その8
俺は女性に呼び止められた。
俺は心の中で
「なんだよー?対象者がにげてしまう」
とだけ、考えた。
「ここは、平謝りしてさっさと対象者を追いかけないと」
そこには対象者の事ばかり考えていて、ぶつかり、ケガを負わせてしまったかも知れない人への謝罪と思いやりが欠けている常識外れた吾平の姿があった。
そして、
「ぶつかってしまい、申し訳ない」
と、これだけ言ってこの場を立ち去ろうとする。
「それだけ?何よ!常識外れた人ね!登流薄教団の人ってみんなこうなの?」
|(ああ、そうだよ。対象者じゃない人には俺はこんなもんさ。)
俺は、自分にこう言い聞かせていた。
「人に怪我させといて酷いわね。みて見なさいよ?」
「えっ!?」
女性が右のふくらはぎのあたりを指指した。
見るとそこは青アザになっていて少し、出血もしていた。
俺は、流石に申し訳ない気持ちと対象者をぶつかった事によって逃した為に折伏の対象者をこの女に変更する事にした。
この女性に、ケガをさせてしまったので、取りあえずティッシュを渡して
傷を拭いてもらい、絆創膏を渡そうとしたその時だった。
「絆創膏を貼ってくれないかしら?」
と言われたのだ。
|(なんで俺が貼らなきゃならないんだ?少し怒ってる見たいだし、この位ならフツー自分で貼るはず)
と、思ったが何故か逆らえない。
「それじゃあ、失礼しますよ・・・」
そう言って、普通に貼った。俺には、この女性の白く透き通るような肌が印象に残った。
「ありがとっ」
女性は、笑顔でこう言った。
そして吾平は、この女性を折伏するべく、近くの飲食店に誘ったのだ。
誘った所は京都市内の甘味処「蜜濃屋」で、
600円で甘味ひとつとドリンクが飲み放題になる。
人気上々の店であるし、折伏には時間が掛かるので、粘るには持ってこいの場所なのだ。
それと、登流薄教団の会館に近いからでもある。
一番の理由はそこにある。
少し歩いて店の中に入る。
そして、席を案内されお座敷席に座った。
|(よし!この所逆縁ばかりだったからなぁ。今度こそ順縁にもちこむぞぉ!)
吾平は、この女性を救い、仲間に入れる意気込みだった。
そして折伏開始。
「すみません。注文したいのですが」
俺は「蜜豆とジンジャーエール」のセットを頼み、女性はこの店にしか置いていない「豆腐プリンぜんざい」のセットを注文した。
注文したスイーツが届き、俺は軽く名前を名乗る。
「さっきは済みません。お詫びにこれはご馳走しますんで。
俺は高鍋吾平と言います。よろしく」
「庄司彩子です。よろしく」
挨拶もそこそこに、まずこの庄司彩子って人が地元か、観光客であるか確認する。
「俺は、宇治市に住んでますが。そのぉ、庄司さんは何処に?」
「あたし?あたしは京都御所の辺りよ」
余り詳しくない言い方だったけど、これで観光客でない事は確定。
それが分かったので、この京都についての世間話を始めた。
大分なれてきたので、吾平は本題に入る事にした。
「あのう。もっともっと幸せになる方法があるんですけど、ご存知ですか?」
「えっ?何?」
いよいよこれから、吾平の折伏が始まる。
「それはですねえ。日蓮大聖人様って知って居ますか?この方のお題目『南無妙法蓮華経』を唱える事によって、不思議なちからが段々と湧いてくるんですよ。」
何だか喜びながら言う俺がいた。
「あのですね。人は生まれながらにして『福運』と言うのを持ってるんです。ただ、これには個人差があって、多く持っている人も居れば少ない人も居ます。
その『福運』を南妙法蓮華経を唱える事によって貯めて見ませんか?
これが後に功徳として現れるんですよ」
「『福運』?初めて聞いたわ」
それからー。
吾平のマシンガントークが炸裂するのであるが、後で、彩子に要点をツッこまれるれるのだ。
・・・
「その昔マヤ文明が2012年に地球が壊滅するという、予言らしい事を言っていたのですが、当時の会員の方々がお題目をあげる事によって最小限に抑えたとか(笑)
そんな伝説もある位なんです。どうです?すごいでしょう!」
「あのー?マヤ文明って太陽系直列の事よね?
