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引っ越しました

 朝アパートに迎えに来たのは黒スーツの無表情なイカツイ二人の男性だった。荷物を軽々と運んでくれたのはいいが、黒塗りのワンボックスカーに押し込まれ、まるで秘密組織に連れ去られているようだ。

 車の後ろの座席に座らされ、前の座席との間にカーテンが引かれた。窓は全部スモークが貼られ、冴子からは外が全く見ることが出来ないようになっていた。

 男性が一人隣の座席に座っていたが、話し掛けても返事もろくにしなかった。

 仕方なく、あれこれと物思いに耽っていた。これからどうなるんだろう。騙されているのかもしれない。自分に合わないと思ったら帰してもらえるんだろうか。よく考えもせず、調べもしないで決めてしまって、軽率だったのでは……。

 不安と後悔しか無かった。そんな冴子の気持ちを察したのか、隣の男が缶コーヒーを差し出してきた。

 「まだ時間がかかります。退屈だと思いますが、これでも飲んで下さい」

 変な薬でも入っているかも、と思い飲むのをためらっていたが、その男も無言で缶を開け飲み始めたので、そういえば少し喉も渇いてきたなと冴子も缶を開けた。


 「佐々木さん、佐々木さん」

 名前を呼ばれ目を覚ました。冴子はいつの間にか眠ってしまっていた。

 「着きましたよ」 

 車のドアが開けられると、久し振りに外の光が眩しかった。夕焼け空に日が沈むところだった。そんなに長く寝ていたのか、と思うと同時に、そんなに時間のかかる遠くに連れてこられたことに驚いた。

 「寝てしまってすみません。……ここは何処ですか?」

 車から降りると、そこは知らない風景が広がっていた。今まで住んでいた所は山に囲まれた田舎だったが、見渡す限り山が無かった。遠くに来てしまったんだと思った。ここが何処だか分からないのでは逃げようも無い。

 広い敷地に平屋のオフィスのような建物と、その隣に小さなアパートのような建物が建っていた。

 二人の男は無言で荷物を運ぶ。どうせ話し掛けても返事しないだろうから、ただ黙って後をついて行った。

 二人はアパートらしき建物に入って行った。ここが寮なのだろう。そして二階の手前の部屋に入り荷物を下ろした。

 「ここが貴女の部屋です。後で本宮から連絡が入ると思いますのでそれまではゆっくり休んで下さい。お疲れ様でした」

 二人は去って行った。


 訳も分からないまま置き去りにされ、不安のため荷物もそのままに、備え付けのソファーに腰を下ろした。

 部屋は綺麗だった。ソファー、テーブル、ベッド、テレビに冷蔵庫、洗濯機、全て揃えられていた。

 冴子はテレビをつけた。もしかしたら他県に連れて来られたのかもと不安になっていたからだ。画面が明るくなった。洋画が放映されていた。他のチャンネルに変えると今度は邦画だった。また変えるとアニメだった。

 地域がわかる番組は何も映らなかった。

 「どういうこと?」

 場所も教えないつもりらしい事にますます不安になった。思わず部屋から飛び出した。階段を降り隣の建物まで行ってみると、玄関に「性格改善研究所」と書かれたプレートがあった。入ろうとドアに手を掛けるが鍵が掛かっていた。

 改めて周りを見渡すと、二つの建物と広めの駐車場があり、それらを囲むように植木が植えられていて、またその外側には高めの塀があった。学校みたいな感じで、校庭が駐車場になったというところだ。じゃあ校門みたいなのがあって、そこから出られるのかと思い、駐車場を塀に向かって歩き出した。

 「こんにちはー、今日来たのー?」

 寮の方から声が聞こえたので振り向いた。

 寮の二階の一番奥の部屋のベランダから手を振っている女性が見えた。女性は部屋に入ったと思ったら寮の玄関から出てきて走って近寄って来た。

 息を切らせて冴子の前で立ち止まり、嬉しそうに笑顔を見せた。

 「初めまして。水沢望です。昨日着いたんだけど、一人っきりで寂しかったの。良かった」

 冴子よりは若そうで背が低かったが、肩までの髪はふわふわと揺れ、小さいが真ん丸の瞳が可愛らしかった。その瞳は少し潤んでいて笑顔だが眉はへのじになっていた。一人で相当不安だったようだ。

