目指せ金メダル!!
合宿生活を送っていて、涼平は同世代の中山耕二という人物と話すようになった。彼は中学の時交通事故に遇い、歩けなくなったそうだ。
近隣に車椅子で通える高校が無く、県外の高校へ入ったそうだ。
「通ったわけじゃ無いんだろ」
「うん。近くの肢体不自由児施設で世話になった」
高校時代から親元を離れて暮らしていると言う。施設の側に車椅子バスケのチームがあり、そのチームに誘ってもらい参加するようになったそうだ。
「川村君は?」
「俺は最近まで実家暮らしだったけど、就職してから寮生活だ」
「そうか。でも俺、家を出て良かったと思う。県外の高校に行かなきゃ車椅子バスケも出来なかった。家にいたら今頃何してたんだろう。今最高に楽しいよ。きっと同級生の中で一番楽しいと思う」
涼平も同感だった。家で暮らしていたら親に甘え、親に当たり、親を苦しめただろう。
「あ、畑山選手だ!」
「畑山選手?」
中山が一人の選手を指差した。
「知らないのか? 前回パラリンピックの車椅子マラソンの金メダリストだよ」
金メダリスト。凄い。そんな凄い人に今まで会った事もない。涼平は感動した。
「その後も毎回大会で優勝し続けて、今の所敵無しなんだ。カッコいいよな」
「……サイン貰ってもいいかな?」
「恥ずかしいから止めとけ」
中山にそう言われ、涼平はガッカリした。
涼平は中山を始め、何人か仲間が出来た。もっと仲良くなったらドーピングについて聞いてみようかと思った。
曽我部もトレーナー仲間が出来た。選手の体調管理等、少し教えてもらった。企業秘密の部分は話せないと言っていた。勝敗が懸かっているので、それぞれ工夫をしているようだ。
「涼平さんの方はどうですか?」
「大分フォームも良くなって、タイムも縮まって来た」
「えっと、そうじゃ無くて、怪しい人物は居ませんか?」
「あ、そっちか。ゴメン、そうだよな。うーん、今の所分かんない。でも明日タイムトライアルがあるんだって。それによって仮の主力メンバーと補欠メンバーに分けられるらしい。合宿中何回かそんな事やって、正式なメンバーを決めるらしい。そうそう、タイムトライアルの後にはドーピング検査をするんだって。一回でも引っ掛かれば合宿追い出されるらしい。追い出されるだけじゃ無くて当分何の大会にも出場出来なくなるんだって」
「厳しいんですね。じゃあ合宿中には薬は使いそうに無いですね。使うとしたら大会本番ですかね」
「でも大会でも検査あるし……。いつ使うんだろう」
涼平も曽我部も分からなかった。検査の目が厳しいし、リスクも高過ぎる中、何故、どうやってドーピングをするのか。そんな危険を犯すなんてありえないのではないのか。
本宮に報告して、ドーピングの可能性が低いようなら任務は中止にしてもらわなければいけない。
曽我部は本宮に連絡をした。
本宮は即答で「調査は継続して下さい」と言った。
曽我部は思った。本宮は頭が良い。自分達に仕事を命じる時は、ある程度当たりを付けている。無駄な仕事はさせない。だとしたらやはり怪しいと思う所があると確信しているのだろう。
曽我部はもっと深く調査をする事にした。
次の日の午前中、曽我部はトレーナー仲間の一人と話をしていた。普通に視力があるトレーナーが多い中、彼も曽我部と同じ弱視という事で、特に話が合った。
彼の話しによると、他のトレーナーやコーチ達とは親しくしておいた方が良いとの事だ。情報交換は大切だと言う。
選手達は練習に一生懸命なだけだが、水面下ではスタッフがかなり動いているらしい。他の選手より良い練習方法を見つけたり、優れた監督を連れてきたりと、選手に負担を掛けず、より強くするために、スタッフはかなり努力をしているそうだ。
「選手を強くするだけで無く、ライバルを落とす事に策を巡らせるスタッフもいるらしいですよ」
彼はそう言った。
そんな事があるなんて曽我部は信じられなかった。
「選手は何も知らずにスタッフに勧められるままサプリ等を飲んでいます。本当に良い物もあれば、ぎりぎり合法な物まであります。選手達は自分のために働いてくれるスタッフを信じ、期待に応えようと頑張ります」
