誘拐です
しばらくの間、大きな事件も無く、皆のんびり過ごしていた。
とはいえ、時々は小さな仕事は入った。例えば黙秘を続けている犯人の心を読むとか、隠されている薬物を見つけるとか、ネットで有名人へ殺人予告をした奴を見つけるとか、自分達にとっては簡単に片付けられる仕事だった。
仕事を指示された者は、夜中だろうが食事中だろうが呼び出された。それ以外の者は朝九時に出勤し、あやめから講習を受ける。今までの仕事を振り返り、もっと良い方法があるのではないか等話し合いをしたり、架空の事件を想定しシミュレーションを行ったりした。
午後からは自由時間だった。曽我部は取り寄せた本を読んでいる事が多く、直樹は大抵ゲームをやっている。涼平はせっせと筋トレをしている。
冴子と望は一緒にお茶をしている事が多かった。
「毎日こんなにのんびり出来て、いい仕事だねー」
「まずいよ、ここへ来てから三キロ太った……」
「食べる事しか楽しみ無いしねー。テレビでも見ようか」
週に一回位はあやめが買い物に連れてってくれる。仕事で外に出る事もある。その為かテレビは普通の放送も視られるようになった。自分達のいる場所はだいたい解った。
だからといって逃げようとする者は誰もいなかった。待遇も居心地も良いので皆満足している。それよりも、自分達の能力で事件を解決するんだという使命感が皆に芽生え初めていた。
「本宮さんやあやめさんは何してるんだろうね」
「確かにね。警察とかから仕事の依頼入るの待ってたりしてるのかな」
「警察って私達の事知ってるよね。どこまで知ってるのかな?」
望が疑問に思っている事、冴子も前から気になっていた。今までの事件で警察と協力し合ってきたが、どこまで警察は私達の事を知っているんだろうか。総理は私達の色々な事知ってるんだろうけど、総理の秘書とか官房長官とかはどうなのか。総理だって総理辞めたら……。
「冴子、本宮さんから。全員集合だって」
事件らしい。
「誘拐事件です。誘拐されたのは綾瀬美花ちゃん、五歳です。法務大臣綾瀬孝蔵のお孫さんです」
「綾瀬孝蔵といったら、死刑廃止を推進していて、自分が法務大臣中は一人も刑の執行はしないと言っている大臣ですよね」
曽我部が言った。
「はい、犯人の要求もそこなのです。死刑囚全員の刑を執行したら美花ちゃんは返す。二十四時間以内に刑の執行が行われなかったら……」
「場所は何処ですか? 俺が行って助けてきます」
涼平がいまにも飛び立ちそうな勢いで言った。
「まあ待って下さい」
本宮は涼平をなだめた。
「大臣は何と言ってるんですか?」
冴子が聞いた。
「二十四時間以内に四十人近くの死刑を執行するなんて出来ない。それ以前に死刑廃止を掲げているので、これまで支援してきてくれた人達を裏切る事になるので出来ない、との事です」
「でもお孫さんの命が懸かっているんだもん。支援者さん達もわかってくれるんじゃないの?」
望が心配そうに言った。
「脅せば何でも要求が通る、そんな事は許されてはいけないのです」
「それはそうだけど……美花ちゃんはどうするの?」
本宮の厳しい言葉もわかるが、美花の事も心配な望だった。
「そこで皆さんに働いてもらいます。まずは犯人と美花ちゃんの居場所の特定、そして犯人の本当の目的を調べてもらいます」
「はい、まず私が」
「お願いします」
曽我部が意識を集中した。今朝からの美花の足取りを追った。幼稚園の送り迎えは母親が車で送り迎えしていた。帰宅後ピアノ教室へ行くため母親が送り、レッスンの間に買い物を済ませようと母親がいったん教室から出る。母親が教室に戻ってくると「お母様が事故に遭われたとお迎えの方がみえて、帰って行きましたが……」と教室の先生が困ったように話し、事件が発覚した。
曽我部はその迎えに来た車ごと美花を追った。かなり長距離を走り、山あいの地区で車は停まった。
不安で泣いている美花を家に連れ込む。周囲に家は無く、山の中の一軒家であった。家には他に誰もいない。
「ごめんね美花ちゃん、大丈夫だから泣かないで」
大丈夫といわれても、家族もいない、物音もしない山の中に連れてこられ、大人しくなんてしていられない。
美花が暴れて逃げようとすると「仕方ない」といい、犯人は美花を縛る。
「外に出ると熊に食べられちゃうよ」
曽我部は場所の特定をした。県境の山間部のかなり過疎化の進んだ村だった。
取り敢えず美花は無事で、縛られてはいるが暴力を振るわれてはいない。
犯人は普通の中年の主婦だ。お菓子やジュースを用意してあり、危害を加えるつもりは無いようだ。
しかし電話を掛けた様子は無い。綾瀬家に電話を掛けた共犯者がいるようだ。
「それなら救出は簡単に行きそうですね」
