それぞれの使命(その3)
冴子は留置場にいた。
少年がいる隣の居室にいた。
冴子は早速少年の心を読んだ。
「早く家に帰ってゲームしたいなあ……。今イベント中なのに、俺が居なくてチーム大丈夫かなあ。って言うか、無断で不参加って、かなりマズイだろ。もう仲間から外されるかも……」
少年は頭を抱えていた。
「バカ親のせいだ。あいつらが余計な事したから。畜生。今の装備にするのに幾ら課金したと思ってるんだ。皆無駄になっちまう」
床を叩く音がした。かなりイライラしている様子だ。
どうやらゲームに熱中していた所を親が怒ったか注意して少年がキレて暴力を振るったのかな、と冴子は推測した。
別に私が来なくても良くあるパターンじゃないの。何で私が来なきゃいけなかったんだろう。
冴子は不思議に思った。
少年はまだ床を叩いていた。叩くと言うか、足で踏み鳴らしているようだった。
「おい、うるせーぞ!」
少年の向こうの居室から誰かが怒鳴る。
少年は今まで以上に床を叩いた。
「うるせーって言ってんだろ!」
「聞こえませーん」
少年が声を出した。
「ん? 何か聞き覚えのある声……」
冴子は思い出そうとしていた。
「お前何やったんだ」
向こうの居室の男が聞いて来た。
「俺はもう何回もここに来てるんだ。先輩には挨拶位しておくのが礼儀だろ」
何回も悪さするヤツが礼儀だなんて言うのは可笑しいだろ、と冴子は鼻で笑った。
「おい、聞いてんだろ。何か言えよ」
反応を示さない少年に男は苛立って来た様だ。
「お前、俺が怖いんだろ。返事も出来ねえ腰抜けが。どうせセコい事やって捕まったんだろ。万引きとか、ああ、お前みたいな暗いヤツは下着泥棒とかか。ハハハ」
「……殺人未遂」
「え?」
「俺は殺す気だった。だけどあいつはしぶとくてね。何回殴っても死なないんだ。蹴っても死なないんだ。人間って結構丈夫なんだね。ゲームの中じゃすぐ死んじゃうのにね」
男は黙った。こいつ頭がおかしい、こういうヤツが一番危ない、と分かっていたからだ。
それよりも驚いたのは冴子の方だった。少年が精神的に病んでいる事も衝撃だったが、それよりも少年の声を思い出したからだ。
「誠……」
冴子の弟、誠の声だった。
心の声を聞いても誰かは分からない。でも実際の声を聞くと誰なのか分かる。
聞き間違えるはずが無い。少年がまだ赤ちゃんの時から一緒に暮らしてきた。
父親が「新しいお母さんだよ」と連れてきた女性、お母さんよりも若くて元気だった。
「冴子ちゃん、よろしくね」と、父に聞いたのか冴子の大好物のティラミスをお土産に持って来た。
でも冴子は、母親が小さい頃から可愛がってくれたのを覚えていた。病気で苦しんでいたのを見て来た。
「冴子と離れたくない。ずっと冴子と一緒にいたい」母親は最後の最後まで、ずっと冴子の手を握っていた。意識が無くなり喋れなくなっても手を離さなかった。
冴子の心に開いた穴は、簡単には埋まらなかった。
なのに父親は一年も経たない間に「新しいお母さんだよ」なんて他所の女を連れてきた。
許せなかった。二人とも許せなかった。絶対に「新しいお母さん」なんて認められなかった。
冴子はティラミスを放り投げた。
母親が作ってくれたから大好きになったんだ。こんな店で買った物なんて大嫌いだ。特にこんな女が持って来た物なんて尚更嫌いだ。
冴子は「新しいお母さん」とは口もきかなかった。
でも、誠が産まれて冴子の中で何かが変わった。誠は可愛かった。
冴子に笑いかけたり、「アーアー」と話し掛けたり、天使の微笑みを見て冴子は優しさを取り戻していた。
その反面、「新しいお母さん」も変わった。
自分の子供が出来た。本当の血の繋がった可愛い息子が出来た。
もう、話し掛けても気を遣っても無視をしたり睨み付ける、可愛いげの無い娘は要らなくなった。
立場が逆転した。
冴子は誠の世話をしたくて近付くが、母親は「バイ菌うつるから触らないで」と冴子を追い払った。
でも誠は冴子が好きな様で、母親のそばから冴子に向かってハイハイをして近付いて来た。母親に抱っこされていても、身を乗り出して冴子の方へ来ようとした。
歩くようになるとよく手を繋いでお散歩へも行った。
宿題もよく教えてあげた。
誠は素直で、母親よりも冴子に学校であった事とか友達の事とか話してくれた。
でも冴子は常日頃から母親に「高校だけは出してあげるけど、あとは知らないわよ」と言われていた。
つまり、出ていけと言う事だ。
高校三年、寮のある会社に就職を決めた。やりたい仕事だった訳でも無く、ただ家を出る為だけに決めた会社だった。
自分は将来何になりたかったっけ。お母さんみたいにケーキが作りたいからパティシエになりたかったっけ。「美味しいケーキ作ったらお母さんに一番に食べさせてあげるね」 そんな約束も叶わないままに、やりたくもない機械の製造工場へ就職した。
