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自己紹介しました

 外が騒がしいなあ……。


 エンジンの音と話し声で目が覚めた。

 カーテンを開け外を見ると、昨日冴子を連れてきた黒い車が停まっていた。

 どんな子が来たのかなとベランダに出てみると、

 「お、女の子だ。初めましてー、俺、岡倉直樹、よろしくね!」

 男子だった。茶髪で背は高く整った顔立ちだが、かなりスリムで冴子より体重は軽そうだった。体だけではなく性格も軽そうだ。こいつの弱点は絶対軽いところだろう、と冴子は思った。

 直樹が寮に入ったと思ったら、もう一人、車から男子が降りて来た、というより黒スーツの男に抱き抱えられて降ろしてもらっていた。そして先に降ろしてあった車椅子に座ると、自分で操作し寮に入って行った。

 冴子がベランダから部屋に戻るとドアをノックする音が聞こえた。出てみると望だった。

 「男の子入ったみたいだね。これで全員揃ったのかな?」

 「全部で四人ってこと?」

 「え、朝早くに一人来たから五人だよ」

 寝ている間に一人来たらしい。

 「五人か。まだ来るのかな」

 「どうなのかな。仲良くなれるかな」

 望は呑気で羨ましい、と冴子は思った。

 「それより研修って何やるんだろう。怪しい事じゃなきゃいいけど」

 「怪しい研修? 研修って勉強会みたいな事なんでしょ。聞いていれば終わるんじゃないの?」

 そういえば望は社会経験が無かったんだ、まだ学生のつもりでいるんだと思った冴子は、先輩として社会の事を教えてあげなきゃと思った。

 「研修って言っても色々あるよ。話聞くだけのもあるけど、そのあと習った事を実際にやらされたり、理解したかテストされたり」

 「えー、そうなんだ。じゃあ真面目に聞かなきゃいけないんだ」

 「全部覚えるつもりでいなきゃ駄目だよ。研修のあとは一人でやらされるんだから。研修中はいいけど、現場に配属されたら一人でやらなきゃいけないんだから」

 「うわ、社会って厳しいんですね。私何もわからないので色々教えて下さい」

 すがるような目付きで見つめられ、よし、私が教え込んであげようと冴子は使命感を感じた。

 その時、冴子のスマホが鳴った。本宮からのメールだった。

 「おはようございます。全員揃ったのでオリエンテーションをします。10時に研究所応接室へ集合して下さい。」

 望のところにもメールが届いたようだった。 

 「さ、支度しなきゃ」

 「うん。じゃ、またあとでね」


 望が出ていくと、まだパジャマ姿だった冴子は慌てて洗面を済ませ着替えた。今九時半、朝食まだあるのかなあと心配しながら食堂へ行くと、おばさんが食堂の掃除をしていた。

 「おばさん、寝坊しちゃったけど、何か食べるものありますか?」

 「納豆で良ければあるよ」

 「じゃ、いいです……」

 冴子は納豆が大嫌いだった。お腹は空いていたが納豆を食べるくらいなら食べない方がましだった。

 「パンなら食べられる?」

 「はい!」

 諦めかけていたが、おばさんの救いの一言で元気が出た。

 「嫌いな物があったら言っておいてね」

 トーストと牛乳をテーブルに置きながらおばさんは笑顔で言ってくれた。

 「それと、私は大屋です」

 と、にやっと笑って言った。

 「あ、ありがとうございます。大屋さん……」

 確かにおばさん連発は失礼だったと反省をした。

 パンを食べ終え丁度いい時間になったので寮を出て研究所へ向かった。

 研究所の入り口に本宮と三人の男子が集まっていた。顔の登録をしていた。

 「おはようございます」

 本宮に挨拶すると三人の男子も振り向いた。

 「あー、さっきの。俺直樹、覚えた? 君は何て名前?」

 さっきの軽い男子が話しかける。

 「自己紹介は中でゆっくりしましょう。さ、中へどうぞ」

 本宮に促され、四人が研究所に入ろうとした時、

 「おはようございまーす」

 と望が走って来た。


 応接室に皆腰を下ろすと、本宮が話し始めた。

 「改めまして、皆さん、性格改善研究所へようこそ。私は当研究所所長の本宮です。よろしくお願いします。では皆さんも簡単で良いので自己紹介をお願いします」

 何となく本宮と目の合った冴子から自己紹介を始める事になった。

 「佐々木冴子です。23歳です。以前は製造業をしていました。よろしくお願いします」

 次に望が立ち上がった。

 「水沢望です。よろしくお願いします。19歳です。えっと、働いた事無いです」

 次に車椅子の子が話し始めた。

 「川村涼平です。20です。高校の時柔道部だったんですが、練習中怪我をしまして歩けなくなりました。でも大抵の事は一人で出来ますので大丈夫です。よろしくお願いします」

