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福祉のお仕事 上

 本宮は悩んでいた。  

 総理から相談を受けていたからだった。

  

 「ちょっと困った事が出来てね」

 ちょっと位の事なら、自分の力で何とでも出来る方だ。難しい事なんだろうと本宮は思った。

 「娘の事なんだが」

 「あの教団の事でまだ何か?」

 先日のトゥモローライフ事件、摘発依頼は総理からのものだった。

 総理は自分の娘が熱心に信仰している教団について調査をすると、かなり怪しい教団だと知り、摘発するように各方面に指示を出した。

 教団は摘発され、表面上活動もストップしてはいるが、洗脳された者達の社会復帰の問題、犠牲者達の家族への補償問題、水面下での活動についてはまだ解決していない。

 「あとの問題は司法と医者に任せておけばいいが、うちの娘の事は君にお願いしたい。娘の名前は信者名簿からは削除したが、娘の頭から教団の事を削除してもらいたい」

 「記憶を消すのですか? それなら催眠療法か何かの方が良いのでは……」

 「娘には政治の道に進んでもらいたい。その為には今回の事は克服しなければならない。今後同じような事件が起きた時きちんと対応出来るようにな」

 「なるほど」

 「じゃ、よろしく頼む」

 「娘さんは今どうされているのですか」

 「家で監禁してるよ」

 「は?」

 「目を離すと教団の仲間に会いに行こうとしたり連絡しようとするからな」

 「そうですか……」


 総理は言いたい事だけ言って、さっさと電話を切った。

 洗脳を解くだけなら冴子に任せれば良い。ただ、それで心の整理がつくのだろうか。

 本宮はあやめに相談する事にした。


 「どうしたの? 私に相談なんて」

 その日の夜、本宮は自分の部屋へあやめを呼んだ。

 「今日総理から依頼があった」

 本宮はワインとグラスを二つ、キッチンから持って来た。

 「今度は何だって?」

 あやめはグラスにワインを注ぎながら聞いた。 

 本宮はワインを飲みながら総理からの話をあやめにした。あやめはチョコレートをつまみながら聞いていた。

 「娘さんは政治家になるつもりあるの?」

 「そのつもりで育ってきたし、大学も政治学部を卒業した。最近は総理の地方遊説に付いていったりもしているらしい」

 「ふーん、生まれつき政治家路線を歩かされて純粋培養されて来たのね。んで初めて刺激的な世界を知ってのめり込んじゃったんじゃないの? 王子様魅力的だったもんね。あ、あなた程じゃ無いけど」

 「もう酔ったのか?」

 本宮は迷惑そうな顔をした。

 「うん、酔った、酔ったよー」

 あやめは本宮に抱きついた。本宮は嫌そうな顔をしたが、特に振り払おうともしなかった。

 「現実を見つめる事が出来て、自分の立場や使命を自覚出来るようになれば良いんじゃないの? 私みたいにね。それには人生経験が必要だね」

 「一日や二日で人生経験なんて出来るわけないよな」

 「ボランティアにでも行かせれば?」

 「ボランティア?」

 「そうねえ……特養はどう?」

 「特別養護老人ホームか」

 「あ、うちの人生経験少ない子達も一緒に連れていけば一石二鳥じゃない?」

 「いいかもな。やってみるか」

 「ねえ、酔ったから泊まってもいいでしょ」

 甘えた声であやめは上目遣いで本宮に言った。

 「お前んち隣だろ。運んでやるか?」

 「意地悪ー!」

 

 次の日、冴子、望、直樹は研修に行かされる事になった。

 「三人には老人ホームでの職場体験をしてもらいます。良い経験になると思います」

 「仕事ですか?」

 「いえ、人生経験の為です。なので能力は使用禁止です」

 「はい」

 