 「初めまして。佐々木冴子です。さっき着いたんだけど、ちょっと探検してた」

 こんな頼りなげな子が一晩過ごせたのに、着いてそうそう怖くなって逃げようとしてたなんて、口が裂けても言えなかった。

 「ずっと一人だったの? 本宮さんは? ご飯はどうしてるの?」

 聞きたい事が沢山あった。

 「本宮さんは研究所にいるけど仕事中だからあんまり相手にしてもらえないし。ご飯は寮の一階に食堂があるから大丈夫」

 「本宮さんいるんだ。でも研究所鍵かかってたけど」

 「あ、研究所に入るにはナントカ認証システムっていうのがあって、登録しなきゃ開かないみたい。あとで登録してくれるよ」

 今までよっぽど寂しかったのか、望はずっとニコニコし、冴子に抱きつきそうなくらい近寄っていた。

 そんな時、冴子のスマホが鳴った。本宮からだった。

 「佐々木さん、いらっしゃい。疲れたでしょう。ちょっとお話だけしたいので研究所に来てもらえますか」

 望とは一緒に夕飯を食べる約束をして別れ、冴子は研究所へ向かった。


 研究所の入り口に本宮が立っていた。

 「佐々木さん、ようこそ性格改善研究所へ。まず登録だけしてしまいましょう」

 入り口のドアの覗き穴みたいな物の前に立たされると、本宮はパソコンを操作し始めた。入力し終えるとドアが自動に開いた。

 「佐々木さんの顔を登録しましたので、これからはここに顔を近づけるとドアが開きます」

 見たことの無いハイテクなシステムに驚いたと同時に、そこまで厳重な警備をするなんて、凄い研究しているのかなぁと興味が湧いた。

 研究所の中に入り、応接室に通された。

 「長時間の移動で疲れたでしょうから、今日はゆっくり休んで下さい。食事は寮の食堂で三食食べられます。明日には全員揃うので、揃ったところで詳しい話をさせてもらいます。何か必要な物はありますか?」

 「とりあえずは大丈夫ですが……いったいここは何処ですか?」

 「……詳しいことは言えませんが、首都圏のどこかです。全員揃ったら色々お話しますので、今日はゆっくりして下さい」

 まだ言いたい事がありそうな不安そうな冴子を見て、本宮はにっこり微笑んで言った。

 「大丈夫ですよ。説明不足で心配とは思いますが、明日から解ってきます。この研究所は人々の幸せのために運営されています。きっとここに来たことを良かったと思えるはずです。ですから安心して下さい」


 今日はこれ以上聞いても無駄だと思った冴子は研究所を後にし、寮に戻った。そして望を誘い夕飯に行った。メニューはご飯と味噌汁、煮物に漬物、焼き魚だった。よく考えると独り暮らしを始めてからこんな家庭的な料理は食べていなかった。しみじみと味わいながら箸を進める。

 「結構美味しいよね」

 ニコニコしながら望が言った。

 「うん。おかわりしようかな」

 食事は寮の管理人のおばさんが作ってくれていた。うちの母親よりも年上の、少し体格はいいが優しそうな人だった。

 「おばさん、おかわりいいですか?」

 お椀を差し出すと「嬉しいね。遠慮しないで何でも言ってね」と、お味噌汁をよそってくれた。

 食事しながら望と話をした。望はまだ19歳で、今年高校を卒業したばかりだが就職はしないで家にいたそうだ。

 「家で何してたの?」

 「別に何も。進学しようか就職しようか悩んでたらいつの間にか卒業になっちゃってて、どうしようか考えてた時にあの募集広告見つけたの」

 「は?」

 呑気というか、やる気がないというか、そのくせ怪しげな求人にはすぐに応募してしまう、目の前のニコニコした少女に呆れてしまった。


 「ご馳走さまでした」

 二人はそれぞれの部屋に戻り休む事にした。

 冴子は疲れていた。朝出発して、夕方まで車に揺られていたのだ。とはいえほとんど眠っていた。でもコーヒーを飲んだ途端に眠ってしまった事はおかしい。やっぱり睡眠薬でも入っていたんじゃないか、と冴子は思った。研究所の場所を知られないためかもしれない。

 本宮は安心してくれと言っていたがやっぱり怪しい。

 冴子はお風呂に入りパジャマに着替え、ベッドに入った。ふかふかで気持ちの良い布団だった。

 こんなに対応がいいのにも裏がありそうで怖い。

 まあ兎に角明日、詳しい話を聞かなければ始まらない。危ない研究所だったら逃げよう、そう心に決め、冴子は眠りについた。  

 

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