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冴子が起きたのは六時だった。さすがに昨日夕飯を食べないで寝たのでお腹が空いた。でもまだ朝食出来てないだろうなー、こういう時のためにお菓子とか買っておければいいのに、と思った。
「そういえばここに来てから買い物してない。お金貯まって良いけど。でも昨日みたいな日はお酒でも飲みたいな」
ぐだぐだしてても仕方がない。食堂にいれば大屋さんが起きてきてくれるかも、と思い冴子は食堂へ下りていった。
大屋さんが気付くようにわざと大きな足音を立てて歩いた。
「あら、元気いいわね。おはよう」
テーブルに鏡を置き、せっせと化粧をしている女性がいた。
「あ、昨日の……あやめさん」
「あら、覚えてくれてたの? ありがと」
そう言いながらあやめは真剣にアイラインを引いていた。
「皆演習終わったんだって? どうだった?」
「皆喜んでるみたいだし、やる気満々ですよ」
「ふーん。あなたは?」
「え……。はい、凄い能力頂いて感謝しています」
「ふーん」
正直昨日はきつかった、と冴子は昨日の事を思い出していた。
「私も能力持ってんのよ」
「え、本当ですか?」
「何を隠そう国重博士の実験第一号なのよ」
「そうなんですか。どんな能力ですか?」
「本当か嘘かわかる能力。例えば宝石を見ると本物か偽物か判るし、人が嘘ついてるかついてないか判る」
「鑑定屋さんになればバッチリですね」
「あはは、そうかもね」
二人の声が聞こえたのか、「早起きだねー」と言いながら大屋がやってきた。
「あらあやめちゃん、お久し振り」
「大屋さんご無沙汰です。朝食私の分も宜しくね」
「あんたにはちゃんとした物出さないとうるさいからね。食品偽装したらすぐわかるもんね」
大屋は能力の事を知っているような口振りだった。確かに大屋もここの職員、ただ者ではないという事だ。
「おはよー。あ、冴子。昨日は疲れて寝ちゃったんか? ……ん?」
朝から軽く直樹が起きてきた。まだ起きたばかりらしく髪はボサボサで寝ぼけまなこだったが、あやめを見て一気に目が覚めた。
「お、おはようございます。俺岡倉直樹です」
緊張しながら自己紹介をする。
「おはよう。月嶋あやめよ、宜しく」
あやめはすっかり仕上がった顔でニッコリ笑った。
「皆さん早いですね」
本宮が台車に段ボール箱を乗せてやって来た。箱を開けるとテレビだった。
「せっかく皆さんが頑張って下さってるので、ニュースでも見ていただこうと思いまして」
本宮はせっせと配線をした。
電源を入れると朝の情報番組が有名若手女優と中年俳優が入籍したニュースを伝えていた。
「えー、嘘だろ」
直樹がショックを受けていた。
テレビの音を聞きつけ、皆集まってきた。
全員揃った時、丁度報道ニュースが始まった。
アナウンサーがニュースを読み上げるたびに「あー、こいつだよ」とか「俺が見つけたんだ」とか、皆大騒ぎだった。最後に
「麻薬密売組織が摘発されました」とのニュースが流れると、
「佐々木さんが頑張ってくれました」
と本宮が言った。
「えー、どうやったの」と望の問いに冴子が答えずらそうにしていると
「皆さん、ご飯取りに来てー」
と大屋の大きな声が食堂に響いた。皆待ってましたとばかりにそれぞれ取りに行った。
食べながら望が、「あの女の人誰?」と聞いてきた。「ここの職員だって。後で本宮さんが紹介してくれるみたい」と答えておいた。冴子自身詳しい事は知らなかったからだ。
「皆さん、食べながら聞いて下さい」
本宮が話し始めた。
「皆さん演習も無事終わったので、今後は正式な職員となります。そこで今日の二時から辞令交付式を行います。式には制服を着用してもらいます。制服の他に仕事着も用意しましたので午前中はサイズ合わせをしてもらいます。月嶋君が見てくれるのでサイズが合わなかったら相談して下さい。あ、月嶋君の紹介がまだでしたね。月嶋君、自己紹介して下さい」
本宮がふるとあやめが立ち上がった。
「えーと、月嶋あやめです。皆さんの先輩なので何でも相談してね。宜しく」
「はーい、質問です。あやめさんの年は幾つですかー?」
直樹が質問すると冴子が横から「何聞いてんのよ」と睨んだ。
「女性に聞くのは良くないよー」
あやめがかわした。が、自身達より上なのは確かだ。三十近いかもと冴子は思った。
朝食後、本宮とあやめは食堂を出たが、しばらくしてあやめが台車に荷物を積んで戻って来た。
「さあ皆、制服取りに来て」とあやめが言った。
皆がわいわいと集まってきた。自分のサイズの服を探して手に取る。
