次々とモグラの手下? らしきものが現れる。
おかげでそれらを踏みながら道を進むことが出来た。
つまり、地面を掘って現れた地底人モグラをモグラたたきして逃げられたのである。
踏む度に、グワッといった声が聞こえたが、仕方がない。
もう少し小説や漫画のヒーローならば格好の良い倒し方をするかもしれないが、俺は平凡な一般人なのである。
そう思って進んでいくと、気づけば穴は開かなくなっていた。
「ふう、何とか逃げ切ったぞ。……余裕が有るのは後、40分くらいか。この調子だとどうにか間に合いそうだ」
行く手を阻む超常現象が、そろそろネタ切れにならないだろうかという淡い思いを抱きつつ俺は進む。
だが、そこで終わるはずはなかったのだった。
余裕、と思っていても警戒を怠ってはいけない。
それでも後もう少しで学校だと思うと安心感がある。
だが、そんな俺を嘲笑うかのように、それは起こった。
「うわぁあああ」
男性の悲鳴のようなものが聞こえて、それと同時に噴水のような何かが直ぐ側の家から吹き上がる。
この時俺は直ちにそれを無視して、学校へ向かう道を歩めばよかったのだ。
だが俺は立ち止まってしまった。
その吹き出した水が、湯気を立てているようだったから。
つまり、温泉である。
閑静な住宅街とも言えるこの場所に温泉、それはそれで素晴らしいのだが、俺は温泉が好きなのだ。
あの温かいお湯に浸かり、ぼんやりとするあの時間は至福の時である。
だからそのお湯のせいで塀が崩れて大量のお湯が道に現れて……その辺りが窪地のようになっているのでお湯が溜まっていってしまう。
しかも下水溝に入りきらずに、溜まっている状況。
普通にお湯が溜まっているのであれば入りたいとも思うだろうが、この状況でこのお湯をよぎっていくのは無理そうだ。
また、この湯気や温度の感じからお湯自体がかなり熱そうである。
火傷をするのは好ましくない。
「これはお手上げだな……塀を伝っていくのも考えられるけれど、仕方がない。ここだけは回り道しよう。時間もあるし、学校も目の前だし」
そしてそのうちこの温泉には入りに来るんだと俺は決意する。
そんなこんなで温泉に気づいた人達が集まってくるので、それをかき分けて進む。
迂回するような道だがそれでも、10分程度余分にかかるだけのはずだった。
つまり余裕が有るのは後、30分。
これだけあればなんとかなる、そう思っていた俺の前に何かが空から落ちてきた。
轟音とともに、目の前に穴が空く。
中心部には、黒い塊が存在している。
いわゆる隕石というものだろうか。
確か売れば物によってはすごい高値がつくけれど、ここは公道だから、誰のものになるのかなどと一瞬考えて現実逃避しそうになった。
だって隕石がこんな風に降ってくる確率はもっと低いはずなのだ。
隕石で人が死ぬ確率が天文学的な数字とか何とかというのを何処かで見た気がする。
だがそんな俺を現実に引き戻したのは、風をきる音だった。
嫌な予感を覚えて俺がその場から前に進むとちょうどその場所に落ちてくる。
しかも空を見るとなにか光っているものが幾つも見えるのだ。
つまり超常現象的な力によって、俺に向かって隕石が降り注いでいるのである。
「こ、こんな現象になんて関わってたまるかぁあああ、というか、何で俺を殺そうとしているんだぁぁあああ]
あたったら即死な現象やら何やら、どれも俺をただ女体化させるための障害には思えない。
なんだこれ、不条理すぎる!