「そんな事があるんですね。勉強になります。トレーナーは長いんですか?」
「五年目になります」
「大先輩ですね」
「いえ、私なんて、マッサージの技術しかありません。大学できちんと勉強してきたトレーナーさん達にはかないません」
曽我部は気になっていた事を聞いた。
「今までに、他の選手に対するどんな妨害があったんですか?」
「そうですね、下剤を飲ませるとか」
「食事とかに混ぜるんですか?」
「らしいです。一番酷いのは違法な薬物を飲ませる事ですね」
「それは酷い。かなりのダメージですね」
「下手をすれば選手生命も終わります」
曽我部はある計画を思い付いた。
午後、タイムトライアルが始まった。
涼平は最終組で走る事になった。
前の方の組では、金メダリストの畑山を始め、今まで大会で活躍してきた選手達が上位を締めた。
そしていよいよ涼平の番が来た。
「用意、スタート!」
一斉に各選手がスタートした。涼平はまだスタートが下手で出遅れてしまったが、すぐに能力を使い、追い付いた。追い付いたどころではなく、一人抜き二人抜き、その組の三位になった。
涼平は昼食の時、曽我部に言われていた。
「仮の正式メンバーに入って下さい」
いいのかなあと思いながらも、曽我部の言う通りにした。
「凄いじゃないか」
中山が話し掛けて来た。
「いや……ビギナーズラックだよ」
「そんなの有る訳ないじゃん」
そりゃそうだ、並み居る実力者相手にビギナーズラックなんて通じる訳が無い。
「取り敢えずメンバー入りしそうだな。あ、俺もかな」
中山の方がタイムが良かったので、 涼平が入るとしたら当然中山も入る筈だった。だった……。
メンバーが発表された。
涼平は入ったが中山は外れた。
監督の話だと、涼平は経験も無く、基礎も出来て無いのに今回成績が良かった。きちんと指導を受ければもっと早くなる可能性がある、との事だった。
夕飯の時、心無しか視線が痛かった。
夕食後の練習の時も話し掛ける者はいなかった。というより、他の選手達は必死にトレーニングしていた。今回落ちた者は次回入るように、入った者は正式メンバーに選ばれるように。
中山も黙ってトレーニングをしていた。
夜、涼平は曽我部に聞いた。
「なんか、メンバーに入っちゃったけど、大丈夫かな」
「最終メンバーに選ばれなければ大丈夫ですよ」
「なんか、雰囲気が悪くなった気がする」
「メンバーに選ばれるか選ばれないか、皆必死なんですね」
「せっかく仲良くなったのにな」
「涼平さん、嫌われて下さい」
「え?」
「嫌がらせを受ける程嫌われて下さい」
曽我部は昼前聞いた話を涼平にした。
「じゃあ俺は嫌われて薬盛られるのを待つんだな」
「はい。でも実際に飲んでしまわないように私が監視します。薬を盛るとしたらタイムトライアルの前の昼食か朝食。食事の前に怪しい動きをした人物をマークします」
「そんな事……起きなきゃいいけど」
「それが一番ですよね」
涼平は全員スポーツマンシップを持っていると信じたかった。
次のタイムトライアルまでの間、合宿所は殺気立っていた。選手だけで無く、各選手のスタッフ達もそうだった。
そして二回目のタイムトライアルの日が来た。
曽我部は前の晩から注意を張り巡らしていた。スタッフ達の会話も注意して聞いていた。その中の一人のトレーナーが、コーチと話していた。
「今回はこっちで行こう」
「そうだな。これならタイムトライアルには参加出来ないだろう。体調管理も出来ない奴って事になる」
「信用はがた落ちだな」
トレーナーの手には下剤があった。
「もしダメだったら、次は……」
「なるべく使いたくは無いが、仕方ないな」
二人の視線の先には、外国語の書かれたサプリメントがあった。
曽我部はその事を本宮に報告していた。そのまま曽我部に二人を見張る様に指示した。そして二人がいない時に連絡する様にと言った。その間に望に薬の調査をしてもらうそうだ。
二人が動いたのは昼食の時だった。
下剤を持ち、食堂にいた。そしてある選手の食事に入れた。
