時間外勤務です
次の日の午後、冴子と望は相変わらずお茶をしていた。
「昨日の犯人は娘さんが殺されて、犯人が死刑判決になって、だけど死刑にならないから事件起こしたんだよね」
「うん。自分の思う通りにならないと、小さい子まで巻き込んじゃうんだね。怖いね」
お菓子をポリポリしながら二人は話していた。
「本当、親って生き物は子どものためだったら何でもやる怖い生き物だよね」
お、望が珍しく分かったような事言うなあ、と冴子は驚いた。
「うちの親もそうだったし……」
「そうなんだ」
望はそれ以上詳しい話しはしようとしなかった。
「うちは反対。私に何かあったって気にもしないよ」
「そうなんだ。反対だね。まあ、どっちもヤダね」
その話しはそれで終わり、あとは取るに足らない話が続いた。
夜中、冴子が気持ち良く寝ていると、本宮から呼び出しが来た。
慌てて仕事着に着替え、上にカーディガンを羽織り研究所へ向かった。
研究所の前に本宮が立っていた。
「これから一緒に行ってもらいます」
冴子は車の助手席に乗り込み、しばらくの間ドライブ気分で夜の街並みを眺めていた。
「今から行く場所は警察病院です。佐々木さんには現在怪我をして話す事の出来ない殺人の容疑者を癒してもらいます」
「殺人犯?」
「まだ容疑者です。もしかしたら正当防衛かもしれないので、真相が知りたいのです」
「どんな事件ですか?」
「まだ二十歳の女性なんですが、前々から男にまとわりつかれていて」
「ストーカーですか?」
「そうらしいです。何度か警察に訴えていたそうです」
「なんか、良くありますよね。警察に訴えても被害に遭ってしまう女性の話」
「まあ、そうですね。でも今回はちょっと良くわからなくて。女性が男性を歩道橋から突き落とし、その後自分も飛び降りたとの目撃証言がありました」
「確かに良くわからないですね。男に落とされそうになって、反撃して落としてしまったのなら、自分まで飛び降りませんよね」
「目撃者の話だと、二人は言い争いをしていて、女性の方が男性を突き落とし、その後泣きながら飛び降りたとの事です」
「女性の容態は?」
「頭蓋骨の他、何ヵ所か骨折していて、意識不明の重体です」
「意識不明の人の心を読む事は出来るんですか?」
「わかりませんが、多分無理でしょう。そこで佐々木さんに体を癒して欲しいのです」
冴子は意識不明の重体を癒すなんて出来るんだろうか、と不安だった。
「まあ、取り敢えず頭を癒して意識を取り戻してもらいます。体の方は、医者に治してもらいましょう。事件の真相がわかれば良いので」
「話が出来るようにすれば良いんですね」
「はい、多分その位しか出来ないと思います。着きましたよ」
車は警察病院に着いた。
警察病院の裏口から二人は入った。病室に行くまで誰にも会わなかった。二人の姿を見られない様に取り図られているようだ。
病室に入ると、身体中モニターの線やらカテーテルやらに繋がれ、酸素吸入器も付けられている女性が横になっていた。
「では……」
冴子は女性が身体中怪我だらけなので、どこに触ろうか悩み、仕方無く頭に手をかざし、意識を集中し始めた。
そのとたん、
「痛い! いたたた……」
冴子の身体中に鋭い痛みが襲った。
「これは辛い」と意識を失いそうになったが、根性で意識を保った。
「これは私の痛みじゃ無い!」と自分に言い聞かせ、女性と繋がり続けた。
「頭が割れそうに痛い……いや割れたんだった。痛いはずだ」
冴子は自分の頭痛を押さえ込もうと必死に集中した。骨だけでは無く、中もむくんでいるのが判った。
点滴の薬が効いている感じがしたので、どんどん効いてくるぞー、と一層集中する。薬が脳の血管を流れ、滲み渡っていく様子を思い浮かべた。延々と薬の流れていく様子を思い浮かべていると、むくみが引いてきた感じがした。
でもまだ痛い。こうなったら……。
「痛いの痛いの飛んでけー!」
冴子は痛みのためヤケクソになった。