その年になって、世界中で大きな災害が発生したっていう、史実はないわよね?」
「それは、ですから日蓮大聖人様と信者の方々の力によるもので!」
「ふーん?でもねえ?人類の誕生から100万年以上がたって、2012年より前の太陽系直列があっても人類は生き残り、こうしてあたしも生きている。予言そのものが外れて、大した影響は無かったって言う証拠よね?」
「う・・・・それは」
俺はこの後も、日蓮大聖人について、ご金言の事とかいろいろ話して見た。
相手の女性『庄司彩子』といったよな。
この女は、ことごとく矛盾をついてきた。
吾平は流石にこの女が、ただ者じゃないと思ったし、登流薄教団に対する疑問が湧いてきてしまった。
こうなると気になり、仕方がなくなってしまった。
俺は、この女が気になってたまらなくなった。
日蓮大聖人様に対する知識で負けた事もあっての悔しい気持ちと、このひとの女性としての魅力も 相まって放っておけない感じがしたのだ。
俺は、急いで紙に自分の携帯アドレスを書いた。
「あの、これ俺の携帯アドレスです。
庄司さんのアドレスを教えてくれませんか?」
「え?それってナンパ?」
彼女はクスクスと笑う。
何がおかしいのだろう?
「い、いえ。俺は
せっかく縁出来た人を放っておけない訳であって」
俺は「ナンパ」と言われた事に
正直動揺した。
この女にはそう映ったのか?
そんなつもりじゃないんだけど。
初めは、
『この折伏が成功すれば功徳。これで万々歳!』
なんて、軽く考えていたが、この女との話しあいの中で
『仏法とはこんなに深いものだったのか!』と
気がつかされた思いだ。
吾平は、佐賀先輩に誘われて登流薄教団に入り、勤行(方便品)などを覚えて初めから些細な事で
あるけどいわゆる「自分にとって幸福な事」が確かに起こり、それによって
「仏法はムズかしくない。これだけでも功徳は現証として現れるんだ!
なんて手軽何だろう。
豊富会長の教えは素晴らしい!」
なんて一喜一憂していたけど、この庄司さんとの話しで、実際はもっともっと一杯ある事が分かり、登流薄教団の指導に疑問が生じた。
それに随分と知っている見たいだったので興味が出たし。
まして青春真っ只中|(表現がふるいか?)の吾平には
よこしまな考えが結構あると分かりつつ、気になって仕方がなかった。
だからこそ、メールアドレスを渡してまで引き止めておきたかった。
しかし、彼女はメールアドレスの書いた紙を渡した後にそれをその場で入力し、俺の方にメールを投げてくれたのだけど
その後になって
「もう、高鍋さんとは会わないかも知れないわ」
と言われた。
「そんな!次も会って、話しをしましょうよ!」
「じゃあーねー。」
これだけ言うと、彼女は店を去っていった。
逆縁か?もう、本当に会えないのか?
俺は、庄司さんと別れたその日、諦め切れずにメールをした。
また、いつ会えるのかというメールを。
送信した際に特にエラーは出なかったのでメールは届いているはず。
しかし、この日に返信メールは来なかった。
でも、数日経って1通のメールが届いた。
庄司さんからだ。
内容は、
「高鍋さん。こんにちは。メールありがとう。
あたしと随分会いたがっているみたいだけど、期待しないでね」
と、こんな内容だった。
「最後の絵文字がパンチかよ」
俺は苦笑した。
本当にもう、会えなさそうだ。
幾日かが経って、会社も休日で休み。
登流薄教団の活動に勤しんでいたある日の事。
月末に、吾平は上長から呼び出された。
「どうだ高鍋。最近は折伏進んでいるか?」
「ハイ。折伏で話は聞いて貰えるのですが、逆縁ばかりで」
「ナニイ!」
上長の顔が強張った。
「高鍋よぉ。逆縁ばかりだと?お前、信心が足りないんじゃねーのか?」
「そんなことありません!お題目は毎日しっかりあげてますよ。ただ、読受は時々出来ませんが。」
「そこだろ?『読受』が出来てないから逆縁になる。それと折伏理論解説書を読み、ビデオで先生の講話を聞いて活かしているか?」
「はい。」
「そうか。しかし、逆縁ばかりなら、魔にたぶらかされている証拠だろう。魔に負けるんじゃねーぞ。
順縁じゃなきゃよ、功徳もらえずに不幸になるからな。分かったか?」
「はい。」
上長からこう、指導されたのだけど俺は、
順縁で、この教団に 人を巻き込むような真似をして、ここまでしないと本当に人救われないのか?
大聖人様は果たしてここまで
やったのだろうか?
そう疑問に思う俺がいた。