所長面接しました
応接室を出て廊下を突き当たり右に曲がると地下への階段があった。平屋だての建物だと思っていたが地下があったようだ。
階段を降りると一階よりも広そうなスペースに幾つもの部屋があった。そのうちの一室に通された。部屋の中央にテーブルがあり、向こう側に国重が座っていた。国重の隣に本宮が座り、入り口側に冴子は座った。
「先程お話したように、あなた達には国の安全のために働いて頂きます。と言っても警察や自衛隊のような表に出ての活動はせず、情報を集めたりして大きな事件、事故になる前に解決して頂きます」
「スパイみたいですね」
「そうかもしれませんけど、それ以上かもしれません」
興味はあるけどいくら研修をしても無理そうな、いや絶対無理……と思った。
「あなた一人でするわけではありません。皆それぞれ異なる特別な能力を身に付けてもらい、協力をして解決していきます。一人一人個性が違うので、それに合った能力を身に付けて頂きます。先日の面接の時、あなたは気が強い事が短所だと言っていましたね」
「はい」
「では逆に何があればそれを補えると思いますか?」
「そうですね……私はただ自分の言いたい事だけ言ってしまって、相手の本意や気持ちがわかればもう少し穏やかに話しが出来るようになると思います」
「相手の心が読めれば、という事ですね」
「はい、口にしてしまった言葉は元に戻せないですから」
「話した言葉がなかった事に出来ればなお良いと」
「そうですね。今までとげのある言葉ばかり口にして沢山の人を傷付けてきたと思います」
「では逆にあなたの言葉で人を癒せるようになれば素晴らしいですね」
「そんな人間になれれば最高です」
「わかりました。あなたには他人の心が読め、心身共に癒す事の出来る能力を身に付けてもらいましょう」
「え、そんな能力が身に付くんですか?」
そんなSF小説やゲームの中にしかないような能力なんて、現実の世界ではあり得ない。なんか嘘くさくて怪しい。
「佐々木さん、そんな事あり得ないと思っていますか?現在世界の先進国と呼ばれている国ではこの方面の研究が進められていて、現実に使われています」
「え?」
「ただそんな能力がある事が周りに知られると普通の生活は出来なくなります」
「確かに心を読める人にはどんなにいい人でも近付きたくないですね。他に凄い力がある人には頼ってしまうでしょうね」
「あるいは悪い組織に利用されてしまう可能性は高いですね……。特別な能力のある人達は特別な場所で特別な仕事をするのです。普通の人達には知られずに、です」
現実味が湧いてきてはいるが、本当にそんな能力が身に付くのかが疑問だ。
その時国重が口を開いた。
「システムは完成しています。詳しく話しても理解出来ないと思いますので簡単に説明します。普段使われていない脳の領域に刺激を与え、通常では使えない能力を使用可能とします。人間には考えられない程の能力がありますが、利用する能力が退化してしまった。それを人為的に操作するのです」
人間の脳はほんの一部しか使われていない事は聞いた事があった。
「何の能力でも、というわけにはいきません。やはりその人に合った能力でなければ使いこなせないですからね。佐々木さん、ご理解いただけましたか」
「大体は……で、どうやって脳に刺激を与えるんですか?」
頭に電極でもつけられたら怖いな、と電線の付いたヘットギアをとりつけられた自分を冴子は想像していた。
「催眠療法、とでもいいますか。催眠術を使い脳を活性化させます」
冴子は少し安心した。
「他に質問はありますか?」
「いえ、ありません」
「では始めても良いですか?」
「はい、お願いします」
部屋の奥のカーテンを開けるとベッドがあり、横になるように言われた。目を閉じ楽な体勢になると、心地良い音楽が流れてきた。
この頭の良い人達の説明の何を聞いても私には理解出来ないだろう、もう任せるしかなさそうだ。何かあっても心配してくれる人は私にはいない。私がいなくなっても皆何事もなく過ごすだろう。
