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福祉のお仕事 下

 優美はただただ何も出来ずに立ち尽くしていた。

 冴子も能力を使おうと思いながらもどうしていいのか分からずにいた。


 すると突然介護士が利用者を前に倒し、背中をバンバン叩き始めた。

 「そんな強く叩いて……」

 と優美や冴子達は唖然としていた。

 「う……痛いよ」

 さっきまで息も出来ずに苦しんでいた利用者が喋った。

 「田中さん、大丈夫ですか?」

 「大丈夫だよ。心配させてごめんね」

 申し訳無さそうに謝った。

 「良かった。どうしようかと思った……」

 優美は今にも泣きそうな顔だった。冴子もホッとした。    

 「介護士さん、凄い技もってるんですね」

 直樹が感心していた。

 「いいえ。いざという時の為に勉強しているので」

 介護士が照れ臭そうに言った。


 何とか昼食を終え、四人も昼食を食べようと食堂に集まった。と思ったら、「お待ち下さい」とサングラス男がやって来た。

 「お先に失礼します」

 と言うと食事をし始めた。

 「大丈夫です。お召し上がり下さい」

 おいおい、毒見役付きかよ……。冴子は呆れ返った。

 「西園さんは、何のお仕事をされているんですか?」

 冴子は色々聞きたくて堪らなかった。

 「私は政治家の見習いをしています」

 「政治家ですか。じゃあ今日も勉強の一環ですか?」

 「そうですね、多分。国民の生活を体験する事も勉強です」

 国民……。何か上から目線が気に食わない。

 「じゃあ将来は政治家さんですか」

 「はい」

 言い切ったよ、こいつ。普通簡単になれるもんじゃないでしょ、政治家なんて。冴子は、こいつとは交わる所無いわ、と思った。

 その時、テレビでニュースが流れた。

 「トゥモローライフ事件の続報です」

 優美と冴子は画面に釘付けになった。

 「私と冴子も信者だったよねー」

 望があっけらかんと言った。

 「望、あれは仕事……じゃなくて、えっと付き合いで入っただけで……」

 人に聞かれたらまずいでしょ、と冴子は望を睨んだ。

 「え、あなた達も信者なの?」

 も、も?冴子は思わず優美を見詰めた。

 「西園さんも?」

 「え、……ちょっと参加した事あるだけよ」

 優美も焦っていた。政治家になると言った手前、教団に関わっていたなんて知られてはまずい。でも、私は本当に政治家になるんだろうか、教団から離れる事が出来るんだろうか。どちらかを選べと言われたらどちらを選ぶんだろうか。