俺がそう思いながら必死に走って行くと、気けばその隕石が降ってくるのは止み、ようやく俺は学校の校門の前にまでたどり着く。
だがそこで俺の前に別の難関が姿を現したのだった。
校門から入った俺は、ここしばらくの恒例行事について完全に忘れていた。
「新入生だな。部活は決まっているかね?」
柔道着をきた柔和そうな雰囲気の先輩が俺に声をかけてくる。
この4月の初めというのはもっとも部活勧誘が盛んな時期で、部活に入っていないと思われれば即座に彼らは群がってきて、囁くのだ。
部活にはいろうと。
青春を楽しもうと。
だが俺としてはこれからの大学受験などを視野に入れると、推薦という選択肢も考えられるがやはり勉強に力を入れたいと思っている。
平凡は平凡なりに努力をしないと、別な意味で目立ってしまうのだから!
というわけで早速帰宅部を選択していた俺は、穏便にこの場を去るべく言葉を発した。
「お、俺は文芸部に入る予定ですので……」
「……お前、嘘を付いているな?」
そこで柔道部の先輩が、そう、俺の嘘を看破した。
何故だと俺が思っているとそこで、彼は嗤った。
「実は文化系にも運動系にもはいっていない新入生がリストアップして出回っているのだよ。佐々木次郎君」
しかも俺の名前までもが彼らにはすでに知られてしまっているらしい。
なぜだと思いつつもそこで俺は、次にどう言い訳すればいいのかを思いつく。
「じ、実は俺、文芸部に部員届けを……」
「残念だな。すでに文芸部は定員に達している」
「そ、それじゃあ、新聞部……」
「そちらも定員に達している。もう諦めるが良い」
笑みを浮かべる彼に俺は、全力逃走することに決めた。
さっと右に飛んでそのまま走りだそうとする俺。
けれどそんな俺の前にまた男達が立ちふさがる。
「柔道部だけが新人を欲していると思うなよ。われわれ空手部も新人がほしい」
「我々剣道部も人がほしい」
「何しろ部活の予算が増えるからな。当然、わがバスケットボール部も人がほしい」
「同じく……」
次々と現れる部活勧誘の先輩達。
彼らには、ここを通りたくば、入部するか我々を倒していくかの2択だと言われてしまう。
どんな展開だと思う。
というか時間を早めに来てしまったために俺に、勧誘部員が集中しているのだと気づいた。
まさか早めに出て遅刻をしないように学校に辿り着く、そんな俺の考えがこのような形で裏切られるとは。
ここで適当な部活に入ってしまいこの場は逃げるのも手ではあるのだが、このまま行くと、“朝練”という体育会系にありそうな朝の練習に滑り込み、彼女に出会うときには授業が始まっているということになりかねない。
少しでも早く俺は、この謎な呪いを解きたい。
だから俺は、彼らの勧誘を全力で逃げ切ることに決めた。
はじめから正面切って戦っても勝ち目はないのは俺には分かっている。
なので隙間をぬって、俺はその場から勧誘する先輩を避けていく。
そしてどうにかそれらを避けて下駄箱の前にやってきた俺だが、そこで、声が聞こえた。
「あれ、佐々木くん、今日は早いんだね。おはよう」
聞き覚えのある声に俺は、そちらの方を急いでみたのだった。
振り向くと、そこには俺が好きになっていた菫川桜子がいた。
黒い長い髪はつややかで、笑顔が眩しい。
女神だ……などと俺は思ってしまったわけだけれど、そこで俺は、はっとする。
そう、これは機会なのだ。
この機会を逃したら、女体化だ。
だから緊張しつつも、意を決して、その言葉を口にする。
「菫川桜子さん、俺と付き合ってください」
俺は告白した。
もし駄目だったらどうなるのだろうかという気もしたけれど、緊張しつつ俺はそう告げたのだ。
すると桜子は周りが輝いて見るような笑顔になった。
「はい、よろしくお願いします」
そう、つまり、その、恋人同士になってもいいということで……。
