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事件です

 冴子は部屋に戻り普段着に着替えた。

 そしてさっきもらった辞令を何度も読み返す。

 「佐々木冴子。特殊秘密勤務を任命する。内閣総理大臣 西園健太郎」

 本当に総理の下で働くんだと実感した。テレビで良く見ていた人物に直接辞令をもらった。人生何があるかわからないもんだとしみじみ思った。

 父親に言ったら喜んでくれるだろうか、とふと思ったが、誰にも言っちゃいけないんだっけ、と残念に思う事にした。心の奥では「どうせ言ったって相手にされないよ」という言葉が見え隠れしていた。


 「冴子ー、居るー?」

 望の声だった。

 「居るよ。どうぞ」

 と招き入れた。

 「ビックリだね。総理大臣なんて初めて会った」

 「私だってそうだよ」

 「緊張し過ぎて疲れたー」

 望は冴子のベッドにもたれ掛かり、脱力していた。

 「お菓子でも出したいけど、何にも無くてごめんね」

 「買い物行けないもんね。外に出ちゃいけないのかな。いいんだったら瞬間移動ですぐ行っちゃうんだけどな」

 「便利な能力なのに勿体無いね」

 「あやめさんに言えばいいのかな。でも連絡先知らないし。あ、あやめさんて副所長なんだね」

 「うん、実は偉いんだね」

 「何処に住んでるんだろ。毎日通ってるのかな」

 「真っ赤なスポーツカーに乗ってそう」

 「そんな感じー」

 望がやっと笑えるようになって冴子は安心した。

 「本宮さんも何処に住んでるんだろ。朝早くにテレビ運んで来たり、私達休んでる間も仕事してるんだね」

 望の言う通り、本宮もあやめも色々忙しそうだ。明日は少し話がきけるのかなと冴子は思った。


 次の日の九時、皆は研究所に集まっていた。

 「おはようございます。今のところ事件も無いので、今日はこれからの仕事の進め方、日々の過ごし方等説明しましょう」

 本宮が話始めた。

 「仕事はいつ入るか分かりません。夜中に依頼がくるかもしれませんので、休める時は休んでおいて下さい。それから、この間川村さんには着けて貰いましたが、この腕時計型のモバイルを皆さんにお渡しします。通信、ナビ、その他色々な機能が付いています。必要な時は説明しますが、暇な時操作してみてもらっても良いですよ」

