それぞれの使命(その1)
午前の講習が終わり、皆寮に戻ろうとした時、冴子だけ残された。
「佐々木さんにお願いしたい事があります」
「仕事ですか?」
「はい。今警察にいる少年なんですが、家庭内暴力で保護されています。理由を調査し、癒して欲しいのです」
「家庭内暴力って……」
「母親を殴ったり蹴ったりし、母親は今病院です。命には別状ありませんが、数ヶ所骨折しています」
「分かりました」
「車が玄関にいますので」
「はい、行ってきます」
望が部屋でテレビを観ていると、本宮から呼び出しが来た。
「仕事ですか?」
「はい。独り暮らしの老人ですが、目もほとんど見えず、買い物も行けないので体も大分弱っています。でも行政の支援を拒否していて、家に誰も入れようとしません。なので瞬間移動で家に入り、様子を見てきて下さい」
「中から鍵を開ければいいんですか?」
「いえ、無理強いはしたくありません。出来れば自分から出て来てもらえるよう、説得して下さい」
「え、そんな事私なんかに出来る訳無いですよ」
「時間掛かってもいいのでお願いします。あ、差し入れのお弁当とお菓子です」
望は自信のかけらも無かったが、本宮に無理矢理ビニール袋を渡され、渋々行く事にした。
涼平が部屋で筋トレをやっていると本宮から呼び出しが来た。
「仕事ですか?」
「はい。実は今山の中で一人修行をしている男性がいます。最近連絡が途絶えてしまい、周囲の人達がどうしているのか心配されています。体を悪くされている様なら連れて来て下さい」
「今もそんな方がいるんですね」
「本当に」
「凄いです。会うのが楽しみです」
「弟子入りでもしますか?」
「いや、自分には無理です……」
「まあ気を付けて行ってきて下さい」
「はい、行ってきます」
「皆仕事なのかなー」
「二人きりですね」
直樹と曽我部は男二人で夕飯を食べていた。
「何か静かだな」
「女性がいないと静かですね」
話す事も無い二人が黙々と食事をしていると、本宮から呼び出しが来た。
「食べてからでいいですから」との優しい言葉だったが、二人は急いで片付け、研究所へ向かった。
「仕事ですか?」
「はい。都内の会社なんですが、ブラック企業との噂があるので調査して下さい」
「わかりました」
二人は早速コンピュータールームへ行った。
皆に仕事を与え、本宮は所長室に入った。内線を掛け、あやめにコーヒーを持ってくるように頼んだ。
ノックの音がし、あやめが入って来た。
「お待たせ」
「ああ、ありがとう」
コーヒーを本宮の机に置き、あやめも椅子に座った。
「皆仕事?」
「ああ、最後のな」
「じゃあ……」
「これが終われば本当の研修終了だ」
「皆現場?」
「曽我部と岡倉はコンピュータールームにいる」
「じゃあ後でコーヒー持って行こうっと」
いそいそとあやめは部屋を出て行こうとした。
「止めといた方がいいぞ」
「……そうか、そうだね」
あやめはまた椅子に座った。
「無事に終わるといいね」
「終わってもらわなきゃ困る」
「そうだよね……」
その頃曽我部と直樹は難しい顔をしていた。
「これ、知っててやらせてるんか?」
「多分、そうでしょうね」
二人は本宮に指定された企業を調べようとして、先ず最初に直樹が驚いた。
その企業とは直樹の家だった。不動産会社だが、結構酷い事をしていた。
目玉商品として格安物件を広告に載せ客を来させるが、その物件は存在せず、もう契約済みと嘘をつき、もっと高い物件を契約させる等、詐欺紛いの事をしていた。
しかしそれよりも切実なのは、その不動産屋から紹介してもらいアパートを借りた少女だった。実際生活をしてみたら、雨漏りはする、床が抜けそう等の事実が発覚した。契約時には説明されていなかった。修理を依頼したらすぐに来てくれたのはいいけれど、高額な修理費を請求された。