母親は冴子が小学生の時に死んだ。父親はすぐに再婚した。そしてすぐに継母との間に男の子が産まれた。両親は弟を可愛がった。冴子の存在を忘れるほどに。冴子が褒めてもらいたくて100点とっても、クラスの委員長に選ばれても、「あ、そう」。無関心だった。非行に走れれば少しは楽だったかもしれない。
しかし根が真面目な冴子は逆に徹底的に正義を貫いた。少しの悪も許さない、鬱陶しく思われても発言しまくった。
後取りも出来たし、私は邪魔なだけだと冴子は家を出た。それ以降家には帰っていない。冴子が何処で何をしているのか知らないし知る気もないようだ。
ここを追い出されたら行く所は無い。
癒しの能力は自分にも使えるのだろうか。一番最初に自分に使いたい……。
音楽を聞きながらうとうとし初めた冴子は今までの事を夢をみているかのように思い出していた。
冴子がすっかり眠りに落ちたのを見届けると、国重が助手を呼び、別室に運ばせた。
そこは処置室のような部屋で、冴子の頭に電極が取り付けられていった……。
気が付くと冴子は寮の自分の部屋で寝ていた。何時なのかとスマホを見ると朝の六時半だった。少し頭が痛いような気がした。
それよりもお腹が空いていた。昨日朝パンを食べたきり、何も食べていない事に気が付いた。
昨日何があったのか覚えがない。地下の部屋で眠ってしまった後何をされたのかもわからない。でもとりあえず生きている。傷もなさそうだ。
悩んでも仕方ないので、今日はきちんとご飯を食べようと支度を始めた。
食堂へ行くと曽我部が本を広げていた。目が見えないんじゃなかったっけ?と不思議に思いながら近づいた。
「おはようございます、曽我部さん。というか、初めましてですね。私佐々木です」
「おはようございます。えっと、佐々木冴子さん」
「名前まで覚えてくれたんですか?」
「書いておくわけにいかないので」
微笑みながらそう言った。
「曽我部さんの名前、珍しい名前ですよね」
「そうですね。しゅうせいって、あんまりないですよね」
「今まで聞いた事なかったです。でも素敵な響きですよね」
「ありがとうございます」
穏やかな笑顔だった。この人は生まれつき人を癒す能力があるなあ、と冴子が感心していると、
「あら、お腹空いたの? すぐ用意するからね」
大屋さんが出勤してきて料理にとりかかった。
「なんか昨日ご飯食べ損なっちゃったからお腹が空いちゃって」
と少し照れながら話す。
「そうですね。私も昨日は良く寝てしまったようです」
「あの……さっき本読んでましたよね」
「ああ、これですか」
曽我部は分厚く膨らんだ本を広げた。
「これ……」
本の中には文字が無く、無数の小さな穴が開いていた。
「見たこと無いですかね。これは点字といって、目の見えない人が指で読む本です」
「指で?」
「触って見てください。点の並び方で文字になっていて文章になっています」
冴子は触ってみたが、なんとなくつぶつぶは分かるが違いが分からなかった。
「難しいですね」
「私も慣れるまでは苦労しましたよ」
クスクスと笑いながら曽我部が言った。
「あー、何かいい雰囲気」
望がやって来た。
「あ、望ちゃん、おはよう。曽我部さん、望ちゃんです。水沢望ちゃん」
望の冷やかしをさらりとかわし、冴子は望を紹介した。
「おはようございます、水沢さん」
「望でいいですよ。私年下だし」
望が来たことで賑やかになった食堂に直樹と涼平もやって来た。
「腹減ったー、昨日何も食べないで寝ちまったもんなー」
「本当に、お腹空いた」
「はいはい、お待たせ。ご飯取りにおいで」
皆で食べる初めての食事は、全員空腹のため話しをする訳でもなく、もくもくと食べた。皆おかわりをした。
食後のコーヒーを飲んでまったりとしていると、本宮がやって来た。
「皆さんおはようございます。私もコーヒー一杯頂こうかな」
そう言って大屋のところへ行きコーヒーを受け取り、皆と少し離れた席に座った。コーヒーを飲みながら書類に目を通していた。
「そうですね、では30分後に研究所の方へ来て下さい」
そう言って食堂を出て行った。