午後、タイムトライアルが始まった。ほとんど全員コースにいた。二人も自分達の選手と下剤を入れた選手の様子を見に行っていた。
曽我部は部屋が留守になった事を本宮に連絡した。連絡を受けすぐに望が瞬間移動して来た。そして薬を調査し戻って行った。
タイムトライアルは無事に終わった。
何事も無かった。
下剤入りの食事を食べた選手は食後トイレに駆け込んだ際、隣の個室にスタンバイしていた冴子によって癒され、タイムトライアルに参加出来た。
涼平はというと、今回は全選手中最下位だった。能力は使わなかったからだ。
「まあ、これが実力だから仕方ないや」
「でもあと少しで順位上がってたじゃないですか。僅差でしたね」
涼平と曽我部は夕飯を食べながら話していた。
そこへ中山がやって来た。
「どうしたんだよ、体調悪かったんか?」
心配そうな顔だった。
「いや、これが実力だよ」
「きっとフォーム矯正したからまだ調子出ないんだよ。慣れてくればもっと速くなるよ」
そう言って慰めてくれた。
「ありがとう。中山君は良かったね」
中山はメンバーに入った。
「いや、大変なのはこれからさ。お互い頑張ろうな」
中山は早々に夕食を済ませ、次の練習に向かって行った。
「俺も行ってくる」
涼平が行こうとすると、
「最後の練習です。頑張ってきて下さい」
「じゃ、解決したの?」
「はい」
「そっか……。うん、分かった」
涼平は淋しそうに練習へ向かった。
本宮は他の選手、トレーナー達の部屋も望に調べさせ、違法と思われる薬、サプリを回収させた。そして監督に違法な薬を持っていた者に対し「隠していても分かるんだぞ」と釘を刺してもらった。
次の日の朝、涼平は「父が交通事故に遇って」と嘘をつき、帰る事にした。
監督は「残念だ。良いコーチに付けば君は伸びる。待ってるからまた来いよ」と言ってくれた。
中山も見送りに来てくれた。「川村君の分も頑張るから、また会おうな」と残念そうに握手をした。
帰りの車の中、涼平は黙っていた。このまま合宿に残りたい気持ちが大きかったが、そうは言っても本当なら自分の参加出来る場所では無い事も分かっていた。
「そう言えば、俺下剤飲まされ無かったような……」
ふと涼平は思い出した。
「ああ、敵は涼平さんでは無い人を狙いました」
「誰が飲まされたの?」
「畑山選手です」
「え? 何で?」
「最年長ですし、ずっとトップにいたので、ずっと二位にいた選手のスタッフが業を煮やしたようです」
「じゃあ俺は速く無くても良かったのか」
「いいえ。ずっとトップにもなれず、若手も育って来たとなると、焦りが出たのでしょう」
「そうか……。選手一人で戦ってる訳じゃ無いんだね」
「他にも違法な薬を持っている人もいましたが、全部望さんが回収してくれたそうです」
「良かった。ズルは駄目だよな。努力して駄目なら駄目で仕方ないよな。ズルして勝ったって実力じゃないから、後で苦しむだけだよな」
「……涼平さん、残念でしたね」
「え、全然。今まで何年も頑張って来た人達の邪魔になるだけだよ。……でも、練習続ければまたあの場所に戻れるかな」
「涼平さんなら大丈夫ですよ。監督も言ってたじゃないですか」
「そうかなあ……」
再び涼平は黙りこんだ。戻りたいな。また中山に会いたいな。でも次会う時は中山速くなってるだろうな……。
「まあ、練習は続けてみるよ。どうなるかは分かんないけど」
涼平は明るく言った。
「じゃあ私もトレーナーの勉強を始めます」
曽我部も楽しそうに言った。
二人とも、合宿に参加出来て良かったと思った。
涼平は今まで周囲に車椅子の仲間がいなかったので、自分だけが不自由なんだと引け目を感じていた。でも合宿に参加してみて、皆凄く努力し、世界を見ていた。今が最高に楽しい、同期生の中で一番楽しいと、自信を持って言っていた中山の言葉が胸に残った。
曽我部も、すでに隠居生活のように穏やかに暮らして、それで良いと思っていた。でもまだ勉強したい事が出来た。もっと色々知りたいと思い始めた。
二人とも少し未来が明るくなった気がした。