 「ミサとか、出た事ありますか?」

 ポツリと優美が聞いてきた。

 「うん、出た。一回だけ」

 望が遊びにでも行ってきたかのように軽く答えた。

 「……祝福は?」

 「……一回だけ」

 優美と冴子は何となく見詰め合った。

 「西園さんはたくさん受けたんでしょうね」

 お嬢様だからたくさん寄付したんだろうなあと冴子は羨ましいを通り越して妬ましく思った。

 「……まさかこんな事になるなんて思って無かった……」

 あんなに強気だったお嬢様が気を落とし、呆然とした顔をしているのを見て、冴子は気の毒に思った。

 立ち直れない人がここにもいた。

 「でも王子様は関与を否認してるんだろ」

 妙な雰囲気を察しているのかいないのか、直樹が言った。

 「関与なんて絶対してない。周りが加熱し過ぎたのよ!」

 「……そうだよね、きっと」

 冴子はそうとしか言えなかった。痛い程気持ちがわかった。


 午後は利用者達とお茶会をするように言われた。

 四人はそれぞれ違う利用者に付き、話をしながらお茶を飲む事になった。

 午前中とは打って変わって大人しくなった優美は、楽しげに話をする利用者を相手に、ただ相づちを打つのがやっとだった。

 直樹は昔の自慢話をするお爺さんの話に「へー、凄いですねー」と元気に対応していた。

 望は「あなた可愛いわね。うちの孫の嫁に来ないかい」などと言われ、照れまくっていた。

 冴子が一緒にお茶を飲んでいたお婆さんは認知症のようだった。

 「私の息子はまだ小学生なのに、勉強が良く出来て、先生に褒められるのよ」

 「凄いですね」

 「そうなのよ。将来が楽しみなのよ」

 最初は和やかに会話をしていたが、次第に雲行きが怪しくなってきた。

 「そろそろ帰ってご飯作らなきゃ。息子が学校から帰って来ちゃう」

 そう言って立ち上がり玄関へ向かおうとした。

 「え、ちょっと待って下さい。外は危ないですよ」

 慌てて冴子は止めようとした。

 「何するの!私はご飯を作らなきゃいけないのよ!」

 「ご飯は施設で作ってくれますよ」

 「息子のご飯は私が作らなきゃいけないのよ!早く帰らなきゃまたお義母さんに嫌味言われちゃう。早く帰してー!」

 穏やかだったお婆さんが豹変してしまい、冴子はどうしていいか分からなくなってしまった。何を言っても聞いてくれなかった。逆に冴子が何かを言う毎に興奮していった。

 周りで見ていた優美達も呆然としていた。ただ直樹の横のお爺さんは「また始まった、しょっちゅうだよ」と落ち着いて話した。

 そこへ介護士がやって来た。

 「お姑さんて怖いの?」

 「怖いなんてもんじゃないのよ。まあ酷い人でね……」

 「そうなんですか。大変ですね」

 「もう、聞いてくれる? この間もね……」

 介護士へ姑の愚痴を話し始め、そのうちまた息子自慢が始まり、楽しそうに笑いながら会話をしていた。

 四人はまたもや呆気にとられた。


 その後、少しだけ入浴介助や排泄介助を見学させてもらった。介護士達は笑顔で介護をしていた。介護されている利用者も笑顔だった……。


 夕方、四人はまた応接室に集まり、施設長と話をした。

 「皆さん、今日はお疲れさまでした。一日体験してみていかがでしたか?」

 「私と同じ位の年の介護士さんが、まさに職人技というか、プロとしてお仕事をしていて驚きました」

 望は、自分も勉強して大人にならなきゃいけないと思った。

 「若い女の介護士さんが重たそうなお爺さんの介護をしていてビックリしました。でも力仕事だけじゃ無くて頭も使っていて、かなわないと思いました」

 直樹も、頑張って仕事をしている姿に何かを感じた様だった。

 「介護士さんはとても勉強しているんだと感じました。いざという時の対処法とか病気の事とか。感心しました」

 冴子も一日、それもほんの一部分しか見ていないのに、色々な事があり自分一人じゃ出来ない事が有りすぎて、力の無さを痛感した。

 「私は、話では聞いていたけれど、現場は想像以上に厳しい事を知りました。全てが驚きでした。私にはとても出来ない仕事です。でも私に出来る事をしたいと思いました」

 皆の感想を施設長は笑顔で聞いていた。

 「皆さん良い経験をされたようですね。このような施設には、異なる病気、異なる人生、異なる性格の方々が入所されています。同じ人は一人もいません。なので介護も対応も一人一人違います。

 介護士達は日々勉強しています」

 「介護士不足と言われていますが」

 優美が聞いた。

 「はい、長く続ける事が難しいのでしょうか。皆最初は情熱や理想を持って仕事に就きます。しかし体を壊して辞めざるを得ない者、夜勤もあり不規則勤務なので家庭との両立が出来ずに辞める者、そして給料面で不満を感じ辞める者、理想と現実の違いに悩む者……。

 これでは良い指導者も中々育ってこない。指導不足で事故が起こることも考えられます。何とかしなければと感じています」

 施設長の言葉を噛み締める様に聞いていた優美は、意を決した様に言った。

 「何とかしましょう。皆で何とかしましょう。若者達の情熱と理想を大切にしなければ若者も高齢者も幸せになれません。国民全ての安心と福祉の為に、私も出来る限りの努力をさせて頂きます」

 すでに政治家のような発言だ、と冴子は思ったが、嫌みには感じなかった。優美にも若者らしい情熱と理想を感じた。

 「お願いしますね」

 施設長が微笑みながら言った。


 帰りの車の中、優美は福祉について熱く語っていた。介護の担い手に対する法整備をしっかりさせなければとか、そもそも介護保険の精神はとか、すでに難し過ぎて三人には理解出来なかった。

 「宗教は助けになるのかなあ」

 冴子が思い切って聞いてみた。

 優美は少し考え、悲しそうに言った。

 「助けられると思ってた、今までは。良い教えを広めれば良い世界になると思ってた。でも、食事をつかえてしまった方、家に帰りたがっていた方に宗教を説いても無意味よね。祈ったって役に立たない。あの人達には側にいて助けてくれる人、それも知識のある人が必要なのよ。そういう人を育てる事、守る事が大事だって思う」

 「そうだね、本当、その通りだね。西園さん出来そう?」

 「やる。誰かがやらなきゃいけないんなら私がやる」

 優美の目は輝いていた。

 「頑張ってね。私も、道は違うけど、私に出来る事を頑張る」

 「ありがとう。一緒に頑張ろう」

 二人は見詰め合った。

 「でも王子様、かっこ良かったよねー」

 仲間意識が芽生えた冴子が優美に言った。

 「そうなのよー。すっごく笑顔が素敵だったのよー」

 「何回も祝福受けたの?」

 「結構……」

 「羨ましいー」

 そんな会話が出来る様になっていた。もう二人は王子様を過去の切ない片思いにしてしまえた様だった。それよりももっと大事な使命を自覚し始めたから。


 車が豪邸前で停まった。サングラス男はすぐに車から降りて助手席を開けに行った。

 降り際優美は冴子に手を差し出した。

 「今日はありがとう。また会えたらいいね」

 冴子は優美の手を強く握った。

 「きっと会えるよ。選挙に出たら入れるね」

 優美は微笑みながら「ありがとう」と言い、豪邸の中に消えて行った。


 研究所に車が着くと、本宮とあやめが出てきてくれた。

 「ドア開けてくれないんだー」とサングラス男に嫌味を言いながら三人は車から降りた。

 「皆さんご苦労様でした。どうでしたか?」

 「凄く勉強になりました」

 三人口を揃えて言った。

 皆の目の輝きを見て、行かせて良かったと思う本宮だった。

 「では今日は良く休んで下さい。復命書は明後日までで良いですよ」

 うわ、忘れてた、と慌てて寮に戻って行く三人だった。

 

 

 


 

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