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視察に行きました

 次の日の朝、皆定時に出勤してきたが、黙りこんで気の抜けた様な顔をしていた。

 「えー、皆さん、おはようございます」

 さすがに本宮も今日は仕事になりそうに無いと感じた。

 「今日は視察に出掛けましょう。あやめ、車用意して」

 「はーい」

 本宮に促され、皆外に出た。


 あやめが運転をし、本宮は助手席に座り、時々皆に話し掛けたりしたが、気の無い返事ばかりだった。

 「きつかったみたいね」

 あやめが小声で本宮に話し掛ける。

 「ああ、そうみたいだ。まだ子どもだ」

 ちょっと厳しい口調で本宮が言った。

 「そのわりに休ませてあげるなんて、優しいのね」

 「休みじゃない。視察だ。まだまだ働いてもらわなきゃいけないし」

 素っ気なく話す本宮だった。


 「着きましたよー」

 車が停まったのは郊外の一件の旅館だった。

 「いらっしゃいませ」

 品の良い和服の中年女性が丁寧に出迎えた。

 渡り廊下を歩いて行く。綺麗に整えられた庭、廊下の所々に飾られた活け花、微かなお香の香り、琴の音……。

 玄関を見た時は判らなかったが、結構奥行きがあり、有名人がお忍びで来るにはよさそうな旅館だ。

 「こちらです」

 通された部屋も、落ち着きのある、上品な部屋だった。

 「後はいいです。お昼はここへ持って来て下さい」

 本宮がそう言うと「かしこまりました」

と女性は下がって行った。

 

 「あの、ここで何をすれば」

 曽我部が聞いた。

 「今日は社会勉強です。こういう場所もあると知ってもらえば良いです。あ、ここの露天風呂は良いですよ。お昼ご飯までゆっくり入って来て下さい」

 「さあさあ、お風呂はこっちよ」

 あやめが皆を案内した。

 

 昼間からお風呂なんて贅沢だなあ、と思いながら冴子は湯船に浸かっていた。

 久しぶりの大きいお風呂、極楽極楽、と温泉を満喫していたが、望が入って来ない。

 「望ー、早くおいでよ」

 冴子が呼ぶと、バスタオルを体に巻いて、恥ずかしそうに望が入って来た。

 「ちょっと、バスタオルなんて巻いて来て、どうしたの?」

 「え……えへ。恥ずかしいかも……」

 ともじもじしていた。

 「むこう向いてるから」

 と冴子は庭の方を見た。植木や大きな石がしつらえてある。露天て開放的で 気持ちいい。

 冴子の生まれ育った所は温泉地だったので、小さい頃からよく銭湯に友達同士で行ったものだった。だから人とお風呂入るなんて当たり前だった。

 望がタオルのまま湯船に入ろうとしたので「タオルは入れちゃいけないんだよ」と教えてあげた。

 「気持ちいいね。そういえば望、温泉好きなんじゃ無かったっけ」

 望が能力を身に付けて初めて瞬間移動したのは温泉だったよね、と思い出していた。

 「うん、温泉大好き。温泉地で育ったから」

 「望も?私もそうなんだよ。よく昔は旅館やってるうちの同級生の所行ってお風呂入れてもらったなあ」

 「私も良く入れてもらってたなあ」

 それにしてはタオル巻いてお風呂入ろうなんてして、傷でもあるのかな、と冴子は思った。

 「今日ってさ、本宮さんが私達の事気を遣って連れてきてくれたんかなあ」

 望がお湯をチャプチャプさせながら言った。

 「私もそう思った。視察とかいって、本当は私達の気晴らしに連れてきてくれたんかもね」

 「昨日の仕事はきつかったもんね」

 「望は一歩遅かったら危なかったもんね」

 「うん、怖かった。今日休めて良かった。温泉て癒されるねー」

 

 しばらくして冴子は体を洗いに湯船から上がった。自分の体を洗い終わると、「背中流してあげるからおいで」と望に声をかけるが、望は「いーよー」と上がろうとしなかった。

 冴子は「遠慮しないのー」と望に近づくと、望は観念したらしく上がってきた。

 「あのね、あんまり見せたく無かったんだけど……」

 望が冴子に背中を向ける。

 「望……」

 大きな火傷の痕があった。

 「昔火傷しちゃったんだ」

 それでバスタオル巻いたりしてたんだ、と冴子は理解した。

 「痛くないの?」

 「うん、全然」

 冴子は望の背中を優しく流してあげた。 

 