「借りる前にきちんと見学されたはずです。前の住人はそんな事言っていなかったので、貴方の住み方が悪かったのでは」
等と言われた。
その少女は孤児院で育った。
高校を卒業し、出ていかなくてはならず、そのアパートを借り、こんな事になった。
孤児院側も心配し、不動産屋に問い合わせをしたが、「じゃあ、あんたが払え」と不動産屋に責められただけで、どうにもならなかった。
少女はお世話になった孤児院に迷惑を掛けられないと毎月分割で支払いをしている。
曽我部の育った孤児院だった。
曽我部は物心ついた時からそこにいた。
「目が見えないから棄てられたんだ」と言われ、いじめられた事もあった。
でも孤児院の先生は、「あなたみたいに可愛くて良い子を棄てる親はいません。きっと深い訳があったのよ」と言ってくれた。
先生に何年会ってないだろう。
元気だろうか。
自分でマッサージの治療院を始め、自立した事をとても喜んでくれた。
少女の事もはっきり覚えていた。言いたい事も言えない、大人しい少女だった。いつも曽我部の横で本を読んでいた。特に話をした事はないが、ご飯の時間になると曽我部と手を繋ぎ、一緒に食堂へ行ってくれた。
曽我部が孤児院を出ていく時、いつもより強く手を繋ぎ、玄関まで送ってくれた。
その少女の顔を、今日初めてはっきりと見る事が出来た。
「こんな形でも、見られて良かった。私が助けてあげるからね。いえ、恩返しをさせて下さいね」
曽我部は不動産屋の様子を探り、違法行為は無いかと必死で見ていた。
直樹は最初は戸惑った。
家が、良くない事をしていたのは知っていた。
父親が社長で、兄が跡取りとして働いていた。直樹も兄を支えるようにと働かされていた。
しかし、巧い事を言って儲けていたり、信用している人を裏切ったりする事にはウンザリしていた。
直樹は笑顔で嘘をつく事が苦手だった。
「商売はこうやるんだ。儲けた者が勝ちだ」
父はいつもそう言っていた。
直樹はそんなのはズルいと思った。そんなのは実力じゃ無いと思った。
誰にも迷惑を掛けず、自分が儲けようと損をしようと、人の財布とは関係ない仕事がしたい、そう思いパチプロになった。
相手は機械だ。俺が儲けようが悲しむ事は無い。イライラしてちょっと位叩いても痛くなんか無い。逆にこっちが痛いだけだ。
パチプロは良い仕事だとは思っていたが、辛い面もたくさんあった。
データ集めや分析、情報収集、そして体力面。
毎日朝から晩まで、昼食も摂らずに打ち続ける。勝って早く止める時もあるが、次の日打つ台の目星を付ける為に、閉店間際のチェックは不可欠だ。
こんな事、いつまでも続けられる訳は無い。体を壊すのが先か、心を壊すのが先か。直樹はいつも悩んでいた。
そんな時にこの研究所と出会った。
人と関わったのは久し振りだった。協力しあい、人の為になる仕事をする事はとてもやりがいを感じた。
仲間達は皆正義感に溢れ、困っている人がいたら夜中だろうが助けに行く。
こんな世界に俺は憧れていたんだと気が付いた。
だが、捨てたはずの過去が、今目の前にあった。
「まだこんな事やってんのかよ」
直樹は情けなく思った。
だが、自分が自分の家の罪を暴くのに抵抗が無いわけでは無い。
小さい頃から不自由無く暮らしてきた。いや結構贅沢な生活をさせてもらってきた。
俺も悪人だったら家族でいられたのに、と家を出た頃は思っていた。
だがここへ来て考えが変わった。
直樹が何か仕出かすと、皆から非難された。特に冴子はきつかった。本気でつっかかってきた。でも反省して直すと喜んでくれた。冴子の喜ぶ顔を見ると嬉しかった。他の仲間達も一緒に喜び、笑いあった。
嘘が無いから心から笑い合えるんだと実感した。
「俺も成長したな。親父や兄貴にも成長してもらわなきゃな」
直樹は家のパソコンに侵入し、調査を始めた。