曽我部の話しに本宮が言った。確かに犯人が中年女性一人なら、救出は難しくない。
「早いうちに救出しましょう。仲間が来たら厄介です」
本宮は犯人が美花と離れるのを待った。犯人が美花と離れた瞬間に望を現場に行かせ、連れ戻すつもりだった。
しかし中々離れない。それどころか夜になると寝ている間に出ていかれては困ると美花と自分の手を紐で縛りつなげた。
「本宮さん、車が犯人の家に向かっています」
曽我部が一台の車を発見した。山道で、進行方向にはこの家しか無い。共犯者に間違いない。
「計画を変えましょう」
曽我部の報告を受け、共犯者が来る前に救出してしまおうと思った。
「望さん、美花ちゃんと犯人の二人を連れて来て下さい」
「わかりました」
望はそういうとあっという間に消え、あっという間に戻って来た。
「二人は地下にいます」
「有難うございます。曽我部さんは共犯者の方を見ていて下さい。佐々木さん、一緒に来て下さい」
地下は真っ暗だった。自分達の顔が分からないようにだ。
一室のドアを開けると女性と女の子が抱き合いながら震えていた。
「美花ちゃんですね」
本宮が声を掛けると、女の子は頷いた。
「もう返して貰えませんか」
女性に話し掛ける。
しかし女性は尚一層美花を強く抱き締めた。
「要求は伝えたはずよ。私達の要求が叶えられたらこの子は返す」
女性は美花を離す気は無いらしい。
「佐々木さん、お願いします」
本宮の指示で女性の心を読む。
「私達の娘が酷い殺され方をしたというのに、折角犯人が死刑になったのに、何で刑を執行しないの?あんな奴を国民の税金で養ってやってるなんて、おかしいわよ」
冴子は女性の心の声を本宮に伝えた。
「佐々木さん、女性の心を癒して下さい」
冴子は二人に近づいて行った。
「来ないで! それ以上近付けばこの子を殺すわよ!」
女性は美花の細い首に両手を掛けた。
美花は怖さで大きな声で泣き出した。
「あなたにそんな事出来るわけ無い」
冴子は言い切った。
「そんな事したって娘さんは悲しむだけでしょ」
女性は何で知ってるのかと驚き、一瞬ひるんだが、気を取り直して言った。
「あんたにそんな事言われる筋合いは無い!」
「美花ちゃん泣いてても何とも思わないの?」
「うちの子も泣き叫んだのよ。でも誰も助けてくれなかった」
ここで話していても始まらないと思った冴子は二人のすぐ側まで近寄る。
「来ないでって言ってるでしょ」
しかし次の瞬間冴子は女性を抱き締めていた。
「お母さん、お母さん……」
女性の頭の中に娘の声が響いた。
「大好きなお母さん、この子誰?私以外の子を抱っこしてるの?お母さんは私のお母さんじゃないの?」
女性は思わす美花を離した。
「お母さん、私に言ったじゃない。人を殺しちゃいけないって。誰もそんな権利無いんだって」
「わ、私はまだ誰も殺してなんていないわよ……」
「じゃ、これからもずっとよ。いけない事だって、一番知ってるのはお母さんだもんね」
笑顔で話す娘の姿を女性は抱き締めた。
「あなたは本当に優しい子だった。誰にでも、いつでも優しかった。本当にいい子だった……ごめんね、お母さんが間違ってた。ごめんね」
女性は涙を流し後悔した。
「私はお母さんが大好き。だから泣かないで。私はお母さんの子どもに生まれて幸せだったよ」
「ごめんなさい、美花ちゃん」
そういうと女性は二人を繋いでいた紐を解いた。それを見た本宮は女性を連れて上の階へ登って行った。
残された冴子は今度は美花を抱き締めた。その瞬間美花の体はビクッと震えた。
「可哀想に、怖かったね」
冴子は美花にさっきの女性が笑顔で優しく抱っこしてくれている映像を見せた。
「おばさん、私と仲良くしたかったんだね。ちゃんと言ってくれれば遊んであげたのに……」
そう言って冴子の腕の中でスヤスヤ寝息を立てた。
山の中の家にいた共犯者は女性の夫であり娘を亡くした父親だった。警察が来た事に気付き山中に逃げたが、暗かったためか足を滑らせ坂道を転げ落ちた。
涼平が飛んで行き、救出し、無事逮捕されていた。
次の日のニュースで、綾瀬法務大臣が国会で発言しているところが放映されていた。
「私が死刑の執行を行わない事を良く思わない方々もいると思います。しかし、私は誰も殺したくない。傷付けたくない。誰も大事な人を失いたく無い。私は命令一つで人の命を奪う事が出来る。でも……私は臆病なのかもしれない。それが出来ない。怖いのです。人の命を奪った手で、小さな孫は抱けません。人の命を大事にする事は、家族を大事にする事に通じると思います。どうかご理解下さい」
昨日の犯人達に向けたメッセージだろう。犯人達はどう思うだろうか。
家族を大事に……か。縁の無い言葉かも、と思う冴子だった。