「じゃあ部屋に行って着てみて。きつかったら言って。ゆるい分には良いことにしといて」
あやめの適当な指示に皆素直に従いそれぞれ部屋に行き、試着してみた。結構丁度良かった。
再び皆が食堂に集まる。
「皆大丈夫みたいね。じゃあ次は仕事着よ。それぞれ名前が貼ってあるからそれ持ってって」
皆自分の名前の貼ってある袋を持ち部屋に行った。そして袋を開けると皆驚いた。「何これ?」仕事着と渡された物は真っ黒のつなぎ服というか、よくアニメの泥棒達が着ているような、とにかく黒い、体にぴったりの全身スーツだった。
「これどうやって着るんだ?」
皆悩みながら何とか試着した。
皆少しやつれた顔をして食堂に戻った。
「苦労したみたいね」
とニヤニヤ笑うあやめだった。
「サイズ大丈夫だった? まああの服は伸縮性があるから大抵大丈夫なのよね。じゃ、そう言うわけで、二時十分前には研究所の会議室に集合ね。あ、今日はお偉いさん来るからちゃんとして来てね」
そう言い残し、あやめはさっさと台車を押して去って行った。
「あんなの着て仕事するの?」
望が恥ずかしそうに言った。
「確かにちょっと恥ずかしいなあ。でもあやめさんだったら似合いそう……」
「直樹!」
冴子はつい怒鳴ってしまった。男子は皆そんな事考えるんだろうか。
「ねえ冴子、ちゃんとしてって、どうすればいいの?」
望は社会人としてのちゃんとした格好を知らなかった。
「髪の毛まとめたり、ファンデーション位は塗っといた方がいいよ。口紅は派手な色は駄目だからね。直樹も髪の毛整えてくるんだよ」
直樹が「えー」とか言って悩んでいると望がまた質問してきた。
「じれいこうふしきって何?」
望は初めてであり直樹は信用出来ないので、冴子が辞令の受け取り方、お辞儀のタイミングなどを教えてあげた。後ろで涼平が「成る程」と真剣に聞いていた。
スーツを着るとちゃんとして見えるもんだなあと冴子は感心した。
普段は可愛い服を着て幼く見えた望も、Tシャツとジーパンをだらしない着方していた直樹も、スーツを着るとちゃんと社会人に見えた。涼平はどっちかというと七五三みたいだった。曽我部は一層頼もしく見えた。
「さあ皆、行きましょう」
冴子が張り切って言う。
「えー、まだ早くね?」
「社会人なんだから早めに行動よ」
まったく直樹は、と思いながらも先頭を切って冴子は颯爽と研究所へ向かった。
会議室で五人が並んで立っていると、あやめが入って来た。あやめも皆と同じスーツを着ていた。首からは「生活改善研究所 副所長 月嶋あやめ」と書かれた名札を下げていた。
「早めの行動、感心感心」
と言うと、皆と一緒に並んだ。
しばらく皆は黙ったまま立っていたが、時計が二時を指した時、ドアがノックされ本宮が入室した。
「では、これより辞令交付式を行います。では総理、お願いします」
その言葉に続いて男性が入室してきた。
「皆さん初めまして。内閣総理大臣、西園健太郎です」
五人はその人物に目が釘付けとなった。頭が真っ白で何も考えられなかった。
「では辞令を交付します。本宮剛さん」
「はい」
本宮に所長任命の辞令が手渡された。それに続いてあやめ、曽我部と次々に名前が呼ばれ、辞令が交付された。曽我部と冴子までは落ち着いていたが、あとの三人は緊張しまくりで、つまずいたり声が裏返ったりし、笑いたくても笑えない状況に冴子は頑張って耐えた。
交付式が終わり、総理からお言葉を頂いた。
「皆さんは研修も終えられ、これからは現場に出て頂きます。困難な事、辛い事も多々あると思います。でもそれは人々のため、平和と安全のためだとしっかり自覚し、やり遂げて下さい。仲間と協力しあい、頑張って下さい。ここに居る者、皆が仲間です。もちろん私もです。皆さんが仕事をし易いよう、努力させてもらいますので宜しくお願いします」
総理が退室してからも、五人は呆然とし、動けずにいた。
「今日はもういいですよ」
本宮の言葉に曽我部と冴子は帰ろうとしたが、あとの三人はまだ固まっていた。
「仕方ないわねー」
とあやめが直樹と望を引っ張って行った。冴子も無理矢理涼平の車椅子を押し、本宮が曽我部の手を引いた。
「皆さん緊張し過ぎですよ。明日までには普通に戻って下さいね。これからは連絡が無い限り九時に出勤して下さい」
「あの、服装はどうしたら良いですか?」
冴子はあの仕事着を着るのか、それともスーツなのか気になっていた。
「普段着でいいですよ。スーツ着用の時は指示しますし、仕事着は現場に向かう時だけ着用します」
冴子はほっとした。それと共に、本当に皆だらしないんだから、私が世話焼かなきゃダメだ、と再確認した。




