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転職します

 帰宅ラッシュで混雑している国道から左折をして脇道に入る。しばらく走ると右側にコンビニが見えた。駐車場に車を停める。

 風が冴子のサラサラの黒髪を揺らす。西日が眩しかったのか、切れ長の目を更に細めた。

 店に入ると迷わずお酒売り場へ行き缶チューハイを取る。あとは適当にお弁当とパンを持ちレジに向かう。

 会計を済ませ再び車を走らせる。5分も走るとアパートに着いた。

 部屋へ入り腰を下ろすなり、缶チューハイを開け一口飲む。

 「あー、もうやだ。やってられん」

 冴子は今日、勤めていた職場の上司に、もう辞めますと啖呵を切ってきた。

 「現場わかんないくせに色々言い過ぎ。実状説明しても分かろうともしない。あんな会社にいたって未来はない」

 グチグチと独り言を言いながら、お弁当をつまみに酒をあおる。

 「転職だ転職。今度はまともな会社に行くぞ」

 そう言いながら冴子はスマホで求人のサイトを探す。

 これが初めてでは無かった。高校を卒業し、家族とうまくいっていなかった冴子は家を出た。社宅や寮のある職場を転々とし、気付くと23になっていた。

 気が強くはっきり意見を言い過ぎる冴子は、同僚からは頼もしがられたが上司からは煙たがられる存在だった。

 そんなこんなで転職を繰り返していた。

 「そろそろ落ち着かなきゃやばいよね。……何だこれ?」

 求人サイトを見ていた冴子の目に、見たことの無い募集記事が飛び込んできた。


「弱点を克服する強い武器を身に付けませんか?


選考通過者には研修を受けていただき、大手企業への就職を斡旋いたします。


※出張面接いたします。


                 性格改善研究所」


 怪しいことこの上無いが、何か気になった。

 研修にはお金を取る悪徳業者かも知れない。真面目な研究所だとしたら選考なんて通らないだろう。などと考えていたが、大手企業への就職斡旋の文言には魅力を感じ、酔いとムシャクシャした気分も手伝い、冴子は「応募する」ボタンを押した。


 気が付けば、すっかり明るくなっていた。

 お酒が強そうな見かけだが、実はかなり弱い冴子は、缶チューハイ半分飲んだところで寝てしまっていた。

 時間を確かめようとスマホを手に取る。もう9時半だった。

 着信と留守電が2件入っていた。

 1件は想像していた通り職場だった。仕方なく留守電を聞くと、辞めるならきちんと手続きをするように、とのこと。 引き止める言葉は無かった。

 沸き上がってくる色々な感情を無視し、もう1件の番号を見るが、知らない番号だった。留守電を聞いてみた。

 「ご応募ありがとうございます。性格改善研究所の本宮と申します。ご都合のよろしい時間にお電話頂ければと思います。電話番号は0120……」

 早速返事をしてきてくれて、嬉しかった。ましてやフリーダイヤルだった事に感動すらおぼえ、冴子はすぐに電話をかけた。

 「性格改善研究所、本宮です」

 感じの良い、爽やかそうな声だった。

 「昨日応募させて頂いた佐々木冴子と申します」

 「ご応募ありがとうございます。早速ですが面接はいつがよろしいでしょうか?」

 本当に早速だなあと思ったが、聞きたい事は沢山あるし、早く次の仕事を決めたかった冴子は、いつでも大丈夫だと伝えると、では今日の午後という事で、と話が決まった。

  

 面接場所はアパートからすぐの喫茶店だった。住所が書いて無かったけど研究所って近くなのかなあ、と思いながら早めに喫茶店に行き、少し遅めの朝食を頼む事にした。運ばれてきたサンドイッチを食べながら履歴書を書いた。

 約束の時間ちょうどに冴子のスマホが鳴った。本宮からだった。もう店にいる事を伝えると、突然通話が切れ、「佐々木さんですか?」と後ろから声がした。

 振り向くといかにも仕事の出来そうな、自信からくる笑顔の青年がスマホをしまいながら立っていた。普通の女子なら一目惚れしそうな、スーツがよく似合う長身で草食系美青年だった。

 今の冴子は、目の前の青年が本当にエリートなのか、マッドサイエンティストなのか、はたまたカルト教団の勧誘員なのか、判断をつけかねていた。

 

 「初めまして」

 そういいながら差し出された名刺には「性格改善研究所 所長 本宮 剛」とあった。

 「履歴書です」

 履歴書を差し出すと「よかったのに」と微笑み、さらっと目を通すとすぐにしまってしまった。

 「早速ですが、佐々木さんの事を聞かせて頂きますね。まず、佐々木さんの弱点を教えて下さい」 

 「は、はい。私の弱点は……気が強いところだと思います」

 「具体的には?」

 「言いたい事を言ってしまいます」

 「例えば?」

 「最近の事ですが、上司が女性社員に対して、若い子はどうせすぐ辞めると言って仕事も教えないし、ベテランたちには子供の用事ですぐ休むからあてにしてないとか、独身女性には結婚できないから仕方なく仕事してるだけだろとか、セクハラ発言が酷かったので、皆一生懸命やってます、そんな事ばかり言うから皆のびのびと仕事できないんです、こんな雰囲気の悪い職場おかしいです」

 「そう言って辞めてきたんですか?」

 「はい、もう何処の会社もそんな上司ばっかりで……」

 本宮の誘導尋問で言ってはいけない事を言ってしまった。上司にたてついて転職を繰り返しているなんて、面接で言ったら確実に落とされる。もうダメだ、とあきらめていると、

 「上司に恵まれ無かったんですね。社員の言葉に耳も貸さない会社じゃ将来はありません。辞めて正解です」

 「……え?」

 「社員教育できず、セクハラなんてもってのほかです。現場の意見は大事ですからね」

 一番言って欲しかった言葉を言ってもらったと冴子は感動していた。この人のためなら何でもしたいと思った。

 「佐々木さん、それは弱点ではありません。勇気のある行動です。ただ受け入れられる人が今の日本には少ない事は事実です。今のままではそれは弱点にしかならないと思うのなら、私達の研究所で武器に変えてみませんか」

 「では、合格……ですか?」

 「私はあなたに来て欲しいと思います」

 

 研修について聞くと、費用は不要で家具家電付きの寮もあり、研修が終了したらすぐにでも働いてもらいたい、ただ研修については誰にも話さないように、との事だった。

 不安はあったが家も仕事もないよりはずっといいし、話もわかりそうだ。短所を知っても雇ってくれるなんてありがたい。冴子は早速アパートに帰り、荷造りを始めた。明日の朝には迎えに来てくれるそうだ。

 昨日会社を辞め明日には新しい生活が始まる。展開の早さに少しだけ戸惑いながらも、顔は緩んでいた。本宮の自分を肯定してくれた言葉を思い出すと、今までの転職人生も終わるのかも、と期待をしながら、眠りについた。 

 

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