 20歳のわりには落ち着いて見えた。歩けない事を悲観しているふうはなかった。逆に体育会系の熱さが感じられた。

 次はあの軽い男子だった。

 「どうも、岡倉直樹です。22です。昨日まではパチプロでした。あ、スロットも詳しいから聞きたい事あったら気軽に聞いて」

 「パチプロって何?」

 小さな声で望が冴子に聞いてきた。

 「パチンコで生活してる人だよ」

 「パチンコ屋の店員さん?」

 二人の様子に気付いた直樹は

 「後でゆっくり教えてあげるね」

 と笑顔を見せた。

 最後に落ち着いた雰囲気の男性が静かに話し始めた。

 「曽我部州青です。27歳です。私は目が良く見えません。ぼんやり見える程度です。今までは鍼灸マッサージの治療院をやっていました。皆さんにお世話をかける事もあると思いますが、よろしくお願いします」

 昭和初期の病弱な小説家のような雰囲気があった。

 「では自己紹介も終わったので、この研究所についてお話します。まず、この研究所は総理大臣直属の、極秘に作られた研究所です。そのため場所も研究内容も世間に知られてはいけないのです。これから話す事を絶対に口外しない事を約束出来ない方はお帰り下さって結構です。口外しない事を約束出来る方は誓約書にサインをお願いします」

 突然の本宮の話に一同呆然となった。総理直属の秘密研究所?そんなところに今自分がいる事が信じられなかった。ここで何が行われているのか、これから何をさせられるのか。知りたいが知ったら逃げられなくなる。

 「皆さん驚かれたでしょうが、簡単に言えば日本の平和と安全のために働いてもらいたいのです」

 「じゃあ大手企業への就職斡旋って……」

 「国家公務員です」

 にっこり笑って本宮が答えた。

 高卒で、資格もない、そんな自分たちが公務員、それも難関の国家公務員になれるなんて夢のまた夢。考えた事もなかったのに、目の前の誓約書にサインするだけで現実になる。

 「あの、私は車椅子ですので、そんな大変な仕事が出来るとは思えません。柔道ばかりやっていたので成績だって良くありませんでした。お役に立てるとは思えません」

 涼平がそう言うと、

 「川村さん、あなたは面接の時おっしゃいましたよね。不自由な体だけど何かの役に立ちたい。与えられた仕事は全力でやります、と」

 「はい、でもこんな重大な事だとは思いませんでした。私には能力がなさすぎます」

 「そのためにあるのがこの研究所です。あなた達に必要と思われる能力を身に付けて頂く、それがこの研究所です」

 「では私にも国のために働ける能力が身に付くと……」

 「はい。ここにいる皆さんはとても正義感に溢れています。人のために働く意欲に溢れた方たちです。ですからあなた方に来ていただきました。私と一緒に働いてもらえませんか」

 冴子は皆を見渡した。頼りなく見える望、パチプロの直樹に正義感や意欲があるとは思えなかったが、自分の知らない何かを持っていて、それを本宮は見抜いたのだろうか。

 「サインをしたいので手を貸してもらえますか」

 曽我部が言った。本宮が手を添えサインする場所を教え、ペンを渡すと曽我部がサインをした。見えてないとは思えないくらいに整った文字だった。

 それにつられ皆がサインをした。

 「ありがとうございます。皆さんなら引き受けてくれると思っていました。」

 本宮が嬉しそうに誓約書を集めた。

 「ではこれからの予定を説明します。これから改めて一人一人面接を行い、身に付けて頂く能力を決定します。決まり次第身に付けていただきます。その後その能力を使いこなせるよう研修をうけて頂き、実践に移ってもらいます」

 その時応接室のドアが開き、一人の白衣を着た初老の男性が入って来た。

 「紹介します。こちらは国重正文博士、あなた達の受けて頂く能力付帯プロジェクトの開発者です。あなた達に能力を身に付けて頂くお手伝いをしてもらいます」

 「国重です。よろしく」

 冴子は博士という人を初めて見たが、イメージとは違って、ごく普通のおじさんに見えた。

 「ねえ、どうやって能力を身に付けるの? ただ勉強や運動やったって一生身になんか付かないと思うし、ちょっとした能力じゃ役に立たないんじゃないの?」

 直樹が質問した。

 「あなた方は何も心配要りません。私に任せて下さい。私が開発したシステムであなた達に最高の能力を与える事を約束します」

 自信ありげにそう言うと、国重は部屋を出ていった。

 「そういう訳ですので、早速面接に移りましょう。初めは曽我部さん、こちらへ」

 本宮に手を引かれ、曽我部が部屋から出ていった。

 部屋に残った四人はしばらく黙りこんでいたが、直樹が望にパチプロについて話し始め、なんとなく場が和み、学校の休み時間のような雰囲気でおしゃべりをしていると、

 「佐々木さん、こちらへ」

 と本宮が迎えに来た。冴子は応接室を出た。

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