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実践しました(その3)

 冴子と曽我部が寮に戻ると、直樹と望が賑やかに話をしながらお昼ご飯を食べていた。

 「あの犯人は結局貸金庫の中に入ってる宝石とかを盗んで売って現金にしたかったんだよな」

 「じゃあ貯金おろした方が早いじゃないの」

 「それには通帳とハンコが必要だろ」

 「じゃあカードでおろせば?」

 「カード偽造は難しそうだよ」

 「もう一人の男は何でウィルス送ろうとしてたの?」

 「世間が騒ぐのが見たかったんじゃねーの?」

 テレビでニュースを見られないので、その後の取り調べの様子とかが分からない二人は想像で話をしていた。

 「あ、冴子ー、戻ってきたの? どうだった? 涼平君は?」

 望が二人が帰って来た事に気付き、声を掛けた。

 「うん、私はまた二時から行かなきゃいけないんだ」

 そう言って曽我部をテーブルに着かせ、二人分の昼食を取りに行った。

 「涼平はまだ演習中?」

 すっかり名前の呼び方とか話し方がラフになってきた直樹が聞いた。

 「涼平さんは研究所で休んでいます。ちょっと具合を悪くされて」

 曽我部が答える。

 「え、大丈夫なの?」

 「冴子さんが癒したので大丈夫ですよ」

 曽我部が笑顔でそう言ったので、二人は安心した。

 「涼平君はどんな演習したの?」

 興味津々に望が聞いた。

 「北アルプスまで行って盗まれた仏像を見つけて持ち帰って来ました」

 「飛んで行ったの?」

 「時速千キロでね」

 「時速千キロ? どんな速さ?」

 「そうですね、高速道路で車が百キロで走るのでその十倍ですね」

 「想像つかないけど凄いね! 涼平君帰って来たらどんなだったか詳しく聞こうっと」

 皆はお喋りをしながらゆっくり食べていたが、冴子は二時には行かなければいけないので結構急いで食べた。

 「じゃ、私行くね」

 「冴子頑張ってねー」

 「冴子頑張れー」

 望と直樹が馴れ馴れしくなってきたなあと思いながらも、ちょっと嬉しい冴子だった。


 冴子は時間より少し早めに研究所へ入り、涼平の様子を見に行った。

 涼平の側には本宮が座っていた。

 「あれ、もう時間ですか?」

 本宮が慌てて時計を見る。

 「まだちょっと早いですが、川村さんの様子を見に来ました」

 「大丈夫ですよ。良く眠っています」

 涼平の顔を見ると、

 「飛行機だー。俺の方が速いぞ……」

 とニヤニヤ笑って寝言を言っていた。

 「夕べ興奮して眠れなかったって言ってたから」

 冴子が安心した様子で言うと、

 「遠足前日の小学生みたいですね」

 とクスクス笑って本宮が言った。

 「ではそろそろ行きますか」

 と冴子を促し本宮は立ち上がった。


 本宮に連れてこられたのは地下二階だった。この間面接をした地下室の、まだ下があったのかと冴子は驚いた。

 しかし地下二階は薄暗く、気味が悪かった。

 本宮は一番奥の部屋のドアを開けた。

 「さあ中へ」

 恐る恐る部屋の中に入ると、ベッドに女性が寝ていた。しかし女性の様子を良く見て冴子は怖くなり一歩後ろに下がった。

 女性には目隠しと猿ぐつわがされていた。それだけでは無く手足がベッドの柵に固定させられていた。

 それでも何か言おうと呻いていた。首や腰という、わずかでも動かす事の出来る部分を動かし蠢いていた。

 「彼女は薬物患者です」

 本宮が説明する。冴子は薬物患者という人に初めて会った。ほとんどの人がそうな様に、薬物という物とは縁の無い人生を送って来た。

 「彼女の夫は薬物の密売人でした。ですが取引相手とのトラブルに巻き込まれ、お亡くなりになりました。その後彼女が密売人となりましたが、いつの間にか自分が薬物の中毒となってしまいました。現在かなりの禁断症状、幻覚に襲われています。こうしておかないと自分自身を傷付ける恐れがあります」