家を出た時、誠はまだ小学生だった。
両親に可愛がられていたから、私なんかいなくても大丈夫だろうと、冴子は思っていた。別れるのが辛いから、何も言わず、誠が学校に行ってる間に家を出た。
その日の朝、「いってらっしゃい」と笑顔で学校へ送り出して、それが最後になった。
何で誠はこんなになったんだろう。私にも責任があるはずだ。
冴子は誠の心の中を探った。
「誠、忘れ物無い?」
「誠、今日はこの服がいいわよ」
「誠、髪の毛がはねてるわよ」
「誠、おやつにクッキー焼いておくから早く帰って来てね」
誠、誠、誠……。うるせーんだよ。毎日朝から晩まで、顔見るたびに誠、誠だ。
俺だってもう高校生だ。いつまでもガキじゃねえ。
おやつにクッキーだ? ふざけんじゃねえ。女子じゃあるまいし、いつまでも甘いお菓子なんかで喜ぶ訳ねえだろ。
うざい、うざすぎる。
いつまでも子供扱いしやがって。いつまでまとわり付くつもりだ。
俺だって友達と遊びたいんだ。バカやって騒ぎたいんだ。
なのにバカ親は、俺が友達と遊んでると「早く帰って来なさい」って電話を寄越す。無視してると友達の親に「うちの子を不良にするつもりですか。早く帰して下さい」なんて電話しやがる。
うちの親がうるさすぎるから、誰も誘って来なくなった。友達もいなくなった。それでも辛かったのに、俺はもっと辛い、イジメの対象になった。
「ママが待ってるんだろー」
「まだママと風呂入ってんだろ」
「いや、一緒に寝てるんだよな」
「えー、佐々木君てマザコンなの? キモイ」
彼女なんて夢のまた夢、俺の青春は終わったんだ、いや、無かったんだ。
みんなバカ親のせいだ。
もう学校なんか行かない。行ってもからかわれたり苛められるだけだ。
俺は部屋に閉じ籠った。
朝から晩までゲーム三昧の毎日だ。
そして俺は居場所を見付けた。
ネットの中じゃ、沢山の仲間がいる。毎日協力しあって敵を倒す。
俺は課金をしてどんどん強くなった。最強の武器、最強の防具を身に付けた俺は仲間から頼られる存在になった。皆俺に助けを求めて来る。
ネットの中で交流しあい、色々な話もした。
昼間からゲームをやってる奴らだ。訳ありな奴らばかりだ。俺と同じに、学校へも行けず引きこもってる奴も何人かいた。
同じ苦しみを持った奴と話をすると、少しは気が楽になった。皆自分が一番不幸だと思っているが、それは自分も一緒だった。
居心地が良かった。面倒臭ければ放置すればいい。うるさい奴がいたらアクセス禁止にすればいい。
俺を必要と思って助けを求めて来た奴には協力する。俺は俺の王国を作るんだ。
それなのに、バカ親は俺からネットの世界を奪った。ネットの契約を解除した。
信じられなかった。
嘘だろ。
俺の世界を返せ、返せ、返せ!!
あんなに明るくて無邪気だった誠が、こんなにも心が闇に閉ざされていたなんて。
冴子は替わってあげたかった。
すぐにでも抱き締めたかった。
でも、身体中が震えていた。
自分の無責任さにうちひしがれていた。
良くあるパターン?
何で私が来なきゃいけなかった?
誰であろうと、どんなパターンだろうと、何でもっと親身になろうとしなかったのだろうか。
弟だから助けるの?
大事な弟だけ助けるの?
自分は冷たい人間だと思い知った。
無責任な人間だと腹が立った。
自分が家にいて守ってあげれば良かったのか。自分さえ我慢すれば誠はこんな辛い思いをしなかったのか。
それはわからなかった。
自分がいても変わらなかったかも知れない。
でも、一緒に苦しむ事は出来る。
一緒に泣く事は出来る。
弟だから? 家族だから?
いや、それが私の使命だからだ。
冴子は集中した。
弟は勿論、その向こうの居室にいる男も、心に闇を抱えている。
それが誰だろうと、どんな罪を犯したのだろうと、私が関わった者は皆癒す。
それが私の使命だ。
留置所内に冴子の気が充満してきた。
冴子はこれまで使った事が無い位の量の能力を使った。
まだ、子供だった頃、罪の意味さえ分からなかった頃。
「ママー、お姉ちゃんがぶったー」
「違うよ、当たっただけだよ」
「お姉ちゃん酷いね。痛かったの? 可哀想に」
「痛いことしちゃいけないんだよ」
「だからわざとじゃ無いんだってば。でも痛かった? ごめんね……」
子供だって知ってる。人に痛い思いをさせたらいけないって事。
でも、そうさせてしまった原因があるんだね。きっと、心に痛い事されちゃったんだね。
可哀想に……。
今治してあげるからね……。
冴子は全力で癒しのパワーを放出した。癒しのパワーで留置所内にいる全員を抱き締めていた。
冴子は自分の意識が無くなるまでパワーを放出し続けた。