「い、いいんですか?」
「はい。……というか、次郎君、私のこと覚えていないですよね?」
「え?」
俺はそう言われて、首を傾げた。
だってこんな美人に昔会った記憶は無い。
そう思っていると桜子が、むっとしたように頬を膨らませる。
「3月頃に、捨て猫を見つけてどうしようかなよっていたら、一緒に飼い主を探してくれたじゃないですか」
「……え? で、でもその子はポニーテールでマスクを指定て……そういえば似ているかも」
「もう、全然気づいていないし。しかも同じクラスの隣の席だなんて思わなかったんですよ?」
はい、全然気づいていませんでしたと俺は思った。
まさかこのような展開、予想外だと俺が思っているとそこで、桜子が花がほころぶように微笑んだ。
「これからよろしくね。私もずっと次郎君の事が気になっていたし」
「はい!」
俺は嬉しさのあまり、大きく頷いた。
そこで、ボンッと大きな音がした。
見ると俺の胸のあたりに二つの塊が……。
「ちょっと待て、何で俺がまだ女体化しているんだ。告白は成功したじゃないか」
「いや~すまぬ、うっかり呪いを一部失敗してしまってな」
そこで突如狐耳の少女が現れた。
それを見て桜子が可愛らしく首をかしげる。
「? この子、次郎君の知り合い?」
「うむ、妾はこの学校の祠の神じゃ。恋愛成就でよくお前さん達も来ているじゃろう」
「! そ、そうなんですか。あれ、もしかして次郎君……」
「ふむ、ちょっとばかり告白の試練を与えたのだが久しぶりにしたので塩梅を間違えてしもうてな。ちょっと気が緩むと“女体化”してしまうようじゃ」
すまぬの~、と気楽にいう狐耳少女だがそれに俺は怒りを感じた。
「どうするんだ! 女になんか俺はなりたくないぞ!」
「ま、まあ、そのうちゆっくり呪いも抜けていくはずだからそれまでの辛抱じゃ」
「どれくらいかかるんだよ」
「一年くらいかのぅ」
「一年……」
その間俺は時々女体化するかもしれないのだ。
真剣に悩んでいるとそこで、桜子が俺の胸に右手を伸ばし……。
「あんんっ」
むにゅっと俺の胸を軽く掴んだ。
そのまま数度揉みしだかれてしまう。
「やぁあああんんっ、ぁああっん」
「すごい……次郎君のおっぱい、私よりも大きい」
「やぁああっ、やめっ、ぁあああっ」
うずうずする感覚。
こんなのは俺は知らないと、変な声も出るしと思っているとそこでようやく手を放してもらえた。
ハアハアと俺は何故か荒い息をしていると、胸がそこで消失する。
「よ、良かった……桜子さん、酷いよ」
「ごめんごめん、何だか形も良くて、つい」
「うう、でも突然女体化したら俺は何を言われるか……」
そう俺が嘆いていると狐耳の少女が、腰に手を当てて胸を張った。
「大丈夫じゃ。そこは妾が責任をもって、そういうものだからと皆にしばらくは認識してもらうから!」
「それが出来るなら先に呪いを解け!」
「……いや、そうしたいのはやまやまなんじゃが、下手をするとお前の逃げ足の速さや運のよさが、ごっそり削られてしまうのでな……あまりやりたくないのじゃ」
「そうなのか」
「そうなのじゃ。後はその呪いじゃが呪いの関係で妾のお手伝いをしてくれれば、もう少し早く戻れるかもしれない」
「ただ単に手伝わせたいとか?」
「そういう気持ちも少しはあるのじゃが、事実なのじゃ。すまぬ」
そこでしょんぼりしたように狐耳の少女がいう。
それを見るとそれ以上俺はきついことを言えなくなってしまう。
と、桜子が良い事を思いついたとでもいうかのように手を叩く。
「じゃあ、次郎君のお手伝いを私もするね」
桜子も協力する気満々だったりするので俺はそれ以上何も言えない。
こうして俺は、恋人はできたけれどその恋人と一緒に、狐耳少女のお手伝いを初めて……平凡な人生が波乱万丈な人生へと、大きく変わってしまったのだった。
「おしまい」