ひたすら「痛いの痛いの飛んでけー」を呪文のように繰り返した。
どの位痛みと戦っただろうか。気が付くと「痛いなあ」という冴子の声とは違う声が頭の中に聞こえて来た。
「痛い。身体中痛い!何で?」
「気が付いたの!?」
冴子は女性に話し掛けた。
「私、どうしたの?」
女性が声を出した。
「気が付いたようですね」
本宮は安心した様子だった。
冴子は汗でびしょびしょだった。
「あなたは大怪我をされたのですよ。歩道橋から落ちて」
「あ……そういえば、私……死ぬつもりだったんだ。死ねなかったんですね」
「はい、あなたは助かりました」
「彼は?」
「残念ながら」
「そう……」
「話してもらえますか?」
「……何をですか?私は怪我人なのよ。痛い痛い! 出てってよ」
女性は口を閉ざした。
「冴子さん、力は残っていますか?」
半分意識を失っていた冴子は本宮の言葉で目を覚ました。
「ちょっとだけなら」
そう言って、女性の心を読み始めた。
「一緒に死んであの世で一緒になろうと思ったのに。私だけ生き残るなんて。好きだったのよ。前はあの人も好きだって言ってたのに。しつこい位に私に言い寄って来たのに。
最初はあの人が私に付きまとっていた。ストーカーだった。初めは迷惑だったけど、私今まであんまり言い寄られた事なかったから、ちょっと嬉しくて。あの人の熱意が嬉しくて。
だんだん好きになっていた。
私はあの人を受け入れた。
なのに、付き合い始めたら「思ってたのと違ってた」って、会ってくれなくなった。
いくら電話をしても出てくれない。会いに行っても会ってくれなくなった。
だから今度は私が追いかけた。毎日毎日追いかけた。
だけどあいつはもう違う女を追いかけていた……」
「本宮さん……」
女性の心の声を本宮に伝えた。
「そうですか。ここまでやればもういいでしょう。あとは警察と医者に任せて帰りましょう」
そう言うと本宮は電話を掛けるために病室を出た。警察に真相を話しているらしく、長電話だった。冴子はついウトウトしてしまった。
「大変でしたね。帰りましょう」
本宮の声で目が覚め、冴子は立ち上がろうとした。しかし立ち上がれなかった。全身がまだ痛くて動けなかった。
「頑張りましたね」
と本宮は冴子をおもむろにお姫様抱っこで持ち上げた。
「え、あの、私最近太っちゃって。だからいいです」
必死に抵抗しようとするが体が動かない。
「帰って休みましょう」
本宮に後部座席に寝かされ、車の振動が気持ち良くて、冴子はすぐに寝てしまった。
朝気が付くとベッドで寝ていた。
本宮がここまで運んでくれたのだろうか。ヤバすぎる、と冴子は焦った。
それより今何時だ、遅刻したらまずいと思い、スマホで時間を確認しようとした。するとスマホにはメモが貼ってあった。
「今日は休んで下さい。時間を気にせず、寝ててもらっていいですよ 本宮」
ありがたかった。起きようとしても身体中痛くて動けなかった。
冴子は時間も確かめずに、再び目を閉じた。
人の怪我を癒すのって体力使うんだな、て言うか、痛みまで共有するのは勘弁してもらいたい、と冴子は思った。
もっと体力付けなきゃいけないな、今度涼平に筋トレの道具貸して貰おうと思った。
ついでに痩せられたらいいな、また本宮さんに抱っこされてもいいようにと思った。変な意味では無く、ただ単に恥ずかしい思いをしたく無いだけでそう思った冴子だった。
後日談
冴子は体力を上げたいと涼平に相談したところ、それだったら筋トレより走り込みだと言われ、毎朝駐車場をランニングする事にした。そのうち望も仲間に入れてと一緒にするようになった。
それならもう一人、鍛えたい奴がいると、冴子は無理矢理直樹も叩き起こしランニングに参加させた。
それを聞いた曽我部も、ランニングは無理だけど、と以前涼平からもらった鉄アレイで筋トレを始めた。
「なんか最近皆たくましくなってきたねー」
あやめは皆の変化に驚き、若いって良いわね、年は取りたくないわね、と寂しく呟いた。