 早速ジャージが支給され、それに着替えて出掛ける事になった。

 「復命書を提出して下さいね」

 本宮はそう言って、三人を送り出した。

 車は例の車塗りの車で、運転手も例のサングラス男だった。

 車に乗り込むと直ぐに「復命書って何?」と望と直樹が口を揃えて聞いた。

 望は社会経験が無いので知らなくても仕方ないが、直樹はどうなんだ? と冴子は思った。

 「直樹って、パチプロになる前は何やってたの?」

 そう言えば望以外、皆どんな生活していたのか殆ど知らなかった、と言うか皆訳ありみたいなので聞けずにいた。

 「不動産屋で働いてた」

 「はあ? 不動産屋?」

 「親父の会社だったんだけどさ、勘当されて家追い出されてパチプロになった」

 「アイドル追っかけてたから?」  

 「そんなとこ」

 直樹は何でも無いみたいな顔をして言った。

 「お坊ちゃんだったんだ」

 「何だそれー」

 直樹は可笑しそうに笑った。

 「ところでさっきの復何とかって何だ?」

 研修とかの報告書の事だよーと冴子は教えてあげた。


 しばらくすると一軒の豪邸の前で車が止まった。中から育ちの良さが一目で分かる女性が護衛を引き連れて出てきた。

 「お嬢様をよろしくお願いします」

 護衛がサングラス男に挨拶した。

 「お任せ下さい」

 サングラス男が丁寧に応えた。

 「今日はよろしくお願いします」

 女性は長い髪をしっかりと結び、キリッとした表情で言った。

 なんかお堅い雰囲気で近寄りがたい感じがした。自分達とは違う世界の人に見えた。

 「ねえ、誰?」

 望が小声で聞いてきた。

 「今日皆さんと一緒にボランティアをやって頂く西園優美さんです」

 珍しくサングラス男が喋った。

 頂く? 何で敬語? 西園って、どっかで聞いたような……と三人は悶々としながらも聞けないまま、車に揺られていた。


 「こちらです」

 何かサングラス男、いつもより丁寧だなあと思いながら、三人は車から降りた。サングラス男は車を降り助手席を開け、優美が降りるのを待った。

 いくらお嬢様でも今日はボランティアに来てるんだからそれは可笑しいでしょ、と冴子はイライラしてきた。


 四人は応接室に通され、施設長と言う初老の男性から、説明を受けた。

 「この施設は脳梗塞の後遺症、認知症等により、介護が必要となり、家での介護も難しくなった方々が入る施設です。食事、入浴、そして排泄等、生活全般のお世話をさせて頂いています」

 「させて頂くって、してあげてるんじゃ無いんですか?」

 優美が腑に落ちないらしく、施設長に質問した。

 「いえ、させて頂いています。入所されている方々は、あくまでもお客様です。私達はサービスを提供し、代金を頂いています。私達はけして家族ではありません。ボランティアでもありません。介護のプロなのです。お客様に喜んで頂いてこそお金を頂けるプロの仕事です」

 「カッコいいー。職人さんみたいですね」

 望は素直に感動している様だった。

 「そうですね。ある意味職人ですね」

 施設長は笑顔で言った。

 「では施設内をご案内しましょう」

 四人は応接室から出て、賑やかな施設内へ向かった。


 「お姉ちゃん、ここは酷い所なんだよ。ご飯もくれないんだよ」

 いきなり車椅子のお婆さんが優美に話し掛けてきた。お婆さんの言葉を聞き、優美は施設長に食って掛かった。

 「どういう事ですか? 見かけは立派な施設なのに、入所者には食事も与えないんですか?」

 「ちょっと待ってよ。良く見てみたら?」 

 冴子は呆れてしまい、つい口を出してしまった。

 「このお婆さん、食べてないように見える?」

 その老人は、艶々とした顔をして、体も車椅子からはみ出そうなくらい体格が良い。

 「さっき施設長さんが言ってましたよね」

 「認知症?」

 望の方が察しが良いじゃん、と冴子は望を見直した。

 「認知症の特徴ですよね、ご飯食べて無いとか、盗まれたとか」

 冴子はドラマの一場面を思い出していた。

 騒ぎを聞き付け、若い介護士がやって来た。

 「山田さん、お腹空いたんですか?あと少しでご飯が炊けるので、それまでお茶でもどうですか?」

 介護士の言葉に満面の笑みを浮かべ、

 「お茶出してくれるの?あんた良い人だね」

 介護士が車椅子を押し、老人と歌を歌いながら去って行った。

 その様子を呆然と優美は眺めていた。

 「介護士さん、流石ですね」

 冴子が感心して施設長に言うと、

 「皆良く勉強していますからね。あ、利用者様の前で、あまり認知症とか言わないで下さいね」

 「す、すみませんでした!」

 

 その後リハビリをやっている所や居室を見せてもらった。車椅子の人、寝たきりの人、たくさんの入所者の方達に会った。優美はかなりカルチャーショックを受けたようだった。


 「もうじき昼食です。食事の介助をお願いします」

 施設長が言った。

 「え? 食事の介助ですか? できるかなあ」

 皆不安だった。

 「職場体験なのだからやっていって下さい」

 施設長は介護士と相談して、大丈夫そうな利用者を紹介してくれた。えん下困難な方は介護士がするそうで、介助しやすい利用者を紹介してくれた。

 「田中さん、お昼ご飯ですよ。今日はこちらのお姉さんが介助してくれますよ」

 介護士からスプーンを渡され、優美はこわごわご飯をすくう。  

 「あ、お味噌汁からお願いします。汁物から行かないとつかえてしまうおそれがあるので」

 優美は介護士から注意を受け、ここは「はい」と素直に返事をした。

 その様子を見ていた冴子達も汁物から介助し始めた。

 最初は恐る恐る介助していた優美だがそのうち調子が出てきたのか、どんどん口に入れた。


 「ん、んー……」

 突然利用者が苦しみ出した。

 「え、どうしたの!?」

 優美は慌てた。

 「つかえちゃったのかしら!」

 介護士も慌てた。

 大変だ、私の能力で何とかしなきゃ。冴子は能力を使って良いか本宮に聞こうか、でもそんな事してる間に死んでしまうかも知れない。

 

 利用者の顔が苦しさに歪んできた。

  

 

 

  

 

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