 その頃あやめは部屋で本宮と話しをしていた。

 「皆、頑張ってくれてるわね」

 「まあ、やる気はあるな」

 「まだ誰も辞めてないものね」

 「まだ、な。でもこれからだ。昨日よりきつい仕事なんていくらでもあるからな」

 「確かにね」

 「そこら辺にいる若い奴等に比べれば根性座ってるだろうが、まだ経験不足だからな」

 「私達にもそんな時期があったっけ?」

 「忘れた」

 「あなたは最初から生意気で、絶対弱い所人に見せなかったわね」

 「俺には弱い所なんて無い」

 「だから博士もあなたには何の能力与えるか悩んでたわよね」

 「弱点が無いのが弱点だったなんてな」

 「私があなたの弱点になろうかな、なんて」

 「俺には弱点は無い。……お前は俺の力だ」

 あやめは本宮にもたれ掛かり、本宮の腕に抱きついた。

 本宮は自分の肩にあるあやめの頭に自分の頭を乗せた。

 そのまま二人は黙って過ごした。言葉は交わさなかったが、穏やかな時間が流れた。


 しばらくして部屋の外で話し声が聞こえたので、二人は静かに離れた。

 「あー、サッパリしました。ありがとうございました」

 火照った顔をして、直樹が曽我部、涼平を連れて戻って来た。

 直樹は風呂場で曽我部の手を引いたり、涼平を湯船に入れてあげたりして、少しのぼせ気味だった。

 「直樹ありがとう。俺温泉なんて、事故以来初めてだった。本当に気持ち良かった」

 涼平は嬉しそうな笑顔だった。

 「私もです。中々温泉なんて行けなくて。とても久し振りでした。直樹さん、ありがとうございました」

 曽我部も朝とは違い、明るく穏やかな表情をしていた。

 「な、何言ってんだよ。温泉なんて、皆で入れば賑やかで楽しいだろ。本宮さんも入れば良かったのに」

 二人に散々感謝され、直樹は照れまくっていた。

 「皆さんサッパリして良かったですね。じきに昼食になると思いますよ」

 三人の表情が元に戻って、本宮は安心した。


 「気持ち良かったですー」

 望がいつもの調子で戻って来た。

 「ありがとうございました。いいお湯でした」

 冴子もそう言い、「お肌ツルツルになったよね」と望と触りっこした。

 皆が揃ったのを見計らったのか、お昼が運ばれてきた。

 「お飲物はいかがなさいますか?」

 とお膳を並べながら中居さんが聞いた。

 「まあ、昼間だし、ジュースとウーロン茶を適当にお願いします」

 本宮が注文した。


 皆のグラスに飲物が注がれると

 「皆さんには毎日頑張ってもらって感謝しています。まだ短いお付き合いですが、私も楽しく仕事をさせてもらっています。大変な仕事ですが、これからも一緒に頑張って行きましょう。乾杯」

 本宮の挨拶で皆「乾杯!」「乾ぱ~い」とグラスをぶつけ合った。

 上品な献立で「食べるのもったいない」とか「これ何?」とか、あまり食べた事の無い料理に皆感激していた。

 「大人の世界の視察ができました」

 と望は大満足だった。


 研究所に戻ると曽我部が改まって本宮に言った。

 「本宮さん、月嶋さん。今日は本当にありがとうございました。私達のために気を遣って頂いて感謝しています。昨日の仕事は辛かったけれど、もう大丈夫です。これからも頑張って、自分にしか出来ない仕事をしっかりやっていきます。これからもよろしくお願いします」

 「私も、もっともっと強くなります。こんなにやり甲斐のある仕事は今までありませんでした。これからもどんどん仕事させて下さい」

 冴子が言うと、

 「冴子は十分つえーよ」

 と直樹が横やりを入れた。

 「そういう意味じゃないわよー」と言い返すと「冴子お姉さま、やっぱお強い」と直樹が下手に出る。

 「あんた達、楽しそうね。私もたまには仲間に入れてね」

 とあやめが面白そうに皆を眺めた。

 皆が元気になって本宮も一安心した。


 久し振りに楽しい一日だったと冴子は穏やかな気持ちでベッドに入った。

 ただ、望の辛かった過去を少し知った。

 お風呂で望が火傷の痕について少し話してくれた。

 

 望の母親は、芸者だった。未婚のまま望を産み、女手ひとつで育ててくれた。

 芸者の子だと言われないように、必死で育ててくれた。いくら仕事で帰りが遅くなっても、朝は早く起きて望を学校に送り出してくれた。

 そんな母親に恋人が出来たのは望が中学生の時だった。老舗旅館の跡取り息子だった。

 もちろん周囲からは反対された。子持ちの芸者に老舗旅館の女将なんてさせられないと、猛反対を受けた。

 そして、母親は自ら身を引いた。

 しかし、それからの母親は浴びるようにお酒を飲み、望と話もしなくなった。

 しばらくして彼が結婚したとの噂を聞いた日、母親は荒れた。朝から飲み続けていた。

 望はカップラーメンでも食べようとお湯を沸かした。

 そんな望の姿を見た母親は、

 「あんたがいなきゃ私は幸せになれたのに。あんたなんか産まなきゃ良かった」

 そう言って近くにあった酒の瓶やバックや色々な物を投げ始めた。

 障子が破れ、ガラスが割れた。そして最後に望を突き飛ばした。

 望は沸騰したヤカンに背中から倒れ込んだ。


 冴子は望の言葉を思い出していた。

 「ママは可哀想なの。とにかく運が悪過ぎなの。私が貧乏神かもね」

 望、あんたも辛かったんだね。

 お風呂場で、お互い裸だというのに、抱き締めてしまったよ。


 ちょっと涙で枕を濡らした冴子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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