 冴子は呆然とした。同じ女として、とても可哀想に思った。たまたま出会った男のせいでこんな目に会うなんてと怒りを覚えた。

 「佐々木さん、彼女を癒してあげて下さい。そして彼女が薬物を仕入れている人物を聞き出して下さい。これ以上不幸な人を増やさないためにも」 

 冴子はしっかりと頷き女性の手を取った。


 女性の心を覗いてみる。

 「薬……薬が欲しい。早く頂戴。早くしないと……こいつらに、私の身体中を這いずり回っている虫達に、私は食べられてしまう!」

 女性は体が固定されているにもかかわらず暴れ始めた。良く見ると手首や足首に小さな傷やアザがあった。

 冴子は女性の手を一層強く握った。そして、山の奥の綺麗な清水が彼女の体の中を流れていると想像した。

 冷たくて綺麗な生まれたての水が彼女の中を流れて行く。そして彼女の中の悪い物が流されて行く。そして彼女も綺麗になって行く……。

 水音が冴子の頭の中で聞こえる。

 

 しばらく続けていると、女性がそっと手を握り返してきた。暴れる訳ではなく、何か目的を持って体を動かしている。冴子は女性の心を読んだ。

 「誰? 暖かい手だわ。私、何してたんだろ。……夫が死んで、あの人と同じ仕事をする事で夫が側にいるようなつもりでいて、でもやっぱり一人ぼっちで……。そんな時あの男が言った。これを使えば楽になるって」

 

 「本宮さん、猿ぐつわ外していいですか?」

 女性と話がしたくなった冴子は本宮に聞いた。

 「もう大丈夫ですか?」

 「体は大丈夫だと思います」

 本宮は女性の猿ぐつわを外した。

 「目隠しだけはこのままで。私達の顔を見られてはいけないので」

 

 「具合はどうですか?」

 「あなた、誰?」

 初めて女性の声を聞いた。しばらく水分を摂っていなかったためか、少しかすれていた。

 「大変でしたね。辛かったでしょ」

 冴子が声を掛けると女性は唇を噛みしめた。女性は心の中で叫んでいた。

 「辛いなんてもんじゃ無いわよ。誰にもわからないわよ。死んだ方がましよ。もう私の人生終わりよ」

 体は良くなったが、心の傷がとても深い事に冴子は気が付いた。

 冴子は再び女性の手を握り締めた。

 女性の体に暖かい春の日射しが差し込むイメージをした。

 女性はその暖かさが何なのか考えた。初めは母親のお腹の中の暖かさを思い浮かべた。それから小学校の入学式の日両親と共に歩いた桜並木。学生時代のキャンプファイアの火。初めてあの人に手を握られた時のあの人の手。新婚旅行で行った沖縄の太陽。

 どれも暖かかった。どのシーンでも幸せだった。

 「あの頃に帰りたい」

 そう言って女性は涙を流し始めた。目隠しの布を湿らせた。

 「あの頃には戻れません。でもこれからきっとある。あの頃以上に暖かい事、見つければ絶対ある」

 冴子はきっぱりと言った。

 「あなたに比べれば私の不幸なんて凄く小さい物かもしれないけど、でも私も辛い思いをしたの。でもね、今は幸せだよ。だってあなたを助けるお手伝いが出来るから」

 冴子の言葉に女性は少し沈黙したが、しばらくすると冴子の手を握り返してきた。

 「そう、あなた幸せになったのね」

 「うん」

 「私にも人を幸せにする事が出来るのね

 「うん」

 「……私も幸せになりたい。ううん、なる。有り難う」

 女性の唇が微笑んでいた。

 

 女性はその後薬物の仕入れ先や関係者を話し、冴子の演習は無事に終わった。でもあまりに重い演習だったため、冴子は話をする気にもなれず、夕飯も食べずに部屋へ帰った。

 望から呼び出しは当然あったが、寝たふりをした。

 私の心も誰か癒してくれーと思う冴子だった。

  

 

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