 皆にモバイルが配られた。

 「俺の能力使えば完璧に使いこなせるな」

 直樹がそう言うと、

 「あ、言い忘れていました。能力は仕事以外では使わないで下さい。お互いの為にも」

 「そりゃそうだ。普段心読まれたらたまんないな」

 直樹が納得して言った。

 「望に家出されても困る。望、絶対居なくならないでね」

 冴子は心からそう思った。

 「うん、出てく時は歩いて出てくね。なんて。あ、それより本宮さん、私達ずっと外には出られないんですか?」

 「精神衛生上良くないですよね。そうですね、たまには買い物にでも出掛けますか。月嶋に車を出してもらいます」

 「いつですか?」

 「午後でどうですか?」

 「やったー!」

 望と直樹は大喜びだ。

 「俺も行けますか?」

 涼平が遠慮がちに聞いた。

 「大きな車で行けば大丈夫ですよ」

 そして急きょ午後は買い物ツアーになった。曽我部だけは残ると申し出、留守番となった。


 午後、冴子、望、直樹、涼平が寮の前で待っていると一台のワゴン車がやって来た。運転手はあやめだった。

 「皆お待たせ」

 ワゴン車の後ろのドアが開くとスロープが降りてきた。そこから涼平は車椅子ごと乗る事が出来た。

 車の中は賑やかで、修学旅行みたいだった。買い物中も大はしゃぎで、皆たくさん買い込んでいた。

 そんな時、あやめのスマホに電話が掛かってきた。

 「皆、お楽しみ中悪いけど、すぐに帰るわよ。仕事よ」

 一気に現実に引き戻され、帰りの車中は静まり帰っていた。


 研究所に戻ると曽我部はすでに仕事に取り掛かっていた。

 「皆さん折角のところすみませんでした。事件が発生しました」


 本宮の話によると、国際指名手配中の殺人犯が入国したとの事。もちろん偽造パスポートを使い、顔も整形している。

 空港での荷物検査には引っ掛からなかったので武器は持ってこなかったようだ。

 何の目的で入国したのか分からないが、兎に角何か起こる前に確保しなければならない。


 「整形して偽造パスポートで入国したのに何でそいつだってわかったの?」

 あやめが本宮に聞いた。

 「本国からの情報提供があった。犯人を追ってた調査員が整形の事実を掴み、整形後の人相を追ってたら既に出国した後だったそうだ。何やってるんだって感じだよ」

 あやめ相手だと本宮も本音が出る。

 「そう言うわけで、今曽我部さんに行方を追ってもらってる」

 ただ、写真を見てもぼんやりとしか見えないので、追っているのが本人かどうか確証は無い。

 「水沢さん、この写真の男のところに行って下さい。曽我部さんに確実に男を追ってもらうために」

 望は凍り付いた。殺人犯のところへ行かなくてはいけないなんて。

 「確認出来たらすぐに戻って来て下さい。出来れば一瞬のうちに。では着替えて下さい」

 本宮の言葉に動かない足を無理矢理動かし、望は着替えに行った。

 「曽我部さん、水沢さんが犯人のところへ移動したら、そいつを追って下さい」

 「わかりました」

 曽我部は、自分が普通に見えない事が悔しかった。そのために望に恐い思いをさせるのが辛かった。

 「仕度して来ました」

 望が仕事着に着替え戻って来た。声が少し震えていた。

 「ではお願いします。すぐに戻って来て下さい」

 本宮が念を押す。

 望はもう一度写真を確認し、次の瞬間消えた。

 

 長い一瞬だった。その場にいる全員がそう思った。

 「怖かったー」

 望の気の抜けたその声を聞くまでは。


 「曽我部さん」

 「はい、やっぱり彼でした」

 曽我部は続けて犯人を追跡した。

 「今どこだ?」

 「タクシーに乗っています。タクシー会社の名前と車のナンバーは……。信号の下の地名は……」

 曽我部により犯人の現在地がわかった。すぐに本宮は警察に連絡した。

 しばらく男を追っていると墓地でタクシーが停まった。犯人は車を降りしばらく歩くと一基の墓の前で止まった。

 男はおもむろに墓石を動かし、骨壺を引き出した。そして蓋を開け、中から何か取り出した。

 「本宮さん、ピストルです!」

 曽我部が驚いて大きな声を出した。

 「何だって?」

 本宮も驚いたが、少し考えた。

 「もう少しそのまま見ていて下さい」

 本宮は警察に犯人がピストルを入手した事を伝えた。

 不安を感じながら曽我部は男の様子を見ていた。

 男は墓を元の状態に戻し、墓に向かい祈りを捧げた。そして元来た道を帰って行った。

 男が墓地から出ると一台の車が停まっていた。運転手は女だった。  

 二人は言葉を交わすでもなく黙ったままだった。そして男は助手席に乗り込んだ。

 「女の迎えに来た車に乗りました」

 曽我部が報告する。

 「墓地近辺の道では全て検問が行われています。そろそろ警察も現場に着くはずです」 

 車が発車した。二人は検問のある場所までは行かずに、すぐ近くのネットカフェに入った。

 その報告を聞いた本宮は男の居場所を警察に伝えた。

 「しかしまずい所に入りましたね。他の客や店員もたくさん居るのに、そこで発砲でもしたら……」

 それにしても二人は黙ったままだった。何を考えているのかわからない。

 「次の行動とか何が目的なのか知りたいですね。佐々木さん、水沢さんと一緒にネットカフェに行って下さい。そこで犯人の心を読んで下さい」

 冴子に指令が下りた。緊張しながらも「よし行くぞ」と気合を入れた冴子だった。

 

  

 


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